【完結】黒茨の魔女と金眼の下僕

灰銀猫

文字の大きさ
24 / 37

甘味を楽しむ

しおりを挟む
 新しい服で街に出るとなんだか酷く恥ずかしい気分がした。新しい服が目立つ色だったのもあるかもしれない。夕陽色は滅多に見ないから。この色を出すのに苦労したと言っていたからきっと少数派だ。何となく周りに見られている気がして落ち着かなかった。

 ふと、さっき絡んで来たマノンがいないか気になったけれど、幸いにもその姿はなかった。よかった、あれで諦めてくれたのならいいのだけど。

「さて、これからどうしたい?」
「どうしたいとは?」

 買い物に来たし、必要なものは買ってしまったはず。と言うかこれ以上買い物するのは不安だからそろそろ帰ってもいいと思うのだけど。

「たまには外で食事でもするか」
「へ?」

 帰ろうと言おうとしたら別の提案が下りて来た。食事って……宿のご飯で十分じゃないだろうか?

「あんたは外の世界を知らな過ぎる。今までは体調が心配で外には出さなかったけど、買い物や食事に出るくらいなら……」
「いいのか?」

 思わず食い気味に聞いてしまった。でも、そろそろあの宿屋の一室で過ごすのは飽きてしまった。一人で外を眺める生活もそろそろ限界だった。前よりは体力も肉もついたはずだし。

「俺が一緒の時ならな。体調は戻っても魔力はまだ戻っていないだろう?」
「あ、ああ」
「せめて簡単な術が使えるようになるまでは一人では出せない」

 断言されてしまったけれど、私も十七になって一応成人しているんだけど……

「いや、体力をつけるのにその辺を散歩くらいなら……」
「子どもは人買いに狙えわれやすいんだよ」
「私は子どもじゃない!」
「年はな。だけど見た目はどう見ても子供だろうが。相手はわざわざ年なんか聞いてこないんだぞ」
「う……」

 そう言われると返す言葉がなかった。確かに今の私は精々十三、四歳にしか見えないだろう。いや、これでも前よりは上に見えるようになったんだけど。

「とにかく、攫われたら探すの一苦労なんだ。頼むから大人しくしててくれ。誰かが会いに来ても絶対会うなよ」
「あ、ああ」
「出来ないなら従属の腕輪、付けるぞ?」
「は?」
「術式は覚えているからな。その辺の腕輪と魔石があれば出来る」

 出来るって……そんなこと自慢げに言われても……でも、金眼なら可能なんだよな。羨ましい……

「とにかく、術が使えるようになるまでの我慢だ。いいな?」

 それは疑問形だったけれど命令に等しかった。まぁ、私も攫われるのはさすがに勘弁したいからわざわざ逆らったりはしない。人攫いに捕まったら真っ当な人生が送れないことくらいは世間知らずの私でもわかる。

 それから向かった先はさっきの市場だった。寒くても食料を売る店や食堂が並んでいるから人が多くて賑やかなままだ。そこでルイは人の列の後ろで足を止めた。結構な人が並んでいる。

「ここは?」
「甘い物が食える店だ」
「甘い物?」

 ちょっと気分が上がった。いや、かなりかもしれない。甘い物なんて王都でも中々口に入らなかった。この町に来てからは時々ルイが作ったりどこかから手に入れて来たりしたけれど……中に入ると小さい店なのにたくさんの人で溢れていた。見かけによらないとはこういう事かもしれない。

「ここじゃエカっていう芋を使った菓子が人気なんだ」
「エカ芋って……あの?」
「そう。あのエカ芋」

 そう、エカ芋とはこの地方では主食扱いの芋で、わりと手軽に手に入る。ただ、あまり美味しくない、いや、不味いと言っていいだろう。独特のえぐみがあるから。それでも食料が足りない時は我慢して食べるしかない。そういうお菓子なんだけど……

「大丈夫なのか?」
「まぁ、食ってからのお楽しみだな」

 その言い方だと食べたことがあるように聞こえるけれど……あ、この表情は絶対に教えてくれないやつだ。仕方なく注文の列に並んだ。

「ほら、食ってみろ」

 渡されたのは平べったい形に焼かれた物体だった。色は芋の色だし匂いもそうだけど……美味しいのか? 半信半疑で平たくなったエカ芋を見つめる私の横でルイがかぶりついていた。買って貰ったのに食べないのも失礼だろうと私もそれに倣ったけれど……

「美味しい……」

 見た目や事前情報など全く当てにならない味だった。えぐみもないし、それどころか本当に甘い。蜂蜜とはまた違う甘みが口の中に広がってそれだけで頬が緩んだ。凄い、エカ芋の可能性を掘り出した人、天才だ……

「美味かっただろう?」
「ああ、エカ芋への認識が変わった。素晴らしい発見だ」
「大袈裟だなぁ」

 ルイが呆れたように言うけれど……本当に美味しいと思ったのだからいいじゃないか。いや、多分エカ芋のあの不味さのギャップが余計に美味しく感じられたのだろうけど。

「ありがとう。貴重な体験だった」
「そこまで言うか?」
「だって、本当に美味しかったから」

 甘い物は正義だ。それだけで幸せを感じられるから。

「ま、喜んでくれたなら来た甲斐があったってもんだ」
「ああ、嬉しかった」
「それなら今度は……っ!」

 機嫌よく話していたルイだったけれど、急に言葉が途切れた。どうかしたかと思って見上げると顔を手で覆っている。

「どうした?」
「いや、何でもない。舌を噛んだだけだ」
「そうか」

 珍しいこともある。見上げると痛いのか顔をしかめていたけれど直ぐに口の端を上げてこっちを見た。大丈夫、何だよな? それくらいよくあることだし。

「ほら、次の店に行くぞ」
「まだ食べるのか?」
「何だ、もう腹いっぱいか? だったら帰るか」
「いや、食べられるのなら、食べたい」
「じゃ、行くぞ」

 ルイが私の手を取って歩き出した。見上げる横顔はいつも通りで繋いだ手がとても温かかった。



しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

花嫁は忘れたい

基本二度寝
恋愛
術師のもとに訪れたレイアは愛する人を忘れたいと願った。 結婚を控えた身。 だから、結婚式までに愛した相手を忘れたいのだ。 政略結婚なので夫となる人に愛情はない。 結婚後に愛人を家に入れるといった男に愛情が湧こうはずがない。 絶望しか見えない結婚生活だ。 愛した男を思えば逃げ出したくなる。 だから、家のために嫁ぐレイアに希望はいらない。 愛した彼を忘れさせてほしい。 レイアはそう願った。 完結済。 番外アップ済。

婚約破棄でお願いします

基本二度寝
恋愛
王太子の婚約者、カーリンは男爵令嬢に覚えのない悪行を並べ立てられた。 「君は、そんな人だったのか…」 王太子は男爵令嬢の言葉を鵜呑みにして… ※ギャグかもしれない

ハーレムエンドを目の当たりにした公爵令嬢

基本二度寝
恋愛
「レンニアーネ。公爵家の令嬢、その家格だけで選ばれた君との婚約を破棄する」 この国の王太子殿下が、側近を侍らせて婚約者に告げた。 妃教育のために登城したレンニアーネの帰宅時にわざわざ彼の執務室に呼びつけられて。 王太子の側に見慣れぬ令嬢もいた。 レンニアーネの記憶にないと言うことは、伯爵家以下の令嬢なのだろう。 意味有りげに微笑む彼女に、レンニアーネは憐れみを見せた。 ※BL要素を含みます。 ※タイトル変更します。旧題【ハーレムエンドが幸せな結末であるとは限らない】

筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した

基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。 その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。 王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。

その言葉はそのまま返されたもの

基本二度寝
恋愛
己の人生は既に決まっている。 親の望む令嬢を伴侶に迎え、子を成し、後継者を育てる。 ただそれだけのつまらぬ人生。 ならば、結婚までは好きに過ごしていいだろう?と、思った。 侯爵子息アリストには幼馴染がいる。 幼馴染が、出産に耐えられるほど身体が丈夫であったならアリストは彼女を伴侶にしたかった。 可愛らしく、淑やかな幼馴染が愛おしい。 それが叶うなら子がなくても、と思うのだが、父はそれを認めない。 父の選んだ伯爵令嬢が婚約者になった。 幼馴染のような愛らしさも、優しさもない。 平凡な容姿。口うるさい貴族令嬢。 うんざりだ。 幼馴染はずっと屋敷の中で育てられた為、外の事を知らない。 彼女のために、華やかな舞踏会を見せたかった。 比較的若い者があつまるような、気楽なものならば、多少の粗相も多目に見てもらえるだろう。 アリストは幼馴染のテイラーに己の色のドレスを贈り夜会に出席した。 まさか、自分のエスコートもなしにアリストの婚約者が参加しているとは露ほどにも思わず…。

心を失った彼女は、もう婚約者を見ない

基本二度寝
恋愛
女癖の悪い王太子は呪われた。 寝台から起き上がれず、食事も身体が拒否し、原因不明な状態の心労もあり、やせ細っていった。 「こりゃあすごい」 解呪に呼ばれた魔女は、しゃがれ声で場違いにも感嘆した。 「王族に呪いなんて効かないはずなのにと思ったけれど、これほど大きい呪いは見たことがないよ。どれだけの女の恨みを買ったんだい」 王太子には思い当たる節はない。 相手が勝手に勘違いして想いを寄せられているだけなのに。 「こりゃあ対価は大きいよ?」 金ならいくらでも出すと豪語する国王と、「早く息子を助けて」と喚く王妃。 「なら、その娘の心を対価にどうだい」 魔女はぐるりと部屋を見渡し、壁際に使用人らと共に立たされている王太子の婚約者の令嬢を指差した。

処理中です...