その距離は、恋に遠くて

碧月あめり

文字の大きさ
54 / 55
Ten

しおりを挟む



 夕夏の墓参りの帰り道。高速を走っている途中で、突然夕立が降り始めた。ぽつぽつと落ちてきた雨は、すぐに豪雨に変わり、フロントガラスに流れる雨水で視界が悪くなる。

 さっきまであんなに晴れていたのに。帰り際に空に浮かび始めていた入道雲が、急な雨を運んできたらしい。予定外のできごとに、ドキドキしながらハンドルをきつく握りしめる。数キロ先にあるサービスエリアの看板に気付いたおれは、そこまでなんとか頑張ろうと気を引き締めた。

 雨の日の運転はだいぶ平気になったはずなのに。こんなふうに予定外に降られたときは、やっぱりまだ動揺してしまう。

 しばらく車を走らせると、目の前にサービスエリアに入る別れ道が見えてくる。息を吐きながら指示機を出してスピードを緩めたとき、助手席にベージュのテディベアが座っていることに気が付いた。

 そうか。焦らなくても、こいつが一緒だった。
 
 そのことに気付くと、次第に気持ちが落ち着いてくる。サービスエリアの駐車場を徐行しながら、空いている場所を探す。車を止めて、エンジンを切ったときには、すっかり気持ちが落ち着いていた。

「たしかに、気が紛れるな」

 少し間抜けな顔で首を傾げているテディベアの頭に手をのせて、ククッと笑う。

 フロントガラスに打ちつける雨は、さっきよりも少しおさまったものの、まだやみそうにない。

 助手席のテディベアの首元を掴んで膝にのせてしばらく逡巡したのち、おれは彼女に電話をかけた。

 お互いに連絡先を交換したけれど、おれも彼女も滅多なことがない限る電話はかけない。そのせいか、彼女は電話に出なかった。なんとなくガッカリした気持ちになって、膝の上のテディベアを押しつぶすように腕に抱く。

 雨がやむまでの暇潰しに、と、スマホで音楽を再生しようとしたとき、彼女から折り返しの電話がかかってきた。

「那央くん、電話した? どうしたの?」

 通話ボタンを押した瞬間、電話口から聞こえてきた彼女の声は、なんだかやけに興奮気味だ。

「どうした、っていうか……、別にたいした用ではないんだけど。帰宅途中に、夕立に降られちゃって」
「え、大丈夫? 室内にいて気付かなかった」
「予備校? 邪魔して悪い。切ってもいいよ」
「え、切らないで! 今、夏期講習終わったとこだから」

 タイミングが悪かったな、と思って通話を終わらせようとすると、彼女がやや鼻息荒く引き止めてくる。

「そうなんだ。おつかれさま」

 おれがそう言うと、彼女が今度はふふふっと機嫌よさそうに笑う。

「どうした?」
「うぅん。那央くんがわたしのこと頼って電話かけてきてくれたのが、嬉しいなって」

 弾む声を聞いただけで、彼女が今どんな顔をしているのかが想像できて、勝手に口元が緩んだ。

「それより、那央くん今どこ? わたし、行こうか?」

 通話しながら階段を降りているのか、彼女の足音が通話口からカンカンと響いてくる。

「いや、そう簡単に来れる場所じゃないんだ。今、高速のサービスエリアの駐車場」
「え、那央くん、どこか遠くまで出かけてたの?」
「うん、夏休みだし、今日は出勤日じゃないから」
「そうなんだ……。ねぇ、こっち、雨なんて降ってないよ。那央くん、本当に帰ってこれる?」

 心配そうに訊ねてくる彼女の声のトーンが下がる。

「平気。助手席にクゥー乗ってるし」

 腕に抱いたテディベアをぎゅーっと押し潰しながらそう言うと、彼女が電話口でふっと笑った。

「そっか。少しは役に立った?」
「うん、まぁまぁ」
「まぁまぁ、ってなに?」

 笑ったり、拗ねてみたり、ころころと反応を変える彼女の声が、耳に優しく心地よい。ふと、フロントガラスに視線を向けると、いつのまにか雨がやんでいた。東の空には少し晴れ間が見えている。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

処理中です...