僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ

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14歳の助走。

船中の会議。

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 甲板にござを敷き、みんなで輪になって座った。手すりの高さがちょうど目の位置になり、運河の光が揺れるのが見える。僕は一度だけ深呼吸して、口を開いた。

「まずは……無事に帰路につけてよかった。誰も欠けず、約束も抱えて戻れて、うれしい。ありがとう」

 自然に掌が重なって、短い拍手が輪を回った。リディアが指で四拍を刻み、息がそろう。

「それで、ここからは伯爵家のかたちですね」とローラン。家宰らしく視線をゆっくり回しながら続ける。「役割は、今この輪で確認しておく。私が屋台骨を運び、ストークが日々の段取りをまわす。アールは外との約束を結び直し、カレルは呼吸するように帳面を付ける。ミレイユは記録を『読み・言い・記す』で支え、トーマスは剣を抜かずに守る。君は真ん中で座り、同じ高さで決める。それでやっていける」

「任せてください。人の流れと台所は私が受けます」とストーク。「『座って話す刻』は週に一度、必ず開く。窓口の長椅子、茶と水、絵札、二段掲示……あのやり方を最初の日から置きます」

「外は任せて。各伯との約束を、独りよがりにならぬように繋ぎ直す」とアール。「エルフには技術の往復便、小人には書記団の先着隊、ドワーフには親方の寝床、獣人には厩舎と調馬の場、水竜人には地形に応じた港か運河の相談口、火の民には陽炎隊の受け入れ台本と四団の本拠の地割……先に言葉を置いてから人を動かす」

「帳面の話をさせて」とカレルが膝の上の帳簿を撫でる。「領地はまだ決まっていない。だから財の入れ方は『土地の息』に合わせる。沿岸なら港と塩と魚、内陸なら運河と倉と獣の力。どちらでも回るように、収入の柱は関所と倉の手数、技の貸し出し、工房の歩留まりの三つを呼吸のように配分する。税は高くしない。代わりに、記録を出す。民が声を上げたら、帳面で返す」

「書くのが苦手な人、目線の違う人もいる」とミレイユが控えを掲げる。「二段掲示と絵札は最初から。踏み台と座布団、床の誘導線も。読み上げの札と『声の盾』を置いて、うまく話せない人に代わって静かに言葉を出す役を決める。記録は子どもの目の高さにも貼る。忘れないために」

 トーマスが短く顎を引いた。「守りは『外矛・内矛』で回す。陽炎隊は行き来を前提に組む。外での務めの間隙に内で用水と輸送に付く。四団が移ってくるなら、訓練場と家族の暮らしを先に固める。抜かぬ剣の型と四拍は、全隊共通にする。怒りは刺さらせず体で流す」

 僕はうなずき、輪に視線を滑らせた。「一つ、心に留めたいことがある。米は……どこでも作れるとは限らない。火の民の里で見た奇跡を無理に引っ張らない。土地が麦を望むなら麦、雑穀や芋を望むならそれを主食の柱にし、米や麦は交易で繋ぐ。酒は最悪卸を結ぶ。倉は冷と風の両方を使い、余剰は干し、足らぬ土地には運ぶ。種の守りは『種子の箱』で分けて預ける。土地の息に逆らわない」

「そのための『地形勘定隊』を置こう」とローラン。「水の道、風の抜け、土の重さを先に観る。水竜人の目と小人の足を借りて、無理のない初手を切る。沿岸に封ぜられたなら、水門と避難の導線、潮位の柱、低地の堤。内陸なら閘門と水番、越流路の畦、運河の幅。最初の一月は、作らない勇気も持とう」

「度量衡は今の仕掛けのまま持ち込もう」とミレイユ。「二重目盛り、指差し二度、帳面の二度読み、検定印。時間は時間の柱で刻んで針合わせ。『誰が作っても同じ寸法』を、笑われるくらい徹底する」

「主権はヒト族に置くけれど、耳は六つ借りる」とアール。「評議の輪をつくり、種族ごとに座を用意する。決める人の肩章は色で分かるようにして、話は必ず座って始める。作法は剣より先に出す」

「弱い者、はぐれた者を拾う仕組みは最初の日から」とストーク。「『空の椅子』を学校と役所と工場に置き、遺児には席と畦、傷病者には読み上げや熱番への道。巡回の診療と夜の避難の合図も、火と水の二本で揃える」

「民を愛するって、帳面だとどうなる」とカレルが微笑む。「声に応える仕掛けを、日々の金に変えることよ。『座って話す刻』で上がった声には、必ず三日のうちに返答を貼る。やります、やりません、考えます……どれでもいい、ただ返す。返した紙と動いた金を、必ず誰もが読めるところへ出す。疑いが生まれる前に、書いて見せる」

「戦の顔はどうする」とトーマス。「四団が来るなら、名の重さがいきなりのしかかる」

 ローランが答えた。「誇りを守るのは形。座して受領、立って別れる。契約の裏には抜かぬ剣の型。読み・言い・記すを分けて、声は低く、約束は二度確認。護り段は武功と同じ高さに置いて、米と席と畦で讃える。剣の誉れと同じ紙の上に、護りの誉れを書き足す」

 リディアが静かに笑った。「良い。誇りは、刺すことではなく、折れぬことじゃ。折れぬための作法を、最初の一日から置けばよい」

 アールが懐から控えを出す。「各伯からの約束を、受け入れの順で繋ぎます。エルフは技術交換と巡回教師の便をすぐ回す。小人は書記頭の先発隊を迎える用意を。エルフと獣人の官吏は段取りを整え、適正順に引き受ける。ドワーフの親方五十は寝床と段取りを揃えてから一隊ずつ。獣人の名馬と調教師は厩舎と獣医の席を整えてから受け取る。水竜人は地形が決まり次第に港か運河の設計会議を開く。火の民は陽炎隊の増員と四団の本拠の地割が先。全部いっぺんに抱え込まず、息で回す」

「書記団の受け皿は私が担当します」とミレイユ。「様式と往復書簡の道筋はもう描ける。低い机、短い筆、二段掲示、声の盾。書き記す速さが、領の足になる」

「親方制度は今回の旅でうまく回った。戻る椅子を各工房に一脚ずつ空けて、里帰りは季節ごとに支える」とストーク。「内矛の当番と合わせて、いない時ほど椅子を見せてやる。戻る場所が目に入れば、人は戻る」

 僕は輪を見回した。みんなが自分の言葉で、旅の間に身につけた作法と知恵を、迷いなく持ち出している。エルフの伝統を壊さずに新しいものを選ぶ姿勢、ドワーフの他種族を進んで受け入れる骨、獣人の誇りを折らない心、水竜人の協働と共存のまちの息、小人の目線と手数、火の民の四拍と涙の強さ……全部がここに来て、輪の真ん中で混ざっている。

「度量衡の標準院、置いていいかな」と僕。「時間の柱と検定の秤と二重目盛りのものさし、それから『言葉の標準』。柔らかい拒否と、低い約束の言い回し。これを集めて磨く場所がほしい」

「賛成」とローラン。「あれは剣だ。人を傷つけない剣」

「もう一つ」とカレル。「財は『子どもの笑い』を増やす方へ流す。学校の椅子と講堂の歌、夜の灯と井戸の影、厩と倉と診療の巡回。金はそこから戻ってくる。戻りが遅い時は帳面で耐える。そのための予備の倉は、必ず先に建てる」

「護衛と巡回はどう組む」とトーマスが僕に目で問う。

「陽炎隊は二つの顔を持つ。外では剣を抜かぬ強さ、内では影をつくる矛。槍は袋、兜は外す刻を決め、旗の代わりに合図板を子どもの目線に。声は低く。長椅子で座って見送る。通りには『誓い』の札。大声は出さない。これを最初の日から」

 リディアが杯を掲げた。「よい。民は虐げるものではなく、愛するもの。愛は段取りと回数じゃ。息を合わせ、同じ高さで座り、返事を欠かすな」

 ナビが輪の真ん中にぴょんと跳び、尾で僕の頬をくすぐった。笑いが柔らかく広がる。僕は最後に、今日の会議の結びを短く言った。

「領がどこであっても、今日決めたやり方で始めよう。座って、同じ高さで、声は低く、確認は二度。度量衡は揃え、記録は開く。弱い者の椅子は空けておき、戻る椅子は磨いておく。剣は抜かず、影をつくる。土地の息に逆らわず、民を愛す。これが僕らの伯爵家だ」

 四拍の息が一度、輪を回った。運河の風が手すりを越えて頬を撫でる。約束の束と、旅で深まった絆の重みが、肩にちょうどよく乗った。誰かが小さく歌を継ぎ、僕らは座ったまま、同じ高さで頷き合った。
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