その距離は、恋に遠くて

碧月あめり

文字の大きさ
26 / 55
Four

しおりを挟む

 マンションの外に出ると、さっきまでよりも雨が強くなっていた。傘を持って出るのを忘れたことに気付いて、仕方なく家から一番近いコンビニまで走ってビニール傘を買う。
 新品のビニール傘を持ってコンビニを出ると、これからどうしようかと考えた。母に反抗的な言葉を投げつけて家を飛び出してきた手前、すぐには家に帰れない。

 唯葉に連絡して、時間潰しに付き合ってもらおうかな。スマホを出して唯葉に電話をかけようとして、ふと思いとどまる。

 なぜか急に、昼休みにもらったツナマヨのおにぎりと那央くんの顔が頭に思い浮かんでしまったのだ。

「何かあれば、ちょっとくらいは頼っていい」という那央くんの言葉。あれはいつまで有効だろう。
 ビニール傘に落ちてくる雨を見あげながら、スマホをカバンに入れる。気付くとわたしの足は、駅に向かって歩き出していた。

 最寄駅から一駅だけ電車に乗ると、わたしはおぼろげな記憶を頼りに那央くんの家へと向かった。

 担任でもない生徒に、頻繁に押しかけてこられたら迷惑かな。そんな考えが頭を過らなくもなかったけれど、今のわたしには那央くん以外の選択肢が思いつかない。
 那央くんはわたしの家庭事情や気持ちを知っているたったひとりの相談相手だ。だけどそれ以上に、わたしはまた彼の大きな手のひらに励ましてもらいたかった。

 雨に打たれながらしばらく歩いて行くと、那央くんの家の近くのコンビニが見えてくる。
 お土産に飲み物でも買ってから行こうかな。少し考えていると、向こう側から黒い傘をさした男の人が速足で歩いてきた。
 コンビニの前で立ち止まったその人が、少し傘を持ち上げる。その下に覗き見えたのは、那央くんの顔だった。

 また、ここで出会えた。三度目の偶然に、テンションが上がる。那央くんがこちらを向いたタイミングで大きく腕を振ると、彼も傘を持っていない左手を無造作に振り上げた。

「那央く――」

 嬉しくなって駆け寄ろうとして、ふと違和感に気付く。
 左手をひらりと振った那央くんは、わたしではなくどこか別のところを見ていた。

 那央くんが、コンビニの入り口のほうを向いて微笑む。彼の視線の先には、清楚な雰囲気の大人の女性が立っていた。

 コンビニから出てきた彼女が、那央くんに駆け寄って、彼がさしている黒い傘の中に入る。那央くんを見上げて笑いかけながら、あたりまえみたいに彼の腕に触れる彼女を見て、ドクンと胸が脈打った。

 そうだ、那央くんには彼女がいるんだ。

 わたしが勝手に那央くんのことをたったひとりの理解者だと思い込んでいるだけで、彼にとってのわたしは、たくさんいる生徒のうちの一人に過ぎない。
 それなのに、コンビニの前で那央くんを見つけて、三度目の偶然だと喜んでしまった自分が恥ずかしい。今日は、那央くんを頼れない。

 行き場をなくしたわたしは、駅に向かってとぼとぼと引き返した。そのまま家に帰る気分にはなれなくて、駅前にあったハンバーガーショップに入る。

 ナゲットとコーラを買って空いている席に座ると、スマホで動画サイトを開く。

 コーラを飲みながら検索したのは、那央くんに海に連れて行ってもらった夜に車の中でかけた男性アーティストの曲。店の中だからボリュームを最小限に絞って、最新曲のミュージックビデオを再生する。

 画面の下に流れていく曲の歌詞を眺めながらわたしが思い出していたのは、誕生日の夜に浜辺で頭を撫でてくれた、手のひらの温もりだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

『大人の恋の歩き方』

設楽理沙
現代文学
初回連載2018年3月1日~2018年6月29日 ――――――― 予定外に家に帰ると同棲している相手が見知らぬ女性(おんな)と 合体しているところを見てしまい~の、web上で"Help Meィィ~"と 号泣する主人公。そんな彼女を混乱の中から助け出してくれたのは ☆---誰ぁれ?----★ そして 主人公を翻弄したCoolな同棲相手の 予想外に波乱万丈なその後は? *☆*――*☆*――*☆*――*☆*    ☆.。.:*Have Fun!.。.:*☆

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾書籍発売中
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

同窓会~あの日の恋をもう一度~

小田恒子
恋愛
短大を卒業して地元の税理事務所に勤める25歳の西田結衣。 結衣はある事がきっかけで、中学時代の友人と連絡を絶っていた。 そんなある日、唯一連絡を取り合っている由美から、卒業十周年記念の同窓会があると連絡があり、全員強制参加を言い渡される。 指定された日に会場である中学校へ行くと…。 *作品途中で過去の回想が入りますので現在→中学時代等、時系列がバラバラになります。 今回の作品には章にいつの話かは記載しておりません。 ご理解の程宜しくお願いします。 表紙絵は以前、まるぶち銀河様に描いて頂いたものです。 (エブリスタで以前公開していた作品の表紙絵として頂いた物を使わせて頂いております) こちらの絵の著作権はまるぶち銀河様にある為、無断転載は固くお断りします。 *この作品は大山あかね名義で公開していた物です。 連載開始日 2019/10/15 本編完結日 2019/10/31 番外編完結日 2019/11/04 ベリーズカフェでも同時公開 その後 公開日2020/06/04 完結日 2020/06/15 *ベリーズカフェはR18仕様ではありません。 作品の無断転載はご遠慮ください。

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー! 愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は? ―――――――― ※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!

処理中です...