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September
約束 Side 翠葉 04話
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マンションに帰ると、私は洋服に着替えてピアノの練習を始めた。
時刻は六時前。雅さんがマンションに到着するのは六時半ごろと聞いている。さらには、到着したらコンシェルジュから連絡が入り、私はその時点で談話室へ移動すればいいらしい。雅さんはコンシェルジュが案内してくれるという。
六時からご飯の我が家には、着々と人が集まりだしている。でも、唯兄が家にいるのに秋斗さんの姿は見えなかった。
「唯兄、今日は秋斗さん一緒じゃないの?」
「うんにゃ、雅さん迎えに行ってる」
「あ、そっか……」
「リィは雅さんと談話室で夕飯食べるんでしょ?」
「うん」
「じゃ、かぐわしい香りだけ堪能しててくださいな」
言われて私は、食事のBGMになりそうな曲を弾いて過ごしていた。
六時半前になるとゲストルームの固定電話が鳴り、雅さんの到着を知らされる。
あらかじめ聞いていた談話室へ向かう途中、コンシェルジュの真下さんに案内されている雅さんと、共に歩く秋斗さんと鉢合わせた。
真下さんはカートにたくさんの荷物を積んでいる。紙袋に入っているものも箱に入っているものも、どれにもリボンがかかっているところを見るとプレゼントのようだけれど……。
「翠葉さんにお土産をと思って選んでいたら止まらなくなってしまって……」
雅さんは恥ずかしそうに口元を押さえて笑った。
そんな雅さんと挨拶をする傍ら、秋斗さんは「じゃ、俺はゲストルームにいるから」とその場で別れる。
雅さんは秋斗さんの後姿を見ながら首を傾げ、私に向き直った。
「翠葉さん、秋斗さんと何かあった?」
「えっ……どうしてですか?」
「だって、翠葉さんを前にしてあの態度――笑みのひとつだけなんて、あっさりとしすぎているでしょう?」
言われて思った。雅さんは観察眼が優れている、と。
案内された談話室に着くと、真下さんは飲み物の用意をして部屋を出て行った。
雅さんはソファに腰を下ろし、真下さんに手渡されたメニュー表をテーブルに開く。
「何かあったの?」
私はなんとも言えない気分になっていた。
やっぱり、人が見て違和感を覚える程度にはいつもとは違う対応をしてもらっているし、させてしまっているのだ。
「時間はあるわ。まずは夕飯をオーダーしちゃいましょう?」
「はい」
私たちはそれぞれ夕飯になりうるメニューを選び、コンシェルジュへ連絡してから飲み物に手をつけた。
話をする環境が整ったからといって、雅さんが秋斗さんの話題を持ち出すことはなかった。代わりに、一緒に運び込まれた荷物を振り返る。
そのうちのひとつに手を伸ばし、
「これは帽子。翠葉さんの頭は鉢が小さそうだからキッズサイズを選んだのだけど、どうかしら?」
雅さんに渡された丸い箱を開けると、シンプルな麦藁帽子が入っていた。
鉢周りに使われているリボンが焦げ茶で落ち着いた印象を受ける。
実際にかぶってみると、自分の頭にぴったりのサイズだった。
「ぴったりみたいね、良かった」
雅さんは次から次へと包みを取り出す。
リネンのさらっとした手触りのワンピースにアンティーク調のアクセサリー。
籐でできたバッグはとても丁寧に作られたもので、表面を撫でても角を撫でてもまったく引っかかる場所がない。
リネンのハンカチには私のイニシアルが刺繍されている。
ウェッジソールのサンダルと一緒に出てきたのはフリルがかわいらしい靴下。それらはトータルコーディネートされていた。
「これはアンティークビーズ。ガラスが好きって秋斗さんから聞いていたから、見かけるたびに少しずつ買っていたの」
古めかしい木枠に、標本のように並べられているそれらを見て息を呑む。
そのくらいにかわいくもきれいなガラスビーズがきれいに収納されていた。
「あの、私、何も用意していなくて――」
慌てて口にすると、雅さんはクスクスと声を立てて笑った。
「私がプレゼントしたくて用意したの。気にしないで?」
「でも、こんなにたくさん……」
やっぱり、藤宮の人はプレゼントは複数以上という暗黙のルールがある気がしてならない。
そんなことを考えていると、
「喜んでもらえると嬉しいのだけど、やっぱり押し付けがましいかしら……?」
「押し付けがましいだなんて、そんなふうには思っていません。でも……」
「私ね、誰かにプレゼントやお土産を買うということを長いことしていなかったの。祖父が健在のときにはそういうこともあったのだけれど……。両親とはうまくいっていなかったし、お手伝いさんたちに買って帰っても恐縮されてしまって、心から喜んでもらえていたかは不明だわ」
そんな話を聞いてしまうと何も言えなくなってしまう。
「今回帰国するにあたって、翠葉さんや元おじい様にお土産を買うのはとても楽しかったわ。今のところ、静さんと会社の人たちには喜んでもらえたのだけど……」
「元おじい様には……?」
「まだお会いしていないの。明日、午前中にお時間をいただいているからそのときに」
「元おじい様なら喜んでくださいますっ」
「そうだと嬉しい。でも、翠葉さんは……?」
うかがうように視線を向けられ、私は苦笑を返した。
「嬉しくないわけじゃないです。でも、こんなにたくさんいただいてしまうとちょっと気が引けてしまって……」
きっとお手伝いさんたちもそうだったに違いない。
「じゃぁ、私の誕生日に何かプレゼントをいただけないかしら?」
「誕生日……?」
「えぇ。十月の二十日なの」
「喜んでっ!」
私は忘れないように携帯のカレンダーに書き込んだ。
「お洋服の趣味は合わなかったかしら?」
雅さんは不安そうに尋ねてくる。
私は改めていただいたプレゼントを見回し、
「いいえ、どれもすてきです。ワンピースの生地は私の好きなリネンだし、光沢のある糸で刺繍してあるところがとくに好きです。どれも嬉しいけれど、アンティーク調のアクセサリーやアンティークビーズが嬉しくて……」
「お母様のご実家がアンティーク家具店ですものね」
「はい」
そんな話をしているところに料理が運ばれてきた。
ご飯を食べているときは差し障りのない話をして、食後のお茶を飲み始めたころに話題が秋斗さんへ戻った。
「何かあった?」
さっきは黙り込んでしまったのに、今度は言葉がすんなりと出てきて、つい最近の出来事を話すことができた。すると、
「司さんも司さんだけれど、秋斗さんも秋斗さんね」
その言葉をわかりかねていると、
「翠葉さんはどうしてそんなに悩んでいるの?」
どうして――
その疑問に対する答えはすぐには出てこなかった。
「翠葉さんもわかっているとは思うけど、秋斗さんはきっと、翠葉さんが司さんとお付き合いしていても翠葉さんを諦めるなんてことはしないわ。それはきっと、『迷惑』と言われても変わらないんじゃないかしら」
「でも、秋斗さんは『迷惑』って言われたら諦めるって――」
「きっと、口だけだと思うの。そう言うことで、翠葉さんがその言葉に囚われてしまうことも計算済みだったんじゃないかしら」
「……なら、私はどうしたらいいんでしょう」
まるで出口の見えない迷路のようだ。
雅さんは居住まいを正すように私に向き直り、
「翠葉さん、もう一度訊くわね。どうしてそんなに悩んでいるの? 翠葉さんは司さんのことが好きなのでしょう? なら、司さんのことだけを考えればいいのではなくて?」
ツカサのことだけ……? 秋斗さんのことは考えなくてもいいの……?
「秋斗さんのことは考えなくても大丈夫。きっと、何度『ごめんなさい』と繰り返し言われたところで、あの人が痛手を負うことはないと思うわ」
「……そうでしょうか」
「そこまで秋斗さんを気にかけるのはどうして?」
それは、秋斗さんがどうでもいい人ではないからだ。ツカサとは違う意味で大切な人だから。そして、自分が好きな人に拒絶されることを考えたらひどくつらかったから。少し想像するだけでも恐ろしかった。
「翠葉さん?」
「……秋斗さんがツカサとは違う意味で大切な人だからです」
「……それだけ?」
「いえ……。想像したんです。自分がツカサに拒絶されることを」
「そういうこと……。でも、それは翠葉さんが、という話ではなくて?」
「え……?」
「秋斗さんは、翠葉さんと同じではないのよ? それに、恋愛感情の好意を拒絶することは、秋斗さんすべてを拒絶することとは違うでしょう? それはわかっているかしら?」
雅さんの真っ直ぐな目に見られ、私はパチパチ、と瞬きをした。そして、すぐに言われた言葉を頭の中で反芻する。
――秋斗さんすべてを拒絶することとは違う……?
言われてみればそうだ。
私が応えられないものは恋愛感情としての好意であり、秋斗さん自身ではない。
あ、れ……? どうしてだろう……目から鱗な気分。
雅さんはにこりと笑ってお茶を勧めてくれた。
「翠葉さんは学校で告白されることはないの?」
「去年は何度かありました。でも、今年に入ってからはありません」
雅さんは少し考えてから、
「それもそうね……司さんとお付き合いしているとわかっていて告白してくる人はそうそういないわね」
「そういうものなんですか?」
「事、藤宮の学園内においてはその線が濃厚よ。……じゃ、例えばの話。もし、学内で仲のいい友達に告白されたとして、一度断わったにもかかわらず、何度も告白してくる人がいたら翠葉さんはどう対応する?」
どう対応するも何も、その都度断わることしかできない。
そこまで考えてはっとした。
思い出したのだ。空港まで秋斗さんに会いに行く前に佐野くんが教えてくれたことや、鎌田くんに告白されたあと、自分がツカサに話したことを。
私は何度でも断わると口にしていたし、それは相手が自分を諦めてくれるとかそういうこととはまったくの無関係だと断言していた。少なくとも、今ほど悩んではいなかったし、ツカサに対しても確固たるものを提示できていた。
「……どうして忘れていたんだろう。……私、途中から何もかも混同して考えていたみたいで……」
「そうみたいね。でも、そういう翠葉さんの気持ちを察して、秋斗さんが付け入っていた気がしなくもないけれど……」
「付け入る、ですか?」
「えぇ。私に言わせるなら術中にはまっていた、というか……。だから、司さんが不安になったり心配していたのではなくて?」
そう、なの……?
「翠葉さん、気持ちって伝染するものなのよ。だから、翠葉さんの気持ちが安定していなければ、司さんは不安になるわ」
それなら――
「私が揺れなければツカサは不安にならなくて済みますか?」
「絶対とは言えないけれど、心理学的に考えればそういうことになるわね」
でも、私は自分のある一点を信じきれていない。それがゆえの不安が残る。
「雅さん、私、秋斗さんを好きだった時期があります。でも、今はツカサのことが好きです。……この気持ちはずっと続くのでしょうか」
「それは誰にもわからないことだわ」
やっぱり……。
「でも、だからこそ自分が自分を信じなければ誰が信じるというの?」
その言葉に大きな衝撃を受けた。
私が私を信じなければ……?
「何事もそうよ。まずは自分が自分を信じなくちゃ。……ね?」
私はゴクリと唾を飲み込み、慎重に頷いた――
時刻は六時前。雅さんがマンションに到着するのは六時半ごろと聞いている。さらには、到着したらコンシェルジュから連絡が入り、私はその時点で談話室へ移動すればいいらしい。雅さんはコンシェルジュが案内してくれるという。
六時からご飯の我が家には、着々と人が集まりだしている。でも、唯兄が家にいるのに秋斗さんの姿は見えなかった。
「唯兄、今日は秋斗さん一緒じゃないの?」
「うんにゃ、雅さん迎えに行ってる」
「あ、そっか……」
「リィは雅さんと談話室で夕飯食べるんでしょ?」
「うん」
「じゃ、かぐわしい香りだけ堪能しててくださいな」
言われて私は、食事のBGMになりそうな曲を弾いて過ごしていた。
六時半前になるとゲストルームの固定電話が鳴り、雅さんの到着を知らされる。
あらかじめ聞いていた談話室へ向かう途中、コンシェルジュの真下さんに案内されている雅さんと、共に歩く秋斗さんと鉢合わせた。
真下さんはカートにたくさんの荷物を積んでいる。紙袋に入っているものも箱に入っているものも、どれにもリボンがかかっているところを見るとプレゼントのようだけれど……。
「翠葉さんにお土産をと思って選んでいたら止まらなくなってしまって……」
雅さんは恥ずかしそうに口元を押さえて笑った。
そんな雅さんと挨拶をする傍ら、秋斗さんは「じゃ、俺はゲストルームにいるから」とその場で別れる。
雅さんは秋斗さんの後姿を見ながら首を傾げ、私に向き直った。
「翠葉さん、秋斗さんと何かあった?」
「えっ……どうしてですか?」
「だって、翠葉さんを前にしてあの態度――笑みのひとつだけなんて、あっさりとしすぎているでしょう?」
言われて思った。雅さんは観察眼が優れている、と。
案内された談話室に着くと、真下さんは飲み物の用意をして部屋を出て行った。
雅さんはソファに腰を下ろし、真下さんに手渡されたメニュー表をテーブルに開く。
「何かあったの?」
私はなんとも言えない気分になっていた。
やっぱり、人が見て違和感を覚える程度にはいつもとは違う対応をしてもらっているし、させてしまっているのだ。
「時間はあるわ。まずは夕飯をオーダーしちゃいましょう?」
「はい」
私たちはそれぞれ夕飯になりうるメニューを選び、コンシェルジュへ連絡してから飲み物に手をつけた。
話をする環境が整ったからといって、雅さんが秋斗さんの話題を持ち出すことはなかった。代わりに、一緒に運び込まれた荷物を振り返る。
そのうちのひとつに手を伸ばし、
「これは帽子。翠葉さんの頭は鉢が小さそうだからキッズサイズを選んだのだけど、どうかしら?」
雅さんに渡された丸い箱を開けると、シンプルな麦藁帽子が入っていた。
鉢周りに使われているリボンが焦げ茶で落ち着いた印象を受ける。
実際にかぶってみると、自分の頭にぴったりのサイズだった。
「ぴったりみたいね、良かった」
雅さんは次から次へと包みを取り出す。
リネンのさらっとした手触りのワンピースにアンティーク調のアクセサリー。
籐でできたバッグはとても丁寧に作られたもので、表面を撫でても角を撫でてもまったく引っかかる場所がない。
リネンのハンカチには私のイニシアルが刺繍されている。
ウェッジソールのサンダルと一緒に出てきたのはフリルがかわいらしい靴下。それらはトータルコーディネートされていた。
「これはアンティークビーズ。ガラスが好きって秋斗さんから聞いていたから、見かけるたびに少しずつ買っていたの」
古めかしい木枠に、標本のように並べられているそれらを見て息を呑む。
そのくらいにかわいくもきれいなガラスビーズがきれいに収納されていた。
「あの、私、何も用意していなくて――」
慌てて口にすると、雅さんはクスクスと声を立てて笑った。
「私がプレゼントしたくて用意したの。気にしないで?」
「でも、こんなにたくさん……」
やっぱり、藤宮の人はプレゼントは複数以上という暗黙のルールがある気がしてならない。
そんなことを考えていると、
「喜んでもらえると嬉しいのだけど、やっぱり押し付けがましいかしら……?」
「押し付けがましいだなんて、そんなふうには思っていません。でも……」
「私ね、誰かにプレゼントやお土産を買うということを長いことしていなかったの。祖父が健在のときにはそういうこともあったのだけれど……。両親とはうまくいっていなかったし、お手伝いさんたちに買って帰っても恐縮されてしまって、心から喜んでもらえていたかは不明だわ」
そんな話を聞いてしまうと何も言えなくなってしまう。
「今回帰国するにあたって、翠葉さんや元おじい様にお土産を買うのはとても楽しかったわ。今のところ、静さんと会社の人たちには喜んでもらえたのだけど……」
「元おじい様には……?」
「まだお会いしていないの。明日、午前中にお時間をいただいているからそのときに」
「元おじい様なら喜んでくださいますっ」
「そうだと嬉しい。でも、翠葉さんは……?」
うかがうように視線を向けられ、私は苦笑を返した。
「嬉しくないわけじゃないです。でも、こんなにたくさんいただいてしまうとちょっと気が引けてしまって……」
きっとお手伝いさんたちもそうだったに違いない。
「じゃぁ、私の誕生日に何かプレゼントをいただけないかしら?」
「誕生日……?」
「えぇ。十月の二十日なの」
「喜んでっ!」
私は忘れないように携帯のカレンダーに書き込んだ。
「お洋服の趣味は合わなかったかしら?」
雅さんは不安そうに尋ねてくる。
私は改めていただいたプレゼントを見回し、
「いいえ、どれもすてきです。ワンピースの生地は私の好きなリネンだし、光沢のある糸で刺繍してあるところがとくに好きです。どれも嬉しいけれど、アンティーク調のアクセサリーやアンティークビーズが嬉しくて……」
「お母様のご実家がアンティーク家具店ですものね」
「はい」
そんな話をしているところに料理が運ばれてきた。
ご飯を食べているときは差し障りのない話をして、食後のお茶を飲み始めたころに話題が秋斗さんへ戻った。
「何かあった?」
さっきは黙り込んでしまったのに、今度は言葉がすんなりと出てきて、つい最近の出来事を話すことができた。すると、
「司さんも司さんだけれど、秋斗さんも秋斗さんね」
その言葉をわかりかねていると、
「翠葉さんはどうしてそんなに悩んでいるの?」
どうして――
その疑問に対する答えはすぐには出てこなかった。
「翠葉さんもわかっているとは思うけど、秋斗さんはきっと、翠葉さんが司さんとお付き合いしていても翠葉さんを諦めるなんてことはしないわ。それはきっと、『迷惑』と言われても変わらないんじゃないかしら」
「でも、秋斗さんは『迷惑』って言われたら諦めるって――」
「きっと、口だけだと思うの。そう言うことで、翠葉さんがその言葉に囚われてしまうことも計算済みだったんじゃないかしら」
「……なら、私はどうしたらいいんでしょう」
まるで出口の見えない迷路のようだ。
雅さんは居住まいを正すように私に向き直り、
「翠葉さん、もう一度訊くわね。どうしてそんなに悩んでいるの? 翠葉さんは司さんのことが好きなのでしょう? なら、司さんのことだけを考えればいいのではなくて?」
ツカサのことだけ……? 秋斗さんのことは考えなくてもいいの……?
「秋斗さんのことは考えなくても大丈夫。きっと、何度『ごめんなさい』と繰り返し言われたところで、あの人が痛手を負うことはないと思うわ」
「……そうでしょうか」
「そこまで秋斗さんを気にかけるのはどうして?」
それは、秋斗さんがどうでもいい人ではないからだ。ツカサとは違う意味で大切な人だから。そして、自分が好きな人に拒絶されることを考えたらひどくつらかったから。少し想像するだけでも恐ろしかった。
「翠葉さん?」
「……秋斗さんがツカサとは違う意味で大切な人だからです」
「……それだけ?」
「いえ……。想像したんです。自分がツカサに拒絶されることを」
「そういうこと……。でも、それは翠葉さんが、という話ではなくて?」
「え……?」
「秋斗さんは、翠葉さんと同じではないのよ? それに、恋愛感情の好意を拒絶することは、秋斗さんすべてを拒絶することとは違うでしょう? それはわかっているかしら?」
雅さんの真っ直ぐな目に見られ、私はパチパチ、と瞬きをした。そして、すぐに言われた言葉を頭の中で反芻する。
――秋斗さんすべてを拒絶することとは違う……?
言われてみればそうだ。
私が応えられないものは恋愛感情としての好意であり、秋斗さん自身ではない。
あ、れ……? どうしてだろう……目から鱗な気分。
雅さんはにこりと笑ってお茶を勧めてくれた。
「翠葉さんは学校で告白されることはないの?」
「去年は何度かありました。でも、今年に入ってからはありません」
雅さんは少し考えてから、
「それもそうね……司さんとお付き合いしているとわかっていて告白してくる人はそうそういないわね」
「そういうものなんですか?」
「事、藤宮の学園内においてはその線が濃厚よ。……じゃ、例えばの話。もし、学内で仲のいい友達に告白されたとして、一度断わったにもかかわらず、何度も告白してくる人がいたら翠葉さんはどう対応する?」
どう対応するも何も、その都度断わることしかできない。
そこまで考えてはっとした。
思い出したのだ。空港まで秋斗さんに会いに行く前に佐野くんが教えてくれたことや、鎌田くんに告白されたあと、自分がツカサに話したことを。
私は何度でも断わると口にしていたし、それは相手が自分を諦めてくれるとかそういうこととはまったくの無関係だと断言していた。少なくとも、今ほど悩んではいなかったし、ツカサに対しても確固たるものを提示できていた。
「……どうして忘れていたんだろう。……私、途中から何もかも混同して考えていたみたいで……」
「そうみたいね。でも、そういう翠葉さんの気持ちを察して、秋斗さんが付け入っていた気がしなくもないけれど……」
「付け入る、ですか?」
「えぇ。私に言わせるなら術中にはまっていた、というか……。だから、司さんが不安になったり心配していたのではなくて?」
そう、なの……?
「翠葉さん、気持ちって伝染するものなのよ。だから、翠葉さんの気持ちが安定していなければ、司さんは不安になるわ」
それなら――
「私が揺れなければツカサは不安にならなくて済みますか?」
「絶対とは言えないけれど、心理学的に考えればそういうことになるわね」
でも、私は自分のある一点を信じきれていない。それがゆえの不安が残る。
「雅さん、私、秋斗さんを好きだった時期があります。でも、今はツカサのことが好きです。……この気持ちはずっと続くのでしょうか」
「それは誰にもわからないことだわ」
やっぱり……。
「でも、だからこそ自分が自分を信じなければ誰が信じるというの?」
その言葉に大きな衝撃を受けた。
私が私を信じなければ……?
「何事もそうよ。まずは自分が自分を信じなくちゃ。……ね?」
私はゴクリと唾を飲み込み、慎重に頷いた――
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