その距離は、恋に遠くて

碧月あめり

文字の大きさ
10 / 55
Two

しおりを挟む

「那央くんで頼りになるかなー」

 ほかの女子生徒が葛城先生を呼ぶときの呼び方を真似て、ふっと息を吐くと、彼が顔をしかめた。


「その呼び方やめろよな。おれ、いちおう教師なんだけど」
「なんで? 可愛いじゃないですか」
「おとなの男をつかまえて、可愛いはないだろ。岩瀬も本当はおれのこと舐めてたんだな。今、わかった」

 ほとんどの生徒が葛城先生のことを慕って「那央くん」と呼んでいるけど、彼からしてみれば不服らしい。唇を尖らせた葛城先生の横顔が、ほんとうに少し可愛いと思った。


「舐めてないですよ。むしろ、他の先生よりは信用してます」
「ふーん」

 葛城先生が疑わしげな目で、斜め上から見下ろしてくる。


「だから、ここでサボってたことは、担任や義父ちちには秘密にしといてください」
「別に、ちょっと授業サボってたくらいで誰にもチクらないよ。そんな気分の日もあるだろ」
「結構、寛容なんですね」
「まぁね。でも、もしおれの授業サボったら、そのときはたっぷり課題出すから」
「うわ、横暴」

 わざとらしく顔をしかめると、葛城先生が笑う。


「とりあえず、次の授業は教室戻れよ」
「わかってます」

 だけど、次の授業まではここでのんびりしていよう。

 腕を上げて伸びをしてから、ぐでんとテーブルに伏せる。そのまま目を閉じかけたとき、ギギッと椅子を引く音が聞こえてきた。

 テーブルに顎を預けて顔を上げると、真向かいに座った葛城先生と目が合う。


「那央くんもサボり?」
「違うよ。次の授業の準備。ちょっと調べときたいことがあって。ていうか、那央くんて言うな」

 そう言いながら、葛城先生が手に持っていた本を開いた。


「那央くんて、一年だけの非常勤でしょ。意外に陰で努力するタイプなんですね」

 真面目な顔付きで分厚い専門書を開く葛城先生を眺めながらボソリと訊ねると、彼が本から視線を上げた。


「非常勤だろうが、正規職員だろうが、授業で曖昧なこと教えられないから」
「案外マジメなんだね、那央くん」

 感心してそう言ったのに、葛城先生は少し不機嫌そうな表情でわたしを見てきた。もともと微妙につり上がっている彼の眉尻が上がる。


「だから、呼び方な」

 葛城先生が、低い声で諭してくる。

「そんなに嫌ですか? 『那央くん』って呼ばれるの」
「別に、すごく嫌ってわけではないけど……」
「じゃぁ、いいじゃないですか。那央くんで。わたしもこれから、那央くんて呼ぼうっと」

 にへらっと笑うと、那央くんが困ったように息を吐く。


「一年限定でも、ケジメって大事かなーって思うわけ。言っても、誰も聞いてくれないけど」
「やっぱり、マジメだ」
「ほっとけ」

 ハハッと声をあげて笑うと、那央くんがわたしの頭に手を置いて上から雑に押してきた。

 顔からテーブルに軽く押し付けられて、葛城先生の表情が見えなくなる。

 彼が今、困っているのか、少し怒っているのかはわからないけど、頭に載せられたままの手は優しくてあたたかい。その温もりに触れていたら、自分と他人が「平等」がどうかなんて、どうでもよくなった。

 少なくともこの手は、わたしに対して公正だ。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

『大人の恋の歩き方』

設楽理沙
現代文学
初回連載2018年3月1日~2018年6月29日 ――――――― 予定外に家に帰ると同棲している相手が見知らぬ女性(おんな)と 合体しているところを見てしまい~の、web上で"Help Meィィ~"と 号泣する主人公。そんな彼女を混乱の中から助け出してくれたのは ☆---誰ぁれ?----★ そして 主人公を翻弄したCoolな同棲相手の 予想外に波乱万丈なその後は? *☆*――*☆*――*☆*――*☆*    ☆.。.:*Have Fun!.。.:*☆

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾書籍発売中
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

同窓会~あの日の恋をもう一度~

小田恒子
恋愛
短大を卒業して地元の税理事務所に勤める25歳の西田結衣。 結衣はある事がきっかけで、中学時代の友人と連絡を絶っていた。 そんなある日、唯一連絡を取り合っている由美から、卒業十周年記念の同窓会があると連絡があり、全員強制参加を言い渡される。 指定された日に会場である中学校へ行くと…。 *作品途中で過去の回想が入りますので現在→中学時代等、時系列がバラバラになります。 今回の作品には章にいつの話かは記載しておりません。 ご理解の程宜しくお願いします。 表紙絵は以前、まるぶち銀河様に描いて頂いたものです。 (エブリスタで以前公開していた作品の表紙絵として頂いた物を使わせて頂いております) こちらの絵の著作権はまるぶち銀河様にある為、無断転載は固くお断りします。 *この作品は大山あかね名義で公開していた物です。 連載開始日 2019/10/15 本編完結日 2019/10/31 番外編完結日 2019/11/04 ベリーズカフェでも同時公開 その後 公開日2020/06/04 完結日 2020/06/15 *ベリーズカフェはR18仕様ではありません。 作品の無断転載はご遠慮ください。

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー! 愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は? ―――――――― ※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!

処理中です...