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第九章 化学反応
36話
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朝食を持って戻ってきた藤原さんはトレイをテーブルに載せると、いつものようにスツールに腰を下ろした。
身体は起こせるようになったものの、吐き気が完全に引いたわけではなく、胃にものを入れる、という行為が受け入れがたい。でも、卵豆腐とお味噌汁は食べられる気がした。
塩分は摂ったほうがいい。そう思ってふたつに手を伸ばした。
ほかのもの――ほうれん草の胡麻和えや卵焼き、煮物には手が伸びず、どうしようか悩んでいると、
「メロンと桃、どっちがいい?」
藤原さんに訊かれ、意味がわからず首を傾げる。と、
「栞ちゃんが食べれないときに、ってシャーベットを冷凍庫にたくさん入れていってくれたの」
「……メロンが食べたいです」
すると、藤原さんはにこりと笑ってトレイを下げてくれた。
そのすぐあと、シャーベットを持ってきてくれたけど、カチコチのそれはすぐには食べられそうになかった。
自分の力がないのか、はたまたシャーベットが硬すぎるのか。
「焦らなくても少しすれば溶けてくるわ」
それもそうだな、と思い、しばらく放置することにした。
メロンのシャーベットを眺めつつ、藤原さんの先ほどの話を思い出す。
藤原さんはとても不思議な人だと思う。簡単ではない話をとても簡単そうに話す。
聞いているこちらは、簡単な言葉にも関わらず、咀嚼して飲み込むのにひどく時間を要する。
たとえるならば、小さいクッキーなのに、やたらと硬くて噛み砕くのに時間がかかるクッキーとか、もしくは今目の前にあるシャーベット――
スプーンを入れられそうなのに、いざ入れようとすると全然歯が立たない。そんな感じ。
あ……スプーンがプラスチックだから余計に、なのかな。
今日のスプーンは黄色。
黄色といえば、先日お母さんと桃華さんからいただいた小さな向日葵。まだ元気に咲いているけれど、あと二日もしたら萎れてしまうのだろう。それが悲しい……。
病院に鉢植えのものを持ってくるのはタブーだけど、切花だって同じだと思う。だって、切花のほうが短命だもの。
鉢植えは病院に根付かないように、という意味でタブー視される。逆に、切花はすぐに枯れるから、退院が早くなりますように、などという願掛けがされている。
でも、実際に目にするのは枯れゆく姿で、なんだか切ない。
もし、余命いくばくという人が、切花が萎れていく姿を見たらどう思うだろう。
そう考えるとひどく切ない気持ちになった。
そこへ元気な湊先生が顔を出す。
「おはよう」の一言すら、元気の塊に思える。
「何よ……」
眉をひそめる仕草がツカサとそっくり。
「朝から元気だなって、ちょっとびっくりしただけです」
「マンションで急病人が出てね。朝っぱらから救急車のサイレンに起こされたのよ」
嫌そうに答えてから、ずい、と顔を覗き込まれる。
「翠葉、我慢なんて身体にいいもんじゃないからつらいときはつらいでとっとと病院に来なさいね」
いったいどんな急病人の発生だったのだろうか、と勘ぐりたくなる指摘のされ方にたじろぐ。
でも、私は入院が嫌で自宅に篭っていたわけで――
ツカサはどんなふうに私を説得してくれたのだろう。次に会ったときに訊いたら教えてくれるかな。
そんなことを考えていると、
「シャーベット、そろそろ食べごろよ」
藤原さんに指摘されて慌ててスプーンを入れると、今度はしゃくり、と簡単に掬うことができた。
自然の甘みときれいなグリーンが目に嬉しい。こんな色のガラス玉があったらずっと見ていたくなるだろうな。
湊先生は朝が相当早かったのか、ソファに座るとコロン、と横になった。
その姿を見て先日のツカサを思い出す。
湊先生は、ツカサよりも少しだけ背が低い。
「あのとき、面白いくらい真っ赤だったわねぇ」
左側から藤原さんの声。
指摘されなかったら大丈夫だったのに……。
改めて言われると、それだけで顔が熱くなる。
どうしようかな、と思っていると、
「好きになっちゃった?」
追い討ちをかけるように訊かれた。
――好き。
きっと、私は「好き」という感情を知っているのだろう。なのに、どうしてかその感情を掴みきれない。
「好きかどうかはわからないんです。でも、一緒にいると安心できる。それに無駄に格好良くて困ります……」
藤原さんはクスクスと笑った。
「藤原さん……私、誰かを好きになったことがあるみたいなのだけど、その記憶がなくて……。でも、一度知った気持ちは記憶がなくてもわかるものだと思いますか?」
「さぁ、どうかしらね」
「……一度好きになった人を忘れても、出逢ったら、また好きになると思いますか?」
「……そうだったらすてきだけど、しょせん私には答えられない類の質問ね」
相談する相手を間違えただろうか。
そんな話をしている間にシャーベットは溶けてしまい、私は流し込むようにシャーベットを飲み干した。
ねぇ、翠葉……私は誰を好きだったの――?
シャーベットを食べ終わると、藤原さんは病室を出ていき、部屋には私と湊先生が残った。
ソファで横になっている湊先生からは小さな寝息が聞こえてくる。
学校が夏休みに入ってからは、もしかしたら空いている時間に救急の助っ人に入っているのかもしれない。
「……疲れているのかな」
「かもな」
急に聞こえたバリトンの声に息を止める。
「相変わらずいい驚きっぷりだねぇ」
「……昇さん、忍者に弟子入りしていたことがありませんか?」
「……今のところねぇなぁ」
この大柄な人は、妙な特技を持っている。
白衣のポケットに両手を突っ込んで偉そうに歩くのに、どうしてか足音がしないのだ。
存在感は人一倍ある人のはずなのに……。
足元を見れば、楓先生とは違い健康サンダルを履いている。
「何、足元見て」
「……足音がしません」
「なるほど、それで忍者に弟子入りになるのか」
昇さんは顎に手をやり、私のことをまじまじと見下ろす。
「さすがに今どき忍者はねぇだろ」
真面目な顔をして言われたので、ほかにどんなたとえ話ができたかな、と考えてみたけれど、忍者以外のたとえ話は見つからなかった。
「このタオルケット借りるぞー」
「あ、はい……」
私は夏用の羽毛布団を使っているため、タオルケットはいつも足元にたたんで置いてある。それを手に取った昇さんは、湊先生に歩み寄り、そっとタオルケットをかけた。
蒼兄やお母さんが私を起こさないようにそっと歩くのと同じで、足音を立てないのは昇さんの優しさなのかもしれない。
「なんだ?」
視線に気づかれ尋ねられる。
「いえ、優しいんだなと思っただけです」
「なんだ、今ごろ頃気づいたのか。医者に優しくないやつはいないんだよ」
どうしてか仁王立ちで言われた。
「だいたいにしてな、医者なんてやってるやつほど奇特な人間いねぇだろ。俺ら、人救いますってプラカードぶら下げて歩いてるようなもんだろ?」
プラカードぶら下げてって……。
そのたとえもどうかと思うけど、でも確かにそうだ。
みんな、きっとどんな人でも自分のことで精一杯、というときがあるはず。それでも、お医者さんや看護師さんは、そんなときでも人に手を差し伸べる。
それが仕事だから、とかそういう問題ではなく――根本的に、それを仕事にするという選択をした時点で人を助ける心を持っているということ。
中にはお金儲け、という人もいるのかもしれないけれど、それだけじゃ六年もの勉強を乗り切れないよね……。ならば、出発点には「救いたい」という気持ちがあったと信じたい。
嫌だと思うお医者様は何人もいた。痛いと言っても検査で異常が見つからない、イコール精神病、仮病と言う先生もいた。でも、そんなお医者様も最初は人を救いたいという気持ちからスタートしていると思いたい。
「難しい顔してどうした?」
「あ……えと、お医者様はたぶん、最初はみんな優しい人なんだろうなって……」
「……そっか。翠葉ちゃんはドクターショッピングしてきてるからな……。いい面も悪い面も見ちまってるってことだよな」
昇さんはベッド脇にしゃがみこみ、
「医者にも色々いる。でも、今翠葉ちゃんの周りにいる医者で悪い医者や営利目的だけの医者はいないよ。それはこれから来る口と柄が悪い相馬も一緒だ」
「はい……。ここの先生はみんな優しいです」
だから、大丈夫――
その言葉も気持ちも嘘じゃないのに、どうしてか視線が手元に落ちる。
「翠葉ちゃん」
ツンツン、と日焼けした人差し指に手をつつかれ、
「ほれ、こっち見てみ?」
ベッドマットに顎を乗せている昇さんに視線を移すと、
「言おうかどうしようか迷った。俺は仮の主治医で本当の主治医じゃないからな。でも、やっぱ言っておく。君はさ、痛いって言っていいよ。我慢できるレベルの痛みじゃないことはペインビジョンの数値で立証されてる。あんな痛みをひとりで抱えなくていい。医者に泣きつけ。それでいい」
「……泣きついたら、助けてくれる……?」
涙が零れる。
「そこなんだよな」と、昇さんは苦笑した。
「俺にしてやれるのは先日の治療くらいだ。相馬がどんな治療法を引っ提げて帰ってくるのかは知らない。だから言っていいのか迷ったけど、とりあえず相馬に泣きつけ」
昇さんのこの言葉たちも「優しさ」なのだろう。
「……はい、そうします」
泣いて笑って苦笑して、表情だけはとても忙しいことになっている。
「ほら、翠葉ちゃんも少し休んどけ。風呂上りに血圧下がったんだろ? まだ安定してないって清良女史が言ってた」
そう言われて、素直に横になることにした。
次に起きたとき、タレ目の柄の悪そうな人に見下ろされているとは予想だにせず――
身体は起こせるようになったものの、吐き気が完全に引いたわけではなく、胃にものを入れる、という行為が受け入れがたい。でも、卵豆腐とお味噌汁は食べられる気がした。
塩分は摂ったほうがいい。そう思ってふたつに手を伸ばした。
ほかのもの――ほうれん草の胡麻和えや卵焼き、煮物には手が伸びず、どうしようか悩んでいると、
「メロンと桃、どっちがいい?」
藤原さんに訊かれ、意味がわからず首を傾げる。と、
「栞ちゃんが食べれないときに、ってシャーベットを冷凍庫にたくさん入れていってくれたの」
「……メロンが食べたいです」
すると、藤原さんはにこりと笑ってトレイを下げてくれた。
そのすぐあと、シャーベットを持ってきてくれたけど、カチコチのそれはすぐには食べられそうになかった。
自分の力がないのか、はたまたシャーベットが硬すぎるのか。
「焦らなくても少しすれば溶けてくるわ」
それもそうだな、と思い、しばらく放置することにした。
メロンのシャーベットを眺めつつ、藤原さんの先ほどの話を思い出す。
藤原さんはとても不思議な人だと思う。簡単ではない話をとても簡単そうに話す。
聞いているこちらは、簡単な言葉にも関わらず、咀嚼して飲み込むのにひどく時間を要する。
たとえるならば、小さいクッキーなのに、やたらと硬くて噛み砕くのに時間がかかるクッキーとか、もしくは今目の前にあるシャーベット――
スプーンを入れられそうなのに、いざ入れようとすると全然歯が立たない。そんな感じ。
あ……スプーンがプラスチックだから余計に、なのかな。
今日のスプーンは黄色。
黄色といえば、先日お母さんと桃華さんからいただいた小さな向日葵。まだ元気に咲いているけれど、あと二日もしたら萎れてしまうのだろう。それが悲しい……。
病院に鉢植えのものを持ってくるのはタブーだけど、切花だって同じだと思う。だって、切花のほうが短命だもの。
鉢植えは病院に根付かないように、という意味でタブー視される。逆に、切花はすぐに枯れるから、退院が早くなりますように、などという願掛けがされている。
でも、実際に目にするのは枯れゆく姿で、なんだか切ない。
もし、余命いくばくという人が、切花が萎れていく姿を見たらどう思うだろう。
そう考えるとひどく切ない気持ちになった。
そこへ元気な湊先生が顔を出す。
「おはよう」の一言すら、元気の塊に思える。
「何よ……」
眉をひそめる仕草がツカサとそっくり。
「朝から元気だなって、ちょっとびっくりしただけです」
「マンションで急病人が出てね。朝っぱらから救急車のサイレンに起こされたのよ」
嫌そうに答えてから、ずい、と顔を覗き込まれる。
「翠葉、我慢なんて身体にいいもんじゃないからつらいときはつらいでとっとと病院に来なさいね」
いったいどんな急病人の発生だったのだろうか、と勘ぐりたくなる指摘のされ方にたじろぐ。
でも、私は入院が嫌で自宅に篭っていたわけで――
ツカサはどんなふうに私を説得してくれたのだろう。次に会ったときに訊いたら教えてくれるかな。
そんなことを考えていると、
「シャーベット、そろそろ食べごろよ」
藤原さんに指摘されて慌ててスプーンを入れると、今度はしゃくり、と簡単に掬うことができた。
自然の甘みときれいなグリーンが目に嬉しい。こんな色のガラス玉があったらずっと見ていたくなるだろうな。
湊先生は朝が相当早かったのか、ソファに座るとコロン、と横になった。
その姿を見て先日のツカサを思い出す。
湊先生は、ツカサよりも少しだけ背が低い。
「あのとき、面白いくらい真っ赤だったわねぇ」
左側から藤原さんの声。
指摘されなかったら大丈夫だったのに……。
改めて言われると、それだけで顔が熱くなる。
どうしようかな、と思っていると、
「好きになっちゃった?」
追い討ちをかけるように訊かれた。
――好き。
きっと、私は「好き」という感情を知っているのだろう。なのに、どうしてかその感情を掴みきれない。
「好きかどうかはわからないんです。でも、一緒にいると安心できる。それに無駄に格好良くて困ります……」
藤原さんはクスクスと笑った。
「藤原さん……私、誰かを好きになったことがあるみたいなのだけど、その記憶がなくて……。でも、一度知った気持ちは記憶がなくてもわかるものだと思いますか?」
「さぁ、どうかしらね」
「……一度好きになった人を忘れても、出逢ったら、また好きになると思いますか?」
「……そうだったらすてきだけど、しょせん私には答えられない類の質問ね」
相談する相手を間違えただろうか。
そんな話をしている間にシャーベットは溶けてしまい、私は流し込むようにシャーベットを飲み干した。
ねぇ、翠葉……私は誰を好きだったの――?
シャーベットを食べ終わると、藤原さんは病室を出ていき、部屋には私と湊先生が残った。
ソファで横になっている湊先生からは小さな寝息が聞こえてくる。
学校が夏休みに入ってからは、もしかしたら空いている時間に救急の助っ人に入っているのかもしれない。
「……疲れているのかな」
「かもな」
急に聞こえたバリトンの声に息を止める。
「相変わらずいい驚きっぷりだねぇ」
「……昇さん、忍者に弟子入りしていたことがありませんか?」
「……今のところねぇなぁ」
この大柄な人は、妙な特技を持っている。
白衣のポケットに両手を突っ込んで偉そうに歩くのに、どうしてか足音がしないのだ。
存在感は人一倍ある人のはずなのに……。
足元を見れば、楓先生とは違い健康サンダルを履いている。
「何、足元見て」
「……足音がしません」
「なるほど、それで忍者に弟子入りになるのか」
昇さんは顎に手をやり、私のことをまじまじと見下ろす。
「さすがに今どき忍者はねぇだろ」
真面目な顔をして言われたので、ほかにどんなたとえ話ができたかな、と考えてみたけれど、忍者以外のたとえ話は見つからなかった。
「このタオルケット借りるぞー」
「あ、はい……」
私は夏用の羽毛布団を使っているため、タオルケットはいつも足元にたたんで置いてある。それを手に取った昇さんは、湊先生に歩み寄り、そっとタオルケットをかけた。
蒼兄やお母さんが私を起こさないようにそっと歩くのと同じで、足音を立てないのは昇さんの優しさなのかもしれない。
「なんだ?」
視線に気づかれ尋ねられる。
「いえ、優しいんだなと思っただけです」
「なんだ、今ごろ頃気づいたのか。医者に優しくないやつはいないんだよ」
どうしてか仁王立ちで言われた。
「だいたいにしてな、医者なんてやってるやつほど奇特な人間いねぇだろ。俺ら、人救いますってプラカードぶら下げて歩いてるようなもんだろ?」
プラカードぶら下げてって……。
そのたとえもどうかと思うけど、でも確かにそうだ。
みんな、きっとどんな人でも自分のことで精一杯、というときがあるはず。それでも、お医者さんや看護師さんは、そんなときでも人に手を差し伸べる。
それが仕事だから、とかそういう問題ではなく――根本的に、それを仕事にするという選択をした時点で人を助ける心を持っているということ。
中にはお金儲け、という人もいるのかもしれないけれど、それだけじゃ六年もの勉強を乗り切れないよね……。ならば、出発点には「救いたい」という気持ちがあったと信じたい。
嫌だと思うお医者様は何人もいた。痛いと言っても検査で異常が見つからない、イコール精神病、仮病と言う先生もいた。でも、そんなお医者様も最初は人を救いたいという気持ちからスタートしていると思いたい。
「難しい顔してどうした?」
「あ……えと、お医者様はたぶん、最初はみんな優しい人なんだろうなって……」
「……そっか。翠葉ちゃんはドクターショッピングしてきてるからな……。いい面も悪い面も見ちまってるってことだよな」
昇さんはベッド脇にしゃがみこみ、
「医者にも色々いる。でも、今翠葉ちゃんの周りにいる医者で悪い医者や営利目的だけの医者はいないよ。それはこれから来る口と柄が悪い相馬も一緒だ」
「はい……。ここの先生はみんな優しいです」
だから、大丈夫――
その言葉も気持ちも嘘じゃないのに、どうしてか視線が手元に落ちる。
「翠葉ちゃん」
ツンツン、と日焼けした人差し指に手をつつかれ、
「ほれ、こっち見てみ?」
ベッドマットに顎を乗せている昇さんに視線を移すと、
「言おうかどうしようか迷った。俺は仮の主治医で本当の主治医じゃないからな。でも、やっぱ言っておく。君はさ、痛いって言っていいよ。我慢できるレベルの痛みじゃないことはペインビジョンの数値で立証されてる。あんな痛みをひとりで抱えなくていい。医者に泣きつけ。それでいい」
「……泣きついたら、助けてくれる……?」
涙が零れる。
「そこなんだよな」と、昇さんは苦笑した。
「俺にしてやれるのは先日の治療くらいだ。相馬がどんな治療法を引っ提げて帰ってくるのかは知らない。だから言っていいのか迷ったけど、とりあえず相馬に泣きつけ」
昇さんのこの言葉たちも「優しさ」なのだろう。
「……はい、そうします」
泣いて笑って苦笑して、表情だけはとても忙しいことになっている。
「ほら、翠葉ちゃんも少し休んどけ。風呂上りに血圧下がったんだろ? まだ安定してないって清良女史が言ってた」
そう言われて、素直に横になることにした。
次に起きたとき、タレ目の柄の悪そうな人に見下ろされているとは予想だにせず――
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