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変身ヒーローと無双チート救世主
ウォルカ王国への潜入方法
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俺たちはマーシャの運転する車に乗って大陸の端を目指していた。
一応、帝国を任されていた魔族たちには無駄死にをして欲しくないから魔界へ帰れとは言ったが、実際に彼らがどうするのかはそれは彼ら自身の問題だった。
もうサイドミラーにも町は見えない。
辺りはゴツゴツとした岩肌がむき出しの荒野が広がっている。
「ところで、ウォルカ王国ってどうやって入るんだ?」
確か、あの国には簡単には入れないはず。
ギルドマスターのクランスですら、追い返されたと言っていた。
海の向こうにあり、尚かつ攻撃をしてくるとなると、飛翔船か飛行艇のようなものが必要になるんじゃないかと思った。
「エリザベス女王様が救世主のことを知るためにその国へ潜入したという話は聞きましたよね」
「ああ」
今のエルフの町並は全てそれを模倣したものだと言っていた。
「女王様は入り方を知っていると言うことか」
「すでにその方法は教えていただいています」
「そりゃ、準備がいいな」
「ただ……一つ問題が」
そう言ってルームミラー越しにメリッサをチラッと見た。
「……なんですか?」
不機嫌そうにメリッサが睨み返す。
マーシャは少しだけ困ったような表情をさせた。
「魔王が一緒だと、まずいのか?」
「魔王がと言うよりは、強い魔力そのものがウォルカ王国の結界に引っかかると思います」
「結界?」
「はい、女王様からの情報によれば、あの国は結界で国そのものを外部からの侵入から守っているのです」
「それでよくエリザベスは潜入できたな」
エルフの王としての魔力は、マーシャが言うように魔王一人分よりもよほど高い。
何しろエルフの国の電力を一人で賄ってしまうほどの魔法を常に放出しているのだ。
「エルフの王は魔王と違って戦いのためだけに存在するものではありませんから。魔力のコントロールは比較的簡単なのです」
つまり、王ほどの魔力のないマーシャにはコントロールはもっと簡単だと言うことか。
「魔力が結界に触れたらダメなのか?」
「そうおっしゃっていました」
ってことは、飛翔船や飛行艇で近づくのはアウトだ。
魔力を動力としている乗り物で近づけば、攻撃されかねない。
「アキラさんはそもそも魔力がありませんから、特に何もする必要はありません。私も魔力を抑え込めば良いだけなので……」
「…………」
メリッサは特に反発することはなく黙って前だけを見ていた。
エルフの言うことだから信用できないとか言うかと思ったが、素直にマーシャの説明を受け入れているようだった。
「……待てよ、ウォルカ王国に入るには魔法が使えないってことだよな」
「はい」
「それじゃ、まさか――」
「海は魔力以外の力で超えなければなりません。最も安全なのは泳いで渡ることだそうです」
少し気が遠くなるような気がした。
「この大陸からウォルカ王国までの距離は?」
「それはわかりかねますが、エリザベス女王様は三日も泳げば着いたそうですよ」
「三日!?」
とんでもない執念で、ウォルカ王国を調べたんだな……。
他人事だと思って感心している場合ではないが。
『この世界の地図データなのでどこまで正確かはわかりかねますが、百五十キロくらいはあると想定した方がよいかと』
絶望的な数字をAIが出してくる。
そりゃ、俺の体は普通の人間では無い。
エリザベス女王が魔法も使わずに泳ぎ切ったというなら、俺にだって出来ないとはいいたくない。
しかし、それでも簡単ではないことは間違いなかった。
「マーシャも付き合うのか」
「はい、そこにアキラさんが向かうというのであれば」
外堀を埋められている気がする。
ただまあ、この手詰まり感を解消するには、ハルの出身地を見ておきたいって気持ちがあるのは確かだ。
それに、大地未来もウォルカ王国にいると言っていた。
いずれあの国へ行くことは運命づけられていた。
……大地未来のテレポートなら、あっさり潜入できるんだろうが……。
こういう時に限って都合よく現れてはくれなかった。
そもそも、未来は俺がウォルカ王国へ行くことを反対していた。
記憶を思い出さないまま接触するのは危険だとかなんとか。
それがハルのことを言っているのだとしたら、すでに出会ってしまったのだから反対する理由もないとは思う。
「あ、海岸が見えてきましたよ」
少し嬉しそうに言ってくれるが、俺はそんなに明るい気分にはなれそうになかった。
車は砂浜の上を走り、海の手前で止められた。
車を降りると潮の香りを含んだ爽やかな風に出迎えられる。
太陽は空高く輝き、気温は三十度近くありそう。
泳ぐには適切な環境ではある。
「船で行くってのはダメなのか?」
「そんなもので近づいたら、すぐに気付かれてしまうみたいですよ」
「そりゃ、魔界にあるような船で近づいたらそうだろうけど、筏とかボートみたいな小型のものでも気付かれるのか?」
「……申し訳ありません。それがどのようなものかわかりかねます。すぐに用意できるものなのですか?」
……そう言えば、この世界では海の外側にある国は魔界とウォルカ王国だけだったから、船の技術が高くない。
人間の作る船は飛翔船とかくらいだった。
もっとも、あれは形こそ船のようだが、中身は飛行船とか飛行機と同じ。
正確に言えば船ではない。
……嫌な想像だが、ウォルカ王国に近づかれたくなかったからこの世界では造船技術が遅れているのだろうか。
根拠はないが、そんな気がした。
「アキラさん。あの素速く動ける姿に変身して泳いでいくというのは?」
そう提案してきたのは、メリッサだった。
「……ファイトギアか……」
身体能力が極限まで高まるし、結界だけでなく、監視の目をかいくぐるという意味でも有効な手段だとは思っている。
……しかし、普通に泳いでも丸三日の距離だろ。
それだけの時間をファイトギアでどれだけ短縮できるか。
「アキラさん、迷ってる時間はありませんよ」
そう言うと、マーシャがおもむろに服を脱ぎ始めた。
「ちょっと待て! いきなり裸になろうとするな!」
車の後ろに隠れて言う。
「裸ではありませんよ。水着に着替えようと思っただけです」
「それでも、せめて俺の目の届かないところで着替えてくれ」
「……ヨミさんのいない今ならチャンスだと思ったんですが、結構純情なんですね」
マーシャはまだ諦めていなかったらしい。
エルフってのは、呆れるほどに執念深いのかと思った。
「もう車の影から出てきても良いですよ」
マーシャは緑色のビキニに着替えていた。
眩しいほど白い肌が美しい。
服を紐で縛って背中にくくりつけている。
「さあ、行きましょう」
マーシャの伸ばした手を俺は握らなかった。
「……メリッサはどうする?」
「そこのエルフの言うことが嘘でも本当でも、私はこれ以上一緒に行くつもりはありません」
無表情のままだから、メリッサがなぜそう言ったのか俺には理解できなかった。
「……どうしてか、聞いても良いのか?」
「はい。魔王の魔力が目立ちすぎるというのは、ずっと懸念していました」
「それって、つまり……」
「アキラさんは私と一緒に行動していると、アスラフェル様たちにとっても人間たちにとっても見つけやすくなってしまいます」
「それほど気にする必要はないぜ。そもそも、俺はあいつらから逃げも隠れもするつもりはないんだから」
メリッサはかぶりを振って言葉を続ける。
「アキラさんの気持ちの問題ではありません。あなたの力ならどちらにも存在を気付かれることなく奇襲を仕掛けられる。でも、私と一緒ではそれができません。どちらを先に倒すつもりかはわかりませんが、戦闘能力だけでなく戦略の上でも私の魔力がアキラさんの足枷になっていると思っていました」
「……それで、メリッサが陽動を仕掛けて俺にハルの暗殺をしろと……」
「それも一つの方法だったんですけど、アキラさんはやっぱり優しすぎると思います」
「ですから、ここで一旦別れましょう。この先に私が付いていけば、人間たちにウォルカ王国へ近づいていることが気付かれてしまいます」
「マーシャ、魔法でメリッサの魔力を封印するとか出来ないのか?」
「魔王の魔力をエルフごときに封印など出来るはずありませんよ」
メリッサは馬鹿にするように言ったが、マーシャは反論しなかった。
「俺と別れてどこへ行くつもりだ?」
「……魔界へ、戻ろうかと思います」
「今のヨミやアスラフェルと合流しても、意味はないように思えるが……」
「そうでもありません。アスラフェル様は私の本心を見抜いていますから、単独で近づけば殺されることはないと思います」
「それじゃ、今のあいつらと一緒に人間と戦うのか?」
「……正直に言えば、ハルという人間はこの手で殺したいと思っています」
姉の敵討ち、か。
それを俺が否定するのは、キレイゴトでしかないような気がした。
「ただ、今の私ではたぶんあの女たちでさえ倒せるとは思えません」
「そこまで強いようには見えなかったけどな。でも、あいつらがただ者じゃないってことは俺もわかってる」
ネムスギアが計測した取り巻きたちの魔力はせいぜい上級冒険者くらい。
あの場に集まっていた魔族を圧倒できるレベルではなかった。
にもかかわらず、結果は魔族と魔物の全滅だ。
それだけの能力が彼女たちのどこにあったのか、ハルの言っていた神のギフトと同じくらい未知の能力だった。
「きっと、今のアスラフェル様とヨミさんでもハルたちは倒せません。私はあの二人が戦いを始めないように時間を稼ぎたいと思います」
海の青さに負けないくらいの爽やかな笑みを浮かべて、彼女は言った。
「アキラさんが、あいつらを倒すためのヒントを得るまで待っています」
真っ直ぐに向けられた瞳には、一つも迷いがないように見えた。
無茶な戦いを挑んだりはしない。
その決意が見て取れた。
「わかった。ヨミとアスラフェルの本心はまだ消えていないが、今の二人はそれを封印されているような状況だ。油断だけはするなよ」
「はい。そちらも、気をつけて」
俺は海へ向かって歩き出す。
その隣には黙ってマーシャが付いてきた。
「やっぱり、さすがに生身のまま泳いで渡るってのは、無理だよな……」
『ファイトギアの長時間使用はお勧めできかねますけどね』
AIが一応警告してくる。
それはわかってる。
あの決戦でもかなりの時間をファイトギアで戦ったから、変身解除後にえらいめに遭わされた。
メリッサが俺を背負ってヨミたちを追いかけてくれたからよかったものの、ほとんど身動きが取れなかった。
「あ、そうです。アキラさん」
背後からメリッサが駆け寄ってきた。
「まだ何かあるのか?」
「二人は魔法を使わない方が良いんですよね」
「らしいな。って言っても、俺にはそもそも使えないけど」
「でしたら、私の魔法で少しだけ距離を稼ぎましょう。二人とも準備が出来たら言ってください」
「え?」
「大丈夫です。攻撃力は極力抑えますから」
メリッサはそう言うが、魔力が大きくなっていくプレッシャーに冷や汗しか出ない。
爽やかだった風がピタリと止まる。
「風の神の名において、我が命ずる。一陣の風よ、全てを巻き込み吹き飛ばしなさい」
風が渦を巻いてメリッサの手に集まっていた。
『変身しておいた方がよさそうですね』
「ファイトギアで大丈夫だと思うか?」
『確か、私のデータによるとあの魔法には殺傷能力はなかったと思います』
殺傷能力はなくても、風に吹き飛ばされて海に叩きつけられるだけでもダメージになりそうな気がするが……。
取り敢えず、後でフォームチェンジすれば良いか。
「変身!」
『起動コードを認証しました。ネムスギア、キャノンギアフォーム、展開します』
ネムスギアに全身を包まれると、メリッサの前に移動する。
マーシャも俺の隣りに並んで、すでに覚悟を決めているようだった。
「メリッサ、やってくれ」
「ゲイルガスト!」
凄まじい突風が背中を押し、砂浜が爆発する。
その風の勢いに押し出されるように、俺とマーシャは海の上を飛んでいく。
俺の顔はマスクで覆われているから辺りを見る余裕があるが、マーシャは目を瞑っていた。
風の勢いが強すぎるのだろう。
後ろを振り返ると、あっという間に大陸が小さくなってしまった。
それでも、まだ前方には何も見えない。
『地図のデータが間違っていなければ、方向は合っています。それよりも、着水の衝撃に備えてください』
それは俺よりも、マーシャだな。
俺は先に海へ飛び込んだ。
大きな水しぶきが上がる。
振り返ってマーシャの体を受け止めた。
キャノンギアにしておいて正解だった。
ほとんど衝撃を受けることなく、二人とも着水できた。
「これで、どれだけの距離を稼いだのかな……」
『そうですね。ざっと五十キロと言ったところでしょうか』
行程の約三分の一だ。
さすがは魔王の魔法と言ったところか。
俺はファイトギアにフォームチェンジをしてマーシャを背負った。
「あの、本当にこれでいいんですか? 何だか役得というか……」
「マーシャは魔力を抑えることに集中していてくれ。俺がこの姿で泳いだ方が速く着く」
「それでは、私はただの足手まといにしかならないような気がするのですが」
「いいや、マーシャには重要な役割がある」
「重要?」
「とにかく、急ぐぞ。できる限り時間を短縮させたい」
「は、はあ……」
説明を省いたからか、マーシャは気のない返事をしていたが、しっかりと俺の背中にしがみついた。
……ファイトギアの長時間使用には、筋肉痛が伴う。
それを魔法で治療できるのは、マーシャしかいない。
ウォルカ王国に潜入した後になるとは思うが、彼女がいなければ潜入できても数日は身動きが取れなくなってしまう。
少しでもその時間を減らすために、俺は一心不乱に泳いだ。
一応、帝国を任されていた魔族たちには無駄死にをして欲しくないから魔界へ帰れとは言ったが、実際に彼らがどうするのかはそれは彼ら自身の問題だった。
もうサイドミラーにも町は見えない。
辺りはゴツゴツとした岩肌がむき出しの荒野が広がっている。
「ところで、ウォルカ王国ってどうやって入るんだ?」
確か、あの国には簡単には入れないはず。
ギルドマスターのクランスですら、追い返されたと言っていた。
海の向こうにあり、尚かつ攻撃をしてくるとなると、飛翔船か飛行艇のようなものが必要になるんじゃないかと思った。
「エリザベス女王様が救世主のことを知るためにその国へ潜入したという話は聞きましたよね」
「ああ」
今のエルフの町並は全てそれを模倣したものだと言っていた。
「女王様は入り方を知っていると言うことか」
「すでにその方法は教えていただいています」
「そりゃ、準備がいいな」
「ただ……一つ問題が」
そう言ってルームミラー越しにメリッサをチラッと見た。
「……なんですか?」
不機嫌そうにメリッサが睨み返す。
マーシャは少しだけ困ったような表情をさせた。
「魔王が一緒だと、まずいのか?」
「魔王がと言うよりは、強い魔力そのものがウォルカ王国の結界に引っかかると思います」
「結界?」
「はい、女王様からの情報によれば、あの国は結界で国そのものを外部からの侵入から守っているのです」
「それでよくエリザベスは潜入できたな」
エルフの王としての魔力は、マーシャが言うように魔王一人分よりもよほど高い。
何しろエルフの国の電力を一人で賄ってしまうほどの魔法を常に放出しているのだ。
「エルフの王は魔王と違って戦いのためだけに存在するものではありませんから。魔力のコントロールは比較的簡単なのです」
つまり、王ほどの魔力のないマーシャにはコントロールはもっと簡単だと言うことか。
「魔力が結界に触れたらダメなのか?」
「そうおっしゃっていました」
ってことは、飛翔船や飛行艇で近づくのはアウトだ。
魔力を動力としている乗り物で近づけば、攻撃されかねない。
「アキラさんはそもそも魔力がありませんから、特に何もする必要はありません。私も魔力を抑え込めば良いだけなので……」
「…………」
メリッサは特に反発することはなく黙って前だけを見ていた。
エルフの言うことだから信用できないとか言うかと思ったが、素直にマーシャの説明を受け入れているようだった。
「……待てよ、ウォルカ王国に入るには魔法が使えないってことだよな」
「はい」
「それじゃ、まさか――」
「海は魔力以外の力で超えなければなりません。最も安全なのは泳いで渡ることだそうです」
少し気が遠くなるような気がした。
「この大陸からウォルカ王国までの距離は?」
「それはわかりかねますが、エリザベス女王様は三日も泳げば着いたそうですよ」
「三日!?」
とんでもない執念で、ウォルカ王国を調べたんだな……。
他人事だと思って感心している場合ではないが。
『この世界の地図データなのでどこまで正確かはわかりかねますが、百五十キロくらいはあると想定した方がよいかと』
絶望的な数字をAIが出してくる。
そりゃ、俺の体は普通の人間では無い。
エリザベス女王が魔法も使わずに泳ぎ切ったというなら、俺にだって出来ないとはいいたくない。
しかし、それでも簡単ではないことは間違いなかった。
「マーシャも付き合うのか」
「はい、そこにアキラさんが向かうというのであれば」
外堀を埋められている気がする。
ただまあ、この手詰まり感を解消するには、ハルの出身地を見ておきたいって気持ちがあるのは確かだ。
それに、大地未来もウォルカ王国にいると言っていた。
いずれあの国へ行くことは運命づけられていた。
……大地未来のテレポートなら、あっさり潜入できるんだろうが……。
こういう時に限って都合よく現れてはくれなかった。
そもそも、未来は俺がウォルカ王国へ行くことを反対していた。
記憶を思い出さないまま接触するのは危険だとかなんとか。
それがハルのことを言っているのだとしたら、すでに出会ってしまったのだから反対する理由もないとは思う。
「あ、海岸が見えてきましたよ」
少し嬉しそうに言ってくれるが、俺はそんなに明るい気分にはなれそうになかった。
車は砂浜の上を走り、海の手前で止められた。
車を降りると潮の香りを含んだ爽やかな風に出迎えられる。
太陽は空高く輝き、気温は三十度近くありそう。
泳ぐには適切な環境ではある。
「船で行くってのはダメなのか?」
「そんなもので近づいたら、すぐに気付かれてしまうみたいですよ」
「そりゃ、魔界にあるような船で近づいたらそうだろうけど、筏とかボートみたいな小型のものでも気付かれるのか?」
「……申し訳ありません。それがどのようなものかわかりかねます。すぐに用意できるものなのですか?」
……そう言えば、この世界では海の外側にある国は魔界とウォルカ王国だけだったから、船の技術が高くない。
人間の作る船は飛翔船とかくらいだった。
もっとも、あれは形こそ船のようだが、中身は飛行船とか飛行機と同じ。
正確に言えば船ではない。
……嫌な想像だが、ウォルカ王国に近づかれたくなかったからこの世界では造船技術が遅れているのだろうか。
根拠はないが、そんな気がした。
「アキラさん。あの素速く動ける姿に変身して泳いでいくというのは?」
そう提案してきたのは、メリッサだった。
「……ファイトギアか……」
身体能力が極限まで高まるし、結界だけでなく、監視の目をかいくぐるという意味でも有効な手段だとは思っている。
……しかし、普通に泳いでも丸三日の距離だろ。
それだけの時間をファイトギアでどれだけ短縮できるか。
「アキラさん、迷ってる時間はありませんよ」
そう言うと、マーシャがおもむろに服を脱ぎ始めた。
「ちょっと待て! いきなり裸になろうとするな!」
車の後ろに隠れて言う。
「裸ではありませんよ。水着に着替えようと思っただけです」
「それでも、せめて俺の目の届かないところで着替えてくれ」
「……ヨミさんのいない今ならチャンスだと思ったんですが、結構純情なんですね」
マーシャはまだ諦めていなかったらしい。
エルフってのは、呆れるほどに執念深いのかと思った。
「もう車の影から出てきても良いですよ」
マーシャは緑色のビキニに着替えていた。
眩しいほど白い肌が美しい。
服を紐で縛って背中にくくりつけている。
「さあ、行きましょう」
マーシャの伸ばした手を俺は握らなかった。
「……メリッサはどうする?」
「そこのエルフの言うことが嘘でも本当でも、私はこれ以上一緒に行くつもりはありません」
無表情のままだから、メリッサがなぜそう言ったのか俺には理解できなかった。
「……どうしてか、聞いても良いのか?」
「はい。魔王の魔力が目立ちすぎるというのは、ずっと懸念していました」
「それって、つまり……」
「アキラさんは私と一緒に行動していると、アスラフェル様たちにとっても人間たちにとっても見つけやすくなってしまいます」
「それほど気にする必要はないぜ。そもそも、俺はあいつらから逃げも隠れもするつもりはないんだから」
メリッサはかぶりを振って言葉を続ける。
「アキラさんの気持ちの問題ではありません。あなたの力ならどちらにも存在を気付かれることなく奇襲を仕掛けられる。でも、私と一緒ではそれができません。どちらを先に倒すつもりかはわかりませんが、戦闘能力だけでなく戦略の上でも私の魔力がアキラさんの足枷になっていると思っていました」
「……それで、メリッサが陽動を仕掛けて俺にハルの暗殺をしろと……」
「それも一つの方法だったんですけど、アキラさんはやっぱり優しすぎると思います」
「ですから、ここで一旦別れましょう。この先に私が付いていけば、人間たちにウォルカ王国へ近づいていることが気付かれてしまいます」
「マーシャ、魔法でメリッサの魔力を封印するとか出来ないのか?」
「魔王の魔力をエルフごときに封印など出来るはずありませんよ」
メリッサは馬鹿にするように言ったが、マーシャは反論しなかった。
「俺と別れてどこへ行くつもりだ?」
「……魔界へ、戻ろうかと思います」
「今のヨミやアスラフェルと合流しても、意味はないように思えるが……」
「そうでもありません。アスラフェル様は私の本心を見抜いていますから、単独で近づけば殺されることはないと思います」
「それじゃ、今のあいつらと一緒に人間と戦うのか?」
「……正直に言えば、ハルという人間はこの手で殺したいと思っています」
姉の敵討ち、か。
それを俺が否定するのは、キレイゴトでしかないような気がした。
「ただ、今の私ではたぶんあの女たちでさえ倒せるとは思えません」
「そこまで強いようには見えなかったけどな。でも、あいつらがただ者じゃないってことは俺もわかってる」
ネムスギアが計測した取り巻きたちの魔力はせいぜい上級冒険者くらい。
あの場に集まっていた魔族を圧倒できるレベルではなかった。
にもかかわらず、結果は魔族と魔物の全滅だ。
それだけの能力が彼女たちのどこにあったのか、ハルの言っていた神のギフトと同じくらい未知の能力だった。
「きっと、今のアスラフェル様とヨミさんでもハルたちは倒せません。私はあの二人が戦いを始めないように時間を稼ぎたいと思います」
海の青さに負けないくらいの爽やかな笑みを浮かべて、彼女は言った。
「アキラさんが、あいつらを倒すためのヒントを得るまで待っています」
真っ直ぐに向けられた瞳には、一つも迷いがないように見えた。
無茶な戦いを挑んだりはしない。
その決意が見て取れた。
「わかった。ヨミとアスラフェルの本心はまだ消えていないが、今の二人はそれを封印されているような状況だ。油断だけはするなよ」
「はい。そちらも、気をつけて」
俺は海へ向かって歩き出す。
その隣には黙ってマーシャが付いてきた。
「やっぱり、さすがに生身のまま泳いで渡るってのは、無理だよな……」
『ファイトギアの長時間使用はお勧めできかねますけどね』
AIが一応警告してくる。
それはわかってる。
あの決戦でもかなりの時間をファイトギアで戦ったから、変身解除後にえらいめに遭わされた。
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「あ、そうです。アキラさん」
背後からメリッサが駆け寄ってきた。
「まだ何かあるのか?」
「二人は魔法を使わない方が良いんですよね」
「らしいな。って言っても、俺にはそもそも使えないけど」
「でしたら、私の魔法で少しだけ距離を稼ぎましょう。二人とも準備が出来たら言ってください」
「え?」
「大丈夫です。攻撃力は極力抑えますから」
メリッサはそう言うが、魔力が大きくなっていくプレッシャーに冷や汗しか出ない。
爽やかだった風がピタリと止まる。
「風の神の名において、我が命ずる。一陣の風よ、全てを巻き込み吹き飛ばしなさい」
風が渦を巻いてメリッサの手に集まっていた。
『変身しておいた方がよさそうですね』
「ファイトギアで大丈夫だと思うか?」
『確か、私のデータによるとあの魔法には殺傷能力はなかったと思います』
殺傷能力はなくても、風に吹き飛ばされて海に叩きつけられるだけでもダメージになりそうな気がするが……。
取り敢えず、後でフォームチェンジすれば良いか。
「変身!」
『起動コードを認証しました。ネムスギア、キャノンギアフォーム、展開します』
ネムスギアに全身を包まれると、メリッサの前に移動する。
マーシャも俺の隣りに並んで、すでに覚悟を決めているようだった。
「メリッサ、やってくれ」
「ゲイルガスト!」
凄まじい突風が背中を押し、砂浜が爆発する。
その風の勢いに押し出されるように、俺とマーシャは海の上を飛んでいく。
俺の顔はマスクで覆われているから辺りを見る余裕があるが、マーシャは目を瞑っていた。
風の勢いが強すぎるのだろう。
後ろを振り返ると、あっという間に大陸が小さくなってしまった。
それでも、まだ前方には何も見えない。
『地図のデータが間違っていなければ、方向は合っています。それよりも、着水の衝撃に備えてください』
それは俺よりも、マーシャだな。
俺は先に海へ飛び込んだ。
大きな水しぶきが上がる。
振り返ってマーシャの体を受け止めた。
キャノンギアにしておいて正解だった。
ほとんど衝撃を受けることなく、二人とも着水できた。
「これで、どれだけの距離を稼いだのかな……」
『そうですね。ざっと五十キロと言ったところでしょうか』
行程の約三分の一だ。
さすがは魔王の魔法と言ったところか。
俺はファイトギアにフォームチェンジをしてマーシャを背負った。
「あの、本当にこれでいいんですか? 何だか役得というか……」
「マーシャは魔力を抑えることに集中していてくれ。俺がこの姿で泳いだ方が速く着く」
「それでは、私はただの足手まといにしかならないような気がするのですが」
「いいや、マーシャには重要な役割がある」
「重要?」
「とにかく、急ぐぞ。できる限り時間を短縮させたい」
「は、はあ……」
説明を省いたからか、マーシャは気のない返事をしていたが、しっかりと俺の背中にしがみついた。
……ファイトギアの長時間使用には、筋肉痛が伴う。
それを魔法で治療できるのは、マーシャしかいない。
ウォルカ王国に潜入した後になるとは思うが、彼女がいなければ潜入できても数日は身動きが取れなくなってしまう。
少しでもその時間を減らすために、俺は一心不乱に泳いだ。
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貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。
しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった!
失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する!
辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。
これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!
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