その距離は、恋に遠くて

碧月あめり

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Five

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 車を無事にマンションの駐車場に停めると、那央くんの震えは少し落ち着いた。

「タオルこれ使って。ココア飲む?」
「うん」
「ちょっと座って待ってて」

 玄関で傘を借りたらすぐに帰ろうと思っていたのに、那央くんは「落ち着いたら送っていくから」と、わたしを部屋にあげてくれた。

 1LDKの間取りの広い部屋は、物が少なくて綺麗に整頓されている。壁際に置かれた本棚には、わたしが絶対手に取らないような化学の本や参考書がずらっと並べられていて、入りきらないものは、本を立てた上の隙間にまで詰め込まれている。物が少ない部屋の中で、本棚が一番ゴミゴミして見えた。

 うちの高校の非常勤講師になるまではずっと大学の研究室にいたみたいだし。元々は研究が本業だったんだろう。

 那央くんに借りたタオルで雨に濡れた髪を拭きながら、ぼんやりと本棚を眺めていると、ふと、あるものに目が止まる。

 難しい本しか並べられていないと思っていた本棚の隅っこで、木製の写真立てが裏向けになって倒れていたのだ。

 那央くんがワザと倒したのか、それとも自然に倒れてしまったのか。気になって、写真立てを起こすと、那央くんと彼女が二人で写した写真が入っていた。

数年前のものなのか、那央くんの髪型が違って、服装の雰囲気も若い。駅前でヒステリックに叫んでいた彼女は、那央くんの肩に頭を寄せて、穏やかな表情で幸せそうに微笑んでいた。

 彼女とは結構長い付き合いなのかな。こんなに仲良さそうなのに、どうしてケンカになったんだろう。ふたりの、というよりも、写真の中の那央くんの笑顔を見ていると、胸が切なくなってくる。

 勝手に見なければよかった。複雑な気持ちで、写真立てを元の場所に戻そうとしたとき、金具が緩んでいたのか、裏板が外れてしまった。

 ガタッと、フレームが倒れる音が響いて焦る。写真立てからズレてはみ出してしまった写真を戻そうとして、ドキリとした。

 那央くんが彼女と写っていた写真の下に、もう一枚、別の写真が重ねてあったのだ。そこに写っている那央くんは、最初に見た写真の彼よりもさらに若い。

 高校の卒業式のときのものだろうか。黒の学ランを着た那央くんが、卒業証書の筒を持った手でピースサインをして笑っている。彼の隣にいるのは、目がクリッとした、清楚で可愛い雰囲気の制服姿の女の子。だけどその子は、今の那央くんの彼女ではない。雰囲気はすごくよく似ているけれど、まったくの別人だ。

「岩瀬ー、ココアできた」

 二枚の写真を呆然と見つめていたわたしは、背中から聞こえてきた那央くんの声に焦った。

「あ、ありがと……」

 バラバラになった写真立てを背中で隠すように本棚の前に立つと、淹れたてのココアをローテーブルに置いた那央くんが、不審げに近付いてきた。写真のことを隠すのも、何も見なかったフリをするのも不可能だった。

「あの、那央くん。ごめん……」

 視線をウロウロさせて挙動不審になるわたしに、那央くんが苦笑いする。

「いいよ、別に。不自然な置き方してた、おれが悪いんだし」

 那央くんはわたしの後ろの本棚に手を伸ばすと、写真立てと二枚の写真を拾い上げた。

「初めて来た岩瀬が気付くんだから、あいつに気付かれて当然だよな」

 二枚の写真を重ねて写真立てに入れながら、那央くんが自嘲気味に笑う。

 写真立ての表面に飾られているのは、元のとおり、那央くんと今の彼女が写っている写真だ。だけど写真立てを元に戻すとき、那央くんは、下に重ねた学生時代の写真のほうを切なげな表情で数秒見つめていたような気がする。

「もしかして、その写真のせいで彼女とケンカしたの? 下に重ねてた写真の女の子って……」
「おれが昔付き合ってた人で……、今の彼女の姉。五年前に、亡くなったんだ。交通事故で」

 写真立てに視線を落とした那央くんが、表面のガラスを指先で撫でる。そこに写っているのは、那央くんと今の彼女。

 だけど那央くんは、表に飾られた写真の向こうにいる誰かを虚ろに見つめているようだった。
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