光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
429 / 1,060
Side View Story 09

00 Side 碧 01話

しおりを挟む
「えっと……パジャマよりもルームウェアのほうが好きなのね……」
 自分の点滴が終わると同時に娘の翠葉が病院へ運び込まれ、入院手続きを済ませた今、私たちは入院に必要なものを自宅へ取りに帰ってきていた。
「母さん、少し落ち着いてよ。……だから病院で待ってていいって言ったのに」
 息子にそう言われてしまうくらい、私は的確に動けていなかった。
「ルームウェアはそっちじゃなくてこっち。前が開くタイプのほうが着替えるとき楽」
 蒼樹に言われて去年の入院時のことを思い出す。
 被り物だと、着替える際に点滴をくぐらせたりなんだかんだと大変なことになるのだ。それに、麻酔の処置を受けるときにも前開きのもののほうが都合がいい。
「今日だけじゃないし、とりあえずは二着くらいあれば大丈夫だろ」
 蒼樹の助言に感謝しきりだ。
「でも、ここ数日のリィを見てると寝汗をかく可能性があるし、処置で汚れることも考えれば三着はあったほうがいいんじゃない?」
 唯くんの助言ももっともなものだった。
「じゃ、三着ずつ用意するわ」
 本当は栞ちゃんが買って出てくれた役目をあえて自分で行くと言った割に、この使えなさぶり……。ほとほと情けない。
 ここまで蒼樹たちに任せ切りで私は何も母親らしいことができていなかった。だから、できることがあるのならなんでもしたかったのだ。
「それから基礎体温計も忘れずに」
 唯くんの言葉を聞いて枕元にあるピンクのケースに手を伸ばす。
「小さいバッグもあったほうがいいんじゃない?」
 私は蒼樹と唯くんに言われるがままに動いていた。
「っていうかさ、碧さんはさっきまで点滴受けてたんだから、少し休んでたらどうですか?」
「そうそう、母さんに倒れられても困るんだよね」
 言われてすぐ、手に持っていたボストンバッグを蒼樹に奪われた。
 慣れたもので、妹の下着ですら「これとこれと……」と適当にチョイスする。我が息子ながらにしてできすぎだ。
「あんちゃん、本は? 何か読みやすいものとか」
「それなら写真集かな。ベッド下に置いてある一冊と、本棚の下段一番左に『悠久』って写真集があるからそれ出して」
「了解」
「携帯が見当たらない」という蒼樹に唯くんが、
「あぁ、枕の下に隠してあると思う」
「なんで枕の下?」
「何か隠したいものでも入ってるんじゃないの?」
 兄妹ごっこをしているとは翠葉から聞いていたけれど、これでは本物の兄妹のようではないか。
 そんなふうに見える私の目はおかしいのかしら……。
「唯、ノートパソコン取って」
「それならミュージックプレーヤーもだよね」
 なんとも息がぴったりなもので、次々と必要なものをピックアップしていく。
 共同生活をすると連帯感が生まれるとはいうが、そのようなものだろうか。
「携帯のバッテリーは途中のコンビニで買っていけばいいとして……」
「そうだな。一応充電機も入れておこう」
「ラジャ」
 ふたりを見ていると、自分が帰ってくる必要などなかったように思えてくる。
「母さん、翠葉のシャンプーとかバスグッズ用意してあげて」
 蒼樹に言われて洗面所に向かい、温泉や旅行用に買ったバッグを洗面台の下から取り出す。中にはウォッシュタオルもシャンプーもトリートメントも入っていた。
「あとは石鹸ね……」
 翠葉が作った石鹸を箱の中から取り出すと、ふわりとアロマの香りが漂う。
 ほかにはバスタオルとフェイスタオル、ハンドタオルを三枚ずつ。歯ブラシセットなども揃えて翠葉の部屋に戻ると、
「碧さん、念のために生理用品なんかも」
 唯くんに言われて唖然とした。失念――よりは、女親失格だろうか。
 持っていく荷物は三十分ほどでまとめることができた。
 それはひとえに蒼樹と唯くんのおかげ。

 車に乗り込むと、助手席の唯くんから「碧さんはこれ」とゼリー飲料を手渡された。
「え?」
「動いたらカロリー摂取。これ、生きてる人の基本」
「はい……」
「飲みたくないとかリィみたいなこと言わないでくださいよ」
 しっかり釘まで刺されてしまった。
「唯、おまえがいると俺はとても楽だ」
 蒼樹がこんなにも人を頼っているところを未だかつて見たことがない。
 新鮮なものを見ながら、あらかじめキャップが緩められていたゼリー飲料を口にした。
 コンビニに寄り、唯くんが携帯のバッテリーを買ってくると、
「碧さん、メモ帳と書くものありますか?」
「あるわよ?」
 バッグから取り出しそれらを渡すと、
「あんちゃん、リィに手紙を書くまで車動かさないで」
 え、手紙?
「そんなの待てるか」
「三十秒っ!」
 唯くんはメモ帳に噛り付いた。
「なんだ、手紙なんて言うから長いのかと思った」
 私も同じように思った。
「あのねぇ、バッテリーだけ入っててもリィは悩むでしょっ!?」
 呆れたように唯くんが喚く。でも、唯くんの言うことは一理ある。
 使っていいものなのか、誰が入れてくれたのか。きっと、そんなことを気にしては使えない、というのが翠葉だろう。
「だから、使っていいんだよ、ってことと、俺の名前が書いてあればそれでOK」
「「なるほど」」
 思わず蒼樹と声が重なった。
「あぁぁぁっ、この親子はっ! 俺、リィがまともに戻ったら、絶対にリィ取り扱い説明書に認定してもらうからねっ」
 どこか論点がずれている気はしなくもないが、それはそれでいいのかもしれなくて……。
 なんだか、自分の娘がとても幸せな子に思えてきた。
 家族でもないのに、実の家族よりも理解を深めてくれている子がいる。そのことに翠葉は気づいているかしら……。
 そこへ携帯が鳴った。
 ディスプレイを見れば、
「零っ」
『碧、少し前に病院に着いた』
「私たちは自宅に戻って必要なものをまとめていたところ。もう家を出たからあと十五分くらいで着くかしら」
『そうか。こっちは今、栞ちゃんに帰ってもらったところだ』
「……翠葉は?」
『よく寝てるよ。今日はもう目を覚まさないだろうって』
「そう……」
『碧は大丈夫なのか?』
「えぇ……今日、点滴打ってもらったからだいぶ楽になったわ」
『そうか、あまり無理はするなよ』
「わかってる……」
『……はぁぁぁぁ』
「……何よ」
『おまえの「わかってる」と翠葉の「大丈夫」ほど信用できないものはないんだよなぁ……』
「ひどいわねっ。そんなことないわよっ」
『ははは。ま、俺も数日こっちにいられる状態にしてきたから』
「そう……静がよく許したわね?」
『っていうか、碧が倒れた時点で早く戻れって怒鳴られたけどな』
 携帯の向こうで零はきっと苦笑している。
『それでも戻らなかったのは俺の意思なんだ』
「……うん、あとでゆっくり話しましょう」
『そうだな』
 それで通話は切れた。
「父さん?」
「そうよ」
「病院に着いたって?」
「えぇ、今栞ちゃんに帰ってもらったところだって。零も数日はこっちにいられるみたい」
「良かった……って言っていいのかな」
 少し困惑したように蒼樹が口にした。
 蒼樹も、今回の仕事がどれほど大きなものなのかよくわかっているからだろう。
「私や翠葉の言葉に信用がなくても、零の言葉は信用度一〇〇パーセントよ」
「あのぉ……参考までにうかがってもよろしいでしょうか?」
 助手席の唯くんがこちらを振り返る。
「碧さんとリィの信用度は何パーセントくらいなのかな、と」
「さぁ、本人たちにはわからないものよ? あとで零に訊いたらどうかしら?」
「因みに、俺の中では四十パーセントくらいかな」
 蒼樹が口にすると、
「げっ、そんなに低いのっ!? ……これは気をつけて会話せねばなりませんな」
 唯くんの言葉で車内の雰囲気が軽くなったように思えた。
 きっと、私と蒼樹だけではこうはいかなかっただろう。
 そのあとも、会話の舵取りは唯くんが担ってくれ、車内の雰囲気は和やかなままだった。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される

けるたん
青春
「ほんと胸がニセモノで良かったな。貧乳バンザイ!」 「離して洋子! じゃなきゃあのバカの頭をかち割れないっ!」 「お、落ちついてメイちゃんっ!? そんなバットで殴ったら死んじゃう!? オオカミくんが死んじゃうよ!?」 県立森実高校には2人の美の「女神」がいる。 頭脳明晰、容姿端麗、誰に対しても優しい聖女のような性格に、誰もが憧れる生徒会長と、天は二物を与えずという言葉に真正面から喧嘩を売って完膚なきまでに完勝している完全無敵の双子姉妹。 その名も『古羊姉妹』 本来であれば彼女の視界にすら入らないはずの少年Bである大神士狼のようなロマンティックゲス野郎とは、縁もゆかりもない女の子のはずだった。 ――士狼が彼女たちを不審者から助ける、その日までは。 そして『その日』は突然やってきた。 ある日、夜遊びで帰りが遅くなった士狼が急いで家へ帰ろうとすると、古羊姉妹がナイフを持った不審者に襲われている場面に遭遇したのだ。 助け出そうと駆け出すも、古羊姉妹の妹君である『古羊洋子』は助けることに成功したが、姉君であり『古羊芽衣』は不審者に胸元をザックリ斬りつけられてしまう。 何とか不審者を撃退し、急いで応急処置をしようと士狼は芽衣の身体を抱き上げた……その時だった! ――彼女の胸元から冗談みたいにバカデカい胸パッドが転げ落ちたのは。 そう、彼女は嘘で塗り固められた虚乳(きょにゅう)の持ち主だったのだ! 意識を取り戻した芽衣(Aカップ)は【乙女の秘密】を知られたことに発狂し、士狼を亡き者にするべく、その場で士狼に襲い掛かる。 士狼は洋子の協力もあり、何とか逃げることには成功するが翌日、芽衣の策略にハマり生徒会に強制入部させられる事に。 こうして古羊芽衣の無理難題を解決する大神士狼の受難の日々が始まった。 が、この時の古羊姉妹はまだ知らなかったのだ。 彼の蜂蜜のように甘い優しさが自分たち姉妹をどんどん狂わせていくことに。 ※【カクヨム】にて編掲載中。【ネオページ】にて序盤のみお試し掲載中。【Nolaノベル】【Tales】にて完全版を公開中。 イラスト担当:さんさん

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?

宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。 栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。 その彼女に脅された。 「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」 今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。 でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる! しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ?? 訳が分からない……。それ、俺困るの?

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...