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Four
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最寄りの駅から家まで歩いている途中に、パラパラと雨が降ってきた。走って帰って、玄関のドアを開けると、リビングから母が出てきた。
「おかえり。あら、雨に濡れたの?」
母がそう言って、洗面所からタオルを持ってきてくれる。
部屋着姿の母は、少し疲れた化粧っ気のない顔をしていた。夜勤明けで、今まで寝ていたのだろう。
「ちょうどお風呂沸かしたところだから、先に入ってくる?」
「平気。少し濡れただけだから。お母さん、先に入りなよ」
「そう? ありがとう。風邪ひかないように、しっかり拭きなさいよ」
玄関で髪を拭いているわたしに背を向けようとした母が、ふと思い出したように振り返る。
「そういえば、健吾くんから聞いたわよ。昨日のこと。レストランでお祝いしてもらったあと、健吾くんに黙ってどこかに行っちゃったんでしょ。もう高校生になるのに、小さな子どもみたいなことして健吾くんに心配かけたらダメじゃない」
母が、眉をしかめて軽く注意してくる。強い口調で叱られたわけでもないし、ただ軽くたしなめられただけなのに、母の言葉がわたしの心を不快にさせる。
「健吾くんの後輩にもお世話をかけたんでしょ。お誕生日のお祝いのあとだったのに、何か嫌なことでもあった?」
母がにこっと笑いながら訊いてくる。笑顔の裏に見え隠れする探るような視線が、わたしの心をさらに苛立たせた。
夜勤の仕事がある母とは、もともと生活時間がズレがちだったけど、健吾くんと再婚してからはそれまで以上に母とふたりだけで話す時間が減った。
わたしだけでなく、健吾くんとの時間も大切にしたいだろうから仕方ない。そのことでお互いにコミニュケーションが取りづらくなったせいか、再婚してからの母は、わたしのことを腫れ物みたいに扱ってくる。
以前のようにわたしに対して感情的に怒らなくなったし、顔を合わせばわたしの機嫌を窺うような目で見てくる。
もしかしたら母には、ずっと「弟みたいなものだ」と説明してきた健吾くんと結婚したことに少し引け目があるのかもしれない。
この前黙って夜中に家を飛び出したときだって、怒られるどころか理由すら聞かれなかったし。思春期の娘をどう扱っていいのかわからなくて、持て余しているんだろう。
「別に、何もないよ」
冷たい声でそう言うと、母が笑顔を引き攣らせた。わたしの言葉で、母が傷付いたのが一目でわかる。
もっと小さな頃は、母が悲しそうな顔をするとわたしも悲しかった。でも、今のわたしは、悲しそうなお 母の顔を見ても少しも心が痛まない。いつのまに、こんなに冷たくなってしまったんだろう。
「もし何か嫌なこととか悩みがあったら、いつでも話してね。お母さんも健吾くんも、沙里の力になるから」
お母さんも健吾くんも、力に……?
母はわたしを最大限に気遣ったつもりなのだろうけど、わたしにとってその言葉は地雷だった。
嫌なことも悩みも、ふたりに相談できるはずがない。だってわたしは、母と健吾くんのことで思い悩んでいるんだから。
わたしが「実は健吾くんのことが好きだ」と言ったら、母はどうするつもりなんだろう。きっと困って、ますますわたしとの距離の取り方がわからなくなるに決まってる。
「何もわかってないくせに」
ボソリとつぶやくと、母が怯えたように小さく肩を震わせた。その態度に、失望のため息が溢れる。
力になるなんて、どうせ口先だけだ。今の母は、わたしのことを何もわかってないし、たぶん理解するつもりもない。
わたしの顔色を窺いながら、反抗期が早く終わればいいのにと思っているんだろう。
「お母さんがわたしの力になれることなんて、ひとつもないよ」
「沙里……」
横目に睨むと、母が悲しそうにわたしを見つめ返してきた。その眼差しが、わたしの心をかき乱して苛立たせる。
健吾くんと再婚した母が悪いわけではない。母との関係を壊したいわけでも、悪化させたいわけでもない。お父さんが亡くなったあと、母がどれだけ大変な思いでわたしを育ててくれたかもわかっているつもりだ。
だけど……、最近の母とは今までのように波長が合わない。一緒にいると、苛立って、ときどき苦しくなる。髪を拭いたタオルを廊下に落とすと、わたしは母に背を向けた。
「沙里、どこ行くの?」
母が玄関のドアに手をかけたわたしを呼び止める。行き先なんて、決めていなかった。
母の気配を感じずにすむ場所ならどこでもいい。そう思って、家を出た。
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