その距離は、恋に遠くて

碧月あめり

文字の大きさ
11 / 55
Two

しおりを挟む




 赤ワインとオレンジジュースの入ったグラス同士が、ぶつかって音をたてる。

「沙里、お誕生日おめでとう」

 自宅から三十分くらいの場所にあるカジュアルフレンチのレストランで、わたしと健吾くんは、ふたりきりでテーブルを挟んで向き合っていた。

 今日は、わたしの十七歳の誕生日。

「誕生日プレゼントは何がいい?」と訊かれて、「オシャレなレストランで食事がしたい」と答えたら、健吾くんがディナーの予約をとってくれた。

 実の父親が亡くなって以降、わたしが誕生日にプレゼントを強請ったことは一度もない。特別に物欲もなかったし、母に負担をかけたくなかったから、誕生日には母が用意してくれる小さなケーキがあれば、それで充分だった。

 だけど、今年の誕生日はひさしぶりに少しだけワガママを言った。結婚前の母と健吾くんが、母の誕生日に海が見えるフレンチレストランに行き、そこでプロポーズをしたという話を聞いたからだ。そのことを、わたしはつい最近まで知らされていなかった。

 その話を聞いたわたしは「お母さん、幸せ者だね」なんて軽口を叩いて笑ったけれど、心の中では焦りと嫉妬でいっぱいだった。

 わたしと健吾くんも、ふたりだけでごはんを食べに行ったことはある。だけど、彼が娘であるわたしを連れて行くのはファミレスとかチェーンの洋食屋とか、気軽に入れるお店ばかりだ。
 
 あたりまえだけど、それはわたしが健吾くんの中で恋愛対象ですらないからで。

 だから、オシャレなレストランで大人っぽい格好をして一緒に食事でもしたら、健吾くんのわたしへの印象だって少しくらいは変わるんじゃないか。浅はかだけど、そんなふうに思った。

「誕生日にオシャレなレストランで食事がしたい」という希望を聞いた母は「沙里も大人っぽいこと言うようになったのね」と、何も知らずに微笑ましげに笑っていた。わたしはただ、母のことが羨ましくて、大人の真似事をしたかっただけなのに。

「お母さんが来れなくて、残念だったね」

 ワインとジュースで乾杯をしたあと、健吾くんが隣に空いたスペースに視線を向けて残念そうにつぶやいた。

 健吾くんが予約していた人数は三名。初めは母も一緒に来る予定だったのだが、急な勤務変更で夜勤に入ることになり、来れなくなってしまったのだ。

 薄情な娘だとは思うけど、わたしは今夜のお祝いの席に母がいないことを残念だとは思わない。
 
 母からのお祝いの言葉ならこの十七年間で充分過ぎるほどもらってきたし、むしろ健吾くんとふたりきりで誕生日の夜を過ごすことができて浮かれている。

 この日のために、普段よりもちょっとだけいいワンピースとヒールが高くて大人っぽい靴をお小遣いで買ったし、お酒は飲めないけど、こんなふうに健吾くんとフランス料理のコースを囲んでいるだけで、大人のデートをしている気分になれる。

 母がいなくて残念だと思っているのは、わたしではなくて健吾くんだ。ときおり、母が座るはずだったテーブルの空席に視線を投げている彼に気付いて、少しだけ胸が痛くなる。

 今日はわたしの誕生日なんだから、もっとわたしのことだけ見ていてくれればいいのに。そう思って、一生懸命に健吾くんに話しかけた。

 普段よりも着飾ったわたしを一秒でも長く視界に留めて置いてほしくて。どうでもいい、くだらないことをたくさん話した。

 友達の唯葉との会話とか、最近動画を見たお笑い芸人のネタの話とか。流行ってる音楽の話とか。それから、なんとなく顔が思い浮かんだ那央くんの話も少し。

 健吾くんは優しいから、わたしの話を聞いてたくさん笑ってくれた。

 初めて食べたフレンチのコース料理はどれも見た目が綺麗で美味しかったけど、わたしの子ども味覚では味わいきれない、大人の味がした。

 背伸びをしてみてもちょっとズレのあるその感じが、わたしと健吾くんとの距離を示唆しているみたいで。健吾くんとふたりきりで過ごせる誕生日が嬉しくて、楽して、幸せで仕方ないのに、心の何処かにずっと、言葉にできない空虚さがあった。

 コース料理の最後に出てきたデザートと紅茶をいただいたあと、わたし達は店を出た。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

処理中です...