龍は暁に啼く

高嶺 蒼

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第三部 新たな己への旅路

大森林のエルフ編 第六話

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 改めて、しっかりと身支度を整えたシェズと向かい合う。
 さっきも思ったことだが、綺麗な人だな、と素直に感心する。

 昔、古い書物で読んだことがあるが、そこにはエルフはとても美しい容貌を持った一族だと記されていた。
 笹の葉のようなとがった耳を持ち、顔立ちは繊細で美麗、すらりとした体躯は儚げで、抜けるような白い肌の麗しい種族である、と。
 目の前の人物は正にその書物に記されていたように麗しい容姿をしていた。

 その面は端正で繊細、女らしさを損なわない程度に凛々しく、だが女の艶も備えた絶妙なバランスの美貌を誇っている。
 瞳を煩っているのか片目を眼帯で隠していてもなお美しく、露わになっている瞳の色は鮮やかな青。
 銀色がわずかに混じったようなその青は、その切れ長の瞳の形とも相まってともすれば冷たく見えてしまいそうなものだが、彼女が雷砂に注ぐまなざしはとても優しかった

 背中の中程まで伸びた髪は青みがかった銀色。
 彼女はその青銀の髪を、首の辺りで一つに纏めている。恐らく、動き回るのに邪魔にならないようにするためだろう。

 視線をわずかに落とせば目に入ってくる彼女の肢体も、また素晴らしかった。
 手足が長く、バランスのよい体躯。
 胸は程良く膨らんで、続くウエストはしっかりとしたくびれを作り出し、女らしく張り出した腰へとなだらかなラインを描いている。
 出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでという、メリハリの利いたボディーラインの為、本で読んだようなすらりと儚げ、という形容詞の通りとは言えないが、十分に引き締まった、だがしっかりと女らしい、女性としては理想的な体型だろうと、雷砂は思った。

 耳は書物で読んだとおり、笹の葉のように尖った長い耳。
 ただ、肌は濃い褐色で、これだけは明らかに書物の中の記述とは違っていた。
 雷砂はほんのり首を傾げ、まじまじと彼女を見つめる。
 シェズは、苦笑を浮かべつつ、雷砂の好奇心旺盛なまなざしを受け止めた。


 「どうした?エルフは珍しいか?」

 「うん。本で読んだことはあるけど、会うのは初めてだし。本当に、耳が尖ってて長いんだね?やっぱりよく聞こえる??」


 雷砂の質問を受け、シェズは己の耳に指を這わせつつ微笑む。


 「そうだな。キミの耳がどれだけいいかは分からないが、私達エルフの耳は、一般的な人族より数十倍の感度を持つと、言われてはいるな。それが真実かはよくわからんが、まあ、よく聞こえることは確かかな。森で生活をするには便利な耳だ」

 「ふぅん、そうなんだ」


 うんうんと納得したように頷き、だが雷砂の瞳はまだ興味深そうにシェズの上をさまよっている。
 この耳以外にも何か気になることがあるのか?ーシェズは小さく首を傾け、


 「どうした?気になることがあるなら言ってみるといい。私で分かることなら、答えをあげよう」


 そう水を向けてみた。
 彼女の言葉にきょとんと目を丸くし、ちょっと考えるように間を置いた後、雷砂は一つ頷くと、失礼だったらごめんと前置きをした上でその可愛らしい唇を開く。


 「えっと、シェズの肌は日に焼けてそうなったの??」

 「んん??」

 「その、前に呼んだ書物に記されていたエルフの描写と、ずいぶん肌の色が違うから、もしかしてそうなのかなぁって。えっと、違った??」


 ぽかんと口を開けたシェズの様子に、雷砂の声が徐々に小さくなる。最後には消え入りそうなほどに小さな声となり、雷砂は申し訳なさそうにシェズを見上げた。
 思いもかけなかったことを聞かれた驚きで、思わず固まってしまったシェズだが、そんな雷砂の可愛らしい様子に思わず破顔する。


 「日焼けか。日焼けはよかったな。まあ、確かに少々日に焼けてはいるかもしれないが、この肌の色は元々こんなだぞ?」

 「そうなの??でも、本には、雪のように白い肌って……」


 雷砂のその言葉を聞いたシェズは、なるほどなと大きく頷く。
 雷砂の言葉で、その誤解がどこからきたのか分かったからだ。


 「本が間違ってたのかなぁ?変なこと聞いてごめん」

 「いや、その本も間違ってはいないぞ?」


 雷砂の言葉に、シェズは緩やかに首を横に振った。
 そして、自分達についての説明を続ける。


 「我らエルフは、大きく二つの種に分けられる。私の様な肌の色の闇エルフと、キミが読んだ書物に記されていたような雪肌の森エルフに」

 「闇エルフと、森エルフ?」

 「そうだ。昔から、そう言う書物の記録に残るエルフは、森エルフであることが多い。まあ、見るからに清らかで、印象的な容貌をしているからだろうな」

 「ふぅん。でもさ、シェズもすごく綺麗だし、印象的だよ?」

 「まあ、我々闇エルフも、一応はエルフの枝ではあるからな。エルフは卓越した美を与えられた種族だし、もちろんその恩恵は受けている。だが、我らの肌の色は、種族の名前にも表されているように闇を連想させる。だから、あまり評判は良くないようだ。故に、エルフという種族イコール森エルフという図式が出来上がっていてもおかしくはない、とは思う。どの書物でも大概、エルフは清廉な種族として描かれているしな」

 「別に闇エルフが清廉じゃないって訳じゃないのに、おかしな話だね?」

 「まぁな。だが、世の中なんてそんなものだろう?大半の者は、黒よりも白の方を好む風潮だ」

 「へぇ、そんなものかなぁ?でも、オレはシェズの肌の色、好きだけどなぁ」


 肩をすくめ苦笑したシェズの顔をじっと見上げ、雷砂はそっと手を伸ばすと彼女の頬に触れた。


 「うん。綺麗な肌の色だよ。シェズの瞳とも髪の色とも、すごくよく似合ってる」


 そう言って、雷砂は笑った。
 その笑顔がなんだかとてもまぶしく思えて、シェズは雷砂の顔からわずかに視線を逸らす。
 頬が熱い、そんな気がして、頬に触れたままの雷砂の手のひらに妙に落ち着かない気持ちにさせられた。

 そして思う。
 綺麗なのは、キミの方だろう、と。

 間近からこちらを見つめるその顔のどこをとっても、シェズが今まで知るどんな美しい人よりも美しかった。
 彼女が今までずっと、誰よりも一番美しいと思っていた、希有な美貌と飛び抜けた能力で高みに上り詰めた、今でも大切な幼なじみよりも。
 シェズの視線を感じたのか、彼女のものとは色合いが違う色違いの瞳が優しく細められ、幼いながらも艶やかな唇が弧を描く。
 なんだか追いつめられたような気持ちで、シェズはその瞳から逃げるようにわずかに目をそらす。


 「シェズ?」


 彼女の視界の片隅で、雷砂が小さく首を傾げる。どうしたの?と問いかけるように。
 その様子が、仕草が可愛らしくて、シェズは思わず片手で胸をきゅっと押さえた。
 なんだかおかしい。なんだか心臓がはくはくする、と。
 さらに言えば、頬も熱いし、何とも言えずに息苦しい。

 ぎゅっと押さえた手のひらの下で、胸がきゅうっと締め付けられるような感覚にただ耐える。どうしてしまったんだ、私は?ーそんな想いと共に。
 そんなシェズを、雷砂は心底心配そうに見上げる。
 自分を助けたせいで、どこか具合を悪くしたんだろうかと、そんな不安が雷砂を妙に過保護にさせていた。


 (もしロウがここにいたら、シェズを治してもらうのにな)


 そんなことを考え、唇をかむ。
 だが、ロウは遠く離れた旅空の下。
 雷砂が望んだとおり、雷砂の大切なものを一生懸命に守っていてくれるはずだ。
 呼べばきっと一瞬で来てくれる。
 だが、雷砂はロウを呼ぶのは最後の手段と、固く心に決めていた。

 だから。
 せめてもとの思いから、雷砂はそっと手を伸ばし、シェズの手の上に己の手を重ね合わせる。
 そして、彼女の手の上から、患部を優しく撫でさすった。

 ぎょっとしたのはシェズである。
 いったいどういうつもりかと、肌の色が濃いせいでわかりにくくはあるが、その面を真っ赤に染めて、思わず外していた視線を雷砂に戻していた。
 そんなシェズを雷砂は心配そうに、労るように見上げる。


 「大丈夫?痛い?」


 その言葉と眼差しに、雷砂は自分を心配してくれているだけだと気づいたシェズは、ほんの少し目を見開き、それからその口元に笑みを浮かべた。
 こうやって、誰かに心配をされるのは久しぶりだった。
 ずっと、長いこと一人で過ごしてきたから。寂しいという気持ちすら忘れてしまうほど、長い間。


 「どんな風に痛い?それとも苦しいの?症状を教えてくれたらオレ、薬湯を作れるよ。でも、それよりも、どこかゆっくり休める場所で静かに休めればいいんだけど……」


 自分を思いやり、案じてくれる優しい言葉が、心地よくシェズの耳朶をくすぐる。
 いつまでもそうしていたいような気もしたが、雷砂に不安そうな顔をさせたままでいるというのは心苦しかった。
 だから、シェズは微笑み、そして、


 「大丈夫だ。胸が痛い訳じゃない。大したことないよ。きっと、少し疲れただけだ。心配をかけてしまったな」


 雷砂の誤解を解く為の言葉を紡ぐ。


 「そう、なの?」

 「ああ」


 だが、雷砂はそれでも心配そうにシェズを見上げてくる。
 シェズはほんの少し困ったように笑い、さてどうしたもんかな、と手を伸ばし、雷砂の頭を二度、優しく撫でた。


 「本当に、大丈夫だ。ただ、キミが私の肌を綺麗だなんて言うから、心臓がすこし驚いてしまったようだ。そういう言葉は、普段言われなれてないからな」


 おどけたようにそう返せば、雷砂からは驚いたような表情が返ってくる。


 「言われなれてない、って、そんなに綺麗なのに?」


 不思議そうにそう問われ、シェズは再び困ったように笑う。
 そんな顔をされても、言われなれてないのは本当だから仕方がない。
 それにーシェズは自嘲混じりの笑みを口元へかすかに浮かべ、己の片目を覆う眼帯に指を這わせた。


 「私はキミが言うほど綺麗なんかじゃないさ。遙か昔に片目を失い、それ以来人と交わるのを避け続けている、臆病で偏屈な、ただの醜いエルフだよ」


 苦々しい思いと共にこぼれ落ちた言葉に、雷砂が困った顔をするのが分かった。
 雷砂にそんな顔をさせるつもりではなかったシェズは、再び雷砂が口を開く前に、あえて明るい声音で気を取り直すように目の前の少女に話しかけた。


 「雷砂。キミさえよければ、私の家へ招待させてくれないか?大したもてなしは出来ないが、月の障りの間に一人でこの大森林を歩き回るのは危険だ。ここで関わったのも何かの縁だ。私に、キミの手助けをさせて欲しい」


 開きかけた口から言葉がこぼれる前に遮られ、少し困惑したような顔をしたものの、シェズの提案を聞いた雷砂は彼女の顔をまっすぐ見つめ、それから大して迷うことなくこくりと頷いた。


 「うん。シェズが迷惑でないなら、お世話になるよ」

 「迷惑なものか。それに迷惑なら、最初からキミを家に招いたりしないさ」

 「それもそうか。ありがとう。じゃあ、ぜひお邪魔させてもらおうかな」


 微笑んだ雷砂に、シェズもまた微笑みを返す。
 じゃあ、早速家に向かおうと、荷物をまとめて背中にくくりつけると、その作業が終わるのを見計らったかのように雷砂の手がシェズの手の中に滑り込んできた。
 まるで、シェズの心の奥底に隠してある孤独を敏感に察知して、そのどうにもならない孤独感にそっと寄り添うように。
 目が合うとにこりと微笑まれ、なんだか気恥ずかしくなったシェズはまっすぐ前を見て歩き出す。
 その頭の中で、さて、どうやって家に戻るのが最適か、そのルートを検討しながら。
 深い深い森の中。
 仲良く手をつないで歩く二人の後姿は、仲むつまじい親子のようにも、年の離れた姉妹のようにも、あるいは互いを想い合う恋人のようにも見えたのだった。
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