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金眼の持ち主
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結局、足手まといになると言われた私はルイの提案を受け入れるしかなかった。だったら歩いてみろと言われて歩いてみたけど、僅かな距離で根を上げてしまったからだ。神殿が用意した靴は底が薄くて実用性がないのもあったと思う。落ち葉だらけの獣道は濡れて滑り、坂道を進むのに難儀した。息が上がって胸が苦しいし、あっという間に膝が笑って立っているのも難しくなってしまった。あまりにも情けない自分の身体に失望を通り越して絶望した。いくら何でも弱すぎじゃないか、この身体。目の奥が熱くなるのを感じた。ルイの視線が居たたまれない……
「ほら。無理しなくていいから」
「ひゃあ!」
そういうとルイは私を片手で抱き上げた。急に高くなった視界に思わず頭に抱きついてしまう。
「あんたはそうやって俺にしがみついていればいいんだよ」
そう言いながらルイが歩き始めてしまったけれど、その歩は随分と軽く感じられた。重くないのか? いくら痩せすぎでもそれなりの重さはあるはず。
「お、重いからっ!」
「全然」
「だけど……」
「魔術で軽くしてあるから大丈夫だ」
「…………は?」
まじまじと飄々と歩く男の横顔を見下ろした。魔術で軽くって……重さに干渉する魔術はかなり高度で上位の魔術師しか使えないはず……
「……どういうことだ? 何でそんな術を……」
「言っただろう? 俺だって魔術師の卵だって」
「嘘をつくな!! 魔術師の卵が使えるような代物じゃない!!」
私ですら取得に五年かかったものだ。まだ十四だったルイが使えていたとは思えない。目覚めて十年の間に習得した? 魔術師として師に付いていたわけでもないのに? あり得ない……
「……お前、何者だ?」
一気に緊張が高まる。本当にこれはあの時のルイなのか? 似ている別人ではないか? それとも……私に話した出自や経歴は……嘘だったのか?
「答えろ!」
何も言わないルイの横顔を睨みつけるけれど、ルイは表情を変えなかった。何を考えているのかわからないことが不安を煽り、頭の中で警鐘が鳴り響く。今まで幾つもの違和感があったけれど、四十年の歳月と今生の恩人だとの思いから疑念に蓋をしていたけれど……もうこれ以上自分を誤魔化せなかった。これは誰だ? 言葉の裏に何を隠している?
それから暫くの間、私はじっとルイを見据え、ルイは知らん顔をして歩き続けたけれど……折れたのはルイだった。
「……わかったよ」
「わかったって……何が?」
「全部話す。それでいいだろ?」
驚いた。このまま何も言わないか、有耶無耶にするかと思ったのに……
「ちょうど小川があるな。そこで休もう」
「あ、ああ……」
そう言われて耳をすませば川音が微かに届いた。少し進めば綺麗な水が流れる川があって、その側には大きな岩が見えた。岩が斜めに地面から伸びてちょっとした屋根のようになっている。ルイはそこに私を下ろすと、背負っていた鞄を置いて中から敷物に使っている草で編んだ敷物を広げた。
「座ってて。お湯を沸かすから」
「いや、そこまでは……」
「冷え込んできた。身体を温めた方がいい」
確かに木々は既に葉を落とし、朝晩は冷え込むようになった。今も山は日の陰にあり肌寒い空気が満ちている。季節は確実に冬に向かっていた。ルイは敷物から少し離れた場所で木の枝を集めて火を熾した。魔術で。小川の水を小鍋に入れて火にかけると程なくして鍋から湯気が上がり始めた。
「ほら」
「あ、ありがとう」
渡されたのは蜂蜜が入ったお湯だった。身体が温まるし神殿では滅多に口に出来なかった甘味に頬が緩んでしまいそうだ。
「何を聞きたい」
「……全てを」
「漠然としているな」
「……お前は誰だ? あの時のルイと同一人物なのか? 何のために私に近付いた? 魔術師の卵とは本当なのか? だったら何故重さに干渉する魔術を使える? あれは上級魔術師が辛うじて使える類いのものだ。お前は……何を企んでいる?」
他にも疑問は山のようにある。一つずつ答えさせるとの思いを込めてじっとルイの顔を見つめて答えを待った。
「……俺は、あんたを殺すよう命じられた暗殺者だ」
「それは聞いた」
「……魔術が使えるし、見える」
「見えるって……まさか、金眼?」
思わず大きな声が出てしまった。魔術が見える者は魔術師でもかなり稀で、国に一人いるかどうかというほどに特異な存在だ。魔術が見えれば相手が使う術の内容を把握出来るし、相手の力量やどんな魔術が得意かすらもわかってしまうという。どんな魔術も無効化されてしまうから『見える魔術師』は最強だ。その者は決まって珍しい金色の瞳を持つから金眼と呼ばれている。それは魔術を使う時、様々な色に変化するとも言われているとか。
「金眼、か……なるほどな」
彼があの転生の魔道具を起動出来たのも納得だ。見える彼にとっては魔道具にかけられていた魔術も手に取るようにわかっただろう。それに……
「あの隷属の術を破ったのも……」
「ああ。俺がやった。直接見て触れることが出来れば造作なかった」
色んな事が一気に腑に落ちた。簡単に解けない筈の隷属の術を破ったのも、重力に干渉出来るのも金眼の持ち主なら驚きはしない。彼らは魔術に特化した特異体質だから。私が三百年かけてやったことだって数日もあれば理解してしまうだろう。茶色に見えた瞳は魔術で変えているのだろう。髪も。気付かなかったということは私より彼の方が力が強いからで……私は呆気に取られていたその時だった。
「グルルルル……」
低くさざ波のような唸り声が幾つも重なった。岩の裏や薄暗い枯草の茂みの中から聞こえたそれは聞き覚えのある物だった。
「まさか……赤毛魔狼?」
赤毛魔狼は黒魔熊と並んで森の頂点に立つ凶暴な魔獣で、黒魔熊と違って厄介なのは群れるから。奴らは連携して狩りをするから退治するのも逃げ切るのも簡単ではない。囲まれるまで気付かなかったなんて……
「心配するな。俺が何とかする」
ルイが静かに立ち上がった。
「ほら。無理しなくていいから」
「ひゃあ!」
そういうとルイは私を片手で抱き上げた。急に高くなった視界に思わず頭に抱きついてしまう。
「あんたはそうやって俺にしがみついていればいいんだよ」
そう言いながらルイが歩き始めてしまったけれど、その歩は随分と軽く感じられた。重くないのか? いくら痩せすぎでもそれなりの重さはあるはず。
「お、重いからっ!」
「全然」
「だけど……」
「魔術で軽くしてあるから大丈夫だ」
「…………は?」
まじまじと飄々と歩く男の横顔を見下ろした。魔術で軽くって……重さに干渉する魔術はかなり高度で上位の魔術師しか使えないはず……
「……どういうことだ? 何でそんな術を……」
「言っただろう? 俺だって魔術師の卵だって」
「嘘をつくな!! 魔術師の卵が使えるような代物じゃない!!」
私ですら取得に五年かかったものだ。まだ十四だったルイが使えていたとは思えない。目覚めて十年の間に習得した? 魔術師として師に付いていたわけでもないのに? あり得ない……
「……お前、何者だ?」
一気に緊張が高まる。本当にこれはあの時のルイなのか? 似ている別人ではないか? それとも……私に話した出自や経歴は……嘘だったのか?
「答えろ!」
何も言わないルイの横顔を睨みつけるけれど、ルイは表情を変えなかった。何を考えているのかわからないことが不安を煽り、頭の中で警鐘が鳴り響く。今まで幾つもの違和感があったけれど、四十年の歳月と今生の恩人だとの思いから疑念に蓋をしていたけれど……もうこれ以上自分を誤魔化せなかった。これは誰だ? 言葉の裏に何を隠している?
それから暫くの間、私はじっとルイを見据え、ルイは知らん顔をして歩き続けたけれど……折れたのはルイだった。
「……わかったよ」
「わかったって……何が?」
「全部話す。それでいいだろ?」
驚いた。このまま何も言わないか、有耶無耶にするかと思ったのに……
「ちょうど小川があるな。そこで休もう」
「あ、ああ……」
そう言われて耳をすませば川音が微かに届いた。少し進めば綺麗な水が流れる川があって、その側には大きな岩が見えた。岩が斜めに地面から伸びてちょっとした屋根のようになっている。ルイはそこに私を下ろすと、背負っていた鞄を置いて中から敷物に使っている草で編んだ敷物を広げた。
「座ってて。お湯を沸かすから」
「いや、そこまでは……」
「冷え込んできた。身体を温めた方がいい」
確かに木々は既に葉を落とし、朝晩は冷え込むようになった。今も山は日の陰にあり肌寒い空気が満ちている。季節は確実に冬に向かっていた。ルイは敷物から少し離れた場所で木の枝を集めて火を熾した。魔術で。小川の水を小鍋に入れて火にかけると程なくして鍋から湯気が上がり始めた。
「ほら」
「あ、ありがとう」
渡されたのは蜂蜜が入ったお湯だった。身体が温まるし神殿では滅多に口に出来なかった甘味に頬が緩んでしまいそうだ。
「何を聞きたい」
「……全てを」
「漠然としているな」
「……お前は誰だ? あの時のルイと同一人物なのか? 何のために私に近付いた? 魔術師の卵とは本当なのか? だったら何故重さに干渉する魔術を使える? あれは上級魔術師が辛うじて使える類いのものだ。お前は……何を企んでいる?」
他にも疑問は山のようにある。一つずつ答えさせるとの思いを込めてじっとルイの顔を見つめて答えを待った。
「……俺は、あんたを殺すよう命じられた暗殺者だ」
「それは聞いた」
「……魔術が使えるし、見える」
「見えるって……まさか、金眼?」
思わず大きな声が出てしまった。魔術が見える者は魔術師でもかなり稀で、国に一人いるかどうかというほどに特異な存在だ。魔術が見えれば相手が使う術の内容を把握出来るし、相手の力量やどんな魔術が得意かすらもわかってしまうという。どんな魔術も無効化されてしまうから『見える魔術師』は最強だ。その者は決まって珍しい金色の瞳を持つから金眼と呼ばれている。それは魔術を使う時、様々な色に変化するとも言われているとか。
「金眼、か……なるほどな」
彼があの転生の魔道具を起動出来たのも納得だ。見える彼にとっては魔道具にかけられていた魔術も手に取るようにわかっただろう。それに……
「あの隷属の術を破ったのも……」
「ああ。俺がやった。直接見て触れることが出来れば造作なかった」
色んな事が一気に腑に落ちた。簡単に解けない筈の隷属の術を破ったのも、重力に干渉出来るのも金眼の持ち主なら驚きはしない。彼らは魔術に特化した特異体質だから。私が三百年かけてやったことだって数日もあれば理解してしまうだろう。茶色に見えた瞳は魔術で変えているのだろう。髪も。気付かなかったということは私より彼の方が力が強いからで……私は呆気に取られていたその時だった。
「グルルルル……」
低くさざ波のような唸り声が幾つも重なった。岩の裏や薄暗い枯草の茂みの中から聞こえたそれは聞き覚えのある物だった。
「まさか……赤毛魔狼?」
赤毛魔狼は黒魔熊と並んで森の頂点に立つ凶暴な魔獣で、黒魔熊と違って厄介なのは群れるから。奴らは連携して狩りをするから退治するのも逃げ切るのも簡単ではない。囲まれるまで気付かなかったなんて……
「心配するな。俺が何とかする」
ルイが静かに立ち上がった。
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