その距離は、恋に遠くて

碧月あめり

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 赤ワインとオレンジジュースの入ったグラス同士が、ぶつかって音をたてる。

「沙里、お誕生日おめでとう」

 自宅から三十分くらいの場所にあるカジュアルフレンチのレストランで、わたしと健吾くんは、ふたりきりでテーブルを挟んで向き合っていた。

 今日は、わたしの十七歳の誕生日。

「誕生日プレゼントは何がいい?」と訊かれて、「オシャレなレストランで食事がしたい」と答えたら、健吾くんがディナーの予約をとってくれた。

 実の父親が亡くなって以降、わたしが誕生日にプレゼントを強請ったことは一度もない。特別に物欲もなかったし、母に負担をかけたくなかったから、誕生日には母が用意してくれる小さなケーキがあれば、それで充分だった。

 だけど、今年の誕生日はひさしぶりに少しだけワガママを言った。結婚前の母と健吾くんが、母の誕生日に海が見えるフレンチレストランに行き、そこでプロポーズをしたという話を聞いたからだ。そのことを、わたしはつい最近まで知らされていなかった。

 その話を聞いたわたしは「お母さん、幸せ者だね」なんて軽口を叩いて笑ったけれど、心の中では焦りと嫉妬でいっぱいだった。

 わたしと健吾くんも、ふたりだけでごはんを食べに行ったことはある。だけど、彼が娘であるわたしを連れて行くのはファミレスとかチェーンの洋食屋とか、気軽に入れるお店ばかりだ。
 
 あたりまえだけど、それはわたしが健吾くんの中で恋愛対象ですらないからで。

 だから、オシャレなレストランで大人っぽい格好をして一緒に食事でもしたら、健吾くんのわたしへの印象だって少しくらいは変わるんじゃないか。浅はかだけど、そんなふうに思った。

「誕生日にオシャレなレストランで食事がしたい」という希望を聞いた母は「沙里も大人っぽいこと言うようになったのね」と、何も知らずに微笑ましげに笑っていた。わたしはただ、母のことが羨ましくて、大人の真似事をしたかっただけなのに。

「お母さんが来れなくて、残念だったね」

 ワインとジュースで乾杯をしたあと、健吾くんが隣に空いたスペースに視線を向けて残念そうにつぶやいた。

 健吾くんが予約していた人数は三名。初めは母も一緒に来る予定だったのだが、急な勤務変更で夜勤に入ることになり、来れなくなってしまったのだ。

 薄情な娘だとは思うけど、わたしは今夜のお祝いの席に母がいないことを残念だとは思わない。
 
 母からのお祝いの言葉ならこの十七年間で充分過ぎるほどもらってきたし、むしろ健吾くんとふたりきりで誕生日の夜を過ごすことができて浮かれている。

 この日のために、普段よりもちょっとだけいいワンピースとヒールが高くて大人っぽい靴をお小遣いで買ったし、お酒は飲めないけど、こんなふうに健吾くんとフランス料理のコースを囲んでいるだけで、大人のデートをしている気分になれる。

 母がいなくて残念だと思っているのは、わたしではなくて健吾くんだ。ときおり、母が座るはずだったテーブルの空席に視線を投げている彼に気付いて、少しだけ胸が痛くなる。

 今日はわたしの誕生日なんだから、もっとわたしのことだけ見ていてくれればいいのに。そう思って、一生懸命に健吾くんに話しかけた。

 普段よりも着飾ったわたしを一秒でも長く視界に留めて置いてほしくて。どうでもいい、くだらないことをたくさん話した。

 友達の唯葉との会話とか、最近動画を見たお笑い芸人のネタの話とか。流行ってる音楽の話とか。それから、なんとなく顔が思い浮かんだ那央くんの話も少し。

 健吾くんは優しいから、わたしの話を聞いてたくさん笑ってくれた。

 初めて食べたフレンチのコース料理はどれも見た目が綺麗で美味しかったけど、わたしの子ども味覚では味わいきれない、大人の味がした。

 背伸びをしてみてもちょっとズレのあるその感じが、わたしと健吾くんとの距離を示唆しているみたいで。健吾くんとふたりきりで過ごせる誕生日が嬉しくて、楽して、幸せで仕方ないのに、心の何処かにずっと、言葉にできない空虚さがあった。

 コース料理の最後に出てきたデザートと紅茶をいただいたあと、わたし達は店を出た。
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