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14歳の助走。
王都への帰還。
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王都の塔が見えはじめ、運河船が静かに岸へ口を寄せる。桟橋の板を踏むと、足の裏に王都の乾いた響きが戻ってきた。馬車でタウンハウスへ向かうと、門前に数人が整列している。新しく仕立てた外套、握りしめた紹介状、緊張で硬くなった頬。僕が降りると、代表らしい若い男が一歩出て頭を下げた。
「家来にしていただきたく、参りました」
言葉は真っ直ぐだが、場の作法が追いついていない。ローランが半歩出て、声を荒げずに告げる。
「ここで口上を述べるのは礼を失します。ご用向きは然るべき手続きを通すこと。アール」
アールが静かに前に立ち、柔らかい拒否の言い回しで道を示す。
「志あること自体は歓迎します。ただし、面会は予約と紹介状、素行の証明、前の奉公先の連絡先が揃ってから。入口で名簿をお渡ししますので、そこに沿って準備してください。今日のところはお帰りを」
若者たちは悔しそうに、けれど素直に頭を下げて散っていった。門が閉まる前、アールが名簿を一枚渡しているのが見えた。入口の段差を上がると、レラサンスが駆け寄ってきて深く礼をする。
「お帰りなさいませ」
玄関脇の机には手紙が山のように積まれている。蝋の色も紋もさまざまだ。ローランがいったん全てを預かり、広間の卓に広げて仕分けを始めた。釣り書き、仕官の申し込み、借財の依頼、祝いと、その裏に潜む探り。読み上げと二度目の確認を繰り返し、返答の札を左右に分ける手つきが美しい。僕はひと息ついて水を飲み、レラサンスの差し出す冷たい布で額を拭った。
そこへ、青の技の六人が影のように現れる。アインスが気の抜けた笑みで頭を掻き、ツヴァイが無言で控えの文包みを置き、ドライが短く要点を述べ始めた。
「伯爵家興しの風向きについて。王党派、おおむね賛成。中立派、少数に反対あり。ただし声はまだ上げぬ。貴族派、一部が露骨に難色」
フィアが身を乗り出す。
「反対の理由、三つほどの筋に分かれています。急ぎ整えれば折れる筋もある」
フュンフが指を折る仕草をしかけて、僕と目が合い、指を握り直して言い換えた。
「古い慣例とのすり合わせ不足、他領の既得との軋み、勢力図の読み違いへの恐れ……要は、情報の形を整えて見せれば動く相手が多い」
ゼクスが小さく笑う。
「細い穴もありますが、通れます」
「よくやってくれた。助かったよ」
手当と休暇の札を渡すと、六人は肩の力を抜いて笑った。
「しばらくはゆっくりしていてくれ……と言いたいところだけれど、お願いがある。家来や仕官志望の者の中で、こちらが取ろうと思う者の背景を洗ってほしい。借財の有無、乱暴の前歴、家族の事情、前の主の評価。座って話す面談の前に、静かに確かめたい」
「了解でやす」とアインス。「座って、低い声で、二度確認」
「報告は三日に一度、口と紙の両方で」とドライ。
「頼む」
速文机に向かい、侍従長サイスに帰還の報を打つ。返文は驚くほど早く、短く整っていた。六伯の地での改革の報告は受け取っている、まずは労う、静養の家の件で執務時間に来るように、とある。了解の文を重ねて送り、明朝の登城を告げる。続けて、アトリエへも速文。帰還の一報と、持ち帰った知恵と約束の束の要点だけを伝える。ほどなく、エメイラからの返文が届いた。
「ご苦労。座って、順に話を。茶と菓子は用意する」
文字の端々にいつもの穏やかさが滲んでいて、胸の奥が少し軽くなる。
夕餉の前、ローランと手紙の山をもう一度見直す。仕官志望の釣り書きは、まず読み上げてから元の順に重ね、控えを二部作る。推薦のあるものは右、ないものは左。借財の相談は、緊急性と額と返済見込みで三段に並べ、こちらから面談の日時を指定するものと、書面で返すものに分ける。祝いの品は目録を作り、返礼の候補を脇に書く。全て、子どもの目線の高さでも読めるように簡単な絵札を添える。ミレイユが黙って図と様式を整え、ストークが面談と返文の順番を組む。アールは昼間門前にいた若者たちの名前を拾い、手続きの案内と日程の連絡文をすぐに打った。
青の技は報告を終えると、珍しく長椅子に腰を落とした。フィアが湯の椀を両手で包み、フュンフが背を伸ばして天井を見上げる。
「久しぶりに、少し眠れそう」
「ゆっくり休んで」
僕は六人に礼を言い、働きを労う。六人は同じ角度で顎を引き、影のように消える。入れ替わりにトーマスが現れ、門と裏口の見回りの報告を置いた。目立った動きなし。明日は登城の護衛を軽くし、屋敷の守りを厚くしておく、とだけ言って下がる。
夜。広間の灯を少し落とし、レラサンスが用意してくれた軽い食事を囲む。火の民の小壺を一本開け、杯を一巡だけ回す。喉を潤したあと、明日の段取りを座って話す。登城の支度、手土産の目録、静養の家の件で問うべきこと、六伯の地での仕掛けの進捗の要点、王党派と中立派と貴族派、それぞれへの礼と説明の順序。声は低く、確認は二度。書くのが苦手な者のために、要点の絵札を卓に置き、読み上げる。誰も急がない。呼吸がそろう。
部屋に戻ると、旅の疲れがどっと出た。けれど、重さは悪くない。運河の甲板で輪になって話したことが、王都のこの家の中でもそのまま息をしはじめている。窓の外で、街の夜風が庭の葉を少し撫でた。机に手をついて、最後の速文を一本だけしたためる。明日、王の間で座って話す。民は愛する者。剣は抜かず、影をつくる。度量衡は揃える。弱い者の椅子は空けておく……短く書いて封をし、灯を落とす。
横になった途端、ナビが胸の上に丸くなった。喉の小さな音が、遠い川の底を流れるように続く。目を閉じる。四拍で息を整える。吸って、吐いて、止めて、吸う……明日は登城だ。座って、同じ高さで。
「家来にしていただきたく、参りました」
言葉は真っ直ぐだが、場の作法が追いついていない。ローランが半歩出て、声を荒げずに告げる。
「ここで口上を述べるのは礼を失します。ご用向きは然るべき手続きを通すこと。アール」
アールが静かに前に立ち、柔らかい拒否の言い回しで道を示す。
「志あること自体は歓迎します。ただし、面会は予約と紹介状、素行の証明、前の奉公先の連絡先が揃ってから。入口で名簿をお渡ししますので、そこに沿って準備してください。今日のところはお帰りを」
若者たちは悔しそうに、けれど素直に頭を下げて散っていった。門が閉まる前、アールが名簿を一枚渡しているのが見えた。入口の段差を上がると、レラサンスが駆け寄ってきて深く礼をする。
「お帰りなさいませ」
玄関脇の机には手紙が山のように積まれている。蝋の色も紋もさまざまだ。ローランがいったん全てを預かり、広間の卓に広げて仕分けを始めた。釣り書き、仕官の申し込み、借財の依頼、祝いと、その裏に潜む探り。読み上げと二度目の確認を繰り返し、返答の札を左右に分ける手つきが美しい。僕はひと息ついて水を飲み、レラサンスの差し出す冷たい布で額を拭った。
そこへ、青の技の六人が影のように現れる。アインスが気の抜けた笑みで頭を掻き、ツヴァイが無言で控えの文包みを置き、ドライが短く要点を述べ始めた。
「伯爵家興しの風向きについて。王党派、おおむね賛成。中立派、少数に反対あり。ただし声はまだ上げぬ。貴族派、一部が露骨に難色」
フィアが身を乗り出す。
「反対の理由、三つほどの筋に分かれています。急ぎ整えれば折れる筋もある」
フュンフが指を折る仕草をしかけて、僕と目が合い、指を握り直して言い換えた。
「古い慣例とのすり合わせ不足、他領の既得との軋み、勢力図の読み違いへの恐れ……要は、情報の形を整えて見せれば動く相手が多い」
ゼクスが小さく笑う。
「細い穴もありますが、通れます」
「よくやってくれた。助かったよ」
手当と休暇の札を渡すと、六人は肩の力を抜いて笑った。
「しばらくはゆっくりしていてくれ……と言いたいところだけれど、お願いがある。家来や仕官志望の者の中で、こちらが取ろうと思う者の背景を洗ってほしい。借財の有無、乱暴の前歴、家族の事情、前の主の評価。座って話す面談の前に、静かに確かめたい」
「了解でやす」とアインス。「座って、低い声で、二度確認」
「報告は三日に一度、口と紙の両方で」とドライ。
「頼む」
速文机に向かい、侍従長サイスに帰還の報を打つ。返文は驚くほど早く、短く整っていた。六伯の地での改革の報告は受け取っている、まずは労う、静養の家の件で執務時間に来るように、とある。了解の文を重ねて送り、明朝の登城を告げる。続けて、アトリエへも速文。帰還の一報と、持ち帰った知恵と約束の束の要点だけを伝える。ほどなく、エメイラからの返文が届いた。
「ご苦労。座って、順に話を。茶と菓子は用意する」
文字の端々にいつもの穏やかさが滲んでいて、胸の奥が少し軽くなる。
夕餉の前、ローランと手紙の山をもう一度見直す。仕官志望の釣り書きは、まず読み上げてから元の順に重ね、控えを二部作る。推薦のあるものは右、ないものは左。借財の相談は、緊急性と額と返済見込みで三段に並べ、こちらから面談の日時を指定するものと、書面で返すものに分ける。祝いの品は目録を作り、返礼の候補を脇に書く。全て、子どもの目線の高さでも読めるように簡単な絵札を添える。ミレイユが黙って図と様式を整え、ストークが面談と返文の順番を組む。アールは昼間門前にいた若者たちの名前を拾い、手続きの案内と日程の連絡文をすぐに打った。
青の技は報告を終えると、珍しく長椅子に腰を落とした。フィアが湯の椀を両手で包み、フュンフが背を伸ばして天井を見上げる。
「久しぶりに、少し眠れそう」
「ゆっくり休んで」
僕は六人に礼を言い、働きを労う。六人は同じ角度で顎を引き、影のように消える。入れ替わりにトーマスが現れ、門と裏口の見回りの報告を置いた。目立った動きなし。明日は登城の護衛を軽くし、屋敷の守りを厚くしておく、とだけ言って下がる。
夜。広間の灯を少し落とし、レラサンスが用意してくれた軽い食事を囲む。火の民の小壺を一本開け、杯を一巡だけ回す。喉を潤したあと、明日の段取りを座って話す。登城の支度、手土産の目録、静養の家の件で問うべきこと、六伯の地での仕掛けの進捗の要点、王党派と中立派と貴族派、それぞれへの礼と説明の順序。声は低く、確認は二度。書くのが苦手な者のために、要点の絵札を卓に置き、読み上げる。誰も急がない。呼吸がそろう。
部屋に戻ると、旅の疲れがどっと出た。けれど、重さは悪くない。運河の甲板で輪になって話したことが、王都のこの家の中でもそのまま息をしはじめている。窓の外で、街の夜風が庭の葉を少し撫でた。机に手をついて、最後の速文を一本だけしたためる。明日、王の間で座って話す。民は愛する者。剣は抜かず、影をつくる。度量衡は揃える。弱い者の椅子は空けておく……短く書いて封をし、灯を落とす。
横になった途端、ナビが胸の上に丸くなった。喉の小さな音が、遠い川の底を流れるように続く。目を閉じる。四拍で息を整える。吸って、吐いて、止めて、吸う……明日は登城だ。座って、同じ高さで。
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