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7歳の駈歩。
閑話・ある陶芸家の話。
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僕の村は、ルステイン領の端、ニメイジ男爵が治める山あいの静かな集落にある。昔からこの土地では陶器作りが続けられていたけれど、それはあくまで村の器のため。誰かが遠くまで売りに行くようなものでもなく、僕も代々の家業を継いではいたものの、収入は少なく、畑仕事でなんとか暮らしをつなぐ日々だった。
しかし、あの風呂治療施設ができてから、すべてが変わり始めた。
ルステインの伯爵様が提案し、ニメイジ男爵様が主導した風呂治療施設「安らぎの宿」は、都からも客が来るようになり、観光目的で訪れる人が増えていった。施設では定期的に文化体験の催しが開かれ、僕の陶芸もその一つとして呼ばれるようになった。最初は不安だった。見ず知らずの人に教えるなんてこと、やったことがなかったし、都会の人たちに笑われるんじゃないかと怖かった。でも実際に教えてみると、皆が楽しそうに土に触れ、自分の作った茶碗や皿を『世界に一つだけの宝物』と言って笑ってくれた。その時、心がふっと温かくなった。
「また来たいです」
「この器、買えませんか?」
そう言ってくれる人が現れ、次第に注文が入り始めた。気づけば、週に一度は温泉施設で体験教室を開くようになり、注文品の製作も増えた。まさか、陶芸だけで暮らしていける日が来るとは思ってもみなかった。
仕事が増え始めてから、土の仕入れにも変化が出てきた。以前は川辺の土を自分で掘っていたが、今では男爵様が推薦してくれた高品質の陶土を卸してもらえるようになった。それだけで作品の仕上がりは格段に良くなったし、焼き上がった器の色味や艶が以前とは別物になった。さらに釉薬も良質なものを使えるようになり、自分でも驚くほどの美しさが出せるようになった。
そんなある日、一人の若い貴族が温泉施設にやってきた。
「陶芸体験、面白いって聞いてきたんだけど」
軽い口調の青年だったが、作品を見る目は確かだった。彼は数点の小皿と湯呑みを購入してくれた上、「実家の屋敷にいくつか揃えたいから、またお願いしてもいいかな」と笑顔で頼んでくれた。
そこから不思議な縁が続いていった。若い貴族の間で、僕の器が少しずつ話題になり、「実際に行って作ってみたい」「あの人の指導は丁寧で落ち着く」と評判になっていった。そうした声がニメイジ男爵の耳にも届いたらしく、男爵様息子のラーモン様から直々に「君の作品を王宮の厨房に紹介してみよう」と提案された。
「そんな、私のような者の器が、王宮に……?」
信じられない気持ちで震えながらも、男爵様とラーモン様の導きで幾つかの作品を選び出し、王都へ送った。そして……。
王宮の厨房から返ってきたのは、信じられないほどの高評価だった。
「この器、持ちやすいな」
「料理の彩りがよく映える」
「温かい料理を入れても手が熱くなりすぎない」
とのことで、使い勝手も含めて非常に好まれたらしい。特に僕が昔から作ってきた『二重底の椀』が重宝され、湯気が逃げにくく、保温性も高いとして複数注文が入った。
それを聞いた時、僕は思わず土の上に座り込み、しばらく何も言えなかった。自分の手が、こんなにも誰かの役に立てる日が来るなんて。しかも、あの王宮の台所で。
陶芸は、ただの生きる手段だった。日々を繋ぐため、家族を養うために始めたもの。でも今は違う。誰かの『美味しい』を支える器として、僕の器は存在している。
その後も温泉施設での陶芸体験は好評で、村の若者が手伝いを申し出てくれたり、他の風呂治療地からも『教室を開いてほしい』と声がかかるようになった。気づけば、村の名も少しずつ外に広がり始め、観光地の一部として知られるようになっていた。
「親方、王都から追加の注文です!」
そんな声が窯場に響くたびに、僕は心の中でつぶやく。
…まさか、こんな日が来るなんてな。
それだけじゃない。ある日、ニメイジ男爵とラーモン様が自ら窯場を訪れた。
「次の季節の器を考えてみてはどうか」
と提案してくださった。季節の移り変わりに合わせた器。それは料理人の感性を引き立て、客の心にも残る贅沢だ。
僕は春の若葉を思わせる緑釉の鉢や、秋の月を模した丸皿などを試作し始めた。今では、料理人と器の対話を想像しながら、土に触れている。
加えて、王宮での採用を聞きつけた若い職人志望の者が弟子入りを願い出てきた。まだ一人前とはいえないが、土の扱いはなかなか筋がいい。昔の自分を見ているようで、教えるたびにこちらも新たな発見がある。
『師匠のようになりたい』と言われるたび、少しくすぐったく、そして誇らしく思う。
窯の前で汗をぬぐいながら、ふと空を見上げる。昔はただ、生きるためにこなしていた陶芸という作業。それが今では、誰かの笑顔と結びついている。器は料理を運ぶだけじゃない。気持ちを伝え、心を温める、不思議な力を持っている。
そしてそれを形にできるのが、自分の手だということが、何よりも嬉しい。
焼き上がった器を静かに取り上げ、僕は微笑む。
さあ、次はどんな形にしようか。今度はもっと、人の心に残る器を。
物語は、まだまだ続いていく。
しかし、あの風呂治療施設ができてから、すべてが変わり始めた。
ルステインの伯爵様が提案し、ニメイジ男爵様が主導した風呂治療施設「安らぎの宿」は、都からも客が来るようになり、観光目的で訪れる人が増えていった。施設では定期的に文化体験の催しが開かれ、僕の陶芸もその一つとして呼ばれるようになった。最初は不安だった。見ず知らずの人に教えるなんてこと、やったことがなかったし、都会の人たちに笑われるんじゃないかと怖かった。でも実際に教えてみると、皆が楽しそうに土に触れ、自分の作った茶碗や皿を『世界に一つだけの宝物』と言って笑ってくれた。その時、心がふっと温かくなった。
「また来たいです」
「この器、買えませんか?」
そう言ってくれる人が現れ、次第に注文が入り始めた。気づけば、週に一度は温泉施設で体験教室を開くようになり、注文品の製作も増えた。まさか、陶芸だけで暮らしていける日が来るとは思ってもみなかった。
仕事が増え始めてから、土の仕入れにも変化が出てきた。以前は川辺の土を自分で掘っていたが、今では男爵様が推薦してくれた高品質の陶土を卸してもらえるようになった。それだけで作品の仕上がりは格段に良くなったし、焼き上がった器の色味や艶が以前とは別物になった。さらに釉薬も良質なものを使えるようになり、自分でも驚くほどの美しさが出せるようになった。
そんなある日、一人の若い貴族が温泉施設にやってきた。
「陶芸体験、面白いって聞いてきたんだけど」
軽い口調の青年だったが、作品を見る目は確かだった。彼は数点の小皿と湯呑みを購入してくれた上、「実家の屋敷にいくつか揃えたいから、またお願いしてもいいかな」と笑顔で頼んでくれた。
そこから不思議な縁が続いていった。若い貴族の間で、僕の器が少しずつ話題になり、「実際に行って作ってみたい」「あの人の指導は丁寧で落ち着く」と評判になっていった。そうした声がニメイジ男爵の耳にも届いたらしく、男爵様息子のラーモン様から直々に「君の作品を王宮の厨房に紹介してみよう」と提案された。
「そんな、私のような者の器が、王宮に……?」
信じられない気持ちで震えながらも、男爵様とラーモン様の導きで幾つかの作品を選び出し、王都へ送った。そして……。
王宮の厨房から返ってきたのは、信じられないほどの高評価だった。
「この器、持ちやすいな」
「料理の彩りがよく映える」
「温かい料理を入れても手が熱くなりすぎない」
とのことで、使い勝手も含めて非常に好まれたらしい。特に僕が昔から作ってきた『二重底の椀』が重宝され、湯気が逃げにくく、保温性も高いとして複数注文が入った。
それを聞いた時、僕は思わず土の上に座り込み、しばらく何も言えなかった。自分の手が、こんなにも誰かの役に立てる日が来るなんて。しかも、あの王宮の台所で。
陶芸は、ただの生きる手段だった。日々を繋ぐため、家族を養うために始めたもの。でも今は違う。誰かの『美味しい』を支える器として、僕の器は存在している。
その後も温泉施設での陶芸体験は好評で、村の若者が手伝いを申し出てくれたり、他の風呂治療地からも『教室を開いてほしい』と声がかかるようになった。気づけば、村の名も少しずつ外に広がり始め、観光地の一部として知られるようになっていた。
「親方、王都から追加の注文です!」
そんな声が窯場に響くたびに、僕は心の中でつぶやく。
…まさか、こんな日が来るなんてな。
それだけじゃない。ある日、ニメイジ男爵とラーモン様が自ら窯場を訪れた。
「次の季節の器を考えてみてはどうか」
と提案してくださった。季節の移り変わりに合わせた器。それは料理人の感性を引き立て、客の心にも残る贅沢だ。
僕は春の若葉を思わせる緑釉の鉢や、秋の月を模した丸皿などを試作し始めた。今では、料理人と器の対話を想像しながら、土に触れている。
加えて、王宮での採用を聞きつけた若い職人志望の者が弟子入りを願い出てきた。まだ一人前とはいえないが、土の扱いはなかなか筋がいい。昔の自分を見ているようで、教えるたびにこちらも新たな発見がある。
『師匠のようになりたい』と言われるたび、少しくすぐったく、そして誇らしく思う。
窯の前で汗をぬぐいながら、ふと空を見上げる。昔はただ、生きるためにこなしていた陶芸という作業。それが今では、誰かの笑顔と結びついている。器は料理を運ぶだけじゃない。気持ちを伝え、心を温める、不思議な力を持っている。
そしてそれを形にできるのが、自分の手だということが、何よりも嬉しい。
焼き上がった器を静かに取り上げ、僕は微笑む。
さあ、次はどんな形にしようか。今度はもっと、人の心に残る器を。
物語は、まだまだ続いていく。
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