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October
紫苑祭準備編 Side 司 04話
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帰宅して、シャワーも夕飯も済ませ日課の勉強をしていると、携帯がメールを一通受信した。それは翠が会計の仕事を開始したことを知らせるメール。しかし――
「九時十一分……?」
いつもなら九時ぴったりに開始するのに、珍しくタイムラグがあった。
ただ単に少し遅れただけなのだろうか。それとも、体調が関係しているのだろうか。
「行けばわかるか……」
翠に来るなと言われても、それを聞くつもりはない。このまま放置しておくつもりは毛頭なかった。
十時半前になって九階へ下りると、唯さんひとりに出迎えられた。
いつもなら唯さんの隣に並ぶ顔は、廊下の先で呆然としている。そんな翠を待ち受けるべく翠の部屋へ入ると、
「リィー、司っち来たよー」
少しして、足取りの重い翠が戻ってきた。
翠はマグカップをローテーブルに置くと、
「来ないでって言ったのに……」
不服感たっぷりの視線とともに抗議の言葉。
「言われて来ないとでも思ったわけ?」
翠は苦々しく表情を歪めた。こんなことは去年もあったわけだから、いい加減俺の行動パターンくらいわかっていろ、と思わなくもない。
「あんな翠を見て放っておけるほど、翠に対して無関心じゃないんだけど」
翠ははっとしたように俺の顔を見た。
「あのあと、赤組に行って風間に話を聞いた」
翠はローテーブルに出ていたノートパソコンに手を伸ばし、自分の背後へと遠ざける。
「やだ……。会計の仕事は私がやる……」
ますますもって去年と状況とかぶるが、
「それを続けたらどこに支障が出る? どこに支障が出てもいいことはないんだけど」
「でもっ――」
「でも何? ……初回申請書をもとにミーティングした時点と今では状況が違いすぎる。会計の人間みんなが団長なり副団長の任に就いている。こんな状況で翠ひとりが会計の責を負う必要はない」
むしろ、副団長に任命されたことを今まで隠していたことを責め立てたい。
会計職を翠に振ったのは、各組の団長副団長が決まる前のことだった。そして、翠が組の要に位置づけられることはないという先入観に任せ、会計職の大半を振った。
その後、生徒会自体で顔を合わせることがなかった理由としては、今回の姫と王子の出し物は、競技にひとつ種目が加わるだけで、とくにこれといった準備が必要ないためだ。
そのほかの競技においても例年と変わりはなく、実行委員から起案書が上がってくることもなかったため、生徒会が集まる必要性はなかった。だから、翠が副団長に任命されたという情報も入ってこなかった――と思いたいところだが、連日ゲストルームで会っていたわけだから、やっぱり翠が自己申告するべきだったと思う。
「会計職が手放せないなら、ほかの何かを手放せ。ただし、優先すべきものがある以上、消去法になるけど」
翠は不安そうに目を泳がせる。
「成績が下がるのは生徒会的に困る。だから、授業の予習復習はやめられない。次、翠がどうしても手放したくないものとして、会計職。残るは衣装作りと副団長任務。後者においては衣装作りが始まっている時点で放棄できず。つまり、最後に残るのは衣装作りなわけだけど――」
「無理っ。だって、私が作るって引き受けてしまったものだものっ」
「なら会計職を手放せ」
「それも無理……」
「少しは進展性のある意見を言ってくれないか」
「だって……」
言いながら、翠は目に涙を溜めた。
その様を見て思う。しまった、と……。
翠の頬に手を伸ばし、
「……悪い、泣かせるために来たわけじゃないんだけど……」
翠は小さく首を振った。
なんていうか、俺も飛翔のことを言えない。今、翠を追い詰めたのは間違いなく自分なのだから。
「翠、提案がある」
翠は怯えの混じる視線を俺に向けた。
「衣装作りを手放せ」
「だからっ――」
怯えていたくせに、今度は食いつくような勢いだ。
「話は最後まで聞け……。翠の衣装は俺が作るから」
翠は小さく口を開けた。何か声を発したのだとしたら、「え?」だろうか。
「人に迷惑がかけられないとかその手のことを考えていたんだろ? なら、俺に任せればいい。それとも、そんなことも任せられない相手なわけ? 翠の荷物を半分負うくらいなんてことはない。この先も付き合っていくのなら、そのくらいのことはできる間柄でいたいんだけど」
翠は唖然としたふうで、
「ツカサが作るの……?」
「何か問題でも?」
「……長ランの内布やハチマキの生地には刺繍もしなくちゃいけないのよ?」
「だから?」
「……できるの?」
「母さんの趣味が刺繍。小さいころから見て育っているからスタンダードなステッチは粗方できると思う」
やったことはないが、できないとは思わない。それに、手先の器用さには自信がある。
「それから、日曜のピアノのレッスンはどうなってる?」
「……紫苑祭が終わるまで、ハープもピアノもソルフェージュもお休みすることにしたの」
「なら問題ないな」
クエスチョンマークをそこらじゅうに貼り付けている翠に、新たなる提案をする。
「日曜日は応援団の練習が午前か午後にあるだろ? 空いてる時間があるなら俺の実家へ行けばいい。刺繍なら母さんが教えられる。わからないステッチをロスタイムなく解消できる環境はプラスなんじゃない? それから、佐野とも話をつけてきた」
「なんの……?」
「日曜には佐野とダンスの練習があるんだろ?」
翠がコクリと頷く。
「佐野は授業でダンスをマスターしている。主に練習が必要なのは翠だ。うちに行けば父さんがダンスの相手をできる」
「え……?」
「ワルツの練習は父さんに付き合ってもらえばいい」
「……いいの?」
「何が?」
「私の衣装を作ってもらうのと、真白さんと涼先生を頼るの……。迷惑じゃない……?」
「俺の記憶違いでなければ、全部俺からの提案だったと思うけど」
ようやく翠の表情に笑みが浮かんだ。
「長ランひとつとハチマキひとつならなんとかなる気がする……」
翠はポロポロと涙を零した。
「問題が解消したなら泣くな」
「だって、本当にどうしようかと思っていたから……」
「あぁ、それだけど――空回りしそうになったら俺を呼ぶっていうの、完全に反故にされてる気がしてならないんだけど」
翠は分が悪いと思ったのか、すぐに非を認める言葉を口にした。
「だって、泣き言漏らしたら絶対に会計職を取り上げられると思ったんだもの」
「それも方法のひとつではあったけど……俺、翠には甘いって言っただろ?」
何度となく言ってきたのだから、そろそろわかってもらえていいはずなんだけど……。
「翠が嫌がることは基本しない方針。その辺、もう少し理解してほしいんだけど」
「……ごめん、ありがとう」
「じゃ、飲み物飲んで少し落ち着いて。そしたら、今日と明日の予習復習」
「はい」
翠がほっとした顔で教材を用意するのを見て、俺も胸を撫で下ろす気分だった。
「九時十一分……?」
いつもなら九時ぴったりに開始するのに、珍しくタイムラグがあった。
ただ単に少し遅れただけなのだろうか。それとも、体調が関係しているのだろうか。
「行けばわかるか……」
翠に来るなと言われても、それを聞くつもりはない。このまま放置しておくつもりは毛頭なかった。
十時半前になって九階へ下りると、唯さんひとりに出迎えられた。
いつもなら唯さんの隣に並ぶ顔は、廊下の先で呆然としている。そんな翠を待ち受けるべく翠の部屋へ入ると、
「リィー、司っち来たよー」
少しして、足取りの重い翠が戻ってきた。
翠はマグカップをローテーブルに置くと、
「来ないでって言ったのに……」
不服感たっぷりの視線とともに抗議の言葉。
「言われて来ないとでも思ったわけ?」
翠は苦々しく表情を歪めた。こんなことは去年もあったわけだから、いい加減俺の行動パターンくらいわかっていろ、と思わなくもない。
「あんな翠を見て放っておけるほど、翠に対して無関心じゃないんだけど」
翠ははっとしたように俺の顔を見た。
「あのあと、赤組に行って風間に話を聞いた」
翠はローテーブルに出ていたノートパソコンに手を伸ばし、自分の背後へと遠ざける。
「やだ……。会計の仕事は私がやる……」
ますますもって去年と状況とかぶるが、
「それを続けたらどこに支障が出る? どこに支障が出てもいいことはないんだけど」
「でもっ――」
「でも何? ……初回申請書をもとにミーティングした時点と今では状況が違いすぎる。会計の人間みんなが団長なり副団長の任に就いている。こんな状況で翠ひとりが会計の責を負う必要はない」
むしろ、副団長に任命されたことを今まで隠していたことを責め立てたい。
会計職を翠に振ったのは、各組の団長副団長が決まる前のことだった。そして、翠が組の要に位置づけられることはないという先入観に任せ、会計職の大半を振った。
その後、生徒会自体で顔を合わせることがなかった理由としては、今回の姫と王子の出し物は、競技にひとつ種目が加わるだけで、とくにこれといった準備が必要ないためだ。
そのほかの競技においても例年と変わりはなく、実行委員から起案書が上がってくることもなかったため、生徒会が集まる必要性はなかった。だから、翠が副団長に任命されたという情報も入ってこなかった――と思いたいところだが、連日ゲストルームで会っていたわけだから、やっぱり翠が自己申告するべきだったと思う。
「会計職が手放せないなら、ほかの何かを手放せ。ただし、優先すべきものがある以上、消去法になるけど」
翠は不安そうに目を泳がせる。
「成績が下がるのは生徒会的に困る。だから、授業の予習復習はやめられない。次、翠がどうしても手放したくないものとして、会計職。残るは衣装作りと副団長任務。後者においては衣装作りが始まっている時点で放棄できず。つまり、最後に残るのは衣装作りなわけだけど――」
「無理っ。だって、私が作るって引き受けてしまったものだものっ」
「なら会計職を手放せ」
「それも無理……」
「少しは進展性のある意見を言ってくれないか」
「だって……」
言いながら、翠は目に涙を溜めた。
その様を見て思う。しまった、と……。
翠の頬に手を伸ばし、
「……悪い、泣かせるために来たわけじゃないんだけど……」
翠は小さく首を振った。
なんていうか、俺も飛翔のことを言えない。今、翠を追い詰めたのは間違いなく自分なのだから。
「翠、提案がある」
翠は怯えの混じる視線を俺に向けた。
「衣装作りを手放せ」
「だからっ――」
怯えていたくせに、今度は食いつくような勢いだ。
「話は最後まで聞け……。翠の衣装は俺が作るから」
翠は小さく口を開けた。何か声を発したのだとしたら、「え?」だろうか。
「人に迷惑がかけられないとかその手のことを考えていたんだろ? なら、俺に任せればいい。それとも、そんなことも任せられない相手なわけ? 翠の荷物を半分負うくらいなんてことはない。この先も付き合っていくのなら、そのくらいのことはできる間柄でいたいんだけど」
翠は唖然としたふうで、
「ツカサが作るの……?」
「何か問題でも?」
「……長ランの内布やハチマキの生地には刺繍もしなくちゃいけないのよ?」
「だから?」
「……できるの?」
「母さんの趣味が刺繍。小さいころから見て育っているからスタンダードなステッチは粗方できると思う」
やったことはないが、できないとは思わない。それに、手先の器用さには自信がある。
「それから、日曜のピアノのレッスンはどうなってる?」
「……紫苑祭が終わるまで、ハープもピアノもソルフェージュもお休みすることにしたの」
「なら問題ないな」
クエスチョンマークをそこらじゅうに貼り付けている翠に、新たなる提案をする。
「日曜日は応援団の練習が午前か午後にあるだろ? 空いてる時間があるなら俺の実家へ行けばいい。刺繍なら母さんが教えられる。わからないステッチをロスタイムなく解消できる環境はプラスなんじゃない? それから、佐野とも話をつけてきた」
「なんの……?」
「日曜には佐野とダンスの練習があるんだろ?」
翠がコクリと頷く。
「佐野は授業でダンスをマスターしている。主に練習が必要なのは翠だ。うちに行けば父さんがダンスの相手をできる」
「え……?」
「ワルツの練習は父さんに付き合ってもらえばいい」
「……いいの?」
「何が?」
「私の衣装を作ってもらうのと、真白さんと涼先生を頼るの……。迷惑じゃない……?」
「俺の記憶違いでなければ、全部俺からの提案だったと思うけど」
ようやく翠の表情に笑みが浮かんだ。
「長ランひとつとハチマキひとつならなんとかなる気がする……」
翠はポロポロと涙を零した。
「問題が解消したなら泣くな」
「だって、本当にどうしようかと思っていたから……」
「あぁ、それだけど――空回りしそうになったら俺を呼ぶっていうの、完全に反故にされてる気がしてならないんだけど」
翠は分が悪いと思ったのか、すぐに非を認める言葉を口にした。
「だって、泣き言漏らしたら絶対に会計職を取り上げられると思ったんだもの」
「それも方法のひとつではあったけど……俺、翠には甘いって言っただろ?」
何度となく言ってきたのだから、そろそろわかってもらえていいはずなんだけど……。
「翠が嫌がることは基本しない方針。その辺、もう少し理解してほしいんだけど」
「……ごめん、ありがとう」
「じゃ、飲み物飲んで少し落ち着いて。そしたら、今日と明日の予習復習」
「はい」
翠がほっとした顔で教材を用意するのを見て、俺も胸を撫で下ろす気分だった。
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