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しおりを挟む図書室の一番窓際の席を選んで座ると、本棚から持ってきた黄ばんだ文庫本を開く。手に取ったときは読破する意欲しかなかったのに、古びた本の匂いと読みにくい翻訳文のせいで、すぐにやる気が削がれた。
二ページも読まないうちに文庫本を閉じると、陽当たりの良いテーブルに腕を伸ばして伏せる。
片側の頬をテーブルにくっつけると、太陽の光でちょうどよく温められたテーブルの熱が伝わってきた。
特に読書家なわけでもないわたしは、これまで本屋にも図書室にもあまり縁がなかった。今まで知らなかったけど、授業中の図書室というのは静かでものすごく居心地がいい。
静寂と陽だまりの心地よさに、ついウトウトと瞼を閉じかけたとき、頭の横にコンッと何か固いものがぶつかった。
「こんなところで、何してんだ?」
微睡みのなか、紛れ込んできた低い声にハッとして目を覚ます。顔をあげると、葛城先生がテーブルの向こう側に立って、呆れ顔でわたしを見下ろしていた。
「なんだ、葛城先生か……」
見つかったのが担任や生徒指導の先生ではなくて、葛城先生でよかった。つい本音を漏らすと、葛城先生が気を悪くしたように表情を歪めた。
「なんだ、じゃない。今、授業中だろ。こんなとこでサボってていいのか?」
「サボりじゃないです。自主的に自習してました」
「なんだそれ」
テーブルの上に置いていた文庫本を持ち上げて見せると、葛城先生が怪訝な顔をする。わたしが持っている文庫本は、一七〇〇年代の西洋の思想家の著書だった。
「人間はみんな、平等であるべきなんだそうです」
唐突にそんなことを口にしたわたしを見つめて、葛城先生が「ん?」と首を傾げる。
「ひとつ前が、倫理の授業だったんです。今日の授業で、『人間は生まれながらにして平等だ』って説いた人の話を聞いて。それからずっと、平等について考えてました」
「平等?」
「そう。平等です。それで教科書に載ってたタイトルの著書を探して読もうとしてみたんですけど……。普段あんまり本なんて読まないから、最初っから内容が全く頭に入ってこなくって。本題に行き着く前に、挫折しました」
「なるほど」
葛城先生が、わたしから文庫本を取り上げて、ぱらぱらとページを捲る。それから唇の片側だけひきあげると、くくっと控えめに笑った。
「まあ、女子高生好みの青春小説とかではないからな」
「好みからは大きく逸れてましたね」
文庫本を返してくる葛城先生を見上げてそう言うと、彼が緩く結んだ右手を口元にあてながら、また、くくっと笑う。さっきよりもわかりやすく目を細めて笑う彼の表情が、わたしの心を惹きつける。
葛城先生の笑う顔をジッと見つめていると、彼がテーブルに片手をついて、わたしの目を覗き込むように見てきた。
「岩瀬には、授業サボってまで考えたくなるほど、平等じゃないって思ってることがあるんだ?」
「そうですね。わたしはいつも思ってます。スタート地点からすでに『平等』じゃなかったなって」
葛城先生の鳶色の瞳を見つめ返しながら思い浮かべていたのは、健吾くんの顔だった。
健吾くんが好きな人は、どうしてわたしの母なんだろう。どうしてわたしは、母よりも先に健吾くんと会うことができなかったんだろう。彼のことを好きだと思う気持ちは、母もわたしも変わらないのに。
「わたしに見えている世界は、不公平ばっかりです」
ボソリとつぶやくと、葛城先生が僅かに眉根を寄せた。
「いろいろ難しいよなー。思春期って。まぁ、何かあれば、ちょっとくらいは頼ってきな」
一年限定で来てるだけの非常勤講師のくせに。エラぶってわたしの頭をグシャリと撫でてくる葛城先生は、何もわかっていないし無責任だと思う。だけど、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
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