【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ

文字の大きさ
549 / 688
14歳の助走。

エルフの森での夕餉。

しおりを挟む
 森の空がいっそう深くなったところで、道がふっと開けた。白樺の列に挟まれた木の門標、その手前に緑衣の門番が二人。アールが馬車の扉を押し開け、軽やかに地へ降りる。胸に手を当て、一歩進んで声を張った。

「コリント王国名誉伯爵、リョウエスト・バァン・スサン様ご一行。エルフ伯閣下への御礼と御挨拶のため参上仕った。旅の道ゆえ粗相あらばご容赦を。随行は家宰補佐ローラン、執事ストーク、渉外見習いアール、自警団長トーマス、経理カレル、書記ミレイユ。さらに客人としてリディア殿と、翼猫ナビがある」

 控えの呼吸も姿勢も、ここ数日の稽古がそのまま出ている。門番は互いに目を見合わせ、すぐ恭しく頭を垂れた。

「遠路ようこそ。ご案内いたします。先触れを立てますので、どうぞこのままお進みください」

 馬車が門を抜ける時、リディアが窓越しににやりとした。

「ここを通るのは二度目よ。前は交流の宴での。おお……あの木、見たことがあるぞ」

「道標の楡だね」と僕。「変わらないものがあるのは、安心する」

 森の道は柔らかい苔と杉の香り。途中、アールがもう一度扉を開け、今度は先触れとして駆け出した。リディアが首を傾げる。

「あれは何をしておる」

「到着前に館へ知らせに行くんだ。こちらの人数と目的を先に伝えて、受け入れの準備をしてもらう。礼でもあり、実務でもある」

「面倒なものじゃな」

「面倒を先に片付けると、あとが気持ち良いんだよ」

 林がふと切れ、木肌のまま組んだ高い柵と、白い石の館が見える。庭先に人影が集まり、見覚えのある顔が手を振ってくる。以前の交流で言葉を交わした若い従者だ。僕も笑って手を上げる。玄関前で馬車が止まり、まず僕が降りた。正面に、銀髪のエルフ伯が現れる。端正な顔に柔らかな皺が寄り、固い握手を交わす。

「よくぞ来られた、リョウエスト」

「お招き、感謝いたします」

 その背で軽やかな靴音。リディアがふわりと降り立つや、伯はすっと片膝をついた。

「ようこそ、お越しくださいました」

「わらわはそんな偉いものではない。礼は不要じゃ。立て」

 リディアが軽く指を振ると、伯は苦笑しつつ立ち上がる。強張っていた空気がほどけ、彼女がにっこり笑った。

「それより美味いものを頼むぞ」

 伯の頬にも、ようやく同じ笑みが浮かぶ。

「もちろん。森の恵みで、おもてなししましょう」

 まずはお土産の手渡しだ。ストークが箱を掲げ、僕が蓋を開く。銀の封が光り、木箱の中に並んだ瓶と包み。僕からは森でも役立つ保存食と小さな発熱器、そして王都で評判と聞いた菓子を。リディアは胸を張って一歩進む。

「これはわらわがブレンドした酒じゃ。香りは深く、後口は軽い」

 伯は目を細め、両手でそれを受け取った。

「ありがたい。今宵、皆で味わいましょう」

 館に入ると、床の木目がぬくもりを返す。高い天井から吊るされた草木の飾りが乾いた香りを落とし、細い弦の音が遠くで鳴った。ナビは肩からするりと降り、飾りに手を伸ばしかけてレラサンスにそっと止められる。ミレイユが目で「後でね」と合図し、ナビは素直に丸くなった。

 応接の間でひと息いれる。ローランは短く周囲を見て、座の配置にわずかに手を添える。トーマスは護衛の立ち位置を森側にずらし、窓外の巡回路に目を配った。アールは先触れの詰所から戻ってきて、小声で報告を落とす。

「客間は北棟、今宵はささやかな宴だそうです。厨房は狩りの茸と川魚、胡桃のパン、森の蜂蜜のデザート。あと、リディア様のお酒は食後に」

「完璧」と僕が言うと、リディアは満面の笑み。

「よいぞ。森の酒に森の肴。そなたの国、わかっておる」

 やがて、エルフ伯の家令がやってきて、客室へ案内してくれる。部屋は簡素で美しい。窓辺の椅子は削り跡が残り、手で撫でたくなる肌理。荷を解く間も、リディアは肩のナビを撫でながら窓外を眺め、ぽつりとこぼす。

「静けさが腹に落ちるの」

「長居はしないけど、ここでの一夜は覚えておこう」

 夕刻、薄青の光が沈む頃、館の一隅で宴が始まった。卓には、苔のように柔らかな前菜のサラダ、香ばしく炙った川魚、茸と木の実を練り込んだ小さな団子、胡桃のパン。酒は草の香りの薄い白と、少し重い赤。伯は最初の盃を持ち上げ、穏やかに告げる。

「遠い道、お疲れであった。惻隠は森の礼、歓待は森の務め。ささやかだが、くつろぎてほしい」

「ありがたく」

 口に入れるたびに、森の匂いがする。リディアは目を細め、川魚にひと匙の蜂蜜を垂らしてから頷いた。

「この甘みは良い。過ぎぬ」 

 伯が笑う。「森の蜂の仕事です。手を出すのは少しだけ」

 アールは隣の執事と穏やかに言葉を交わし、礼と雑談の間合いを学んでいる。カレルは盃を軽く当て、蔵の話を聞き出し、ミレイユは耳で流れを捉えながら必要な固有名を掌の紙片にそっと写す。トーマスは飲み過ぎる者が出ないよう卓の端を見張り、ストークは適切な頃合いで席を移って伯の旧知と近況を交換する。ローランは僕の隣で、ひとつだけ短くつぶやいた。

「良い場ですね」

「うん。耳が広い場は、話が育つ」

 食後、伯が合図をすると、従者が丁寧に一本の瓶を運び込んだ。リディアの酒だ。栓を抜くと、甘い樽香と果実の気配が静かに広がる。盃に少しずつ注ぎ、伯が鼻先で香りを確かめてから口に含んだ。瞼がひとつ、長く閉じる。

「……見事」

「だろう」とリディアは得意満面。「わらわの自慢じゃ」

「明日の朝、森の古木に少しだけ供えましょう。良いものは、分けると長持ちする」

「それは良い考えじゃ。わらわも行く」

 宴の終わり際、伯は僕の方を向いた。

「明日、森の学房を見ていかれますか。若い者が学ぶ場だ。異種族の子も少しずつ増えている」

「ぜひ。話したいことが、まさにそこにあります」

 伯は頷き、静かに笑む。

「では、森の朝の冷たさに驚かぬよう、今夜はよく休まれよ」

 席を立つと、ナビが伸びをして僕の肩へ。廊下の灯は低く、木の匂いが濃くなる。背後で、弦の音がふっと途切れた。扉を閉める前、リディアが小さく言う。

「美味かった。わらわはご機嫌じゃ」

「それが一番」

「うむ。明日は更に面白くなると良い」

「なるよ。僕がそうする」

 外はもう夜の色。森の闇は怖くない。静けさの層が厚いだけだ。ベッドの上でナビが丸くなり、窓の隙間から冷たい風がひと筋入ってくる。長い旅の最初の一泊は、森に包まれたまま、静かに深まっていった。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されて森に捨てられた悪役令嬢を救ったら〜〜名もなき平民の世直し戦記〜〜

naturalsoft
ファンタジー
アヴァロン王国は現国王が病に倒れて、第一王子が摂政に就いてから変わってしまった。度重なる重税と徴収に国民は我慢の限界にきていた。国を守るはずの騎士達が民衆から略奪するような徴収に、とある街の若者が立ち上がった。さらに森で捨てられた悪役令嬢を拾ったことで物語は進展する。 ※一部有料のイラスト素材を利用しています。【無断転載禁止】です。 素材利用 ・森の奥の隠里様 ・みにくる様

極限効率の掃除屋 ――レベル15、物理だけで理を解体する――

銀雪 華音
ファンタジー
「レベル15か? ゴミだな」 世界は男を笑い、男は世界を「解体」した。 魔力も才能も持たず、万年レベル15で停滞する掃除屋、トワ。 彼が十年の歳月を費やして辿り着いたのは、魔法という神秘を物理現象へと引きずり下ろす、狂気的なまでの**『極限効率』**だった。 一万回の反復が生み出す、予備動作ゼロの打撃。 構造の隙間を分子レベルで突く、不可視の解体。 彼にとって、レベル100超えの魔物も、神の加護を受けた聖騎士も、ただの「非効率な肉の塊」に過ぎない。 「レベルは恩恵じゃない……。人類を飼い慣らすための『制限(リミッター)』だ」 暴かれる世界の嘘。動き出すシステムの簒奪者。 管理者が定めた数値(レベル)という鎖を、たった一振りのナイフで叩き切る。 これは、最弱の掃除屋が「論理」という名の剣で、世界の理(バグ)を修正する物語。気になる方は読んでみてください。 ※アルファポリスで先行で公開されます。

辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします

雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました! (書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です) 壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。

35年ローンと共に異世界転生! スキル『マイホーム』で快適5LDK引きこもり生活 ~数学教師、合気道と三節根で異世界を論破する~

月神世一
ファンタジー
紹介文 「結婚しよう。白い壁の素敵なお家が欲しいな♡」 そう言われて35年ローンで新築一戸建て(5LDK)を買った直後、俺、加藤真守(25歳)は婚約者に捨てられた。 失意の中、猫を助けてトラックに轢かれ、気づけばジャージ姿の女神ルチアナに異世界へと放り出されていた。 ​「あげるのは『言語理解』と『マイホーム』でーす」 ​手に入れたのは、ローン残高ごと召喚できる最強の現代住宅。 電気・ガス・水道完備。お風呂は全自動、リビングは床暖房。 さらには貯めたポイントで、地球の「赤マル」から「最新家電」までお取り寄せ!? ​森で拾った純情な狩人の美少女に胃袋を掴まれ、 罠にかかったポンコツ天使(自称聖騎士)が居候し、 競馬好きの魔族公爵がビールを飲みにやってくる。 ​これは、借金まみれの数学教師が、三節根と計算能力を武器に、快適なマイホームを守り抜く物語。 ……頼むから、家の壁で爪を研ぐのはやめてくれ!

悪役令息(冤罪)が婿に来た

花車莉咲
恋愛
前世の記憶を持つイヴァ・クレマー 結婚等そっちのけで仕事に明け暮れていると久しぶりに参加した王家主催のパーティーで王女が婚約破棄!? 王女が婚約破棄した相手は公爵令息? 王女と親しくしていた神の祝福を受けた平民に嫌がらせをした? あれ?もしかして恋愛ゲームの悪役令嬢じゃなくて悪役令息って事!?しかも公爵家の元嫡男って…。 その時改めて婚約破棄されたヒューゴ・ガンダー令息を見た。 彼の顔を見た瞬間強い既視感を感じて前世の記憶を掘り起こし彼の事を思い出す。 そうオタク友達が話していた恋愛小説のキャラクターだった事を。 彼が嫌がらせしたなんて事実はないという事を。 その数日後王家から正式な手紙がくる。 ヒューゴ・ガンダー令息と婚約するようにと「こうなったらヒューゴ様は私が幸せする!!」 イヴァは彼を幸せにする為に奮闘する。 「君は…どうしてそこまでしてくれるんだ?」「貴方に幸せになってほしいからですわ!」 心に傷を負い悪役令息にされた男とそんな彼を幸せにしたい元オタク令嬢によるラブコメディ! ※ざまぁ要素はあると思います。 ※何もかもファンタジーな世界観なのでふわっとしております。

ペットになった

ノーウェザー
ファンタジー
ペットになってしまった『クロ』。 言葉も常識も通用しない世界。 それでも、特に不便は感じない。 あの場所に戻るくらいなら、別にどんな場所でも良かったから。 「クロ」 笑いながらオレの名前を呼ぶこの人がいる限り、オレは・・・ーーーー・・・。 ※視点コロコロ ※更新ノロノロ

転生したみたいなので異世界生活を楽しみます

さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… 沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。 誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。 感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。 そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。 カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。 やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。 魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。 これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。 エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。 第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。 旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。 ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載

処理中です...