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武家の女(おなご)〈壱〉
しおりを挟む遠ざかっていくその姿がやがて辻角を曲がって見えなくなるまで、与岐は勝手口でおもんを見送った。
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今でこそ、いっぱしの「町家言葉」を遣う与岐であるが、実は直参(幕臣)の家に生まれた歴とした「武家の女」である。
南北二つある江戸の町奉行所には「与力」が其れぞれに二十五騎ずつ、「同心」が其れぞれに百人ずつ召し抱えられているが、与岐の生家である本田家は代々南町奉行所で「赦帳撰要方与力」に任ぜられていた。
赦帳撰要方とは、咎人の罪状に関する名簿を作成し恩赦の際にはその中から選定して奉行に上申したり、江戸府内の名主から提出された人別帳を管理したりする御役目である。
嫡男の兄がいたゆえ嫁に出される定めであった与岐は、年頃になると父や兄と同じ南町奉行所に出仕していた見習い与力の進藤 又十蔵に娶された。
同じ与力でも進藤の家は代々「例繰方与力」を担っていて、御奉行の御白州での御裁きを書き留め、それに基づいて「御仕置裁許帳」などの判例集を作成する御役目をしていた。
互いの「御家同士」の取り決めによる縁組であったけれども、幸いなことに二人の娘にも恵まれた。
ただ、下の娘の芙美を産んだあとの肥立ち悪しく、婚家で日がな一日臥せっているのは肩身が狭いゆえ、与岐はしばらく里帰りして養生することと相成った。
婚家も生家も同じ八丁堀の組屋敷である。しばし戻ったとて目と鼻の先だと思って、いざ娘たちを置いて帰ってみると——
間髪入れず、姑が「嫡男も産まぬのに、娘二人を捨て置いて実家に帰った」と組屋敷じゅうに触れ回った。
生まれた子がいずれもおなごであったのが、どうにも姑の癪に触っていたようだ。
進藤家としても弱った身体でまた次の子なんて、ましてや嫡男など望むべくもないと思い切ったらしく、ある日生家に「去り状」を携えた遣いの者を寄こしてきた。
与力の御役目はかつては一代限りの登用であったが、いつの間にか親から嫡男へと世襲になっていった。
されど、嫡男が生まれぬ場合であっても娘に婿を取って跡を継がせるのはよく聞く話だ。
そもそも娘すら生まれぬ場合であろうと、親戚筋から養子を迎えてでも「御家」は引き継がれて行く。
——娘を二人も産んだにもかかわらず、かような仕打ち……なにゆえ、上の娘の千賀に婿を取って跡目を継がさぬのか。
可愛い盛りの娘たちに会えぬ寂しさも相まって、与岐は夜な夜な涙に咽ぶことしかできず、弱った身体を養生するどころではなかった。
進藤の者がだれ一人として訪れぬことに生家の父と兄が業を煮やし、いくら「我ら本田家を何と心得る。かような去り状なぞ突き返してやるわ」と憤ったとて、肝心要の与岐の身体が快復する当てもないままに、やがてその心までもが疲れ果ててしまった。
さような中、「病を得て一向に快復せぬ実母に代わって幼い娘たちの身の回りの世話をさせる」名目で、姑が我がの親戚筋より花江と云う年若いおなごを進藤の家に入れた。
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