僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ

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12歳の疾走。

記すものは狩るもの。

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「おいおい、これはまた随分と手が込んでるじゃねえか」

 アインスが、王都南区の路地裏にて摘み取った文書を手に唸った。
そこには王国の初等学校の献立表を装い、「○○日に屋上で」などという暗号文が仕込まれていた。

「これで七つ目やす。バラ撒かれてる文書のほとんどは囮。けど、中にひとつ本物が混ざってやす」
「つまり『指令元』はまだ王都に潜ってるってことね」

 フィアが眉をひそめてつぶやいた。青いマントのフードを深くかぶり、目だけが鋭く光る。

 青の技……王命を帯び、王都の影に潜む六人の兵士たち。
 その任務は、ただの護衛ではない。

「ツヴァイ、追跡は?」
「王宮図書館の地下から抜けた足跡、潰れた通気孔、そして……『西門の地下水路』の気配、確認した」
「じゃ、奴らはそこに巣食ってやがる……っと」

 アインスは唇の端を上げた。

「いよいよ『そっち』も動かれてやすよ」


タウンハウスの一室。リョウエストは広げた地図の上に指を滑らせながら、ストークとミザーリ、青の技を前に言った。

「……暗殺が前提で動いてるね。毒、孤立、評判落とし、全部潰したら手段が一択になる」
「こちらの誘導通りです、リョウ様」

 ツヴァイが言う。
 リョウエストは静かにナビの背を撫で、眼差しを鋭くした。

「こっちから動くよ。僕が『囮』になる。王都の中央広場で『スサンの新菓子』試食会を開く」
「はあっ!? リョウ様、それは」
「当然、準備はするよ」

 フィアが思わずため息をついた。

「本気で仕留めにいくつもりなのね、あなた……。本当に子供なのかしら?」
「子供だよ。でも『記す者』として、王都で死人は出したくない。だから、僕が一番危険な場所に行く」
「……それを聞いて納得しちまう自分が腹立たしいやす」

 アインスが帽子を目深にかぶりなおした。

「情報網はすでに奴らに虚報を流してやす。リョウエスト殿下が『試食会で一人になる』ってな。食いつかなきゃ嘘でさぁ」
「陽炎隊は包囲に回す。青の技は四方向から突入、首領は僕が倒す」
「リョウ様自身が首を取りに行くか。ま、期待はしておきやすよ」

 作戦は決まった。あとは、動くだけだ。

 翌日、王都の中央広場。

「スサンの天使の新商品!『王都初登場のチョコアイス』無料配布!」

 子供達に囲まれながら、リョウエストは笑顔を浮かべていた。
 けれど、視線の裏には、殺気の針が幾重にも交錯している。

 木陰。屋根の上。噴水の下。黒装束の暗殺者たちが、徐々に包囲を狭めていた。

 罠は、整った。

 夕刻、王都中央広場。

「皆、並んでね。数に限りがあるから……」

 僕は配布台の上に立ち、笑顔でアイスを配っていた。チョコとミルクを混ぜた甘い香りが漂う。

 けれど……。

(来た)

 頭の奥が冷えるような感覚。三、四、五……七人。視界には映っていない。だが『こちら』を殺す目線は感じる。

(予想通り。首領格は一人……あれか)

 木陰に紛れたローブの男。全く動かず、姿勢も乱れていない。ああいうのが一番危ない。

「……始めよう」

 僕は配布の手を止め、ゆっくりと小路の奥へ歩き出す。わざと背を見せるように。

(囮の役は僕。飛びかかってくるなら、ここ)

恐怖テラー』の魔術、発動。

 足音を消しつつ、念じた。
 対象は木陰の男。魔力を直接視神経に流し込み、潜在意識に『死』を想起させる。

 男がピクリと震えた。足元がわずかに揺れる。

(崩れた……!)

 すかさず、手の中に『小火弾スモールファイア』の魔術を喚起する。火花が弾け、男の足元でパチッと音を立てた。

「っ……!」

 男の目がこっちを向く。だがその顔に『光魔法』!

「目潰し!」

 光の粒子を絞って放ち、男の視界を一瞬奪う。

(今だ――)

 踏み出す。砂の上を一切音を立てずに走る。火の民の鍛錬により身につけた忍び足。エメイラに教わった呼吸法。

 背後を取る。男が振り返る、その瞬間。

「……!」
「これで終わりだよ」

 延髄に、体重を乗せた後ろ蹴り。正確に、脳幹にダメージを与える。
 ゴッ、と鈍い音と共に、男の体が崩れる。

「確保!」

 すぐにツヴァイが現れ、男を縛り上げた。
 ほぼ同時に……。

「こちら、北側制圧完了!」
「東、二人捕縛!」
「南の屋根上はフィアとゼクスで片付けたわ」

 青の技、全員作戦通りに動いた。

「リョウエスト様、怪我は?」

 エメイラとミザーリが駆け寄ってきた。

「うん、無事だよ。魔術、全部効いた」
「……やっぱり、あなたは主であり、戦士だわ」

 僕は軽く頷いた。あとは……

「フュンフ、ゼクス。首領を運んで。拷問は……しない。だけど、話してもらう」

 フュンフがニヤリと笑った。

「うふふ、あたしの『質問』は痛くないよ。うん、ぜーんぜん痛くないわ」
「嘘じゃんそれ」

 とフィアが小声で突っ込む。

 首領はまだ意識を失ったままだった。けれど、今回の『牙』は間違いなく突き立った。

 僕は拳を握り、ゆっくりと広場を見渡す。

「これで……一段落。でも、まだ完全には終わってない。次が来る。だからこそ……。」




「名前は?」
「……グローヴァ。フェキア第二王子、エルア殿下直属の策士団筆頭」

 声はかすれ、表情は消えていた。
けれど、フュンフが差し出すお茶を一口飲んでから、妙に素直に話し始めた。

「お前たちの手際は完璧だったよ。虚報、誘導、包囲。……まさか子供がそこまでやるとは思ってなかった」
「じゃあ、教えて」

 僕は静かに言った。

「君たちは、『誰を倒したい』の?」
「お前だよ、リョウエスト。お前が王国の礎を変えるのが怖いのさ。フェキアは今、王位継承を巡って内側から腐りかけてる。第二王子殿下は……焦っている。お前の名前が、王都だけでなく貴族の間で語られるようになったことに」
「僕は戦争したいんじゃないよ。やりたいのは、『未来を残すこと』」
「だがそれは、誰かの『今』を奪うことでもある」

 一瞬、沈黙が落ちた。
 フィアが静かに部屋を出て行き、フュンフが手元の書類を片付ける。

 グローヴァはもう暴れようともせず、ただ壁の一点を見つめていた。

「処刑されるのか?」
「させないよ。王様に任せる。……これは、国と国の問題だから」

 僕は立ち上がり、ストークに視線を送った。

「書状を用意して。フェキアの王に宛てて、『息子が王都で暗殺を企てた』という報告書と一緒に」
「かしこまりました」
「……リョウ様、容赦がないやすなあ」

 アインスが笑いながら呟いた。

「子供にしては、冷たい決断をするやす。けど、間違っちゃいねえ」


 その夜。王宮の執務室にて。

「お前、あの者が王子直属の手の者だったとは、やはりそうだったか」

 王様は手にした文を眺めながらため息をついた。

「今回は暗殺未遂。だが、次はどうなるかわからん。……リョウエスト、お前はどうしたい?」
「僕は、未来を記すことをやめません」
「ならば、こちらも王として守らねばな。王国がまだ、『お前を必要としている』のだから」

王様は酒瓶を取り出し、窓辺でグラスを傾けた。

「それにしても……チョコアイス、美味かった。戦後の慰めにぴったりじゃ」
「まだ戦じゃありませんよ、王様。冷戦です」

 僕はそう言って、ふっと笑った。


 後日。
 王都の片隅、情報屋たちは噂していた。

「『記す者』、今度は『狩る者』にもなったらしいな」
「青の技と一緒に暗殺団を潰したってさ。あの歳で、だぜ?」
「もう『名誉伯爵』じゃなくて、『名誉元帥』なんじゃないか?」

 リョウエストの名はまた、影で囁かれ始めていた。



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