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新たな危機
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ルモンの町で始めた新しい生活は穏やかに過ぎていった。街で買い物をしてから一月が経つ頃には町は人の背丈ほどの雪に覆われ、他の町との行き来も遮断されてしまった。それでも雪が降るのは毎年のこと。人々は一年かけて蓄えた食料と燃料を頼りに厳しい冬も陽気に乗り切り、春を迎えていた。
私とルイの生活も穏やかに過ぎていった。この町に来て一月経つ頃に微かな魔力の残滓のような物を感じるようになって深い安堵で泣きそうになった。もう二度と魔力が戻らない可能性もあったからだ。更に一月経てば身体に魔力の巡りを感じられるようになって簡単な魔術が使えるようになった。
そして今、この町に来てから三月を越えると魔力量はほぼ以前の量に戻った。もしかしたら前よりも増えているかもしれない。それは私の体重に比例していて、この町に来てから私の身体もまた順調に回復していた。十二、三歳にしか見えなかった身体は十五、六歳には見えるようになっただろうか。まだ実年齢には届かないけれど、カサカサで老婆のようだった肌や髪は艶を取り戻し、こけていた頬は丸みを帯び、背も少し高くなった。栄養失調で骨と皮だけだった身体には相応の肉もついて、それだけで私の外見は別人のように変わっていた。いや、だからと言って絶世位の美少女に変容する、なんてことにはならなかったけれど。
あの買い物に行った日から少しずつ宿の手伝いを始め、雪の季節は雪かきなども手伝って身体を動かしたら体力もついたと思う。少なくとも神殿にいた頃よりも私はずっと健康的な身体を手に入れていた。身体は軽いし、ずっと抜けなかった怠さもなくなり、それに比例して魔力が一層増しているような気もする。神殿ではろくな食事も貰えず魔力の消費だけを強いられてきたけれど、もしかしたらあの魔力の使い方のお陰で魔力量が増えたのかもしれない。多分、だけど。そんな感じで私たちは和やかに街に溶け込み、何のしがらみもない生活を享受していた。
そんな時だった。
「大変だ!! スタンビートだ!!」
けたたましく町の警鐘が穏やかな日常を切り裂いた。町には四方に見張り台を置いているけれど、そこから悲鳴のような警鐘が町を覆う。冒険者らしい男たちが通りを駆け、万が一に備えて露店は店を閉める準備を始めた。
「ルイ!」
「ああ。様子を見てくる。お前は宿から出るな!」
「私も行く!」
「状況を聞いて来るだけだ。一人の方が早い」
そう言われれば何も言えず、私は声をかけて来た女将さんと一緒にルイの帰りを待った。宿で暮らす冒険者たちは既にギルドに向かったのか姿はなく、マスターは店の外で顔見知りらと話し込んでいた。
「女将さん……」
「なぁに、心配はいらないよ。時々……二、三年に一度は起きるんだ。ちゃんと備えはしている。今度も何とかなるよ」
女将さんはそう言って二カっと笑った。この人は声が大きくて恰幅もいいせいか言葉に安心感がある。スタンビートに備えて町は塀を作っているし、避難用の地下室もあると言う。春になって冒険者も戻ってきているから心配はないとも。だったら大丈夫だろうか。幸い私も魔力が戻っているから少しは役に立てるはず。その事実は私に法外の安堵をもたらした。
どれくらい時間が経っただろうか。町の門は閉ざされ、各々の家が窓に気を打ち付けて家の補強を進めていく中、ルイがマスターと共に戻ってきた。
「ルイ、無事だったか!」
「ああ、大丈夫か?」
「ああ。それで、何が起きているんだ?」
食堂のテーブルを私たちとマスター、女将さんが囲む。ルイとマスターが仕入れてきた情報はこうだった。この町の東、馬で駆けても三日はかかる町の近くで魔獣が異常発生しているという。そっちの町は幸いにも魔獣たちの暴走を免れたけれど、このままだと一日を置かずしてこの町を襲うだろうと。それがわかったのは町の間は鳥を使って連絡を取り合っているからで、だが鳥が真っ直ぐこの町に来た保証はなく、どれくらいでここまで来るのか、本当にこの町を襲うのかはわからないのだとも。
「それであんた、何の魔獣なんだい?」
「それが……雷角牛らしい」
「電角牛だって!!」
女将さんの叫びの横で私は息を呑んだ。電角牛は魔獣の中でも大型で群れを成して暮らす魔獣の一種だ。性格は穏やかで臆病でもないからスタンビートを起こすことは滅多にないけれど、一度火がつくと手が付けられない。というのも、雷角牛はその名の通り、興奮したり身の危険を感じたりすると角に雷を宿すからだ。雷をまとった大型の牛を迎えうつのは簡単ではなく、その巨体で町でもなんでも破壊しつくした後に火事を起こして燃やし尽くす。魔獣の中では大人しくて飼い慣らすことも可能だけど、スタンビートを起こされるとこれ以上厄介な存在はないと言われるほど対処が難しい。
「既に遠くで煙が上がっているのが見える」
「そんな……! こっちに向かっているの?」
「方角からすると……そう見えると……」
「そんな!!」
顔を顰めて苦しそうに告げたマスターの言葉に再び女将さんが声を詰まらせた。煙が見えるのなら森を焼きながらこちらに向かっているのだろう。あの行進に巻き込まれたら町はひとたまりもない。この町の塀ではあの巨体の群れを防ぐのは難しいだろう。
「冒険者を募っている。魔術に詳しい者もだ。幸いB級パーティーがいる」
「ああ、『エクレール』だね。マノンは優秀な魔術師だし、槍使いのラザも簡単な魔術が使えるんだろう?」
私とルイの生活も穏やかに過ぎていった。この町に来て一月経つ頃に微かな魔力の残滓のような物を感じるようになって深い安堵で泣きそうになった。もう二度と魔力が戻らない可能性もあったからだ。更に一月経てば身体に魔力の巡りを感じられるようになって簡単な魔術が使えるようになった。
そして今、この町に来てから三月を越えると魔力量はほぼ以前の量に戻った。もしかしたら前よりも増えているかもしれない。それは私の体重に比例していて、この町に来てから私の身体もまた順調に回復していた。十二、三歳にしか見えなかった身体は十五、六歳には見えるようになっただろうか。まだ実年齢には届かないけれど、カサカサで老婆のようだった肌や髪は艶を取り戻し、こけていた頬は丸みを帯び、背も少し高くなった。栄養失調で骨と皮だけだった身体には相応の肉もついて、それだけで私の外見は別人のように変わっていた。いや、だからと言って絶世位の美少女に変容する、なんてことにはならなかったけれど。
あの買い物に行った日から少しずつ宿の手伝いを始め、雪の季節は雪かきなども手伝って身体を動かしたら体力もついたと思う。少なくとも神殿にいた頃よりも私はずっと健康的な身体を手に入れていた。身体は軽いし、ずっと抜けなかった怠さもなくなり、それに比例して魔力が一層増しているような気もする。神殿ではろくな食事も貰えず魔力の消費だけを強いられてきたけれど、もしかしたらあの魔力の使い方のお陰で魔力量が増えたのかもしれない。多分、だけど。そんな感じで私たちは和やかに街に溶け込み、何のしがらみもない生活を享受していた。
そんな時だった。
「大変だ!! スタンビートだ!!」
けたたましく町の警鐘が穏やかな日常を切り裂いた。町には四方に見張り台を置いているけれど、そこから悲鳴のような警鐘が町を覆う。冒険者らしい男たちが通りを駆け、万が一に備えて露店は店を閉める準備を始めた。
「ルイ!」
「ああ。様子を見てくる。お前は宿から出るな!」
「私も行く!」
「状況を聞いて来るだけだ。一人の方が早い」
そう言われれば何も言えず、私は声をかけて来た女将さんと一緒にルイの帰りを待った。宿で暮らす冒険者たちは既にギルドに向かったのか姿はなく、マスターは店の外で顔見知りらと話し込んでいた。
「女将さん……」
「なぁに、心配はいらないよ。時々……二、三年に一度は起きるんだ。ちゃんと備えはしている。今度も何とかなるよ」
女将さんはそう言って二カっと笑った。この人は声が大きくて恰幅もいいせいか言葉に安心感がある。スタンビートに備えて町は塀を作っているし、避難用の地下室もあると言う。春になって冒険者も戻ってきているから心配はないとも。だったら大丈夫だろうか。幸い私も魔力が戻っているから少しは役に立てるはず。その事実は私に法外の安堵をもたらした。
どれくらい時間が経っただろうか。町の門は閉ざされ、各々の家が窓に気を打ち付けて家の補強を進めていく中、ルイがマスターと共に戻ってきた。
「ルイ、無事だったか!」
「ああ、大丈夫か?」
「ああ。それで、何が起きているんだ?」
食堂のテーブルを私たちとマスター、女将さんが囲む。ルイとマスターが仕入れてきた情報はこうだった。この町の東、馬で駆けても三日はかかる町の近くで魔獣が異常発生しているという。そっちの町は幸いにも魔獣たちの暴走を免れたけれど、このままだと一日を置かずしてこの町を襲うだろうと。それがわかったのは町の間は鳥を使って連絡を取り合っているからで、だが鳥が真っ直ぐこの町に来た保証はなく、どれくらいでここまで来るのか、本当にこの町を襲うのかはわからないのだとも。
「それであんた、何の魔獣なんだい?」
「それが……雷角牛らしい」
「電角牛だって!!」
女将さんの叫びの横で私は息を呑んだ。電角牛は魔獣の中でも大型で群れを成して暮らす魔獣の一種だ。性格は穏やかで臆病でもないからスタンビートを起こすことは滅多にないけれど、一度火がつくと手が付けられない。というのも、雷角牛はその名の通り、興奮したり身の危険を感じたりすると角に雷を宿すからだ。雷をまとった大型の牛を迎えうつのは簡単ではなく、その巨体で町でもなんでも破壊しつくした後に火事を起こして燃やし尽くす。魔獣の中では大人しくて飼い慣らすことも可能だけど、スタンビートを起こされるとこれ以上厄介な存在はないと言われるほど対処が難しい。
「既に遠くで煙が上がっているのが見える」
「そんな……! こっちに向かっているの?」
「方角からすると……そう見えると……」
「そんな!!」
顔を顰めて苦しそうに告げたマスターの言葉に再び女将さんが声を詰まらせた。煙が見えるのなら森を焼きながらこちらに向かっているのだろう。あの行進に巻き込まれたら町はひとたまりもない。この町の塀ではあの巨体の群れを防ぐのは難しいだろう。
「冒険者を募っている。魔術に詳しい者もだ。幸いB級パーティーがいる」
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