33 / 86
三年遅かった
しおりを挟む
両手を壁に付けて私を囲うフィルマン様に、嫌な意味で胸が騒いだ。こんなところを誰かに見られたらどんな噂を立てられるか。それでなくても今はジョセフ様とのことで社交界では噂になっていると聞く。それに関しては私に瑕疵はないと言われているけれど、こんな場面を見られたらどんな風に言われることか……せっかくレニエ様やジョセフ様が動いて下さっているのに水を差すようなことは止めて欲しかった。何よりもこんなところをレニエ様に見られたくない……
「放して下さい」
「ジゼル!」
「名前呼びも止めて下さい。私にはそんな気は欠片もありませんから」
「だけど! このままじゃ君が!」
「私を心配して下さるお気持ちは有難く思いますが、こんなことは止めて下さい。迷惑です」
はっきり言わなければわからないのだろうか。
「だけどジゼル、私は……」
「先に私の手を離したのはあなたです」
「あ、あれは……」
「別れを望んだのは、私ではなくルドン様、あなたです。もうお忘れですか?」
睨みつけてそう言うと、フィルマン様が目を見開いて私を見下ろした。何を言っているのか。先に手を放したのはそちらなのに。
「ミレーヌを優先する家で私がどんな扱いを受けていたかも、あの婚約がなくなれば次が難しいことも、あなたが一番わかっていたでしょう? それでも別れを選んだのはあなたです。ご自身の罪悪感を減らすために私を使うのは止めて下さい」
「な……!」
フィルマン様は傷ついたような表情を浮かべて、そのまま後ろに二、三歩下がったけれど、何を今さらとしか思えなかった。私の幸せ? 馬鹿にしないでほしい。最初にそれを取り上げたのはあなたなのに。
「私の幸せは私が決めます。あなたにどうこう言われる筋はありません」
「だ、だけど……」
「私を想うと仰るなら、私のことは放っておいてください」
「でも、私は……」
「私はあなたのことを何とも思っていません」
きっぱり言い切ると、彼は息を呑んだ。
「嫌いだとも、憎いとも思いません。興味がないんです。あなたが誰とどうしようと気にもなりません。薄情だと思うかもしれませんが、そうさせたのはあなたです」
睨みつけたまま一歩近づくと、フィルマン様は二歩下がった。
「そこまでにしてあげなさい、シャリエ嬢」
「し、室長?」
「……っ」
思わずレニエ様と呼びそうになって、空気ごと言葉を飲み込んだ。いつの間にかレニエ様は戻っていた。今の話、聞かれてしまっただろうか。レニエ様には聞かれたくなかったのに……
「ルドン君、これはどういうことかな?」
「あ、あの……」
「最初に言ったよね。シャリエ嬢に負担になるような行動は慎むようにと。それがこの部署に異動してくる条件だと」
そんな話があったのか。あの時は陛下の意向もあって断れないと聞いていたけれど。
「も、申し訳ございません……」
フィルマン様が項垂れて今にも泣きそうに見えた。それでも心は動かなかった。私が気になるのはレニエ様がどう思われたかだ。
「ああ、シャリエ嬢はもう帰っていいよ。後は私が話をしておくから」
「あ、お、お願いします。それではお先に失礼します」
「うん、気を付けてね」
レニエ様はそう仰るのなら私に否やはない。ここはお任せすることにしよう。私がいても話がし辛いだろうし。
寮に戻ってようやくホッと気を緩めることが出来た。さすがに迫られた時は怖かった。体格差もあるし、ああいう人が思いつめると何をするかわからないから。胸元に揺れるそれにそっと触れると、それだけで気持ちが落ち着いていくのを感じた。
それにしても、フィルマン様があんな行動に出るなんて。婚約の話もあったからもう私のことなど気にしていないと思っていたのに。そういえばあの令嬢はどうなったのだろう。あの後姿を見ることはなかったし、興味がなかったから気にもしていなかったけれど。
「三年、遅かったわ……」
これが三年前なら、胸が躍っただろう。あの頃は確かに彼のことが好きだったから。それを自ら手放したくせに、今になってあんなことを言われても今更でしかない。どうしてそれがわからないのだろう。それが不思議だった。
翌日、職場にレニエ様とフィルマン様の姿はなかった。
「ああ、シャリエ嬢」
「どうしました、カバネル様」
「あ~フィルマンなんだけど」
言い難そうに声のトーンを落とした。やっぱりフィルマン様のことだったかと心の中でため息をついた。
「ルドン様? どうなさいました?」
「あいつ、しばらく謹慎になったから」
「え?」
それは予想もしなかった。あれくらいで謹慎だなんて……
「すまないな、俺からも言い聞かせてはいたんだけどなぁ」
どうやらカバネル様にも知られていたらしい。レニエ様が話したのだろうか。いや、カバネル様は人をよく見ているし、フィルマン様は隠しているつもりでも隠せていなかったからバレバレだったのだろう。
「あいつ、シャリエ嬢に復縁を迫ったんだって? 室長よりもルイーズ様の方がお怒りでね。しばらく謹慎」
「そ、そこまでしなくても……」
「いや、あいつにはいい薬だよ。全く、振った女が何時までも自分を好きだとでも思っていたのかねぇ。そんな奴だとは思わなかったんだけどなぁ……」
カバネル様が頭を掻きながら席に戻っていった。何だか大事になった上、ルイーズ様にまで知られてしまったなんて。全く、今はジョセフ様とミレーヌのことだけでも頭が痛いのにと、ため息が漏れた。
「放して下さい」
「ジゼル!」
「名前呼びも止めて下さい。私にはそんな気は欠片もありませんから」
「だけど! このままじゃ君が!」
「私を心配して下さるお気持ちは有難く思いますが、こんなことは止めて下さい。迷惑です」
はっきり言わなければわからないのだろうか。
「だけどジゼル、私は……」
「先に私の手を離したのはあなたです」
「あ、あれは……」
「別れを望んだのは、私ではなくルドン様、あなたです。もうお忘れですか?」
睨みつけてそう言うと、フィルマン様が目を見開いて私を見下ろした。何を言っているのか。先に手を放したのはそちらなのに。
「ミレーヌを優先する家で私がどんな扱いを受けていたかも、あの婚約がなくなれば次が難しいことも、あなたが一番わかっていたでしょう? それでも別れを選んだのはあなたです。ご自身の罪悪感を減らすために私を使うのは止めて下さい」
「な……!」
フィルマン様は傷ついたような表情を浮かべて、そのまま後ろに二、三歩下がったけれど、何を今さらとしか思えなかった。私の幸せ? 馬鹿にしないでほしい。最初にそれを取り上げたのはあなたなのに。
「私の幸せは私が決めます。あなたにどうこう言われる筋はありません」
「だ、だけど……」
「私を想うと仰るなら、私のことは放っておいてください」
「でも、私は……」
「私はあなたのことを何とも思っていません」
きっぱり言い切ると、彼は息を呑んだ。
「嫌いだとも、憎いとも思いません。興味がないんです。あなたが誰とどうしようと気にもなりません。薄情だと思うかもしれませんが、そうさせたのはあなたです」
睨みつけたまま一歩近づくと、フィルマン様は二歩下がった。
「そこまでにしてあげなさい、シャリエ嬢」
「し、室長?」
「……っ」
思わずレニエ様と呼びそうになって、空気ごと言葉を飲み込んだ。いつの間にかレニエ様は戻っていた。今の話、聞かれてしまっただろうか。レニエ様には聞かれたくなかったのに……
「ルドン君、これはどういうことかな?」
「あ、あの……」
「最初に言ったよね。シャリエ嬢に負担になるような行動は慎むようにと。それがこの部署に異動してくる条件だと」
そんな話があったのか。あの時は陛下の意向もあって断れないと聞いていたけれど。
「も、申し訳ございません……」
フィルマン様が項垂れて今にも泣きそうに見えた。それでも心は動かなかった。私が気になるのはレニエ様がどう思われたかだ。
「ああ、シャリエ嬢はもう帰っていいよ。後は私が話をしておくから」
「あ、お、お願いします。それではお先に失礼します」
「うん、気を付けてね」
レニエ様はそう仰るのなら私に否やはない。ここはお任せすることにしよう。私がいても話がし辛いだろうし。
寮に戻ってようやくホッと気を緩めることが出来た。さすがに迫られた時は怖かった。体格差もあるし、ああいう人が思いつめると何をするかわからないから。胸元に揺れるそれにそっと触れると、それだけで気持ちが落ち着いていくのを感じた。
それにしても、フィルマン様があんな行動に出るなんて。婚約の話もあったからもう私のことなど気にしていないと思っていたのに。そういえばあの令嬢はどうなったのだろう。あの後姿を見ることはなかったし、興味がなかったから気にもしていなかったけれど。
「三年、遅かったわ……」
これが三年前なら、胸が躍っただろう。あの頃は確かに彼のことが好きだったから。それを自ら手放したくせに、今になってあんなことを言われても今更でしかない。どうしてそれがわからないのだろう。それが不思議だった。
翌日、職場にレニエ様とフィルマン様の姿はなかった。
「ああ、シャリエ嬢」
「どうしました、カバネル様」
「あ~フィルマンなんだけど」
言い難そうに声のトーンを落とした。やっぱりフィルマン様のことだったかと心の中でため息をついた。
「ルドン様? どうなさいました?」
「あいつ、しばらく謹慎になったから」
「え?」
それは予想もしなかった。あれくらいで謹慎だなんて……
「すまないな、俺からも言い聞かせてはいたんだけどなぁ」
どうやらカバネル様にも知られていたらしい。レニエ様が話したのだろうか。いや、カバネル様は人をよく見ているし、フィルマン様は隠しているつもりでも隠せていなかったからバレバレだったのだろう。
「あいつ、シャリエ嬢に復縁を迫ったんだって? 室長よりもルイーズ様の方がお怒りでね。しばらく謹慎」
「そ、そこまでしなくても……」
「いや、あいつにはいい薬だよ。全く、振った女が何時までも自分を好きだとでも思っていたのかねぇ。そんな奴だとは思わなかったんだけどなぁ……」
カバネル様が頭を掻きながら席に戻っていった。何だか大事になった上、ルイーズ様にまで知られてしまったなんて。全く、今はジョセフ様とミレーヌのことだけでも頭が痛いのにと、ため息が漏れた。
514
あなたにおすすめの小説
私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません
藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は
愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。
夫が愛人を持つことも、
その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。
けれど――
跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。
その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。
私は悟ったのだ。
この家では、息子を守れないと。
元々、実家との間には
「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。
ならば話は簡単だ。
役目を終えた私は、離縁を選ぶ。
息子と共に、この家を去るだけ。
後悔しているようですが――
もう、私の知るところではありません。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。
ねーさん
恋愛
あ、私、悪役令嬢だ。
クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。
気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…
【完結】白い結婚を終えて自由に生きてまいります
なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。
忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。
「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」
「白い結婚ですか?」
「実は俺には……他に愛する女性がいる」
それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。
私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた
――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。
ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。
「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」
アロルド、貴方は何を言い出すの?
なにを言っているか、分かっているの?
「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」
私の答えは決まっていた。
受け入れられるはずがない。
自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。
◇◇◇
設定はゆるめです。
とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。
もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!
【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした
ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。
彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。
そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。
しかし、公爵にもディアにも秘密があった。
その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。
※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています
※表紙画像はAIで作成したものです
白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません
鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。
「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」
そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。
——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。
「最近、おまえが気になるんだ」
「もっと夫婦としての時間を持たないか?」
今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。
愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。
わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。
政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ
“白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる