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14歳の助走。
火の民領からの旅立ち。
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火の民の政策の実施準備と、米の酒の手ほどきに明け暮れる日々が続いた。畦には竹尺が並び、工場には熱の目盛り板が掛かり、学校では抜かぬ剣の型と手当の学が息を得た。蔵では雫が静かに落ち、火入れの温は四拍で保たれている。ふと帳面を閉じた瞬間、滞在日の印が一つ多いことに気づいた。そろそろ……帰らなくては。
伯にその旨を伝えると、彼は一拍だけ目を伏せ、穏やかに言った。
「明日まで、待ってくれぬか」
「分かった。では明朝、挨拶に伺うよ」
約束の朝。呼び出しは早く、執務室には涼しい風が抜けていた。僕とローランが入ると、伯はすでに席に着き、机に分厚い紙束を用意している。表紙には、はっきりと僕の名と、新しい肩書が置かれていた。
「君が伯爵家を起こした時の計画書だ。昨夜、書き上げた。里の者と読み、言い、記しを二度やった。座って話そう」
彼は卓の端を叩き、同じ高さで紙束を僕の前に回す。最初の頁は現状の要約だった。畦の改修の採用、工場の三本柱の定着、学校の週次輪番……数字は無駄がなく、息の四拍で節が打ってある。次の頁に、太い文字が二行、置かれていた。
一、陽炎隊の増員。里帰りから戻った面々に加え、最小二十名を新規配属する。
二、四つの傭兵団が、君の領へ本拠を移す。
「陽炎隊は君の顔で、うちの誇りでもある。もともと我が里の選抜だ。今度は正式に『外矛・内矛』を往き来する形で、君の領の護りに組み込む。外矛の務めの合間に内矛として用水と輸送を守る。報せは連絡員が綴じ、約定は三約で交わす」
伯は指でリズムを取り、次の頁を繰る。四つの傭兵団の名と、移転の段取り、受領と別れの礼、その間に置く四拍まで、簡潔に整っていた。隊員と家族の住まい、訓練場の配置、学び舎との往来、遺児の椅子と稲一畝の約……里で試した仕掛けが、ほとんどそのまま移植できる構えになっている。
「役に立ててくれ。米も酒も、君の領で息をするだろう。だが、矛の影がないと、里はすぐに干上がる。矛は刺すだけではない……影をつくる。君なら、影をつくれる」
胸の奥が熱くなった。僕は深く息を吸い、四拍で落ち着きを戻す。
「受ける。陽炎隊は内矛の枠も置く。抜かぬ剣の型は契約の裏に刷る。四団の本拠は学校と工場に近い場所へ。家族の椅子と畦は約束する。報奨は護り段に応じて米で……現金は後、米は先。遺族には米束と席、それから仕事の道を」
「うむ。君の言葉は、里の息と同じだ」
ローランが控えから顔を上げ、配下の配置と初動の様式案を短く述べる。受領は座して、別れは立って。読み上げは低く、確認は二度。紙と声が揃う。伯は満足げに頷き、最後の頁を示した。そこには、ただ一文。
「座って同じ高さで。回数は裏切らない」
僕は笑って紙束を閉じ、伯と握手を交わした。掌は熱いが、刺さらない。
正午前、館前。僕らの馬車は既に並び、荷はきれいに納まっていた。陽炎隊は里帰りから戻り、きりりとした顔で控えている。伯は玄関の敷石に立ち、両側に火の民の兵と町の人々。赤い髪が風に揺れる。泣き虫の最強たちは、今日は笑っていた。
「座して受領、立って別れる」
伯が静かに言い、僕も座って礼を受け、立って一礼を返す。その間合いがとても心地よい。リディアは伯の肩に手を置き、短く言った。
「誇りを保て。息で保て。剣より長く続く」
「肝に銘じる」
家令が駆け寄り、蔵印の付いた小壺を二つ、包みに入れて手渡す。
「清酒……火守の雫の初雫でございます。一本は道中に、もう一本は、君の領の卓で」
「確かに預かる。大切に運ぶよ」
馬車が動き出す。市の角を曲がるたびに見知った顔が現れ、子どもが跳ね、兵が静かに敬礼をする。工場の窓には熱の板が掛かり、火の民の若い副長が手の甲を当ててうなずいた。学校の講堂からは、終いの二拍を伸ばした歌声。畦の竹尺が陽を跳ね返し、樋口の切り欠きが細い糸で水を刻む。蔵の軒先では、雫がまだ、ぽとりぽとりと落ちていた。
都を抜け、運河の桟橋に着く。船頭が綱を受け取り、馬車と馬を貨物船に載せ替える。大型の運河船の腹には、箱と樽が予定どおりに収まった。ストークが帳面を二度読みし、カレルが封蝋の紋を確かめ、ミレイユが荷台の隙間に浅い支えを足す。トーマスは最後まで出入りの影を追い、アールは連絡員への最初の便りをしたためる。ローランは伯の計画書を写し、初動の割付を整える。リディアは柵にもたれ、遠くの丘を眺めていた。ナビは僕の肩で丸くなり、尻尾で頬をくすぐる。
綱が外れ、水面がきらりと裏返る。船が静かに岸を離れた。赤い髪の列が小さくなっていく。伯が両手を口に当て、短く叫ぶ。
「帰ってこい。また座って話そう」
「うん、帰るよ。また座って話そう」
喉が詰まり、言葉が短くなる。けれど、それで十分だった。運河の風は温かく、心地よい疲れが骨に沈んでいく。甲板の木は日を吸い、鼻の奥に米と木と油の匂いが混じる。遠くで太鼓が一つ、ゆっくり鳴った。四拍で息を吸い、吐き、止め、また吸う。瞼が自然に落ちる。
目を閉じる直前、心の中で数を取った。陽炎隊の二十、四つの団、学校の椅子、畦の一畝、蔵の雫……それぞれの数が、息に合わせて静かに整列する。回数は裏切らない。座って、同じ高さで、重ねていけばいい。僕は手帳を胸に当て、小さく頷いた。感激と感謝が波のように寄せては去り、音の少ない流れに溶けていく。
運河船はゆっくりと曲がり、火の民の里の赤が、空の端にほどけた。僕はその色をまぶたの裏にしまい込み、深く眠った。
伯にその旨を伝えると、彼は一拍だけ目を伏せ、穏やかに言った。
「明日まで、待ってくれぬか」
「分かった。では明朝、挨拶に伺うよ」
約束の朝。呼び出しは早く、執務室には涼しい風が抜けていた。僕とローランが入ると、伯はすでに席に着き、机に分厚い紙束を用意している。表紙には、はっきりと僕の名と、新しい肩書が置かれていた。
「君が伯爵家を起こした時の計画書だ。昨夜、書き上げた。里の者と読み、言い、記しを二度やった。座って話そう」
彼は卓の端を叩き、同じ高さで紙束を僕の前に回す。最初の頁は現状の要約だった。畦の改修の採用、工場の三本柱の定着、学校の週次輪番……数字は無駄がなく、息の四拍で節が打ってある。次の頁に、太い文字が二行、置かれていた。
一、陽炎隊の増員。里帰りから戻った面々に加え、最小二十名を新規配属する。
二、四つの傭兵団が、君の領へ本拠を移す。
「陽炎隊は君の顔で、うちの誇りでもある。もともと我が里の選抜だ。今度は正式に『外矛・内矛』を往き来する形で、君の領の護りに組み込む。外矛の務めの合間に内矛として用水と輸送を守る。報せは連絡員が綴じ、約定は三約で交わす」
伯は指でリズムを取り、次の頁を繰る。四つの傭兵団の名と、移転の段取り、受領と別れの礼、その間に置く四拍まで、簡潔に整っていた。隊員と家族の住まい、訓練場の配置、学び舎との往来、遺児の椅子と稲一畝の約……里で試した仕掛けが、ほとんどそのまま移植できる構えになっている。
「役に立ててくれ。米も酒も、君の領で息をするだろう。だが、矛の影がないと、里はすぐに干上がる。矛は刺すだけではない……影をつくる。君なら、影をつくれる」
胸の奥が熱くなった。僕は深く息を吸い、四拍で落ち着きを戻す。
「受ける。陽炎隊は内矛の枠も置く。抜かぬ剣の型は契約の裏に刷る。四団の本拠は学校と工場に近い場所へ。家族の椅子と畦は約束する。報奨は護り段に応じて米で……現金は後、米は先。遺族には米束と席、それから仕事の道を」
「うむ。君の言葉は、里の息と同じだ」
ローランが控えから顔を上げ、配下の配置と初動の様式案を短く述べる。受領は座して、別れは立って。読み上げは低く、確認は二度。紙と声が揃う。伯は満足げに頷き、最後の頁を示した。そこには、ただ一文。
「座って同じ高さで。回数は裏切らない」
僕は笑って紙束を閉じ、伯と握手を交わした。掌は熱いが、刺さらない。
正午前、館前。僕らの馬車は既に並び、荷はきれいに納まっていた。陽炎隊は里帰りから戻り、きりりとした顔で控えている。伯は玄関の敷石に立ち、両側に火の民の兵と町の人々。赤い髪が風に揺れる。泣き虫の最強たちは、今日は笑っていた。
「座して受領、立って別れる」
伯が静かに言い、僕も座って礼を受け、立って一礼を返す。その間合いがとても心地よい。リディアは伯の肩に手を置き、短く言った。
「誇りを保て。息で保て。剣より長く続く」
「肝に銘じる」
家令が駆け寄り、蔵印の付いた小壺を二つ、包みに入れて手渡す。
「清酒……火守の雫の初雫でございます。一本は道中に、もう一本は、君の領の卓で」
「確かに預かる。大切に運ぶよ」
馬車が動き出す。市の角を曲がるたびに見知った顔が現れ、子どもが跳ね、兵が静かに敬礼をする。工場の窓には熱の板が掛かり、火の民の若い副長が手の甲を当ててうなずいた。学校の講堂からは、終いの二拍を伸ばした歌声。畦の竹尺が陽を跳ね返し、樋口の切り欠きが細い糸で水を刻む。蔵の軒先では、雫がまだ、ぽとりぽとりと落ちていた。
都を抜け、運河の桟橋に着く。船頭が綱を受け取り、馬車と馬を貨物船に載せ替える。大型の運河船の腹には、箱と樽が予定どおりに収まった。ストークが帳面を二度読みし、カレルが封蝋の紋を確かめ、ミレイユが荷台の隙間に浅い支えを足す。トーマスは最後まで出入りの影を追い、アールは連絡員への最初の便りをしたためる。ローランは伯の計画書を写し、初動の割付を整える。リディアは柵にもたれ、遠くの丘を眺めていた。ナビは僕の肩で丸くなり、尻尾で頬をくすぐる。
綱が外れ、水面がきらりと裏返る。船が静かに岸を離れた。赤い髪の列が小さくなっていく。伯が両手を口に当て、短く叫ぶ。
「帰ってこい。また座って話そう」
「うん、帰るよ。また座って話そう」
喉が詰まり、言葉が短くなる。けれど、それで十分だった。運河の風は温かく、心地よい疲れが骨に沈んでいく。甲板の木は日を吸い、鼻の奥に米と木と油の匂いが混じる。遠くで太鼓が一つ、ゆっくり鳴った。四拍で息を吸い、吐き、止め、また吸う。瞼が自然に落ちる。
目を閉じる直前、心の中で数を取った。陽炎隊の二十、四つの団、学校の椅子、畦の一畝、蔵の雫……それぞれの数が、息に合わせて静かに整列する。回数は裏切らない。座って、同じ高さで、重ねていけばいい。僕は手帳を胸に当て、小さく頷いた。感激と感謝が波のように寄せては去り、音の少ない流れに溶けていく。
運河船はゆっくりと曲がり、火の民の里の赤が、空の端にほどけた。僕はその色をまぶたの裏にしまい込み、深く眠った。
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