234 / 248
第三部 新たな己への旅路
大森林のエルフ編 第五話
しおりを挟む
息もつけないような激しくも優しいキスがやっと終わって、ぼーっとしたのもつかの間、はっと気づけば腕の中の少女がぱっちりと目を開けてこちらを見上げていた。
目を閉じていた時も美しいと思っていたが、目を開けた彼女の美貌は更に凄みを増して、シェズを更に驚かせてくれた。
特に目を引くのは、ついさっきまで閉ざされていた両の瞳。
その瞳の色は、以前のシェズと同じ左右色違いで。
もちろん、色はシェズのものとは違っていたが、少女の目の色も何とも珍しい色合いだった。
右目は夜の闇のような深い蒼、左目は太陽の輝きを閉じこめたようなまばゆいばかりの黄金。
その類稀な二つの宝石を見つめ、シェズは残された紫の瞳を思わず見開き、まじまじと見つめてしまう。
そんな風に、シェズが感動混じりの視線を注ぐ中、少女はなにやら困ったように眉尻を下げ、ほんの少し言葉を探すように言いよどんだ後、
「え~っと、ごめん。だれ、だっけ??」
本当に申し訳なさそうに、そう言った。
謝られたシェズは思わずきょとんとする。
なんといってもお互い出会ったばかり。相手のことを知らなくて当然なのに、なんで謝られたんだろうと、不思議そうな顔で。
そんなシェズの顔を見上げながら、徐々に頭がすっきりしてきた雷砂は、きょろきょろと周囲を見回し、それから最後に素肌同士を密着させている状態を見下ろした。
そして改めて、自分をしっかりと抱きしめてくれている相手の顔をまじまじと見つめ、
「えっと、これって、今、どういう状態??」
深々と首を傾げた。
「ん~と、確か、獣の群れから逃げてて……あ~……谷に飛び降りたんだよな」
「そうだな。アレは無茶だった」
うんうんと頷き合いの手を入れたその声を聞いて、雷砂はあれっと何かに気づいたようにシェズの顔を見た。
「あれ?もしかして、あの時、あの場所にいた?オレに、声をかけてくれたよね??」
「ん?聞こえてたのか?」
「聞こえては、いたよ?ただ、内容まではわからなかったけど」
「そうか。ただ、まあ、少し遅かった。もう少し早ければ、キミが飛び降りる前に助けられたんだが」
「わざわざ、助けてくれたの?谷底に落ちたオレを?」
「……まあ、目の前で人が落ちるのを見て放っておけるほど、枯れてはいないつもりだよ。だが、キミは無茶しすぎだな。あの場に私がいなかったら、危ないところだった」
「あ~、うん。そうだね。確かにそうだ。ごめんなさい。それから、ありがとう。助けてくれて。大変、だったでしょう?」
雷砂はシェズの言葉を素直に受け入れて、あっさりと頭を下げた。
自分の力を過信していたのは確かだし、きっと彼女の言うとおり、彼女の助けがなければ危険な状態だったのだろう。
実際問題、今の今まで意識がなかったわけで、そんな状態で川を流されたらおぼれ死んでいてもおかしくは無かっただろうから。
そんな素直な反応に、シェズは少し驚いたように目を見張り、それから柔らかく目元を細めた。
そして、手を伸ばして雷砂の頭を撫でながら、
「気にしなくて良い。大人は子供を守るものだし、子供は大人に守られるものだ。私は、当然の行為をしただけだから、礼はいらないよ。どうだ?痛いところはないか??」
シェズは優しい声音で問いかける。
その言葉に、雷砂は自分の身体をぺたぺたと触って確かめ、あちこち動かしてみてから大丈夫と返事を返す。
シェズはほっとしたように微笑んで、それからもう一度雷砂の頭を撫でた。
そして、
「なら良かった。じゃあ、そろそろ乾いただろうし、服を着よう」
「もう乾いてるの?川に落ちたならびしょびしょだったんじゃない?オレ、そんなに寝てた??」
「いや。そんなに長くは寝てないな。服は、私が精霊にお願いして乾かして貰ったんだ」
「精霊!?いるの??」
「いるかどうかと問われれば、もちろんいる。特にこの大森林には、たくさんの精霊がいるらしい。まあ、外がどうなのか知らないから、それが正しい情報かは、私には判断できないけどね」
上半身を起こした雷砂は、何かを探すようにきょろきょろと周囲を見回す。
だが、雷砂の目は精霊を映すようには出来ていないようで、しばらくそうしていたが最後にはがっかりしたように肩を落とした。
「残念。見えないや。見てみたかったなぁ」
しょんぼりと落ち込む雷砂を見ながら、シェズはくすくすと笑う。
普段の彼女を少しでも知る者なら驚くであろう程に、警戒心の欠片も無い優しげな笑顔で。
「そう落ち込むな。先天的には精霊を見ることが出来なかった者が、後天的に見えるようになったという話も残っているし、お前はまだ幼い。まだ、可能性はあるさ」
「そうかな?」
「ああ。精霊は、年若い純粋な者を好むと言うしな」
「そうか。うん、ありがとう。じゃあ、諦めないで楽しみにしといてみるね。えっと……」
「そう言えば、まだお互い名乗りあっていなかったな。私はこの大森林に住まうエルフの一枝、闇エルフのシェズェーリアだ」
「シェゼ……??」
「私の名前は少々発音しにくいらしいからな、どうかシェズと呼んでくれ」
「わかった。じゃあ、そう呼ばせて貰うね、シェズ。オレの名前は雷砂。大森林の外から来た人族だ」
「らいさ、か。お前の名前も変わった響きだ。だが、良い名だな」
「ありがとう。上手く発音は出来ないけど、シェズの名前の響きも、オレは好きだよ」
にっこり笑って、雷砂が片手を差し出すと、シェズも微笑みその手を握った。
お互いがまだ裸のままなので何とも格好がつかないが。
そのことに気づいたシェズが苦笑をもらし、精霊の力を借りて汚れを落とし、乾かしておいた服を雷砂へ手渡した。
「ほら、お前の服だ。剣帯と剣はあちらに置いてあるから安心していい」
「ありがとう。わ、ほんとだ。からからに乾いてる。すごいんだねぇ、精霊の力って」
雷砂は受け取った服を広げて見つめ、心底感心したようにそんな声を上げる。
その声を受けた精霊達が嬉しそうに輝きを増すのをシェズは驚きと共に見つめ、座り込んだまま上着に手を通す雷砂を改めて見た。
誰かの言葉に、これほど精霊が喜びの感情を表すのを見たのは初めてだった。
かつて側に仕えた巫女の言葉にすら、精霊達が喜び輝く様子を見せたことが無かったと言うのに、目の前の少女の言葉にはまさに輝き、飛び跳ねんばかりの喜びを示している。
先ほど彼女は、己の種族を人族と称した。
だが、果たして本当にそうなのだろうか?精霊達がこれほどに気にかけ、関心を持ち、心を寄せている存在が、本当にただの人なのだろうか?
そんな疑問を感じながら、着替えをする雷砂を見るともなしに見ていると、不意に雷砂が何とも言えない声を上げた。
「ん?どうした??」
「えっと、オレ、なんでこの年にもなって、おむつなんてしてるんだろう??」
首を傾げて問いかけたシェズの顔を、雷砂は何とも情けない表情で見上げた。
それが可愛いやら面白いやらで、シェズは思わずふきだしそうになったが、雷砂の気持ちを考慮して何とか飲み込み、表情を取り繕って答えを返す。
「あ、ああ。それか。月の障りの時期だったようだから、とりあえず布を巻き付けておいたんだ。そうじゃないと、血だらけになってしまうからな」
「血だらけ!?オレ、もしかしてけがとかしてるのかな??ぜんぜん痛くは無いけど、まさか麻痺してるとか!?」
当たり前の事を言ったつもりが、相手から予想外の反応を返され、シェズは思わず、んん?と首を深々と傾げた。
どこケガしたのかな?この巻き方だと足の付け根とかお腹の辺り??と自分の足やら下腹部やらをぺたぺた触る様を見ながらしばし考え、それからある可能性に思い当たり目を軽く見開いた。
そう考えれば雷砂の反応にも説明はつくし、目の前の子供の年回りから考えたらあり得ない事態ではないだろう。
「ちょっといいか?雷砂」
「ん?なに??」
「雷砂は今まで、月の障りにかかった事は無いのか?」
「月の障り??なにそれ?病気??」
「いや、病気とは少し違うな。女なら誰でも月に一度はその身に訪れるものだ。まあ、種族や地域によって呼び方も違ったりするから、わかりにくいかもしれないが……そうだな……月の障りでわからなければ、月のモノ、とか、血の病、とか、血の穢れと呼ぶ種族も、確かあったな……」
「女の人が、月に一度……?ああ、そう言えばあったね!そんなの」
雷砂はぽんと手を叩く。
もっともっと幼い頃。あの懐かしい草原で。
月に一度、数日に渡って決められた天幕にこもる女達の事を、雷砂はとても不思議に思っていた。
人によって、月のいつ頃その日が来るかはまちまちだったが、その天幕には近寄ってはいけないと、言われて育った。
育ての親であるシンファももちろん、月に一度はその天幕にこもり、そのときばかりはどんなに頼んでも雷砂は連れて行ってはもらえず、寂しい思いをしたものだ。
女の穢れと呼ばれるその数日が過ぎるまで、ジルヴァンが一緒に寝てくれたが、傍らにシンファがいない事が不安な時もあった。
特に、まだ一人寝も満足に出来なかった、この世界に来たばかりの頃は。
そんなときは、寂しさを押し殺しながらジルヴァンに尋ねたものだった。
どうして、シンファは自分と一緒にいてくれないのか。自分はどうして、シンファについていけないのか。
問われたジルヴァンは、とても困った顔をして言ったものだ。雷砂も、大人の女になればわかる、と。
月に一度の女の身体の異変を、女の穢れと呼ぶのだと、そう教えられたのは、雷砂が独り立ちする少し前のこと。
まだ早いだろうが教えておく、とシンファが神妙な顔で教えてくれたのだ。
だから、それがどんなことなのか、一応知識としては知っていた。
ただ、それが自分の見に起こるという頭がなかっただけだ。
雷砂は布でぐるぐる巻きにされた己の下半身を見下ろして、一つ頷く。
「なるほど。じゃあ、今のオレは股から血が垂れ流しになってるってことだな。それじゃあ、おむつも仕方がないや」
「股から血を垂れ流し……いや、間違ってない。間違ってはいないが、なんというか、その、もっと違う表現はできないものなのか?」
「あれ?ダメだった??」
「ダメ、というか……まあ、いい。一応、こういう時に使う下帯もどきを作っておいたから、これを身につけてみろ」
シェズは小さくため息をつき、簡単に作成したふんどしの様な形状のものを雷砂に手渡すと、身振りを交えつつ身につけ方を教えてやった。
「股のところに布を挟むからもそもそするけど、さっきのおむつ状態よりはましかぁ。下帯の中に入れた乾いた薬草みたいなのは、何か、香草みたいなの??」
「ああ。この辺りでとれる草だよ。強い薬効は無いが、消臭に役立つんだ。そこに血の生臭さを抑えるハーブを少し加えて使うんだが、今は手持ちがなかったから、せめて消臭だけでもと思ってな。外の世界はしらんが、この大森林で血のにおいを垂れ流しにすることは、自殺行為にも等しいぞ?我らも、月の障りの時期はなるべく外出しないようにするし、どうしても外にでなければならないときは、消臭のハーブを使う。今のようにな」
「ん~、草原でも、やっぱりこういう時の女の人は一カ所に固まって外出は避けてたなぁ。臭い消しみたいなのがあったかどうかまではわからないけど。でも確かに、血のにおいをごまかすのは大切だよね」
雷砂は言いながらてきぱきとズボンを身につけ、靴を履き、剣帯を締めて剣をぶら下げた。
そして準備万端整えてからシェズを見上げて首をちょこんと傾げる。
「で、シェズはいつまでそのままでいるつもりなの??」
言われて己の身体を見下ろしたシェズは、そこでやっと、自分がまだ裸のままだった事を思い出した。
雷砂の世話を焼いていたら、ついうっかり、自分の事を忘れてしまったのだ。
あたふたと、あわてて服を身につけていくシェズを見ながら口元を緩める雷砂。
雷砂は、初めて出会ったエルフの、凛々しくも美しい横顔を見つめ、しっかりしてる様に見えて結構天然さんなんだなぁと、何となく微笑ましくその姿を見守るのだった。
目を閉じていた時も美しいと思っていたが、目を開けた彼女の美貌は更に凄みを増して、シェズを更に驚かせてくれた。
特に目を引くのは、ついさっきまで閉ざされていた両の瞳。
その瞳の色は、以前のシェズと同じ左右色違いで。
もちろん、色はシェズのものとは違っていたが、少女の目の色も何とも珍しい色合いだった。
右目は夜の闇のような深い蒼、左目は太陽の輝きを閉じこめたようなまばゆいばかりの黄金。
その類稀な二つの宝石を見つめ、シェズは残された紫の瞳を思わず見開き、まじまじと見つめてしまう。
そんな風に、シェズが感動混じりの視線を注ぐ中、少女はなにやら困ったように眉尻を下げ、ほんの少し言葉を探すように言いよどんだ後、
「え~っと、ごめん。だれ、だっけ??」
本当に申し訳なさそうに、そう言った。
謝られたシェズは思わずきょとんとする。
なんといってもお互い出会ったばかり。相手のことを知らなくて当然なのに、なんで謝られたんだろうと、不思議そうな顔で。
そんなシェズの顔を見上げながら、徐々に頭がすっきりしてきた雷砂は、きょろきょろと周囲を見回し、それから最後に素肌同士を密着させている状態を見下ろした。
そして改めて、自分をしっかりと抱きしめてくれている相手の顔をまじまじと見つめ、
「えっと、これって、今、どういう状態??」
深々と首を傾げた。
「ん~と、確か、獣の群れから逃げてて……あ~……谷に飛び降りたんだよな」
「そうだな。アレは無茶だった」
うんうんと頷き合いの手を入れたその声を聞いて、雷砂はあれっと何かに気づいたようにシェズの顔を見た。
「あれ?もしかして、あの時、あの場所にいた?オレに、声をかけてくれたよね??」
「ん?聞こえてたのか?」
「聞こえては、いたよ?ただ、内容まではわからなかったけど」
「そうか。ただ、まあ、少し遅かった。もう少し早ければ、キミが飛び降りる前に助けられたんだが」
「わざわざ、助けてくれたの?谷底に落ちたオレを?」
「……まあ、目の前で人が落ちるのを見て放っておけるほど、枯れてはいないつもりだよ。だが、キミは無茶しすぎだな。あの場に私がいなかったら、危ないところだった」
「あ~、うん。そうだね。確かにそうだ。ごめんなさい。それから、ありがとう。助けてくれて。大変、だったでしょう?」
雷砂はシェズの言葉を素直に受け入れて、あっさりと頭を下げた。
自分の力を過信していたのは確かだし、きっと彼女の言うとおり、彼女の助けがなければ危険な状態だったのだろう。
実際問題、今の今まで意識がなかったわけで、そんな状態で川を流されたらおぼれ死んでいてもおかしくは無かっただろうから。
そんな素直な反応に、シェズは少し驚いたように目を見張り、それから柔らかく目元を細めた。
そして、手を伸ばして雷砂の頭を撫でながら、
「気にしなくて良い。大人は子供を守るものだし、子供は大人に守られるものだ。私は、当然の行為をしただけだから、礼はいらないよ。どうだ?痛いところはないか??」
シェズは優しい声音で問いかける。
その言葉に、雷砂は自分の身体をぺたぺたと触って確かめ、あちこち動かしてみてから大丈夫と返事を返す。
シェズはほっとしたように微笑んで、それからもう一度雷砂の頭を撫でた。
そして、
「なら良かった。じゃあ、そろそろ乾いただろうし、服を着よう」
「もう乾いてるの?川に落ちたならびしょびしょだったんじゃない?オレ、そんなに寝てた??」
「いや。そんなに長くは寝てないな。服は、私が精霊にお願いして乾かして貰ったんだ」
「精霊!?いるの??」
「いるかどうかと問われれば、もちろんいる。特にこの大森林には、たくさんの精霊がいるらしい。まあ、外がどうなのか知らないから、それが正しい情報かは、私には判断できないけどね」
上半身を起こした雷砂は、何かを探すようにきょろきょろと周囲を見回す。
だが、雷砂の目は精霊を映すようには出来ていないようで、しばらくそうしていたが最後にはがっかりしたように肩を落とした。
「残念。見えないや。見てみたかったなぁ」
しょんぼりと落ち込む雷砂を見ながら、シェズはくすくすと笑う。
普段の彼女を少しでも知る者なら驚くであろう程に、警戒心の欠片も無い優しげな笑顔で。
「そう落ち込むな。先天的には精霊を見ることが出来なかった者が、後天的に見えるようになったという話も残っているし、お前はまだ幼い。まだ、可能性はあるさ」
「そうかな?」
「ああ。精霊は、年若い純粋な者を好むと言うしな」
「そうか。うん、ありがとう。じゃあ、諦めないで楽しみにしといてみるね。えっと……」
「そう言えば、まだお互い名乗りあっていなかったな。私はこの大森林に住まうエルフの一枝、闇エルフのシェズェーリアだ」
「シェゼ……??」
「私の名前は少々発音しにくいらしいからな、どうかシェズと呼んでくれ」
「わかった。じゃあ、そう呼ばせて貰うね、シェズ。オレの名前は雷砂。大森林の外から来た人族だ」
「らいさ、か。お前の名前も変わった響きだ。だが、良い名だな」
「ありがとう。上手く発音は出来ないけど、シェズの名前の響きも、オレは好きだよ」
にっこり笑って、雷砂が片手を差し出すと、シェズも微笑みその手を握った。
お互いがまだ裸のままなので何とも格好がつかないが。
そのことに気づいたシェズが苦笑をもらし、精霊の力を借りて汚れを落とし、乾かしておいた服を雷砂へ手渡した。
「ほら、お前の服だ。剣帯と剣はあちらに置いてあるから安心していい」
「ありがとう。わ、ほんとだ。からからに乾いてる。すごいんだねぇ、精霊の力って」
雷砂は受け取った服を広げて見つめ、心底感心したようにそんな声を上げる。
その声を受けた精霊達が嬉しそうに輝きを増すのをシェズは驚きと共に見つめ、座り込んだまま上着に手を通す雷砂を改めて見た。
誰かの言葉に、これほど精霊が喜びの感情を表すのを見たのは初めてだった。
かつて側に仕えた巫女の言葉にすら、精霊達が喜び輝く様子を見せたことが無かったと言うのに、目の前の少女の言葉にはまさに輝き、飛び跳ねんばかりの喜びを示している。
先ほど彼女は、己の種族を人族と称した。
だが、果たして本当にそうなのだろうか?精霊達がこれほどに気にかけ、関心を持ち、心を寄せている存在が、本当にただの人なのだろうか?
そんな疑問を感じながら、着替えをする雷砂を見るともなしに見ていると、不意に雷砂が何とも言えない声を上げた。
「ん?どうした??」
「えっと、オレ、なんでこの年にもなって、おむつなんてしてるんだろう??」
首を傾げて問いかけたシェズの顔を、雷砂は何とも情けない表情で見上げた。
それが可愛いやら面白いやらで、シェズは思わずふきだしそうになったが、雷砂の気持ちを考慮して何とか飲み込み、表情を取り繕って答えを返す。
「あ、ああ。それか。月の障りの時期だったようだから、とりあえず布を巻き付けておいたんだ。そうじゃないと、血だらけになってしまうからな」
「血だらけ!?オレ、もしかしてけがとかしてるのかな??ぜんぜん痛くは無いけど、まさか麻痺してるとか!?」
当たり前の事を言ったつもりが、相手から予想外の反応を返され、シェズは思わず、んん?と首を深々と傾げた。
どこケガしたのかな?この巻き方だと足の付け根とかお腹の辺り??と自分の足やら下腹部やらをぺたぺた触る様を見ながらしばし考え、それからある可能性に思い当たり目を軽く見開いた。
そう考えれば雷砂の反応にも説明はつくし、目の前の子供の年回りから考えたらあり得ない事態ではないだろう。
「ちょっといいか?雷砂」
「ん?なに??」
「雷砂は今まで、月の障りにかかった事は無いのか?」
「月の障り??なにそれ?病気??」
「いや、病気とは少し違うな。女なら誰でも月に一度はその身に訪れるものだ。まあ、種族や地域によって呼び方も違ったりするから、わかりにくいかもしれないが……そうだな……月の障りでわからなければ、月のモノ、とか、血の病、とか、血の穢れと呼ぶ種族も、確かあったな……」
「女の人が、月に一度……?ああ、そう言えばあったね!そんなの」
雷砂はぽんと手を叩く。
もっともっと幼い頃。あの懐かしい草原で。
月に一度、数日に渡って決められた天幕にこもる女達の事を、雷砂はとても不思議に思っていた。
人によって、月のいつ頃その日が来るかはまちまちだったが、その天幕には近寄ってはいけないと、言われて育った。
育ての親であるシンファももちろん、月に一度はその天幕にこもり、そのときばかりはどんなに頼んでも雷砂は連れて行ってはもらえず、寂しい思いをしたものだ。
女の穢れと呼ばれるその数日が過ぎるまで、ジルヴァンが一緒に寝てくれたが、傍らにシンファがいない事が不安な時もあった。
特に、まだ一人寝も満足に出来なかった、この世界に来たばかりの頃は。
そんなときは、寂しさを押し殺しながらジルヴァンに尋ねたものだった。
どうして、シンファは自分と一緒にいてくれないのか。自分はどうして、シンファについていけないのか。
問われたジルヴァンは、とても困った顔をして言ったものだ。雷砂も、大人の女になればわかる、と。
月に一度の女の身体の異変を、女の穢れと呼ぶのだと、そう教えられたのは、雷砂が独り立ちする少し前のこと。
まだ早いだろうが教えておく、とシンファが神妙な顔で教えてくれたのだ。
だから、それがどんなことなのか、一応知識としては知っていた。
ただ、それが自分の見に起こるという頭がなかっただけだ。
雷砂は布でぐるぐる巻きにされた己の下半身を見下ろして、一つ頷く。
「なるほど。じゃあ、今のオレは股から血が垂れ流しになってるってことだな。それじゃあ、おむつも仕方がないや」
「股から血を垂れ流し……いや、間違ってない。間違ってはいないが、なんというか、その、もっと違う表現はできないものなのか?」
「あれ?ダメだった??」
「ダメ、というか……まあ、いい。一応、こういう時に使う下帯もどきを作っておいたから、これを身につけてみろ」
シェズは小さくため息をつき、簡単に作成したふんどしの様な形状のものを雷砂に手渡すと、身振りを交えつつ身につけ方を教えてやった。
「股のところに布を挟むからもそもそするけど、さっきのおむつ状態よりはましかぁ。下帯の中に入れた乾いた薬草みたいなのは、何か、香草みたいなの??」
「ああ。この辺りでとれる草だよ。強い薬効は無いが、消臭に役立つんだ。そこに血の生臭さを抑えるハーブを少し加えて使うんだが、今は手持ちがなかったから、せめて消臭だけでもと思ってな。外の世界はしらんが、この大森林で血のにおいを垂れ流しにすることは、自殺行為にも等しいぞ?我らも、月の障りの時期はなるべく外出しないようにするし、どうしても外にでなければならないときは、消臭のハーブを使う。今のようにな」
「ん~、草原でも、やっぱりこういう時の女の人は一カ所に固まって外出は避けてたなぁ。臭い消しみたいなのがあったかどうかまではわからないけど。でも確かに、血のにおいをごまかすのは大切だよね」
雷砂は言いながらてきぱきとズボンを身につけ、靴を履き、剣帯を締めて剣をぶら下げた。
そして準備万端整えてからシェズを見上げて首をちょこんと傾げる。
「で、シェズはいつまでそのままでいるつもりなの??」
言われて己の身体を見下ろしたシェズは、そこでやっと、自分がまだ裸のままだった事を思い出した。
雷砂の世話を焼いていたら、ついうっかり、自分の事を忘れてしまったのだ。
あたふたと、あわてて服を身につけていくシェズを見ながら口元を緩める雷砂。
雷砂は、初めて出会ったエルフの、凛々しくも美しい横顔を見つめ、しっかりしてる様に見えて結構天然さんなんだなぁと、何となく微笑ましくその姿を見守るのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!
沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。
それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。
失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。
アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。
帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。
そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。
再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。
なんと、皇子は三つ子だった!
アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。
しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。
アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。
一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。
魔道具は歌う~パーティ追放後に最高ランクになった俺を幼馴染は信じない。後で気づいてももう遅い、今まで支えてくれた人達がいるから~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界転生者シナグルのスキルは傾聴。
音が良く聞こえるだけの取り柄のないものだった、
幼馴染と加入したパーティを追放され、魔道具に出会うまでは。
魔道具の秘密を解き明かしたシナグルは、魔道具職人と冒険者でSSSランクに登り詰めるのだった。
そして再び出会う幼馴染。
彼女は俺がSSSランクだとは信じなかった。
もういい。
密かにやってた支援も打ち切る。
俺以外にも魔道具職人はいるさ。
落ちぶれて行く追放したパーティ。
俺は客とほのぼのとした良い関係を築きながら、成長していくのだった。
50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく
かわさきはっく
ファンタジー
就職氷河期を生き抜き、数々の職を転々とした末に無職となった50代の俺。
ある日、病で倒れ、気づけば異世界のエルフの賢者に転生していた!?
俺が転生したのは、高位エルフの秘術の失敗によって魂が取り込まれた賢者の肉体。
第二の人生をやり直そうと思ったのも束の間、俺の周囲は大騒ぎだ。
「導き手の復活か!?」「賢者を語る偽物か!?」
信仰派と保守派が入り乱れ、エルフの社会はざわつき始める。
賢者の力を示すため、次々と課される困難な試練。
様々な事件に巻き込まれながらも、俺は異世界で無双する!
異世界ざわつき転生譚、ここに開幕!
※話数は多いですが、一話ごとのボリュームは少なめです。
※「小説家になろう」「カクヨム」「Caita」にも掲載しています。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる