僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ

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13歳の沈着。

バトエルの雫の行き先。

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 王城の執務間は、午後の光が斜めに差して、書類の角だけが白く光っていた。僕は深く礼をし、まずは用件その一を手短に置く。

「定額食籠のパイロット、九十日・三ブロックで走らせます。朝の基準価格公示、週次精算、月次の公開指標(件数・口数・金額・違反件数)まで規程化。券は水印と連番、ギルド換金一本化で偽造を抑えます」

「うむ。台所の灯を増やす策だな。続けよ」

「二つ目。標準度量衡は六伯連合の名義で立ち上げます。王国工廠部で原器を造り、各自治領に“写し”を配備。祭礼の道具は残しつつ、税と契約は“基準一”で揃えます」

「良い。見せるより、残すができておる」

 王様は短く頷き、机上の鐘を一度鳴らした。侍従が記録を運び去るのを待って、顎で合図を寄越す。

「……で、顔に書いてあるぞ。もう一件ある、と」

「はい。バトエルの雫のことです」

 その名を出した瞬間、王様の目がほんの少し笑った。僕は用意してきた木箱を一歩前に置く。封にはアトリエの紋。中に小瓶が六本、緩衝材に埋まっている。

「供給には限りがあります。年内三百余が精一杯。造り手リディアは、『バトエルという名を広めてほしい』と」

「……ほう」

 王様は椅子の背にもたれ、指先で机を軽く二度叩いた。

「それは私に任せてくれ。王族や諸国に配る、三派の棚にも置く……いずれも政治の話だ。今のお前が正面で担げば、光の量が多すぎる。ここは私が主(つかさど)る」

「承知しました。……ただ、名だけは」

「広まる。間違いなく。伝説としてな」

 王様は愉快そうに笑い、鐘をもう一度鳴らした。

「貴族院にいる三派の長を呼べ。味見だ。当然、持ってきておろう?」

「はい。ここに」

 侍従長サイスさんが手早く卓を整え、小瓶を銀の盆へ移す。やがて扉が開き、スクワンジャー公爵、エフェルト公爵、ゼローキア侯爵が順に入る。あいさつは簡潔、座る場所はいつもの三角。王様は前置きを短く切った。

「本題は二つ。食籠と度量衡は私が聞いておく。もう一つ、口を湿らせる物がある」

 銀の栓が静かに抜かれた。香りが一拍で部屋を満たす。熟した穀と、山の冷気、遠い火の名残。

「名は『バトエルの雫』。量は少ない。重く配れば争い、軽く配れば軽んずる。私の手でさばく。異存は?」

 三人は目だけで合図を交わし、うなずいた。王様は小盃を四つ、指で示しながら配る。

「王族・諸国への献納、三派の酒庫、王都文化行事、学寮の特別講座。四つの“口”で回す。配当は薄く広く。名だけが濃く残ればよい」

 スクワンジャー公爵が盃を傾け、微笑んだ。

「少なく、忘れがたい。陛下向きの配り物ですな」

 エフェルト公爵は目を伏せて香りを聞く。

「物語が先に立つ。置き方の問題でしょう」

 ゼローキア侯爵は盃をかざして光を透かす。

「希少の扱いは誰が“鍵”を持つか。鍵は陛下、異存なし」

「決まりだ」王様は僕の方へ目だけをやった。

「お前の話は出さぬ。だが、匂わせておく」

「……ありがたく」

 盃が置かれる小さな音が続く。誰も多くは語らない。けれど、細い糸が四方に張られていくのが、肌でわかった。王様は最後の一口を含み、喉を鳴らす。

「名は残せ。作り手の素性は山に隠せ。山の名だけ、都に流せ。それが伝説の作り方だ」

 配分の段取りは侍従長と三家の家令に直ちに落とされ、僕の木箱は王家封で厳重に包まれた。会は散じ、僕は退出の礼を取る。扉が閉まる直前、王様がふと呼んだ。

「リョウエスト」

「はい」

「二年は足場を作れ。足場の上で飲む酒は、高く、遠くまで香る」

「肝に銘じます」

     

 城を出てタウンハウスに戻ると、エメイラが書見台の前で書簡をまとめていた。僕は一部始終を話す。彼女は黙って聞き、最後に、いつもの穏やかな目で頷いた。

「良い選択よ。あなたが直接“配る”顔になれば、誰かが足場を蹴る。今は王様と切っても切れない関係だと示すことが大事」

「“示す”」

「ええ。任せて背中を見せるのも、示し方の一つ。それに、陛下の言う通り、『名だけ濃く』流れれば、リディアの願いはいちばん良い形で叶う」

「王様は、『伝説として』って」

「相応しいわ。山の名が都に降りる時、人は物語を受け取りたがる。ラベルより、噂と席と盃。あなたの名はそこに匂いだけ残ればいい」

 彼女は机の引き出しから封筒を二通取り出し、僕の前に置いた。

「一通は王家文庫へ、今日の“足場”の報告。もう一通は職人衆へ、星図盤の“貸出制”が好評だった礼状。見せるより、残す。今日のあなたの動きは、どちらもそれを守っている」

 窓の外で夕風が鳴り、遠くの塔の上に薄い月が出た。僕は王様の言葉を反芻する。鍵、名、伝説。そして、香り。

「エメイラ。バトエルの語源、もう一度、確かめておこうか」
「いいわ。地誌と民謡の両方から。名は、呼ぶほど強くなるから」

 彼女の横顔は、山道の案内標みたいに静かで確かだった。僕は頷き、机の上の木箱の残り一本をそっと持ち上げる。封を確かめ、王家の封蝋の赤を思い出す。山の名だけを都に流す。そのために、今は足場を厚く。

 夜、タウンハウスの庭に風が通った。空気の奥に、ほんのわずかに、あの雫の記憶が残っている気がした。高く、遠くまで届く香り。二年後、照明が上がる時、今日の一盃は物語になっている。そう信じられるくらいには、王都の空は澄んでいた。
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