【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ

文字の大きさ
545 / 688
14歳の助走。

ミレイユ・カスト。

しおりを挟む
 面接の刻、タウンハウスの小広間。机の上には白紙、砂の壺、封蝋、印箱。ローランとストーク、カレル、アール、トーマス、執事のレラサンスが左右に控え、僕は正面に座った。扉が軽く叩かれる。

「お入りください」

 入ってきたのは二十代半ばほどの女性だった。地味な青の上衣に、墨の薄い染みが指先に残っている。背筋を伸ばし、しずかに一礼する。

「ミレイユ・カストと申します」

 声はやわらかいが、芯がある。手に桐箱を抱えていて、机の端に置く所作がよどみない。桐箱の中には筆と小刀、砂子、定規、糸綴じの針、細い糊、薄い紙片……仕事道具が揃っていた。

 ローランが短く頷く。
「私の紹介だ。記録課で臨時の筆耕をしていた折、手並みを見込んだ。今日は三つ、試させてほしい」

「承ります」

 一つ目。僕は口述で旅程、随行名、贈答の内訳、立ち寄り先の注意点を、あえて順不同で早口に読み上げた。ミレイユは途中で口を挟まない。けれど目線の高さがほんの少し上下して、話の段を捉えているのが伝わる。書き付けは速いのに乱れない。聞き終えると、彼女は紙を傾けて光で墨の濃淡を確かめ、すっと整えた。

「確認を三つだけ。立ち寄り先に同名の村が二つありますが、川の上流側でよろしいですか。贈答の酒は一本ずつ個札を添える仕様でよろしいですか。随行名のうち、同姓の方がいますが呼称を分けますか」

「上流側で。札を添える。呼称は役割で分けよう」

「承知しました」

 彼女は筆をとり、僕らにも読みやすい文へと編み直す。段は見出しで僅かに字間を広げ、固有名は外れないように小さな点で印を付ける。流れが自然で、読み手の歩幅に合わせた速さがある。

 二つ目。レラサンスが封書を差し出した。水に濡れて歪み、ところどころ判読しづらい古い文だ。

「この写しと、返書の雛形をお願いします」とレラサンス。

 ミレイユは糸綴じの針で紙を浮かせ、光にかざし、読めない箇所は前後の用字から推す。推測には丸印、確定には四角の印を小さく添える。やがて一枚の清書と、簡潔な礼の返書を仕立てた。言葉が過不足ない。

「返書の最後の句は、相手の位階を考えて半拍、柔らかくしています」とミレイユ。

 ローランが目を細めた。
「よい。沈黙の長さを文に移せるのは稀だ」

 三つ目。カレルが帳面を開く。
「数字の癖を見ます。ここに三か月分の支払い控えがある。分類、相殺、残の出し方を、あなたの癖で」

「承知しました」

 ミレイユは数字の列に目を滑らせ、同じ手に残りの紙片を数枚挟み込んで小見出しを立てる。必要以上に小数を追わず、端数の処理に迷いがない。計算を書き残す時も、後から追える印を忘れない。カレルがわずかに口角を上げた。

「ここまでで質問を」と僕が促すと、ミレイユは一度だけ息を整えた。

「二つ伺います。ひとつ、主が不在の刻に公文の受け取りを命じられた場合、誰の名で仮受けとするのが家の作法でしょう。もうひとつ、旅のあいだの写しは何通体制で持たれますか」

 ストークが答える。
「仮受けは執事と家宰の連名。旅の写しは常に二通。片方を先行の便で必ず戻す」

「承知しました。ならば封蝋は色で区別し、戻す便には受け渡しの札を添えます。携行は油紙で包み、防水の書類箱に」

 アールが手を挙げる。
「場での書き付けの時、初歩の自分は、どこまで口を出して良いのか……動きの作法を教えてください」

「書く者が場を止めてはいけません」とミレイユは穏やかに言う。「けれど、固有名や日付で後に困る時は、短く、今ここで確認させてくださいと申し出るのが仕事です。あなたは場を広げる役目。私は狭めて整える役目。役が違えば、言葉の入れ方も変わります」

 トーマスが続けた。
「行軍の最中、急な雨で紙が駄目になりかけた時、あなたならどうする」

「まず乾いた布で押さえて水を吸わせ、砂をほんの少しだけ振ります。擦らない。焚き火で乾かすのは禁物。熱で文字が割れます。陰で風を通して、読める部分から転記します。転記はふだんから二人で交互に」

 言い回しが簡潔だが、怖がらせない。レラサンスが感心したように目を細める。

「では、家の作法について一つ」と執事。「客の前で書く際に、客へ正面を向けたまま紙を差し出す手の角度は」

 ミレイユは立ち上がり、実演した。手首の角度、紙の上下、身の傾け方。礼を崩さずに、早い。レラサンスが首肯する。

 ここでローランが一歩前に出た。
「最後に、あなた自身の望みを聞こう。名は出ないことが多い。苦にならないか」

「名は要りません」とミレイユははっきり言った。「仕事をした証が紙に残れば充分です。ただ一つだけ、お願いがあります」

「なんだろう」

「嘘をつく紙は書けません。相手を貶めるために仕立てる文や、約束をぼかすための文は、お役に立てない。そういう時は、私より適した人に」

 小広間の空気が澄んだ。ローランは表情を動かさずに、しかし満足げでもあった。

「いい。そういう者が欲しかった」と彼は言い、僕に目を向ける。「私は推す」

 僕は頷いた。
「僕もだ。ここで一緒にやってほしい。条件は三つ。一つ、場を止めない。二つ、読める紙を置く。三つ、約束は書き落とさない。できるか」

「できます」

「勤めは明日からでも」

「道具は揃っています。今日からでも」

 レラサンスが控えめに咳払いをして前へ出た。
「では、実務に移る前に、タウンハウスの動線を。執務机、文具庫、印箱の置き場、使い終えた砂の戻し方、来客の動きに重ならない歩き方。今夜のうちに一通りご案内します」

 カレルが帳面を閉じる。
「財務の写し方も合わせます。桁と記号の癖を揃えましょう。明朝、最初の支払い控えの写しから」

 アールは胸に手を当てた。
「渉外の場で、書記の背を守るのは自分です。席と席の間は私が開けます」

 トーマスは短く頷く。
「行軍の合図に、書類箱の位置も含めておく。落とした時の拾い役は誰かまで決める」

 ミレイユは一礼し、桐箱の蓋を閉じた。
「お世話になります。今日、この家に入れていただいた段の礼は、仕事で返します」

 面接はそこで終わり、実務の段取りに移った。彼女の筆跡は清いのに、冷たくはない。紙に触れる指先の迷いのなさが、場を安心させる。扉の外の廊下では、レラサンスが足音の揃え方から教えている。ローランは懐から小さな紙を一枚取り出し、僕にだけ見えるように掲げた。そこには簡潔な一言が記されていた。

「この手は、家の背骨になる」

 僕は黙って頷き、机の上の白紙を一枚、彼女用の筆入れの脇に置いた。今夜から、この白紙が満ちていく。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されて森に捨てられた悪役令嬢を救ったら〜〜名もなき平民の世直し戦記〜〜

naturalsoft
ファンタジー
アヴァロン王国は現国王が病に倒れて、第一王子が摂政に就いてから変わってしまった。度重なる重税と徴収に国民は我慢の限界にきていた。国を守るはずの騎士達が民衆から略奪するような徴収に、とある街の若者が立ち上がった。さらに森で捨てられた悪役令嬢を拾ったことで物語は進展する。 ※一部有料のイラスト素材を利用しています。【無断転載禁止】です。 素材利用 ・森の奥の隠里様 ・みにくる様

極限効率の掃除屋 ――レベル15、物理だけで理を解体する――

銀雪 華音
ファンタジー
「レベル15か? ゴミだな」 世界は男を笑い、男は世界を「解体」した。 魔力も才能も持たず、万年レベル15で停滞する掃除屋、トワ。 彼が十年の歳月を費やして辿り着いたのは、魔法という神秘を物理現象へと引きずり下ろす、狂気的なまでの**『極限効率』**だった。 一万回の反復が生み出す、予備動作ゼロの打撃。 構造の隙間を分子レベルで突く、不可視の解体。 彼にとって、レベル100超えの魔物も、神の加護を受けた聖騎士も、ただの「非効率な肉の塊」に過ぎない。 「レベルは恩恵じゃない……。人類を飼い慣らすための『制限(リミッター)』だ」 暴かれる世界の嘘。動き出すシステムの簒奪者。 管理者が定めた数値(レベル)という鎖を、たった一振りのナイフで叩き切る。 これは、最弱の掃除屋が「論理」という名の剣で、世界の理(バグ)を修正する物語。気になる方は読んでみてください。 ※アルファポリスで先行で公開されます。

辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします

雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました! (書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です) 壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。

転生したみたいなので異世界生活を楽しみます

さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… 沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。 誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。 感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

悪役令息(冤罪)が婿に来た

花車莉咲
恋愛
前世の記憶を持つイヴァ・クレマー 結婚等そっちのけで仕事に明け暮れていると久しぶりに参加した王家主催のパーティーで王女が婚約破棄!? 王女が婚約破棄した相手は公爵令息? 王女と親しくしていた神の祝福を受けた平民に嫌がらせをした? あれ?もしかして恋愛ゲームの悪役令嬢じゃなくて悪役令息って事!?しかも公爵家の元嫡男って…。 その時改めて婚約破棄されたヒューゴ・ガンダー令息を見た。 彼の顔を見た瞬間強い既視感を感じて前世の記憶を掘り起こし彼の事を思い出す。 そうオタク友達が話していた恋愛小説のキャラクターだった事を。 彼が嫌がらせしたなんて事実はないという事を。 その数日後王家から正式な手紙がくる。 ヒューゴ・ガンダー令息と婚約するようにと「こうなったらヒューゴ様は私が幸せする!!」 イヴァは彼を幸せにする為に奮闘する。 「君は…どうしてそこまでしてくれるんだ?」「貴方に幸せになってほしいからですわ!」 心に傷を負い悪役令息にされた男とそんな彼を幸せにしたい元オタク令嬢によるラブコメディ! ※ざまぁ要素はあると思います。 ※何もかもファンタジーな世界観なのでふわっとしております。

35年ローンと共に異世界転生! スキル『マイホーム』で快適5LDK引きこもり生活 ~数学教師、合気道と三節根で異世界を論破する~

月神世一
ファンタジー
紹介文 「結婚しよう。白い壁の素敵なお家が欲しいな♡」 そう言われて35年ローンで新築一戸建て(5LDK)を買った直後、俺、加藤真守(25歳)は婚約者に捨てられた。 失意の中、猫を助けてトラックに轢かれ、気づけばジャージ姿の女神ルチアナに異世界へと放り出されていた。 ​「あげるのは『言語理解』と『マイホーム』でーす」 ​手に入れたのは、ローン残高ごと召喚できる最強の現代住宅。 電気・ガス・水道完備。お風呂は全自動、リビングは床暖房。 さらには貯めたポイントで、地球の「赤マル」から「最新家電」までお取り寄せ!? ​森で拾った純情な狩人の美少女に胃袋を掴まれ、 罠にかかったポンコツ天使(自称聖騎士)が居候し、 競馬好きの魔族公爵がビールを飲みにやってくる。 ​これは、借金まみれの数学教師が、三節根と計算能力を武器に、快適なマイホームを守り抜く物語。 ……頼むから、家の壁で爪を研ぐのはやめてくれ!

異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ
ファンタジー
 助けて、刺されて、死亡した主人公。神様に会ったりなんやかんやあったけど、社畜だった前世から一転、ゆるいスローライフを送る……筈であるが、そこは知識チートと能力チートを持った主人公。波乱に巻き込まれたりしそうになるが、そこはのんびり暮らしたいと持っている主人公。波乱に逆らい、世界に名が知れ渡ることはなくなり、知る人ぞ知る感じに収まる。まぁ、それは置いといて、主人公の新たな人生は、温かな家族とのんびりした自然、そしてちょっとした研究生活が彩りを与え、幸せに溢れています。  *話はとてもゆっくりに進みます。また、序盤はややこしい設定が多々あるので、流しても構いません。  *他の小説や漫画、ゲームの影響が見え隠れします。作者の願望も見え隠れします。ご了承下さい。  *頑張って週一で投稿しますが、基本不定期です。  *本作の無断転載、無断翻訳、無断利用を禁止します。   小説家になろうにて先行公開中です。主にそっちを優先して投稿します。 カクヨムにても公開しています。 更新は不定期です。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

処理中です...