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15歳の飛翔。
いよいよ出航。
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出発式当日の朝、みな特に硬くもならず、いつも通りの顔で王城へ上がった。石段を上る靴音が揃っている。謁見の間に近づくにつれて、さすがに表情が引き締まっていくのがわかる。僕は一度だけ立ち止まり、全員の視線を受けた。
「息を短く……数えて、戻す。目線は胸の高さ。いつも通りでいい」
アインスが口の端を上げ、ツヴァイは小さく親指を立て、フュンフはこくりと頷く。ミザーリは肩の力を抜き、ナミリアは腕章の位置を直して深呼吸を一つ。ミレイユは手帳を閉じ、眼鏡を上げた。
号令がかかる。扉が開く。光の帯が床の文様を走った。
「リョウエスト・バァン・スサン伯爵、親善大使団、ご入来」
六歩進んで礼。三歩詰めて定位置。王様、王妃様、ウルリッヒ王太子様、ルマーニ第二王子様、諸侯、大臣が一列に並ぶ。典礼に基づいた所作は体に入っている。僕は誓詞を短く、噛まずに置いた。
「王命を奉じ、友へ。言葉を携え、道を開き、約束を返します」
言い終えて、胸の内側で小さく数える。ずれはない。王旗に背を見せず退く。式は淀みなく進み、予定通りに閉じた。
その後は各大臣に呼ばれて会談のはしごだ。内務は出入国の手続き簡素化の最終確認。軍務は護衛動線と寄港時の警戒線。商務は贈答の品と関税の扱い。外務は各国の儀礼順序の再確認。長い卓上のやりとりを一つずつ短く結び、書付を受け取っては次の部屋へ移る。最後に宰相の部屋で一礼を交わし、城を辞した。
馬車に戻ると、緊張が一気にほどけたのか、ナミリアがふっと笑った。
「……終わった」
「まだ始まってもいないよ」と言いながら僕も笑う。
タウンハウスに着くと、食卓には僕の好物が並んでいた。牛丼、根菜のシチュー、薄い塩で戻した鶏のロースト、浅漬け。みなが席につくのを待って、箸を取る。
「明日は一日休み。アインス、ツヴァイ、フュンフ、ミレイユ、好きに過ごしてくれ。夕方には戻ってきて。うんと美味しいものを用意する」
「承知」と三人が声をそろえ、ミレイユが「買い足しがあれば早めに」と手帳を開く。
翌日は僕だけが机に向かった。王都と領の往還文、各ギルドへの連絡、出航後に動く段取り書の仕上げ。昼を過ぎる頃にローランが来て、最後の打ち合わせをする。
「出航後の速文は使えません。今のうちに伝えることはありますか?」
「速文が使えない事はわかってる。領の裁可はエメイラ、政務の集約はキース、会計はカレル、現場の承認はトーマスとヘイリル。アルカディアはヂョウギで」
互いに最終確認を詰め、夕刻。僕は台所に立ち、手を洗い、火を起こした。大鍋で米を炊き、卵を割り、出汁を引く。海で長く保つように塩味は控えめに、油は軽く。スープ、肉の煮込み、さっと火を通した青菜。皿が埋まり、香りが満ちる。
「今日は食べる日。残すなよ」
「任せろ」とアインス。ツヴァイは無言でよそう。フュンフが「美味」と短く言い、ミレイユが「出航前夜の栄養は満点」と笑う。ミザーリは腕を組んで頷き、ナミリアは「このスープ、海でも作れる」と真面目に分析している。食卓は温かく、腹は満ち、笑い声が途切れない。片付けを終えて、灯を落とす。明日の朝は早い。
夜明け前。王都港は薄い霧に包まれ、桟橋の灯りが点々と揺れていた。オシュヴァルトの黒い船体が静かに横たわる。甲板の上ではもう綱の点検が始まっている。乗船口で軍将オビリケが待っていた。
「荷は?」
「全部、収納に」
「……便利なものをお持ちで」
舷梯を上がる。船室割は事前の通りだ。僕が一部屋。ミザーリ、ナミリア、ミレイユ、フュンフが一部屋。アインスとツヴァイは兵たちと共同室。甲板下の通路はきれいに拭かれ、真鍮の手すりが鈍く光る。僕は各部屋に各自の荷物を割り振った。
「必要な物は?」
「はい、主。剣帯、救急箱、筆記具、予備印……全部受け取った」
「ありがとう、主」とミザーリ。「医具は揃ってる」とナミリア。「記録はいつでも」とミレイユ。「軽装で動ける」とフュンフ。
ナビは肩の上からひょいと飛び降り、艀の係留柱に前足をかけて海を覗き込んだ。先に済ませておいた獣医署の健康証明と港務の搬入申請の札を、僕は胸袋に確かめなおす。
「ナビ、今日は静かにね」
「にゃ」
礼装に着替え、艦をいったん降りる。出航のセレモニーが始まるからだ。桟橋には軍楽隊が並び、隊列の先頭には王家の旗。しばらくして、ウルリッヒ王太子とルマーニ王子が現れた。二人の後ろに侍従が控える。
「リョウエスト。よき風を」
ウルリッヒ王太子と固く握手を交わす。「耳箱、順調だ。帰ったら、続きだ」
「はい。現地の耳も拾ってきます」
ルマーニ王子はいつもの笑みだ。
「君がいない間に色々段取りを進めておく」
「楽しみにしています。中継のワイバーン隊にもよろしく」
「任せろ」
軍楽が鳴り、鐘が三度打たれる。式が終わり、最後の礼を交わして僕らは舷梯を上がる。甲板に立つと、潮の匂いが胸いっぱいに広がった。
「錨、揚げ」
号令が走る。綱が唸り、滑車が鳴る。港湾の合図塔で旗が翻り、岸壁がゆっくりと遠ざかる。オシュヴァルトの船体が水を割り、前へ出る。帆が風を孕み、舷側に白い波頭が立った。
桟橋に並ぶ人影が小さくなる。王都の屋根の群れが朝日にきらめき、塔の影が水面に長く伸びる。僕は手すりに手を置き、静かに息を吐いた。
王命を奉じ、友へ。
短く、確かに。
必ず、約束を返す。
隣でナビが小さく鳴いた。「にゃ」。
オシュヴァルトは、広い海へ滑り出していった。
「息を短く……数えて、戻す。目線は胸の高さ。いつも通りでいい」
アインスが口の端を上げ、ツヴァイは小さく親指を立て、フュンフはこくりと頷く。ミザーリは肩の力を抜き、ナミリアは腕章の位置を直して深呼吸を一つ。ミレイユは手帳を閉じ、眼鏡を上げた。
号令がかかる。扉が開く。光の帯が床の文様を走った。
「リョウエスト・バァン・スサン伯爵、親善大使団、ご入来」
六歩進んで礼。三歩詰めて定位置。王様、王妃様、ウルリッヒ王太子様、ルマーニ第二王子様、諸侯、大臣が一列に並ぶ。典礼に基づいた所作は体に入っている。僕は誓詞を短く、噛まずに置いた。
「王命を奉じ、友へ。言葉を携え、道を開き、約束を返します」
言い終えて、胸の内側で小さく数える。ずれはない。王旗に背を見せず退く。式は淀みなく進み、予定通りに閉じた。
その後は各大臣に呼ばれて会談のはしごだ。内務は出入国の手続き簡素化の最終確認。軍務は護衛動線と寄港時の警戒線。商務は贈答の品と関税の扱い。外務は各国の儀礼順序の再確認。長い卓上のやりとりを一つずつ短く結び、書付を受け取っては次の部屋へ移る。最後に宰相の部屋で一礼を交わし、城を辞した。
馬車に戻ると、緊張が一気にほどけたのか、ナミリアがふっと笑った。
「……終わった」
「まだ始まってもいないよ」と言いながら僕も笑う。
タウンハウスに着くと、食卓には僕の好物が並んでいた。牛丼、根菜のシチュー、薄い塩で戻した鶏のロースト、浅漬け。みなが席につくのを待って、箸を取る。
「明日は一日休み。アインス、ツヴァイ、フュンフ、ミレイユ、好きに過ごしてくれ。夕方には戻ってきて。うんと美味しいものを用意する」
「承知」と三人が声をそろえ、ミレイユが「買い足しがあれば早めに」と手帳を開く。
翌日は僕だけが机に向かった。王都と領の往還文、各ギルドへの連絡、出航後に動く段取り書の仕上げ。昼を過ぎる頃にローランが来て、最後の打ち合わせをする。
「出航後の速文は使えません。今のうちに伝えることはありますか?」
「速文が使えない事はわかってる。領の裁可はエメイラ、政務の集約はキース、会計はカレル、現場の承認はトーマスとヘイリル。アルカディアはヂョウギで」
互いに最終確認を詰め、夕刻。僕は台所に立ち、手を洗い、火を起こした。大鍋で米を炊き、卵を割り、出汁を引く。海で長く保つように塩味は控えめに、油は軽く。スープ、肉の煮込み、さっと火を通した青菜。皿が埋まり、香りが満ちる。
「今日は食べる日。残すなよ」
「任せろ」とアインス。ツヴァイは無言でよそう。フュンフが「美味」と短く言い、ミレイユが「出航前夜の栄養は満点」と笑う。ミザーリは腕を組んで頷き、ナミリアは「このスープ、海でも作れる」と真面目に分析している。食卓は温かく、腹は満ち、笑い声が途切れない。片付けを終えて、灯を落とす。明日の朝は早い。
夜明け前。王都港は薄い霧に包まれ、桟橋の灯りが点々と揺れていた。オシュヴァルトの黒い船体が静かに横たわる。甲板の上ではもう綱の点検が始まっている。乗船口で軍将オビリケが待っていた。
「荷は?」
「全部、収納に」
「……便利なものをお持ちで」
舷梯を上がる。船室割は事前の通りだ。僕が一部屋。ミザーリ、ナミリア、ミレイユ、フュンフが一部屋。アインスとツヴァイは兵たちと共同室。甲板下の通路はきれいに拭かれ、真鍮の手すりが鈍く光る。僕は各部屋に各自の荷物を割り振った。
「必要な物は?」
「はい、主。剣帯、救急箱、筆記具、予備印……全部受け取った」
「ありがとう、主」とミザーリ。「医具は揃ってる」とナミリア。「記録はいつでも」とミレイユ。「軽装で動ける」とフュンフ。
ナビは肩の上からひょいと飛び降り、艀の係留柱に前足をかけて海を覗き込んだ。先に済ませておいた獣医署の健康証明と港務の搬入申請の札を、僕は胸袋に確かめなおす。
「ナビ、今日は静かにね」
「にゃ」
礼装に着替え、艦をいったん降りる。出航のセレモニーが始まるからだ。桟橋には軍楽隊が並び、隊列の先頭には王家の旗。しばらくして、ウルリッヒ王太子とルマーニ王子が現れた。二人の後ろに侍従が控える。
「リョウエスト。よき風を」
ウルリッヒ王太子と固く握手を交わす。「耳箱、順調だ。帰ったら、続きだ」
「はい。現地の耳も拾ってきます」
ルマーニ王子はいつもの笑みだ。
「君がいない間に色々段取りを進めておく」
「楽しみにしています。中継のワイバーン隊にもよろしく」
「任せろ」
軍楽が鳴り、鐘が三度打たれる。式が終わり、最後の礼を交わして僕らは舷梯を上がる。甲板に立つと、潮の匂いが胸いっぱいに広がった。
「錨、揚げ」
号令が走る。綱が唸り、滑車が鳴る。港湾の合図塔で旗が翻り、岸壁がゆっくりと遠ざかる。オシュヴァルトの船体が水を割り、前へ出る。帆が風を孕み、舷側に白い波頭が立った。
桟橋に並ぶ人影が小さくなる。王都の屋根の群れが朝日にきらめき、塔の影が水面に長く伸びる。僕は手すりに手を置き、静かに息を吐いた。
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オシュヴァルトは、広い海へ滑り出していった。
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