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7歳の駈歩。
閑話・デボンの毎日。
デボン・トレーゼは、今やルステインの顔とも言える国家錬金術師となった男である。その名声は、彼がリョウエストと共に開発した発酵によって焼き上げられるパンと、錬金術による葡萄酒の熟成方法により築かれた。王より「国家錬金術師」の称号を賜ったその日から、彼の生活は激変した。
朝、陽が昇るより少し前。デボンはルステイン西区にある錬金術工房に向かう。今ではこの場所に子供たちが集まり、錬金術の基礎を学ぶ場としても使われていた。
「先生、おはようございます!」
快活な声で挨拶する少年少女たち。貧民街や農村から移住してきた子供たちだ。彼ら彼女らは学ぶ場を求めていた。第一王子ウルリッヒがデボンを見込んで「専門学校の礎を築いてくれ」と言ったことが始まりだった。専門学校は二年制で基礎から応用まで教える。だから無駄なく教える必要があった。デボンは人に教えると言う事を今まで考えなかった為これには非常に困った。『相棒』であるリョウエストにどうしようか相談すると、王城と交渉してくれ、子供達を教えてそのカリキュラムを専門学校の授業プログラムに活かしてみろ、という事になった。
授業では、基礎理論や安全な薬品の扱い方を教える。ときには爆発が起きるが、それも学びの一つだ。でもその一つ一つが専門学校のカリキュラムに反映されるとあって、デボンは真剣に彼らと向かい合っていた。
「君たち、錬金術は魔法じゃない。知識と努力の積み重ねだよ」
午前中は教育。午後からは実務。王城や領主館から舞い込む仕事は多岐にわたる。防腐剤の調合、土壌改良薬、病気に強い苗の培養まで。どれもが『国家錬金術師』としての責任を感じさせるものだった。
そんな多忙の中、彼の唯一の癒しがあった。スサン商会の魔法技師、スージーだ。
「デボンさん、また夜更かししてません?」
その叱るような微笑みに、彼の心はいつも安らいだ。自分のようなおじさんには彼女は釣り合わないといつもそう思っていたが、彼の心はざわめいていた。
午後三時、スサン商会より試作品の依頼が届く。『工業用回転砥石』『香りを室内に広げるファン』など、魔法技術との融合を前提とした物ばかりだ。
スージーとの共同作業は楽しい時間だった。スージーは魔法技師の技に優れ、デボンは物質の特性を理解していた。互いの力を信頼し合う関係は、次第に『仕事』を超えた感情へと変わっていった。
「スージー、君がいないと、あのファンは完成しなかったよ」
「デボンさんが基材を改良してくれたおかげです」
ある日、ふとした拍子に、彼は想いを口にしてしまう。
「……好きだ。ずっと前から、君と過ごす時間が心地よくてたまらなかった」
工房は一瞬静まり返った。だがスージーは、少し頬を赤らめて、はにかんだ笑顔でこう答えた。
「私も…同じです」
だがその帰路、問題が起こる。彼の同居人である木工師にしてガラス職人のキサラが激怒していたのだ。
「スージーちゃんに手を出すなんて、最低!国家錬金術師って肩書きで惑わしてないでしょうね!?」
それは、姉のようにスージーを気遣うキサラなりの不安だったのかもしれない。
キサラの怒りはしばらく収まらなかった。デボンが真剣な想いを伝えても、彼女は頑なだった。
「スージーちゃんは優しい子よ。あなたみたいな研究バカが相手で幸せになれるとは限らない!」
それでも、スージーは自ら話し合いの場を設けた。
「キサラさん、私は自分の意思でデボンさんを好きになったんです。彼の研究に真摯に向き合う姿勢に惹かれたんです」
その言葉に、キサラは観念したようにため息をついた。
「…あんたたちが幸せなら、私は口出ししない。ただ、泣かせたら許さないからね!」
そうして二人は正式に付き合うことになった。工房ではからかいの声が飛び交い、子供たちは「先生が結婚するの?」と大騒ぎ。
ある日、二人はルステイン郊外の葡萄畑を訪れた。かつて発酵技術の改良のためにリョウエストと試行錯誤した時に使った葡萄の産地だ。今では王宮に収められるワインの生産地としても有名で、その端には、デボンが設計した「自動撹拌式発酵槽」が静かに動いていた。
「ここに立つと、不思議ですね」
スージーが風に揺れる葡萄の葉を見ながらつぶやいた。
「最初はこんな未来が来るなんて思ってなかった」
「僕もだよ」
デボンは静かに頷いた。
「あのとき、ハッセルエンとリョウエストに無理やり呼び出されなければ、パンの酵母なんて興味もなかったし、ワインも好きじゃなかった」
「でも今は?」
「今は…この世界で錬金術師として生きる道を、本当に選んでよかったと思ってる。君と出会えたから」
スージーは嬉しそうに微笑んだ。
それから数日後、王宮からの布令が届いた。
『錬金術師育成専門機関設立。第一候補地、ルステイン…校長候補・デボン・トレーゼ』
その報せに、工房内が一気にどよめいた。まさか、王命で教育機関の中心を任されるとは、本人すら予想していなかったのだ。
逃げられないな。
そう覚悟を決めたデボンは、王城で国王から直々に任命を受けた。
「ルステインに、王国一の学び舎を築いてくれ。未来の叡智は、君たち錬金術師の双肩にかかっている」
その言葉を胸に刻んだ帰路、彼はふと思った。
あの日、貧しい子供に初めて錬金術の抽出を見せた瞬間のあの瞳の輝き。あれこそが、自分の進むべき道だ。
そして、スージーのいる未来を守るためにも、自分はもう『一人の職人』ではいられないのだと。
夜、いつものように工房に戻ったデボンは、スージーと静かに並んで歩きながら言った。
「僕の人生で、一番の錬成は…君と出会ったことだ」
スージーは照れながらも嬉しそうに笑い、彼の手をそっと握った。
「だったら、もっと良い作品を一緒に作りましょう、デボンさん。今度は、私たち二人で」
朝、陽が昇るより少し前。デボンはルステイン西区にある錬金術工房に向かう。今ではこの場所に子供たちが集まり、錬金術の基礎を学ぶ場としても使われていた。
「先生、おはようございます!」
快活な声で挨拶する少年少女たち。貧民街や農村から移住してきた子供たちだ。彼ら彼女らは学ぶ場を求めていた。第一王子ウルリッヒがデボンを見込んで「専門学校の礎を築いてくれ」と言ったことが始まりだった。専門学校は二年制で基礎から応用まで教える。だから無駄なく教える必要があった。デボンは人に教えると言う事を今まで考えなかった為これには非常に困った。『相棒』であるリョウエストにどうしようか相談すると、王城と交渉してくれ、子供達を教えてそのカリキュラムを専門学校の授業プログラムに活かしてみろ、という事になった。
授業では、基礎理論や安全な薬品の扱い方を教える。ときには爆発が起きるが、それも学びの一つだ。でもその一つ一つが専門学校のカリキュラムに反映されるとあって、デボンは真剣に彼らと向かい合っていた。
「君たち、錬金術は魔法じゃない。知識と努力の積み重ねだよ」
午前中は教育。午後からは実務。王城や領主館から舞い込む仕事は多岐にわたる。防腐剤の調合、土壌改良薬、病気に強い苗の培養まで。どれもが『国家錬金術師』としての責任を感じさせるものだった。
そんな多忙の中、彼の唯一の癒しがあった。スサン商会の魔法技師、スージーだ。
「デボンさん、また夜更かししてません?」
その叱るような微笑みに、彼の心はいつも安らいだ。自分のようなおじさんには彼女は釣り合わないといつもそう思っていたが、彼の心はざわめいていた。
午後三時、スサン商会より試作品の依頼が届く。『工業用回転砥石』『香りを室内に広げるファン』など、魔法技術との融合を前提とした物ばかりだ。
スージーとの共同作業は楽しい時間だった。スージーは魔法技師の技に優れ、デボンは物質の特性を理解していた。互いの力を信頼し合う関係は、次第に『仕事』を超えた感情へと変わっていった。
「スージー、君がいないと、あのファンは完成しなかったよ」
「デボンさんが基材を改良してくれたおかげです」
ある日、ふとした拍子に、彼は想いを口にしてしまう。
「……好きだ。ずっと前から、君と過ごす時間が心地よくてたまらなかった」
工房は一瞬静まり返った。だがスージーは、少し頬を赤らめて、はにかんだ笑顔でこう答えた。
「私も…同じです」
だがその帰路、問題が起こる。彼の同居人である木工師にしてガラス職人のキサラが激怒していたのだ。
「スージーちゃんに手を出すなんて、最低!国家錬金術師って肩書きで惑わしてないでしょうね!?」
それは、姉のようにスージーを気遣うキサラなりの不安だったのかもしれない。
キサラの怒りはしばらく収まらなかった。デボンが真剣な想いを伝えても、彼女は頑なだった。
「スージーちゃんは優しい子よ。あなたみたいな研究バカが相手で幸せになれるとは限らない!」
それでも、スージーは自ら話し合いの場を設けた。
「キサラさん、私は自分の意思でデボンさんを好きになったんです。彼の研究に真摯に向き合う姿勢に惹かれたんです」
その言葉に、キサラは観念したようにため息をついた。
「…あんたたちが幸せなら、私は口出ししない。ただ、泣かせたら許さないからね!」
そうして二人は正式に付き合うことになった。工房ではからかいの声が飛び交い、子供たちは「先生が結婚するの?」と大騒ぎ。
ある日、二人はルステイン郊外の葡萄畑を訪れた。かつて発酵技術の改良のためにリョウエストと試行錯誤した時に使った葡萄の産地だ。今では王宮に収められるワインの生産地としても有名で、その端には、デボンが設計した「自動撹拌式発酵槽」が静かに動いていた。
「ここに立つと、不思議ですね」
スージーが風に揺れる葡萄の葉を見ながらつぶやいた。
「最初はこんな未来が来るなんて思ってなかった」
「僕もだよ」
デボンは静かに頷いた。
「あのとき、ハッセルエンとリョウエストに無理やり呼び出されなければ、パンの酵母なんて興味もなかったし、ワインも好きじゃなかった」
「でも今は?」
「今は…この世界で錬金術師として生きる道を、本当に選んでよかったと思ってる。君と出会えたから」
スージーは嬉しそうに微笑んだ。
それから数日後、王宮からの布令が届いた。
『錬金術師育成専門機関設立。第一候補地、ルステイン…校長候補・デボン・トレーゼ』
その報せに、工房内が一気にどよめいた。まさか、王命で教育機関の中心を任されるとは、本人すら予想していなかったのだ。
逃げられないな。
そう覚悟を決めたデボンは、王城で国王から直々に任命を受けた。
「ルステインに、王国一の学び舎を築いてくれ。未来の叡智は、君たち錬金術師の双肩にかかっている」
その言葉を胸に刻んだ帰路、彼はふと思った。
あの日、貧しい子供に初めて錬金術の抽出を見せた瞬間のあの瞳の輝き。あれこそが、自分の進むべき道だ。
そして、スージーのいる未来を守るためにも、自分はもう『一人の職人』ではいられないのだと。
夜、いつものように工房に戻ったデボンは、スージーと静かに並んで歩きながら言った。
「僕の人生で、一番の錬成は…君と出会ったことだ」
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