僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ

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14歳の助走。

エルフの変化。

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 朝の森は冷えていた。薄い霧の向こうで、鳥の声がいく筋も重なっている。僕が身支度を終えるより早く、エルフ伯とリディアは古木のもとへ向かい、酒をひとしずく、蜂蜜をひと匙、静かに捧げたという。戻ってきた二人はすっかり打ち解けていて、肩を並べる歩幅まで同じだった。

「良い木じゃ。よく息をしておる」とリディア。

「あなたの酒も、よく息をしていた」と伯が返す。

 食堂で皆と一緒に朝ごはんをとる。胡桃のパン、野草のスープ、山羊乳の白いチーズ。ナビはミレイユの膝で丸くなり、アールは緊張で背筋が伸びすぎている。ローランが目で「肩を落として」と合図し、いつもの呼吸に戻った。

 最初の訪問先は学房だ。森のひらけた場所に、木組みの校舎が二棟並ぶ。鐘は金属ではなく、編んだ枝に吊るした木球を打つ仕組みで、軽い音が広場に広がっていた。伯が僕の横に並ぶ。

「子が増えた。あなたのおかげだ」

「僕の薬だけじゃありません。皆さんが食や暮らしを見直してくれたから」

「それでも礼は言わせてくれ。長く減る一方だったからな」

 教室を覗くと、黒髪の少年が板の前で森の地図を書き、金髪の少女が川の流れを補う。今はエルフの子と異種族の子で棟を分けているのだと伯は説明した。

「言葉と寿命の差が、まず授業の速さに出る。けれど、彼らは互いに興味津々だ。基礎が追いついたら合同にする。来年の終わりを目処に」

 ローランがささやく。「合同の科目は、歌と体操からが無難です。次に数と地図。それが整ったら歴史を」

「助言をありがとう」と伯は素直に頷く。
 休み時間。アールが校庭に出て、子ども達の投げる輪を受け取った。見本を見せると、歓声が上がる。トーマスは遠巻きに見張り、獣道の切れ目に目を配る。カレルは掲示板の「納入品目」を覗き、紙と墨と粉末石鹸の消費を心に刻む。ミレイユは聞き慣れない森の言い回しを、小さな紙片に控えめに写していた。リディアは木陰に立って子どもらを眺め、ぽつりと言う。

「増えるというのは、音が増えることじゃな」

「うん。音と匂いと、たぶん色も」


 次は異種族の集落へ。小さな丘を越えると、家並みが変わる。獣人は風通しのよい高床、ドワーフは半地下の厚い壁、小人は連なる巣のような棟割。水竜人の住まいは泉に寄り添い、火の民の炉は地面に深く据わっている。伯は手を広げた。

「同じ森で暮らすのに、これだけ違う。だから分けて始めた。無理やり同じにすると、結局は誰かが寒かったり暑かったりする」

「伝統は守りたい……という声も強いのですよね」

「強い。特に古い家は。けれど、伝統の中へ新しいものを選んで入れることは、少しずつ受け入れられてきた」

 伯は笑って僕の肩を軽く叩いた。

「異種族連携監理官殿のおかげだ。あなたが『選ぶ権利はその家にある』と言ってくれたから、誰も責めずに話ができた」

「僕は枠を置いただけです。動かしたのは皆さんだよ」

「その枠がなければ、争いの入口で立ち尽くしていたさ」

 水場では水竜人の若者が小舟を磨き、獣人の母親が干し肉を分け、ドワーフの職人が子どもに鉋の向きを教える。リディアはじっとそれを見つめ、「森の種族は良い風に変わったの」と言った。声に湿りがある。彼女は変化に冷たいはずなのに、この森の変化は好きらしい。

 昼を簡単に済ませると、最後の見学へ。新設の工場は、森の木を無理に倒さず、切り株と根の間に棟を差し込むように建っていた。中は驚くほど清潔で、香りが層を成して漂っている。口紅、ハンドクリーム、化粧水、洗髪用液、身体洗い用液、粉の入った丸い玉……バスボムだ。ラベルには葉と露を模した印。伯が誇らしげに胸を張る。

「森にあるものを、森を荒らさずに使う。樹皮の抽出は輪伐の計画の中だけ。蜂蜜は採りすぎない。香草は畝を分けて根を休める」

「試作の頃のままだ」と僕は笑った。「ここまできれいに、産業になったんだ」

 棚には、ドワーヴンベースでエルフと一緒に夜更けまで配合をこね回していた日の記憶が詰まっている。割合、温度、攪拌、仕上げの光。僕は思わず指先で瓶の底を撫でた。ローランが横から囁く。

「輸送の振動試験は?」

「箱の中で瓶が歌わないように、底に薄い苔紙を敷いてる」

「なら、街道でも割れにくい」

 現場主任のエルフが説明してくれた。季節で香りを少し変える試み、肌の弱い子でも使えるように穏やかな配合、容器の再使用。ミレイユはメモを取り、カレルは納品先の一覧に目を滑らせる。アールは香りの棚の前で完全に目を白黒させていた。

「こんなに匂いがあるのか……」

「渉外見習い、贈り物の選定は重要だ」とストークが小声で言い、アールは慌てて姿勢を正す。トーマスは出入り口の位置と火の置き場を見て、うなずいた。安全は悪くない。

 見学を終えて外へ出ると、森の風が香りの層をふわりとほどいた。リディアが腕を組み、少し得意げに言う。

「のんびりしておるだけではないの。働いておる。よいぞ」

「そう見えたなら、ここまで連れてきた甲斐がある」

「わらわは鼻がよい。怠けておる匂いはしなかった」

 伯が笑い、遠くの梢を仰ぐ。

「森は競わない。でも、怠けはさせない。そうありたい」

「いい言葉です」と僕。「僕も、そうありたい」

 夕方、館に戻る道すがら、ナビが肩から飛び降りて地面の上で日向を見つけ、ころんと転がった。アールが拾い上げようとして、ナビに小さく抗議される。ローランが笑って止める。

「今は自分で歩きたいのだそうです」

「言葉がわかるの?」とアール。

「主の顔色くらいは、ね」

 伯はふと思い出したように歩を緩め、僕にだけ聞こえる声で囁く。

「合同授業が始まる前に、もう一度来てくれるか。先生達の不安を、少しだけ軽くしてやりたい」

「もちろん。話をしよう。押し付けずに、選べる形で」

「それで十分だ。十分で、ずっと欲しかった」

 薄暮の森は、朝ほどではないけれど十分に冷たい。館の灯が点り始めると、窓の向こうに人の影が揺れた。増えた子の分だけ、影も増えている。僕はその数を数えたい衝動を抑え、ただ歩幅を伯と揃えた。伝統を守る心と、新しいものを選ぶ手。その両方がこの森にある。
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