龍は暁に啼く

高嶺 蒼

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第三部 新たな己への旅路

大森林のエルフ編 第五話

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 息もつけないような激しくも優しいキスがやっと終わって、ぼーっとしたのもつかの間、はっと気づけば腕の中の少女がぱっちりと目を開けてこちらを見上げていた。
 目を閉じていた時も美しいと思っていたが、目を開けた彼女の美貌は更に凄みを増して、シェズを更に驚かせてくれた。

 特に目を引くのは、ついさっきまで閉ざされていた両の瞳。
 その瞳の色は、以前のシェズと同じ左右色違いで。
 もちろん、色はシェズのものとは違っていたが、少女の目の色も何とも珍しい色合いだった。

 右目は夜の闇のような深い蒼、左目は太陽の輝きを閉じこめたようなまばゆいばかりの黄金。
 その類稀な二つの宝石を見つめ、シェズは残された紫の瞳を思わず見開き、まじまじと見つめてしまう。
 そんな風に、シェズが感動混じりの視線を注ぐ中、少女はなにやら困ったように眉尻を下げ、ほんの少し言葉を探すように言いよどんだ後、


 「え~っと、ごめん。だれ、だっけ??」


 本当に申し訳なさそうに、そう言った。
 謝られたシェズは思わずきょとんとする。
 なんといってもお互い出会ったばかり。相手のことを知らなくて当然なのに、なんで謝られたんだろうと、不思議そうな顔で。
 そんなシェズの顔を見上げながら、徐々に頭がすっきりしてきた雷砂は、きょろきょろと周囲を見回し、それから最後に素肌同士を密着させている状態を見下ろした。
 そして改めて、自分をしっかりと抱きしめてくれている相手の顔をまじまじと見つめ、


 「えっと、これって、今、どういう状態??」


 深々と首を傾げた。


 「ん~と、確か、獣の群れから逃げてて……あ~……谷に飛び降りたんだよな」

 「そうだな。アレは無茶だった」


 うんうんと頷き合いの手を入れたその声を聞いて、雷砂はあれっと何かに気づいたようにシェズの顔を見た。


 「あれ?もしかして、あの時、あの場所にいた?オレに、声をかけてくれたよね??」

 「ん?聞こえてたのか?」

 「聞こえては、いたよ?ただ、内容まではわからなかったけど」

 「そうか。ただ、まあ、少し遅かった。もう少し早ければ、キミが飛び降りる前に助けられたんだが」

 「わざわざ、助けてくれたの?谷底に落ちたオレを?」

 「……まあ、目の前で人が落ちるのを見て放っておけるほど、枯れてはいないつもりだよ。だが、キミは無茶しすぎだな。あの場に私がいなかったら、危ないところだった」

 「あ~、うん。そうだね。確かにそうだ。ごめんなさい。それから、ありがとう。助けてくれて。大変、だったでしょう?」


 雷砂はシェズの言葉を素直に受け入れて、あっさりと頭を下げた。
 自分の力を過信していたのは確かだし、きっと彼女の言うとおり、彼女の助けがなければ危険な状態だったのだろう。
 実際問題、今の今まで意識がなかったわけで、そんな状態で川を流されたらおぼれ死んでいてもおかしくは無かっただろうから。

 そんな素直な反応に、シェズは少し驚いたように目を見張り、それから柔らかく目元を細めた。
 そして、手を伸ばして雷砂の頭を撫でながら、


 「気にしなくて良い。大人は子供を守るものだし、子供は大人に守られるものだ。私は、当然の行為をしただけだから、礼はいらないよ。どうだ?痛いところはないか??」


 シェズは優しい声音で問いかける。
 その言葉に、雷砂は自分の身体をぺたぺたと触って確かめ、あちこち動かしてみてから大丈夫と返事を返す。
 シェズはほっとしたように微笑んで、それからもう一度雷砂の頭を撫でた。
 そして、


 「なら良かった。じゃあ、そろそろ乾いただろうし、服を着よう」

 「もう乾いてるの?川に落ちたならびしょびしょだったんじゃない?オレ、そんなに寝てた??」

 「いや。そんなに長くは寝てないな。服は、私が精霊にお願いして乾かして貰ったんだ」

 「精霊!?いるの??」

 「いるかどうかと問われれば、もちろんいる。特にこの大森林には、たくさんの精霊がいるらしい。まあ、外がどうなのか知らないから、それが正しい情報かは、私には判断できないけどね」


 上半身を起こした雷砂は、何かを探すようにきょろきょろと周囲を見回す。
 だが、雷砂の目は精霊を映すようには出来ていないようで、しばらくそうしていたが最後にはがっかりしたように肩を落とした。


 「残念。見えないや。見てみたかったなぁ」


 しょんぼりと落ち込む雷砂を見ながら、シェズはくすくすと笑う。
 普段の彼女を少しでも知る者なら驚くであろう程に、警戒心の欠片も無い優しげな笑顔で。


 「そう落ち込むな。先天的には精霊を見ることが出来なかった者が、後天的に見えるようになったという話も残っているし、お前はまだ幼い。まだ、可能性はあるさ」

 「そうかな?」

 「ああ。精霊は、年若い純粋な者を好むと言うしな」

 「そうか。うん、ありがとう。じゃあ、諦めないで楽しみにしといてみるね。えっと……」

 「そう言えば、まだお互い名乗りあっていなかったな。私はこの大森林に住まうエルフの一枝、闇エルフのシェズェーリアだ」

 「シェゼ……??」

 「私の名前は少々発音しにくいらしいからな、どうかシェズと呼んでくれ」

 「わかった。じゃあ、そう呼ばせて貰うね、シェズ。オレの名前は雷砂。大森林の外から来た人族だ」

 「らいさ、か。お前の名前も変わった響きだ。だが、良い名だな」

 「ありがとう。上手く発音は出来ないけど、シェズの名前の響きも、オレは好きだよ」


 にっこり笑って、雷砂が片手を差し出すと、シェズも微笑みその手を握った。
 お互いがまだ裸のままなので何とも格好がつかないが。
 そのことに気づいたシェズが苦笑をもらし、精霊の力を借りて汚れを落とし、乾かしておいた服を雷砂へ手渡した。


 「ほら、お前の服だ。剣帯と剣はあちらに置いてあるから安心していい」

 「ありがとう。わ、ほんとだ。からからに乾いてる。すごいんだねぇ、精霊の力って」


 雷砂は受け取った服を広げて見つめ、心底感心したようにそんな声を上げる。
 その声を受けた精霊達が嬉しそうに輝きを増すのをシェズは驚きと共に見つめ、座り込んだまま上着に手を通す雷砂を改めて見た。
 誰かの言葉に、これほど精霊が喜びの感情を表すのを見たのは初めてだった。
 かつて側に仕えた巫女の言葉にすら、精霊達が喜び輝く様子を見せたことが無かったと言うのに、目の前の少女の言葉にはまさに輝き、飛び跳ねんばかりの喜びを示している。

 先ほど彼女は、己の種族を人族と称した。
 だが、果たして本当にそうなのだろうか?精霊達がこれほどに気にかけ、関心を持ち、心を寄せている存在が、本当にただの人なのだろうか?
 そんな疑問を感じながら、着替えをする雷砂を見るともなしに見ていると、不意に雷砂が何とも言えない声を上げた。


 「ん?どうした??」

 「えっと、オレ、なんでこの年にもなって、おむつなんてしてるんだろう??」


 首を傾げて問いかけたシェズの顔を、雷砂は何とも情けない表情で見上げた。
 それが可愛いやら面白いやらで、シェズは思わずふきだしそうになったが、雷砂の気持ちを考慮して何とか飲み込み、表情を取り繕って答えを返す。


 「あ、ああ。それか。月の障りの時期だったようだから、とりあえず布を巻き付けておいたんだ。そうじゃないと、血だらけになってしまうからな」

 「血だらけ!?オレ、もしかしてけがとかしてるのかな??ぜんぜん痛くは無いけど、まさか麻痺してるとか!?」


 当たり前の事を言ったつもりが、相手から予想外の反応を返され、シェズは思わず、んん?と首を深々と傾げた。
 どこケガしたのかな?この巻き方だと足の付け根とかお腹の辺り??と自分の足やら下腹部やらをぺたぺた触る様を見ながらしばし考え、それからある可能性に思い当たり目を軽く見開いた。
 そう考えれば雷砂の反応にも説明はつくし、目の前の子供の年回りから考えたらあり得ない事態ではないだろう。


 「ちょっといいか?雷砂」

 「ん?なに??」

 「雷砂は今まで、月の障りにかかった事は無いのか?」

 「月の障り??なにそれ?病気??」

 「いや、病気とは少し違うな。女なら誰でも月に一度はその身に訪れるものだ。まあ、種族や地域によって呼び方も違ったりするから、わかりにくいかもしれないが……そうだな……月の障りでわからなければ、月のモノ、とか、血の病、とか、血の穢れと呼ぶ種族も、確かあったな……」

 「女の人が、月に一度……?ああ、そう言えばあったね!そんなの」


 雷砂はぽんと手を叩く。
 もっともっと幼い頃。あの懐かしい草原で。
 月に一度、数日に渡って決められた天幕にこもる女達の事を、雷砂はとても不思議に思っていた。
 人によって、月のいつ頃その日が来るかはまちまちだったが、その天幕には近寄ってはいけないと、言われて育った。
 育ての親であるシンファももちろん、月に一度はその天幕にこもり、そのときばかりはどんなに頼んでも雷砂は連れて行ってはもらえず、寂しい思いをしたものだ。
 女の穢れと呼ばれるその数日が過ぎるまで、ジルヴァンが一緒に寝てくれたが、傍らにシンファがいない事が不安な時もあった。
 特に、まだ一人寝も満足に出来なかった、この世界に来たばかりの頃は。

 そんなときは、寂しさを押し殺しながらジルヴァンに尋ねたものだった。
 どうして、シンファは自分と一緒にいてくれないのか。自分はどうして、シンファについていけないのか。
 問われたジルヴァンは、とても困った顔をして言ったものだ。雷砂も、大人の女になればわかる、と。

 月に一度の女の身体の異変を、女の穢れと呼ぶのだと、そう教えられたのは、雷砂が独り立ちする少し前のこと。
 まだ早いだろうが教えておく、とシンファが神妙な顔で教えてくれたのだ。
 だから、それがどんなことなのか、一応知識としては知っていた。
 ただ、それが自分の見に起こるという頭がなかっただけだ。
 雷砂は布でぐるぐる巻きにされた己の下半身を見下ろして、一つ頷く。


 「なるほど。じゃあ、今のオレは股から血が垂れ流しになってるってことだな。それじゃあ、おむつも仕方がないや」

 「股から血を垂れ流し……いや、間違ってない。間違ってはいないが、なんというか、その、もっと違う表現はできないものなのか?」

 「あれ?ダメだった??」

 「ダメ、というか……まあ、いい。一応、こういう時に使う下帯もどきを作っておいたから、これを身につけてみろ」


 シェズは小さくため息をつき、簡単に作成したふんどしの様な形状のものを雷砂に手渡すと、身振りを交えつつ身につけ方を教えてやった。


 「股のところに布を挟むからもそもそするけど、さっきのおむつ状態よりはましかぁ。下帯の中に入れた乾いた薬草みたいなのは、何か、香草みたいなの??」

 「ああ。この辺りでとれる草だよ。強い薬効は無いが、消臭に役立つんだ。そこに血の生臭さを抑えるハーブを少し加えて使うんだが、今は手持ちがなかったから、せめて消臭だけでもと思ってな。外の世界はしらんが、この大森林で血のにおいを垂れ流しにすることは、自殺行為にも等しいぞ?我らも、月の障りの時期はなるべく外出しないようにするし、どうしても外にでなければならないときは、消臭のハーブを使う。今のようにな」

 「ん~、草原でも、やっぱりこういう時の女の人は一カ所に固まって外出は避けてたなぁ。臭い消しみたいなのがあったかどうかまではわからないけど。でも確かに、血のにおいをごまかすのは大切だよね」


 雷砂は言いながらてきぱきとズボンを身につけ、靴を履き、剣帯を締めて剣をぶら下げた。
 そして準備万端整えてからシェズを見上げて首をちょこんと傾げる。


 「で、シェズはいつまでそのままでいるつもりなの??」


 言われて己の身体を見下ろしたシェズは、そこでやっと、自分がまだ裸のままだった事を思い出した。
 雷砂の世話を焼いていたら、ついうっかり、自分の事を忘れてしまったのだ。
 あたふたと、あわてて服を身につけていくシェズを見ながら口元を緩める雷砂。
 雷砂は、初めて出会ったエルフの、凛々しくも美しい横顔を見つめ、しっかりしてる様に見えて結構天然さんなんだなぁと、何となく微笑ましくその姿を見守るのだった。
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