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12歳の疾走。
真実という矢。
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王都・タウンハウスの書斎。
白銀のインクが、黒の羊皮紙の上を滑っていた。
「……書き間違い、なし。封蝋、青」
ストークが横で頷く。机の上には、封をされる直前の手紙。
宛先は、フェキア王国国王・レオナード三世。
僕は最後に筆をとった。
「未来を記す者、名誉伯爵リョウエスト・バァン・スサン、ここに記す。貴国の第二王子殿下が王都にて我が身に対し暗殺を試みたこと、確かに確認した。我は兵を出さず、刀を抜かず、ただ真実のみを届ける。貴殿の威信がこの『事実』をどう扱うのか、それを見たい」
封を閉じ、蝋に印章を押した。
「速騎、五人。最短でフェキアへ。すぐに返事は来ないだろうけど、『記された』ことが大事」
「王にしてみれば、口よりも筆の方が怖かろうよな」
アインスがぼやいた。
青の技は全員、作戦の直後から警戒を強め、今も警護を続けてくれている。
「しかしまぁ……本当に書いたんだな、あんな真っ正面から」
「うん。逃げ場はもうない。僕の書簡は、『嘘を書かない』ことで知られてる。つまり……。」
「国際的な『証拠』やすね」
数日後、フェキア王国・王宮。
「で、これは……何だと申すか」
レオナード三世の声が低く落ちた。
王の前に立つ文官たちが、次々と目を伏せる。
「第二王子殿下がコリント王国王都にて……リョウエスト殿を、暗殺しようと……」
「リョウエスト。あの少年か。あの……『未来を記す者』と呼ばれる」
「……はい。すでに王国では、王が五人いても敵わぬと言われるほどの影響力を持っております」
「ふん……その者が、この書簡を?」
王は震える手で手紙を持ち上げた。中身は短く、だが重い。
まるで王冠のように、じわりと頭を圧す言葉の重さ。
「……『刀を抜かず、兵を動かさず、真実をもって王を責める』。……やってくれる」
「国境は静かですが、外交上は……かなり不利な立場に置かれました」
「当たり前だ。この二年間でコリントは兵を整え、交易を拡張し、酒と食で世界を繋いだ。それも全部、あの子供がやったのだ」
王宮の奥、誰もいない書斎。
レオナード三世は独り呟いた。
「……お前を、軽んじるべきではなかったか。リョウエスト・スサン」
手紙の封蝋を指で撫でながら、王は薄く唇を噛む。
「第二王子……エルアよ。お前の“矢”は、王の心を穿ったのだ」
荘厳な天井画の下。王レオナード三世は、来客の姿を見据えていた。
コリント王国から届いた第二の書簡。その使者……。
「コリント王国外務副大臣、マリエンティ伯爵である。我が国の正規外交官として、陛下にお目通りを願いたく」
「……許す。申せ、伯爵」
マリエンティ伯爵は一礼した。白銀の刺繍が施された外交官のローブが床を払う。
「まず、我が国はこのたびの『未遂事件』を、フェキア王国の『内政の不安定さ』から起きたものと受け止めております。しかし、暗殺未遂は『個人』の問題ではありません。『国家の名誉』に関わる行為です」
「……むろん、その点は痛感しておる」
「ならば結構。これより、我が国よりの正式な通達をお届け致します」
伯爵は封筒を差し出した。中には、国王陛下の印と外務省印が並ぶ。
【通達】
『コリント王国は、貴国第二王子・エルア殿下が王都にて引き起こした暗殺未遂事件に対し、
国家としての明確な謝罪と、再発防止の約束、ならびに王宮関係者の処分を求めます。
これが成されぬ場合、
コリント王国は以下の措置をもって対応する:
一.貴国に供給されている酒類・小麦・缶詰・工業部材の全面供給停止
二.交易中止と港湾使用制限
三.西方同盟諸国に対する共同声明および信用停止勧告の発出
四.外交関係の凍結 』
「……これは、もはや経済封鎖に等しい」
レオナード三世が声を低くした。
「当然です。二年前の敗北を『学ばず』、再び『子供』に刃を向けた貴国に、我が国は寛容の余地を残しておりません。リョウエスト殿は既に『未来を記す者』として王国の柱であり、
彼に向けられた矢は、『王都そのもの』への攻撃と看做される」
「……しかし、それは第二王子の独断であって……」
「王が手綱を握れぬ鞍上の馬は、王の乗騎にあらず」
マリエンティの言葉は、刃のように鋭かった。
「陛下、もはや猶予はありません。貴国の将来を考えるならば、いまこの場で『第二王子を罷免する』と明言されたい。それが最も穏当で、最も傷を浅く済ませる方法です」
場の空気が凍った。
文官も武官も誰一人言葉を発せず、王の視線だけがゆらりと動いた。
「……言葉が、重いな」
「当然です。リョウエスト殿の書簡は、『一行が兵十万』の力を持つ。陛下がそれを軽んじれば、王たる威信は……」
マリエンティは口を閉ざし、黙礼した。
「……陛下のご判断をお待ちします。期日は七日。王都にて、お返事をお待ちしております」
その日の夜。王宮の離れにて。
「……どうするおつもりですか、父上」
王子エルアが、王に問うた。
レオナード三世は沈黙のまま、外の月を眺めていた。
「『記された未来』は、もう変えられぬというのか……リョウエストよ……」
フェキア王国・王宮謁見の間。
七日目の朝、コリント王国使節団がふたたび招かれた。
静寂の中、レオナード三世が玉座から立ち上がる。
「コリント王国外務副大臣、マリエンティ伯爵殿。王命を以て、回答を申し上げる」
伯爵は黙礼して待つ。
左右に控える文官たちは固唾を呑み、広間の空気が張りつめる。
「このたびの不始末、すべて我が王家の責任と認める。第二王子・エルアは、王位継承権を剥奪。王都より追放とし、諸国王族の名簿より除籍する」
場がざわめいた。側近の一人が膝をつき、顔を伏せた。
「さらに、今回の件に関与した王宮職員六名を罷免。宰相には謹慎を命じる。リョウエスト・バァン・スサン殿には、王として改めて謝罪の意を文にて表する」
王は手元から金の封蝋が施された文書を差し出した。
「……これが、我がフェキア王国の『応答』である」
マリエンティ伯爵は一礼し、封書を受け取る。
「感謝いたします、陛下。陛下の『責任』あるご決断、我が国王並びに『未来を記す者』に伝えましょう」
その夜。王宮の奥、王子エルアの部屋。
「……まさか、お前が私を追うとは思わなかった」
「お前は、『王家』という看板で自分の間違いを隠した。だが、リョウエストは子供の身で、真実のために世界を動かした。その差だ」
父王の言葉に、エルアは唇をかみしめた。
「……俺は、まだ……」
「生きていればいい。悔い、考え、変わるならば。だが、王冠は渡せぬ」
エルアはそのまま黙って立ち去った。
翌日。コリント王国・王宮。
王様、ドナハルト陛下の前で、マリエンティ伯爵が膝をついて報告する。
「……フェキア王、王位継承者エルア殿下を追放、文書による謝罪、および関係者の罷免。我が国の要求は、すべて受け入れられました」
「うむ……ゲオルグ、ようやったな」
「いえ。最初の矢を放ったのは、リョウエスト様です」
タウンハウス。
リョウエストは夜のタウンハウスで一人、作業台に向かっていた。
ナビがすやすや眠り、ミザーリが壁にもたれている。エメイラがベッドを背に書類を見ている。
ストークが静かに報告を終えると、僕は手を止めて、ぽつりと呟いた。
「終わったんだね……第二王子との戦い」
「ええ、ですが陛下が仰っていました。『これでようやく、リョウエスト様は外交においても一流の剣士だ』と」
「……剣士、か」
僕はペンを持ち上げて、空中に書くふりをする。
「『未来を記す者』が、今度は『未来を守った』んだね」
ストークが微笑んだ。
「ご自身の名が、また一歩、『記録から歴史』へと進んでおられます」
白銀のインクが、黒の羊皮紙の上を滑っていた。
「……書き間違い、なし。封蝋、青」
ストークが横で頷く。机の上には、封をされる直前の手紙。
宛先は、フェキア王国国王・レオナード三世。
僕は最後に筆をとった。
「未来を記す者、名誉伯爵リョウエスト・バァン・スサン、ここに記す。貴国の第二王子殿下が王都にて我が身に対し暗殺を試みたこと、確かに確認した。我は兵を出さず、刀を抜かず、ただ真実のみを届ける。貴殿の威信がこの『事実』をどう扱うのか、それを見たい」
封を閉じ、蝋に印章を押した。
「速騎、五人。最短でフェキアへ。すぐに返事は来ないだろうけど、『記された』ことが大事」
「王にしてみれば、口よりも筆の方が怖かろうよな」
アインスがぼやいた。
青の技は全員、作戦の直後から警戒を強め、今も警護を続けてくれている。
「しかしまぁ……本当に書いたんだな、あんな真っ正面から」
「うん。逃げ場はもうない。僕の書簡は、『嘘を書かない』ことで知られてる。つまり……。」
「国際的な『証拠』やすね」
数日後、フェキア王国・王宮。
「で、これは……何だと申すか」
レオナード三世の声が低く落ちた。
王の前に立つ文官たちが、次々と目を伏せる。
「第二王子殿下がコリント王国王都にて……リョウエスト殿を、暗殺しようと……」
「リョウエスト。あの少年か。あの……『未来を記す者』と呼ばれる」
「……はい。すでに王国では、王が五人いても敵わぬと言われるほどの影響力を持っております」
「ふん……その者が、この書簡を?」
王は震える手で手紙を持ち上げた。中身は短く、だが重い。
まるで王冠のように、じわりと頭を圧す言葉の重さ。
「……『刀を抜かず、兵を動かさず、真実をもって王を責める』。……やってくれる」
「国境は静かですが、外交上は……かなり不利な立場に置かれました」
「当たり前だ。この二年間でコリントは兵を整え、交易を拡張し、酒と食で世界を繋いだ。それも全部、あの子供がやったのだ」
王宮の奥、誰もいない書斎。
レオナード三世は独り呟いた。
「……お前を、軽んじるべきではなかったか。リョウエスト・スサン」
手紙の封蝋を指で撫でながら、王は薄く唇を噛む。
「第二王子……エルアよ。お前の“矢”は、王の心を穿ったのだ」
荘厳な天井画の下。王レオナード三世は、来客の姿を見据えていた。
コリント王国から届いた第二の書簡。その使者……。
「コリント王国外務副大臣、マリエンティ伯爵である。我が国の正規外交官として、陛下にお目通りを願いたく」
「……許す。申せ、伯爵」
マリエンティ伯爵は一礼した。白銀の刺繍が施された外交官のローブが床を払う。
「まず、我が国はこのたびの『未遂事件』を、フェキア王国の『内政の不安定さ』から起きたものと受け止めております。しかし、暗殺未遂は『個人』の問題ではありません。『国家の名誉』に関わる行為です」
「……むろん、その点は痛感しておる」
「ならば結構。これより、我が国よりの正式な通達をお届け致します」
伯爵は封筒を差し出した。中には、国王陛下の印と外務省印が並ぶ。
【通達】
『コリント王国は、貴国第二王子・エルア殿下が王都にて引き起こした暗殺未遂事件に対し、
国家としての明確な謝罪と、再発防止の約束、ならびに王宮関係者の処分を求めます。
これが成されぬ場合、
コリント王国は以下の措置をもって対応する:
一.貴国に供給されている酒類・小麦・缶詰・工業部材の全面供給停止
二.交易中止と港湾使用制限
三.西方同盟諸国に対する共同声明および信用停止勧告の発出
四.外交関係の凍結 』
「……これは、もはや経済封鎖に等しい」
レオナード三世が声を低くした。
「当然です。二年前の敗北を『学ばず』、再び『子供』に刃を向けた貴国に、我が国は寛容の余地を残しておりません。リョウエスト殿は既に『未来を記す者』として王国の柱であり、
彼に向けられた矢は、『王都そのもの』への攻撃と看做される」
「……しかし、それは第二王子の独断であって……」
「王が手綱を握れぬ鞍上の馬は、王の乗騎にあらず」
マリエンティの言葉は、刃のように鋭かった。
「陛下、もはや猶予はありません。貴国の将来を考えるならば、いまこの場で『第二王子を罷免する』と明言されたい。それが最も穏当で、最も傷を浅く済ませる方法です」
場の空気が凍った。
文官も武官も誰一人言葉を発せず、王の視線だけがゆらりと動いた。
「……言葉が、重いな」
「当然です。リョウエスト殿の書簡は、『一行が兵十万』の力を持つ。陛下がそれを軽んじれば、王たる威信は……」
マリエンティは口を閉ざし、黙礼した。
「……陛下のご判断をお待ちします。期日は七日。王都にて、お返事をお待ちしております」
その日の夜。王宮の離れにて。
「……どうするおつもりですか、父上」
王子エルアが、王に問うた。
レオナード三世は沈黙のまま、外の月を眺めていた。
「『記された未来』は、もう変えられぬというのか……リョウエストよ……」
フェキア王国・王宮謁見の間。
七日目の朝、コリント王国使節団がふたたび招かれた。
静寂の中、レオナード三世が玉座から立ち上がる。
「コリント王国外務副大臣、マリエンティ伯爵殿。王命を以て、回答を申し上げる」
伯爵は黙礼して待つ。
左右に控える文官たちは固唾を呑み、広間の空気が張りつめる。
「このたびの不始末、すべて我が王家の責任と認める。第二王子・エルアは、王位継承権を剥奪。王都より追放とし、諸国王族の名簿より除籍する」
場がざわめいた。側近の一人が膝をつき、顔を伏せた。
「さらに、今回の件に関与した王宮職員六名を罷免。宰相には謹慎を命じる。リョウエスト・バァン・スサン殿には、王として改めて謝罪の意を文にて表する」
王は手元から金の封蝋が施された文書を差し出した。
「……これが、我がフェキア王国の『応答』である」
マリエンティ伯爵は一礼し、封書を受け取る。
「感謝いたします、陛下。陛下の『責任』あるご決断、我が国王並びに『未来を記す者』に伝えましょう」
その夜。王宮の奥、王子エルアの部屋。
「……まさか、お前が私を追うとは思わなかった」
「お前は、『王家』という看板で自分の間違いを隠した。だが、リョウエストは子供の身で、真実のために世界を動かした。その差だ」
父王の言葉に、エルアは唇をかみしめた。
「……俺は、まだ……」
「生きていればいい。悔い、考え、変わるならば。だが、王冠は渡せぬ」
エルアはそのまま黙って立ち去った。
翌日。コリント王国・王宮。
王様、ドナハルト陛下の前で、マリエンティ伯爵が膝をついて報告する。
「……フェキア王、王位継承者エルア殿下を追放、文書による謝罪、および関係者の罷免。我が国の要求は、すべて受け入れられました」
「うむ……ゲオルグ、ようやったな」
「いえ。最初の矢を放ったのは、リョウエスト様です」
タウンハウス。
リョウエストは夜のタウンハウスで一人、作業台に向かっていた。
ナビがすやすや眠り、ミザーリが壁にもたれている。エメイラがベッドを背に書類を見ている。
ストークが静かに報告を終えると、僕は手を止めて、ぽつりと呟いた。
「終わったんだね……第二王子との戦い」
「ええ、ですが陛下が仰っていました。『これでようやく、リョウエスト様は外交においても一流の剣士だ』と」
「……剣士、か」
僕はペンを持ち上げて、空中に書くふりをする。
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