59 / 595
幼少時代。
閑話・歌に導かれる者たち。
しおりを挟む
各地で新しい歌が流行りはじめていた。その歌は『スサン兄弟の歌』。両親を助け、力を合わせて貴族の横暴を跳ね除ける兄弟の話だ。長兄は義侠心にあふれ、父の仕事を継ごうと頑張る俊英の『英傑』。次兄は一を聞いて十を知り、知識で父を助ける『神童』。末の弟は神の舌を持ち、街の人に好かれ、幼いながらその才覚を発揮する『天使』。その三人が貴族の手の者をばったばったとやっつけて、貴族の横暴に苦しむ父母と人々を救うストーリーは、王国人のハートを鷲掴みし今日もまた各地の吟遊詩人の糊口をしのいでいる。
「ふう」
日付が変わる少し前、男は今日はじめての食事にありつこうと酒場に入った。男は激務で疲れ果てていた。
彼は平民出身であるが、王宮勤めの文官をしている。だがその出自故、先輩達に仕事を山ほど押し付けられブラックな働き方をしているのだ。
先月は過労で倒れた。やっとのことで仕事復帰したら「たるんでいる」と言われ更に仕事が激増した。
もう限界だ。そう思っていたところに酒場の吟遊詩人が『スサン兄弟の歌』を歌いはじめる。
「こんな方々に仕えてみたい。仕事辞めてこの方々を探そうかな……」
男は酒場で一人呟いた。
とある商人と領主が宴会をしていた。それを守る一人の女は自分の人生を回想していた。女は寒村の出身で生きる為に奴隷となった。幸い、斧の才能に恵まれていた為慰み者にならずに済んだが、剣闘士として数多の闘いを繰り広げる羽目になった。飼い主の商人は食事の不自由はさせなかったが、常に勝つ事を強いられ辛い毎日を送った。毎日のように続けられるトレーニング、厳しい戦闘指導。絶えぬ生傷と人の命を奪う焦燥感。
そんな女にも年季が来て、もうすぐ自由となる日が来る。女の耳元に芸妓が歌う『スサンの歌』が聞こえる。女は三人に憧れた。自由になったら雇ってくれないかな。女はそう願った。
「ご苦労さま。明日からの君の人生に幸せがあるように祈るよ」
そう声をかけられた女は旅装で、片手に鞄、背中にリュックを背負い旅にでる格好をしていた。女は長年過ごした屋敷を出ると、何度も何度も振り返り乗り合い馬車の乗降場を目指した。
女は昨日までメイドで、若くしてある貴族のメイド頭として働いていた。有能な女は主人の手足となって辣腕をふるっていたが、次期当主である息子に目をつけられなぶりものにされそうになった。それに抵抗したが、その息子に傷を負わせてしまう。手打ちにされなかったのは長年の忠勤に対する主人の温情があったからで、女は宿下がりを余儀なくされた。
女の両親はすでにこの世になく、一人だ。女は目のついた乗合馬車に乗り込み旅に出た。途中、泊まった宿屋で女は『スサン兄弟の歌』を聞く。素晴らしい物語だった。
「私のお仕えしたい方々だわ」
女は呟き、行き先を変え、旅を始めた。
「スサン兄弟。調べれば調べるほど面白い」
男は商業ギルドの資料室で独りごちた。男は若くして商業ギルドの役職付きの職員で、最近『スサン兄弟の歌』を聞いてファンになったものの一人だ。調べてみるとルステインの有力な商会の息子達で最近その商会が色々な意味で注目の的になっていると知った。
「大規模な盗賊を退けてその次の日店を開ける胆力のある商会。その息子たちはそれぞれ得意分野があり、商業ギルドBランクの長男と王都学園が優秀生徒として招聘するほどの天才の次男はあの『商売の魔女』を失脚させ王国最年少で商業登録を実現させた。三男は最年少料理ギルドAランクで伯爵息女のご学友。貴族の横暴を跳ね除けたのも事実。面白い。実に面白い」
男は資料室を出て、ギルド長室、と書かれたドアをノックする。返事があり男はその部屋に入る。
「どうしたのかね?」
「はい。お願いがあります。ルステイン支部への転属を希望します。叶えられなかったら職を辞するつもりです」
「それで、わかったかしら?」
「はい。ルステインにあるスサン商会という商会の息子たちです。長男が17才、次男が14歳、三男が4歳。それぞれ面立ちが整っていると評判です」
「そう、実際見たいわね。お父様に言って許可をとりましょう。次男の『神童』様の進路は決まっているの?」
「はい。学園から生徒になってくれとの招聘が来ております」
「それなら同級生になる可能性があるわけね。陰ながら学園に通う事を応援する事は可能かしら?」
「可能ですがそれほどまでにご執心を?」
「そうね。私は優秀な子を産みたいもの」
「でしたらこの爺が陰ながら応援させて頂きます」
「頼むわね。お父様、早くこちらに戻ってこないかしら。私、『神童』様のお顔が見てみたいの」
「なるべく急ぐように伝えておきます」
「くそっ。ここでもスサン兄弟の歌を聞くとは」
私は憎々しげな顔で酒をあおった。
歌を聴きたくなくて、いつもの酒場を避け、痛む体を引きずりながらやっとのことで辿り着いた別の酒場で、また私はスサンの歌を聞く羽目になり、イラついていた。
脳裏に浮かぶのは悪辣な長男に狡猾な次男、そして何より無邪気さを装う邪悪な三男。そんな三人にやり込められた自分が許せなくて毎夜酒を呑むようになった。
どうにかしてやり返したい。この苦しみを味あわせたい。ギリギリと歯を食いしばりながら酒をまたあおる。
ふと見ると横に女が立っている。
「何があったんだい?」
と声をかけてくる女に私は知らず知らずのうちに私にあった事を喋っていた。
「そうかい。復讐したいんだね。なら私について来な」
女はそう言う。私にはもう失うものはない。一縷の望みをかけて女の後ろについていった。
「ふう」
日付が変わる少し前、男は今日はじめての食事にありつこうと酒場に入った。男は激務で疲れ果てていた。
彼は平民出身であるが、王宮勤めの文官をしている。だがその出自故、先輩達に仕事を山ほど押し付けられブラックな働き方をしているのだ。
先月は過労で倒れた。やっとのことで仕事復帰したら「たるんでいる」と言われ更に仕事が激増した。
もう限界だ。そう思っていたところに酒場の吟遊詩人が『スサン兄弟の歌』を歌いはじめる。
「こんな方々に仕えてみたい。仕事辞めてこの方々を探そうかな……」
男は酒場で一人呟いた。
とある商人と領主が宴会をしていた。それを守る一人の女は自分の人生を回想していた。女は寒村の出身で生きる為に奴隷となった。幸い、斧の才能に恵まれていた為慰み者にならずに済んだが、剣闘士として数多の闘いを繰り広げる羽目になった。飼い主の商人は食事の不自由はさせなかったが、常に勝つ事を強いられ辛い毎日を送った。毎日のように続けられるトレーニング、厳しい戦闘指導。絶えぬ生傷と人の命を奪う焦燥感。
そんな女にも年季が来て、もうすぐ自由となる日が来る。女の耳元に芸妓が歌う『スサンの歌』が聞こえる。女は三人に憧れた。自由になったら雇ってくれないかな。女はそう願った。
「ご苦労さま。明日からの君の人生に幸せがあるように祈るよ」
そう声をかけられた女は旅装で、片手に鞄、背中にリュックを背負い旅にでる格好をしていた。女は長年過ごした屋敷を出ると、何度も何度も振り返り乗り合い馬車の乗降場を目指した。
女は昨日までメイドで、若くしてある貴族のメイド頭として働いていた。有能な女は主人の手足となって辣腕をふるっていたが、次期当主である息子に目をつけられなぶりものにされそうになった。それに抵抗したが、その息子に傷を負わせてしまう。手打ちにされなかったのは長年の忠勤に対する主人の温情があったからで、女は宿下がりを余儀なくされた。
女の両親はすでにこの世になく、一人だ。女は目のついた乗合馬車に乗り込み旅に出た。途中、泊まった宿屋で女は『スサン兄弟の歌』を聞く。素晴らしい物語だった。
「私のお仕えしたい方々だわ」
女は呟き、行き先を変え、旅を始めた。
「スサン兄弟。調べれば調べるほど面白い」
男は商業ギルドの資料室で独りごちた。男は若くして商業ギルドの役職付きの職員で、最近『スサン兄弟の歌』を聞いてファンになったものの一人だ。調べてみるとルステインの有力な商会の息子達で最近その商会が色々な意味で注目の的になっていると知った。
「大規模な盗賊を退けてその次の日店を開ける胆力のある商会。その息子たちはそれぞれ得意分野があり、商業ギルドBランクの長男と王都学園が優秀生徒として招聘するほどの天才の次男はあの『商売の魔女』を失脚させ王国最年少で商業登録を実現させた。三男は最年少料理ギルドAランクで伯爵息女のご学友。貴族の横暴を跳ね除けたのも事実。面白い。実に面白い」
男は資料室を出て、ギルド長室、と書かれたドアをノックする。返事があり男はその部屋に入る。
「どうしたのかね?」
「はい。お願いがあります。ルステイン支部への転属を希望します。叶えられなかったら職を辞するつもりです」
「それで、わかったかしら?」
「はい。ルステインにあるスサン商会という商会の息子たちです。長男が17才、次男が14歳、三男が4歳。それぞれ面立ちが整っていると評判です」
「そう、実際見たいわね。お父様に言って許可をとりましょう。次男の『神童』様の進路は決まっているの?」
「はい。学園から生徒になってくれとの招聘が来ております」
「それなら同級生になる可能性があるわけね。陰ながら学園に通う事を応援する事は可能かしら?」
「可能ですがそれほどまでにご執心を?」
「そうね。私は優秀な子を産みたいもの」
「でしたらこの爺が陰ながら応援させて頂きます」
「頼むわね。お父様、早くこちらに戻ってこないかしら。私、『神童』様のお顔が見てみたいの」
「なるべく急ぐように伝えておきます」
「くそっ。ここでもスサン兄弟の歌を聞くとは」
私は憎々しげな顔で酒をあおった。
歌を聴きたくなくて、いつもの酒場を避け、痛む体を引きずりながらやっとのことで辿り着いた別の酒場で、また私はスサンの歌を聞く羽目になり、イラついていた。
脳裏に浮かぶのは悪辣な長男に狡猾な次男、そして何より無邪気さを装う邪悪な三男。そんな三人にやり込められた自分が許せなくて毎夜酒を呑むようになった。
どうにかしてやり返したい。この苦しみを味あわせたい。ギリギリと歯を食いしばりながら酒をまたあおる。
ふと見ると横に女が立っている。
「何があったんだい?」
と声をかけてくる女に私は知らず知らずのうちに私にあった事を喋っていた。
「そうかい。復讐したいんだね。なら私について来な」
女はそう言う。私にはもう失うものはない。一縷の望みをかけて女の後ろについていった。
245
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
Gランク冒険者のレベル無双〜好き勝手に生きていたら各方面から敵認定されました〜
2nd kanta
ファンタジー
愛する可愛い奥様達の為、俺は理不尽と戦います。
人違いで刺された俺は死ぬ間際に、得体の知れない何者かに異世界に飛ばされた。
そこは、テンプレの勇者召喚の場だった。
しかし召喚された俺の腹にはドスが刺さったままだった。
異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~
イノナかノかワズ
ファンタジー
助けて、刺されて、死亡した主人公。神様に会ったりなんやかんやあったけど、社畜だった前世から一転、ゆるいスローライフを送る……筈であるが、そこは知識チートと能力チートを持った主人公。波乱に巻き込まれたりしそうになるが、そこはのんびり暮らしたいと持っている主人公。波乱に逆らい、世界に名が知れ渡ることはなくなり、知る人ぞ知る感じに収まる。まぁ、それは置いといて、主人公の新たな人生は、温かな家族とのんびりした自然、そしてちょっとした研究生活が彩りを与え、幸せに溢れています。
*話はとてもゆっくりに進みます。また、序盤はややこしい設定が多々あるので、流しても構いません。
*他の小説や漫画、ゲームの影響が見え隠れします。作者の願望も見え隠れします。ご了承下さい。
*頑張って週一で投稿しますが、基本不定期です。
*本作の無断転載、無断翻訳、無断利用を禁止します。
小説家になろうにて先行公開中です。主にそっちを優先して投稿します。
カクヨムにても公開しています。
更新は不定期です。
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?
サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。
*この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。
**週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**
狼になっちゃった!
家具屋ふふみに
ファンタジー
登山中に足を滑らせて滑落した私。気が付けば何処かの洞窟に倒れていた。……しかも狼の姿となって。うん、なんで?
色々と試していたらなんか魔法みたいな力も使えたし、此処ってもしや異世界!?
……なら、なんで私の目の前を通る人間の手にはスマホがあるんでしょう?
これはなんやかんやあって狼になってしまった私が、気まぐれに人間を助けたりして勝手にワッショイされるお話である。
実家にガチャが来たそしてダンジョンが出来た ~スキルを沢山獲得してこの世界で最強になるようです~
仮実谷 望
ファンタジー
とあるサイトを眺めていると隠しリンクを踏んでしまう。主人公はそのサイトでガチャを廻してしまうとサイトからガチャが家に来た。突然の不可思議現象に戸惑うがすぐに納得する。そしてガチャから引いたダンジョンの芽がダンジョンになりダンジョンに入ることになる。
タブレット片手に異世界転移!〜元社畜、ダウンロード→インストールでチート強化しつつ温泉巡り始めます〜
夢・風魔
ファンタジー
一か月の平均残業時間130時間。残業代ゼロ。そんなブラック企業で働いていた葉月悠斗は、巨漢上司が眩暈を起こし倒れた所に居たため圧死した。
不真面目な天使のせいでデスルーラを繰り返すハメになった彼は、輪廻の女神によって1001回目にようやくまともな異世界転移を果たす。
その際、便利アイテムとしてタブレットを貰った。検索機能、収納機能を持ったタブレットで『ダウンロード』『インストール』で徐々に強化されていく悠斗。
彼を「勇者殿」と呼び慕うどうみても美少女な男装エルフと共に、彼は社畜時代に夢見た「温泉巡り」を異世界ですることにした。
異世界の温泉事情もあり、温泉地でいろいろな事件に巻き込まれつつも、彼は社畜時代には無かったポジティブ思考で事件を解決していく!?
*小説家になろうでも公開しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる