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変身ヒーローと無双チート救世主
逃げ出す者と訪れる者
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日の光がカーテンの隙間から覗かせる。
その眩しさで目が覚めた。
今は、何時だろうか。
ベッドから起き上がり、窓へ近づく。
カーテンを思いきり開けると、太陽が部屋の中を照りつけた。
お昼にはまだなっていないようだが、朝と呼べる時間帯でもなさそうだ。
俺は一階に降りると、ふわりと香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。
顔を洗おうと思っていたのだが、香りに誘われるように厨房に入るとメリッサが何やら食材と格闘していた。
「何をしてるんだ?」
「見てわかりませんか? 朝食を作ってます」
朝って時間じゃないけど、わざわざ俺のために用意してくれたのか。
「ありがとう。顔洗ってくる」
「もう少しかかりますから、急がなくても良いですよ」
急かすつもりはなかったが、せっかく用意してくれたのだから早く食べたかった。
すぐに厨房に戻り、準備を手伝うことにした。
と言ってもほとんどすでに出来上がっていたので、ダイニングへと運ぶ。
この宿屋には宿泊客の食堂はなかった。
たぶん、食事はそれぞれの部屋に運び込んでいたのだろう。
経営者の住居部分にはリビングとダイニングがあったので、そっちを使うことにした。
メリッサの作った朝食はトーストとハムエッグとコーンスープ。
魔族には食事は必須ではないはずなのに、腕は悪くなさそうだった。
「いただきます」
俺が手を合わせてそう言った時には、すでにメリッサは食べ始めていた。
「――美味い」
感想が口を突いて勝手に出た。
「別に、お世辞を言わなくてもいいですよ。この程度の料理は味を評価するほどのものではありませんから」
「いや、シンプルだからこそ味の違いが出るもんだよ」
「そうでしょうか」
言葉とは裏腹にメリッサは微笑んでいた。
「でも、どうして朝食を作ったんだ? 魔族には食事は必要ないだろ」
「特に意味はありません。私が食べたかったからついでに用意しただけです」
素っ気なくそう言ったが、その割には味にこだわりのようなものを感じられる。
まあ、余り突っ込むのも野暮だろう。
それ以上は何も言わずにメリッサの用意してくれた朝食を残さず食べた。
後片付けまでやろうとしたので、さすがにそれは俺がやった。
食器を並べていると、メリッサが厨房に戻ってきた。
「……それで、これからどうするんですか? また、アスラフェル様たちを追いかけますか?」
ただの質問ではないことはわかってる。
彼女が言いたいことは、このまま追いかけることに意味があるのかってことだ。
説得しても無駄だった。
戦って魔力を減らしても無駄だった。
未来のお陰で本心だけはわかっているのに、どうしたらヨミとアスルを元に戻せるのか、その見当も付かない。
「このままアスラフェル様たちに近づいても何も変わらない気がします」
「そうだけど、放っておいたらあのハルって奴らが二人と戦うことになる」
「ええ。ですから、先に私たちで救世主たちを倒してしまうと言うのは?」
それは不可能だと未来に忠告されている。
ハルに関して言えば、俺は戦ってみなければわからないと思っているが、問題はあっちの戦力だ。
ハルだけでも厄介なのに、取り巻きの女たちは決戦に参加していた魔族を全滅させた。
個々の能力は勇者よりも高いかも知れない。
それが七人もいて、ハルとの戦いを邪魔してきたらそこでエネルギーを使い果たす気がする。
「アキラさん、そんなに難しいことでしょうか?」
「俺たちは二人きりだからな」
「もしかして、正面から戦うことを想定していますか?」
「え?」
「たった二人でそんなことをしたらただの玉砕です。私が言っているのは、救世主の暗殺ですよ」
……やっぱり、メリッサは魔王らしい魔王だった。
「暗殺……」
「アキラさんには魔力がありませんから、近づいても気付かれることはないと思います。それに――」
「ファイトギアの高速移動か」
「はい。私でも神経を集中していなければ、一瞬ですら姿を捉えることが難しい。油断しているなら簡単に近づけると思います」
メリッサは俺に一人でハルを暗殺してこいと言っているわけではない。
この作戦の重要な部分は相手に油断させること。
特にハルの取り巻きの女たちをハルから少しでも引き離す必要がある。
つまり、メリッサは陽動をするつもりだ。
勇者を超えるかも知れない七人の女を相手に。
「グロリアの後を追いたいわけじゃないよな」
「……そういう言い方、失礼だと思います」
メリッサが眉間にしわを寄せて思いきり睨んできた。
俺があえて挑発するような聞き方をしたことまで見抜いていたようだ。
「だけど、どう考えてもメリッサのリスクが大きすぎる」
「ですが、もはや手段を考えている時間も残されていないと思いますが……」
「そうだけど、何かこう……せめてあいつらの力の謎とか、一つでも糸口があれば強攻策に出るのも悪くはないと思う。今の俺たちが焦って奴らを倒そうとしても、ろくな結果にならない気がする」
メリッサもそこはわかっているようだった。
たった一人で姉の敵を討ちに行くほど冷静さは失われていない。
二人して腕組みをしていたら、外が少し騒がしくなった。
馬車を乱暴に走らせる音がしたと思ったら、バタバタと走っていく足音も聞こえてきた。
「なんだ?」
メリッサは掌を上に向けて首をかしげた。
「行ってみよう」
宿屋の出入り口を開けると、町の中心部からひっきりなしに馬車が走ってくる。
魔物たちの表情はどれも冷や汗でいっぱいだった。
その様子から何かから逃げ出している雰囲気は伝わってきた。
「あ! 魔王様とヨミ様の婿殿!」
そう声をかけてきたのは、昨日野菜を買った八百屋で店番をしていた魔物だった。
「どうしたんだ? 市場に買い出しに行くって感じじゃなさそうだが……」
馬車いっぱいに荷物を積み込んでいる。
まるで引っ越しをするみたいだ。
「お二人はこの町に残られるのですか?」
「え? いや……どうするかは考えてる最中なんだけど……」
「そうですか。アスラフェル様とヨミ様も魔界へ向かったようですし、お二人もそちらに向かった方が良いと思います」
「ちょっと待った。話が見えてこないんだけど、何かあったのか?」
魔物は信じられないものを見るような目を向けてきた。
「何かって……人間が隣の国を奪い返したんですよ。それで、この大陸で魔族が支配しているのはこの国だけになっちまったんです。数日もすれば、奴らはこの国に攻め込んでくる。だからみんな魔界へ帰ろうとしてるんですよ」
決戦の日から三日くらいしか経っていないのに、もうそこまでハルたちが来ているのか。
しかし、あいつらにしてみれば、魔族が三十人程度しかいない町を取り戻すのは難しくない。
向こうは飛翔船も使えるから移動速度も速い。
この流れは必然だった。
「お二人はこの町に残って人間たちと戦うんですか?」
そこまで言うと、後ろから来た馬車に急かされて八百屋の店主は馬車を走らせて行ってしまった。
「……こちらから出向かなくても、向こうからやってくるみたいですね」
「それだけじゃない。ヨミとアスルがどこへ向かったのかもわかった」
まあ、もはやそこしか魔族の住める場所はなくなったと思った方が良いのか。
町から逃げていくものの中に魔族の姿は見られなかった。
三十人でハルたちと戦うつもりなんだろう。
結果は火を見るより明らかなのに。
ヨミやアスルを追うか、この町で絶望的な戦いをするか。
「メリッサ、町に残っている魔族たちを集められないか?」
「魔法を使えば町中にいる魔族に声をかけることは出来ますけど、一緒に戦うつもりですか?」
「いいや、魔界へ戻ってもらう」
「……それは、きっと難しいと思います」
「どうして? たった三十人じゃ勇者だって相手に出来ないだろ。もうこの町を守る意味も価値も無い。少しでも生き残る方法を考えるべきじゃないのか?」
「たとえ絶望的な状況でも、魔族にもプライドがありますから。それに、誰かが足止めをした方が助かる魔物たちも増えるでしょうし」
「それじゃ、メリッサもここに残って戦うつもりなのか?」
「他に選択肢がないのなら、それもいいかも知れませんね」
俺は返す言葉を失った。
それから丸一日が過ぎて、帝国の町はほとんどゴーストタウンと化した。
俺はまだどうすれば良いか決めかねている。
ベッドに横になったまま天井を見つめていると一階が少しだけ騒がしくなった。
この町にはもう魔物はいない。
誰かが尋ねてくるとしたら、それは魔族たちだ。
メリッサの魔力は隠そうと思って隠せるものじゃないから、彼らはきっとメリッサを頼りに訪ねてきたのだろう。
階段を上がる音が聞こえてくる。
ノックされる前にベッドから立ち上がって扉を開けた。
そこには困り顔のメリッサがいた。
「どうした? 魔族たちが一緒に戦って欲しいって頼みに来たのか?」
「いいえ、彼らはもう覚悟を決めていますから。私がこの町に残ろうが、アスラフェル様たちを追って魔界へ帰ろうが、関係なく人間と戦います。それよりも、別の問題が発生したようです」
「別の問題?」
「町の外を警戒していた魔族が、見知らぬ乗り物が高速でこちらに近づいてくるのを見つけて攻撃したら、反撃を受けて負傷してしまったようです。門を閉ざしてその乗り物に乗っている何者かと戦闘状態にあるらしいのですが……」
最後まで聞かずに宿屋から飛び出した。
魔族連中が知らない乗り物って言ったら、それはもうエリザベス女王からもらった車しかない。
魔族に反撃できるほどの人物が乗っているってことは――。
ファイトギアに変身して門まで走った。
ものの数秒で辿り着いたが、門の周辺は攻撃の爪痕が見られた。
門に併設された監視塔から外へ向かって魔族が魔法を撃つが、外からもそこに魔法が飛んでくる。
流れ弾が辺りの建物を壊しているわけだ。
俺が門の前に立つと、監視塔にいる魔族が大声で叫んだ。
「ヨミ様の婿殿か!? そこから離れた方がいい! なんかよくわからない奴が攻撃してきてる! きっと人間どもの先遣隊だ!」
「違う! 攻撃を止めてくれ! それと門を開けろ!」
「え!? ど、どうしてですか!」
「その妙な乗り物は俺のものだからだ。勝手に壊されちゃ困る」
「で、ですが……」
「良いからアキラさんの言うとおりにしてください」
メリッサが空から舞い降りてきた。
「ま、魔王様まで……わかりました。責任は取ってくださいよ」
門を開けると、そこには車が来ていた。
乗っているのが誰なのかは覗き込まなくてもわかる。
俺は変身を解除して車に駆け寄った。
「アキラさん!」
向こうも俺の姿がわかったようで、運転席から降りていた。
「マーシャ、車も持ってきてくれたんだな」
「はい、私の飛行魔法ではとても魔王の速度について行けそうになかったので困っていたら、この車が」
AIがマーシャも連れてきてくれたってとこか。
「それで、一介のエルフがここまで何をしに来たんですか?」
冷たい口調でメリッサが聞く。
「もちろん、アキラさんの力になるために」
「お気の毒だけれど、ここから先は王の領域です。ただのエルフでは足手まといにしかなりません」
「別に、あなたの足を引っ張るつもりはありませんから。私はあくまでもアキラさんの手助けをするためにここまで来たんです」
火花を散らす二人の間に割って入る。
「今はケンカしてる場合じゃないだろ。それに、マーシャは人間にもあのハルって救世主たちにも敵視されていないし、俺たちには出来ないことをできるかも知れないだろ」
「……それは、そうかも知れませんが……」
珍しくメリッサが少しだけ不機嫌そうな態度を表した。
魔族にとってエルフはそれほど敵対しているようには見えなかったのに、やっぱり魔王になってからメリッサの態度は少し魔族や魔物以外に対して厳しい。
フェラルドに憧れていたなら、そう言う部分も真似してくれれば良いんだけど。
そこはまあ、人それぞれか。
「そうでした」
急にマーシャが手を叩いてそう言った。
「なんだ?」
「再会できた喜びですっかり忘れていましたが、ここへ来る道中にハルという救世主の動向をずっと探っていたんです」
マーシャは俺たちが決戦の場からヨミとアスラフェルを追いかけた後のことを簡潔にまとめて説明した。
ハルとその仲間たちは勇者たちとそれぞれの王国軍、そして冒険者たちを連れてアイレーリスの王宮に向かい、キャリーに謁見した。
その場には統一連合国の首脳が全て集まっていたらしい。
ファルナの報告を受けて、キャリーはハルの力を認めて不法入国の件は不問になった。
ハルは魔王と魔族を全滅させると息巻くが、首脳たちはそれに同意しなかった。
キャリーは魔王たちを人間の大陸から追い出せばそれでいいと主張した。
すると、ハルは急に態度を変えて単独で魔王と魔族を滅ぼすと宣言して出て行ってしまった。
ハルたちは皆、飛行魔法を使いこなし、破竹の勢いで魔族から領土を奪い返す。
キャリーは勇者と国軍と冒険者にハルたちを追わせようとしたが、勇者たちは廃人のようになってしまっていて、怪我は魔法で治療したのに誰一人武器を持って立ち上がれる者はいなかった。
伝説の武器は所有者を新たに選ぶこともなく、結局ハルたちは国軍と冒険者たちで追いかけている。
「私が知っているのはここまでです。それと、あの速度で移動していることを考えると、明日か明後日にはこの国へやってくるでしょう」
「そんなに時間がないのか」
勇者も国軍も冒険者もいないのに、ハルたちには三十人ほどの魔族では足止めにすらならない。
それに、何か急いでいるようにも感じられる。
「アキラさんたちはここでハルたちを迎え撃つつもりなのですか? ヨミさんやアスラフェル様というエルフの王はいないようですが……」
マーシャが辺りを見回していると、メリッサが睨みつけた。
「アスラフェル様は魔王です。エルフの王位などおまけでしかありません」
「エルフの王はただ一人。魔王のように何人もいない代わりに、その魔力は全ての魔王を超えるほどです。ですから、アスラフェル様にとって魔王という肩書きの方がおまけに過ぎないのです」
「だから、時間がないってのにケンカは止めてくれ!」
頭の整理がまったくつかない。
「何を、迷う必要があるのですか? エリザベス女王様のお話を忘れたわけではありませんよね」
「ああ、救世主が魔王を倒すとこの世界は終わる」
「あのハルという少年を倒す以外に道はありません。人を殺すことに躊躇いがあるというなら……」
「それは覚悟してる。問題は、今の俺にはハルを……取り巻きを含めたあいつらを倒す方法がわからない。アスラフェルの攻撃でダメージを与えているようには見えたが、魔族のようにすぐに治ってしまったし。神のギフトと言っていた力もわけがわからないし解析も出来ていない。手詰まりで困ってるんだよ」
「だったら――救世主の故郷へ行ってみませんか?」
「え?」
ハルの出身地はキャリーたちに身分照会を求められた時に明かされた。
大陸の北西に位置する島国。
俺がまだ一度も足を踏み入れたことのない国――ウォルカ王国。
その眩しさで目が覚めた。
今は、何時だろうか。
ベッドから起き上がり、窓へ近づく。
カーテンを思いきり開けると、太陽が部屋の中を照りつけた。
お昼にはまだなっていないようだが、朝と呼べる時間帯でもなさそうだ。
俺は一階に降りると、ふわりと香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。
顔を洗おうと思っていたのだが、香りに誘われるように厨房に入るとメリッサが何やら食材と格闘していた。
「何をしてるんだ?」
「見てわかりませんか? 朝食を作ってます」
朝って時間じゃないけど、わざわざ俺のために用意してくれたのか。
「ありがとう。顔洗ってくる」
「もう少しかかりますから、急がなくても良いですよ」
急かすつもりはなかったが、せっかく用意してくれたのだから早く食べたかった。
すぐに厨房に戻り、準備を手伝うことにした。
と言ってもほとんどすでに出来上がっていたので、ダイニングへと運ぶ。
この宿屋には宿泊客の食堂はなかった。
たぶん、食事はそれぞれの部屋に運び込んでいたのだろう。
経営者の住居部分にはリビングとダイニングがあったので、そっちを使うことにした。
メリッサの作った朝食はトーストとハムエッグとコーンスープ。
魔族には食事は必須ではないはずなのに、腕は悪くなさそうだった。
「いただきます」
俺が手を合わせてそう言った時には、すでにメリッサは食べ始めていた。
「――美味い」
感想が口を突いて勝手に出た。
「別に、お世辞を言わなくてもいいですよ。この程度の料理は味を評価するほどのものではありませんから」
「いや、シンプルだからこそ味の違いが出るもんだよ」
「そうでしょうか」
言葉とは裏腹にメリッサは微笑んでいた。
「でも、どうして朝食を作ったんだ? 魔族には食事は必要ないだろ」
「特に意味はありません。私が食べたかったからついでに用意しただけです」
素っ気なくそう言ったが、その割には味にこだわりのようなものを感じられる。
まあ、余り突っ込むのも野暮だろう。
それ以上は何も言わずにメリッサの用意してくれた朝食を残さず食べた。
後片付けまでやろうとしたので、さすがにそれは俺がやった。
食器を並べていると、メリッサが厨房に戻ってきた。
「……それで、これからどうするんですか? また、アスラフェル様たちを追いかけますか?」
ただの質問ではないことはわかってる。
彼女が言いたいことは、このまま追いかけることに意味があるのかってことだ。
説得しても無駄だった。
戦って魔力を減らしても無駄だった。
未来のお陰で本心だけはわかっているのに、どうしたらヨミとアスルを元に戻せるのか、その見当も付かない。
「このままアスラフェル様たちに近づいても何も変わらない気がします」
「そうだけど、放っておいたらあのハルって奴らが二人と戦うことになる」
「ええ。ですから、先に私たちで救世主たちを倒してしまうと言うのは?」
それは不可能だと未来に忠告されている。
ハルに関して言えば、俺は戦ってみなければわからないと思っているが、問題はあっちの戦力だ。
ハルだけでも厄介なのに、取り巻きの女たちは決戦に参加していた魔族を全滅させた。
個々の能力は勇者よりも高いかも知れない。
それが七人もいて、ハルとの戦いを邪魔してきたらそこでエネルギーを使い果たす気がする。
「アキラさん、そんなに難しいことでしょうか?」
「俺たちは二人きりだからな」
「もしかして、正面から戦うことを想定していますか?」
「え?」
「たった二人でそんなことをしたらただの玉砕です。私が言っているのは、救世主の暗殺ですよ」
……やっぱり、メリッサは魔王らしい魔王だった。
「暗殺……」
「アキラさんには魔力がありませんから、近づいても気付かれることはないと思います。それに――」
「ファイトギアの高速移動か」
「はい。私でも神経を集中していなければ、一瞬ですら姿を捉えることが難しい。油断しているなら簡単に近づけると思います」
メリッサは俺に一人でハルを暗殺してこいと言っているわけではない。
この作戦の重要な部分は相手に油断させること。
特にハルの取り巻きの女たちをハルから少しでも引き離す必要がある。
つまり、メリッサは陽動をするつもりだ。
勇者を超えるかも知れない七人の女を相手に。
「グロリアの後を追いたいわけじゃないよな」
「……そういう言い方、失礼だと思います」
メリッサが眉間にしわを寄せて思いきり睨んできた。
俺があえて挑発するような聞き方をしたことまで見抜いていたようだ。
「だけど、どう考えてもメリッサのリスクが大きすぎる」
「ですが、もはや手段を考えている時間も残されていないと思いますが……」
「そうだけど、何かこう……せめてあいつらの力の謎とか、一つでも糸口があれば強攻策に出るのも悪くはないと思う。今の俺たちが焦って奴らを倒そうとしても、ろくな結果にならない気がする」
メリッサもそこはわかっているようだった。
たった一人で姉の敵を討ちに行くほど冷静さは失われていない。
二人して腕組みをしていたら、外が少し騒がしくなった。
馬車を乱暴に走らせる音がしたと思ったら、バタバタと走っていく足音も聞こえてきた。
「なんだ?」
メリッサは掌を上に向けて首をかしげた。
「行ってみよう」
宿屋の出入り口を開けると、町の中心部からひっきりなしに馬車が走ってくる。
魔物たちの表情はどれも冷や汗でいっぱいだった。
その様子から何かから逃げ出している雰囲気は伝わってきた。
「あ! 魔王様とヨミ様の婿殿!」
そう声をかけてきたのは、昨日野菜を買った八百屋で店番をしていた魔物だった。
「どうしたんだ? 市場に買い出しに行くって感じじゃなさそうだが……」
馬車いっぱいに荷物を積み込んでいる。
まるで引っ越しをするみたいだ。
「お二人はこの町に残られるのですか?」
「え? いや……どうするかは考えてる最中なんだけど……」
「そうですか。アスラフェル様とヨミ様も魔界へ向かったようですし、お二人もそちらに向かった方が良いと思います」
「ちょっと待った。話が見えてこないんだけど、何かあったのか?」
魔物は信じられないものを見るような目を向けてきた。
「何かって……人間が隣の国を奪い返したんですよ。それで、この大陸で魔族が支配しているのはこの国だけになっちまったんです。数日もすれば、奴らはこの国に攻め込んでくる。だからみんな魔界へ帰ろうとしてるんですよ」
決戦の日から三日くらいしか経っていないのに、もうそこまでハルたちが来ているのか。
しかし、あいつらにしてみれば、魔族が三十人程度しかいない町を取り戻すのは難しくない。
向こうは飛翔船も使えるから移動速度も速い。
この流れは必然だった。
「お二人はこの町に残って人間たちと戦うんですか?」
そこまで言うと、後ろから来た馬車に急かされて八百屋の店主は馬車を走らせて行ってしまった。
「……こちらから出向かなくても、向こうからやってくるみたいですね」
「それだけじゃない。ヨミとアスルがどこへ向かったのかもわかった」
まあ、もはやそこしか魔族の住める場所はなくなったと思った方が良いのか。
町から逃げていくものの中に魔族の姿は見られなかった。
三十人でハルたちと戦うつもりなんだろう。
結果は火を見るより明らかなのに。
ヨミやアスルを追うか、この町で絶望的な戦いをするか。
「メリッサ、町に残っている魔族たちを集められないか?」
「魔法を使えば町中にいる魔族に声をかけることは出来ますけど、一緒に戦うつもりですか?」
「いいや、魔界へ戻ってもらう」
「……それは、きっと難しいと思います」
「どうして? たった三十人じゃ勇者だって相手に出来ないだろ。もうこの町を守る意味も価値も無い。少しでも生き残る方法を考えるべきじゃないのか?」
「たとえ絶望的な状況でも、魔族にもプライドがありますから。それに、誰かが足止めをした方が助かる魔物たちも増えるでしょうし」
「それじゃ、メリッサもここに残って戦うつもりなのか?」
「他に選択肢がないのなら、それもいいかも知れませんね」
俺は返す言葉を失った。
それから丸一日が過ぎて、帝国の町はほとんどゴーストタウンと化した。
俺はまだどうすれば良いか決めかねている。
ベッドに横になったまま天井を見つめていると一階が少しだけ騒がしくなった。
この町にはもう魔物はいない。
誰かが尋ねてくるとしたら、それは魔族たちだ。
メリッサの魔力は隠そうと思って隠せるものじゃないから、彼らはきっとメリッサを頼りに訪ねてきたのだろう。
階段を上がる音が聞こえてくる。
ノックされる前にベッドから立ち上がって扉を開けた。
そこには困り顔のメリッサがいた。
「どうした? 魔族たちが一緒に戦って欲しいって頼みに来たのか?」
「いいえ、彼らはもう覚悟を決めていますから。私がこの町に残ろうが、アスラフェル様たちを追って魔界へ帰ろうが、関係なく人間と戦います。それよりも、別の問題が発生したようです」
「別の問題?」
「町の外を警戒していた魔族が、見知らぬ乗り物が高速でこちらに近づいてくるのを見つけて攻撃したら、反撃を受けて負傷してしまったようです。門を閉ざしてその乗り物に乗っている何者かと戦闘状態にあるらしいのですが……」
最後まで聞かずに宿屋から飛び出した。
魔族連中が知らない乗り物って言ったら、それはもうエリザベス女王からもらった車しかない。
魔族に反撃できるほどの人物が乗っているってことは――。
ファイトギアに変身して門まで走った。
ものの数秒で辿り着いたが、門の周辺は攻撃の爪痕が見られた。
門に併設された監視塔から外へ向かって魔族が魔法を撃つが、外からもそこに魔法が飛んでくる。
流れ弾が辺りの建物を壊しているわけだ。
俺が門の前に立つと、監視塔にいる魔族が大声で叫んだ。
「ヨミ様の婿殿か!? そこから離れた方がいい! なんかよくわからない奴が攻撃してきてる! きっと人間どもの先遣隊だ!」
「違う! 攻撃を止めてくれ! それと門を開けろ!」
「え!? ど、どうしてですか!」
「その妙な乗り物は俺のものだからだ。勝手に壊されちゃ困る」
「で、ですが……」
「良いからアキラさんの言うとおりにしてください」
メリッサが空から舞い降りてきた。
「ま、魔王様まで……わかりました。責任は取ってくださいよ」
門を開けると、そこには車が来ていた。
乗っているのが誰なのかは覗き込まなくてもわかる。
俺は変身を解除して車に駆け寄った。
「アキラさん!」
向こうも俺の姿がわかったようで、運転席から降りていた。
「マーシャ、車も持ってきてくれたんだな」
「はい、私の飛行魔法ではとても魔王の速度について行けそうになかったので困っていたら、この車が」
AIがマーシャも連れてきてくれたってとこか。
「それで、一介のエルフがここまで何をしに来たんですか?」
冷たい口調でメリッサが聞く。
「もちろん、アキラさんの力になるために」
「お気の毒だけれど、ここから先は王の領域です。ただのエルフでは足手まといにしかなりません」
「別に、あなたの足を引っ張るつもりはありませんから。私はあくまでもアキラさんの手助けをするためにここまで来たんです」
火花を散らす二人の間に割って入る。
「今はケンカしてる場合じゃないだろ。それに、マーシャは人間にもあのハルって救世主たちにも敵視されていないし、俺たちには出来ないことをできるかも知れないだろ」
「……それは、そうかも知れませんが……」
珍しくメリッサが少しだけ不機嫌そうな態度を表した。
魔族にとってエルフはそれほど敵対しているようには見えなかったのに、やっぱり魔王になってからメリッサの態度は少し魔族や魔物以外に対して厳しい。
フェラルドに憧れていたなら、そう言う部分も真似してくれれば良いんだけど。
そこはまあ、人それぞれか。
「そうでした」
急にマーシャが手を叩いてそう言った。
「なんだ?」
「再会できた喜びですっかり忘れていましたが、ここへ来る道中にハルという救世主の動向をずっと探っていたんです」
マーシャは俺たちが決戦の場からヨミとアスラフェルを追いかけた後のことを簡潔にまとめて説明した。
ハルとその仲間たちは勇者たちとそれぞれの王国軍、そして冒険者たちを連れてアイレーリスの王宮に向かい、キャリーに謁見した。
その場には統一連合国の首脳が全て集まっていたらしい。
ファルナの報告を受けて、キャリーはハルの力を認めて不法入国の件は不問になった。
ハルは魔王と魔族を全滅させると息巻くが、首脳たちはそれに同意しなかった。
キャリーは魔王たちを人間の大陸から追い出せばそれでいいと主張した。
すると、ハルは急に態度を変えて単独で魔王と魔族を滅ぼすと宣言して出て行ってしまった。
ハルたちは皆、飛行魔法を使いこなし、破竹の勢いで魔族から領土を奪い返す。
キャリーは勇者と国軍と冒険者にハルたちを追わせようとしたが、勇者たちは廃人のようになってしまっていて、怪我は魔法で治療したのに誰一人武器を持って立ち上がれる者はいなかった。
伝説の武器は所有者を新たに選ぶこともなく、結局ハルたちは国軍と冒険者たちで追いかけている。
「私が知っているのはここまでです。それと、あの速度で移動していることを考えると、明日か明後日にはこの国へやってくるでしょう」
「そんなに時間がないのか」
勇者も国軍も冒険者もいないのに、ハルたちには三十人ほどの魔族では足止めにすらならない。
それに、何か急いでいるようにも感じられる。
「アキラさんたちはここでハルたちを迎え撃つつもりなのですか? ヨミさんやアスラフェル様というエルフの王はいないようですが……」
マーシャが辺りを見回していると、メリッサが睨みつけた。
「アスラフェル様は魔王です。エルフの王位などおまけでしかありません」
「エルフの王はただ一人。魔王のように何人もいない代わりに、その魔力は全ての魔王を超えるほどです。ですから、アスラフェル様にとって魔王という肩書きの方がおまけに過ぎないのです」
「だから、時間がないってのにケンカは止めてくれ!」
頭の整理がまったくつかない。
「何を、迷う必要があるのですか? エリザベス女王様のお話を忘れたわけではありませんよね」
「ああ、救世主が魔王を倒すとこの世界は終わる」
「あのハルという少年を倒す以外に道はありません。人を殺すことに躊躇いがあるというなら……」
「それは覚悟してる。問題は、今の俺にはハルを……取り巻きを含めたあいつらを倒す方法がわからない。アスラフェルの攻撃でダメージを与えているようには見えたが、魔族のようにすぐに治ってしまったし。神のギフトと言っていた力もわけがわからないし解析も出来ていない。手詰まりで困ってるんだよ」
「だったら――救世主の故郷へ行ってみませんか?」
「え?」
ハルの出身地はキャリーたちに身分照会を求められた時に明かされた。
大陸の北西に位置する島国。
俺がまだ一度も足を踏み入れたことのない国――ウォルカ王国。
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