【完結】黒茨の魔女と金眼の下僕

灰銀猫

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対策

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 マノンと言う名が出て苦い思いが甦った。ルイをパーティーにしつこく誘ってくるあの女だ。あの女はこの宿にも何度か来て、ルイにパーティーに加わるように迫っていた。一度ルイが留守の時にやって来て、延々とルイの素晴らしさとパーティーに加わるメリットを説き、私に身を引けとも。そこにちょうどルイが戻って来て激怒し、この宿への出入りは禁止になったけれど……未だに諦めていない。私が女将さんに頼まれてお使いに行くと五回に一回は絡んでくる面倒くさい女だ。何度も断られているのだから諦めればいいのに……

 でも、あの女はB級冒険者でこの町では顔が利くし、助けてもらった人も多いとか。何を言っているのかは知らないけれど、町の人の私への風当たりがきつくなっている。女将さんやマスターは気にしなくていいと言ってくれるけど、私を第一に考えるルイはそんな空気に嫌気がさし、私の体調がよくなったのもあってそろそろ違う町に行こうかと言っていたところだった。

「まぁ、マノンは確かに優秀な魔術師だが、スタンビートを止められるだけの力はないだろう」
「そうだね。この町じゃ一番だけど、相手が雷角牛じゃぁね……あの子が得意なのは火の魔術だし」
「ああ、せめて水が得意な奴でないとな」

 いつも陽気で前向きな女将さんだけど、今回は楽観視していなかった。でも、雷角牛相手で楽観視出来る人なんていないだろう。あれを相手にするくらいなら大型魔獣の中でも最強と言われるドラゴン一頭の方がまだ勝算がある。それくらい群れは面倒なのだ。

 とにかく逃げる準備をしておくようにと女将さんに言われたので私たちは部屋に戻った。逃げるなら早い方がいい。雷角牛の群れの大きさにもよるけれど、大きな群れだと幅が広くなるから逃げるにも時間が必要になる。部屋に戻るとルイは荷物を整理始めた。私も干してあった服の乾きを確かめて、乾いている物を畳む。

「ルイ、どうする気だ?」
「どうって?」
「手伝わないのか?」

 ルイは冒険者として暮らしたことがあるけれどそれは昔の話だ。今はこの宿で仕事を得たからギルドに登録していない。だから召集で強制的に従事させられることはないらしいけれど相応の実力があるのは知られている。きっと頼みに来るだろう。あの女か、ギルドからになるかはわからないけれど。

「関係ないよ」
「関係ないって……この町を見捨てるのか?」

 ルイの性格は昔と変わらない。彼の判断基準は興味があるかないかで、興味のないことには酷く冷淡だ。そして多分、私にきつく当たる冒険者に手を貸す必要性を感じていない。外面がよく優しいお兄さんを装っているけれど、内にそんな冷酷さを秘めているなんてこの町の誰も気づいていないだろうけれど。

「あんたを馬鹿にするような奴らに手を貸せと?」
「嫌味を言って来る人もいるけれど、女将さんやマスターみたいによくしてくれる人もいる」

 美人で実力者のマノンに好意的な人は多いけれど、それでも私に優しく接してくれる人もいる。その人たちまで見捨ててほしくない。ルイは答えない。私は答えを待ちながら棚にあった小物に手を伸ばした。

 沈黙を破ったのはルイのため息だった。これからのことを考えていたのだろう。私もここでどう動くか、動いた後の結果はどうなるのか考えていたから。

「……あんたはお人好しだったもんな」
「そうか?」
「自覚なかったな」

 なんだか馬鹿にされているような……でも言い返したり茶化したり出来る空気ではなかったので次の言葉を待った。

「確かにここの女将さんやマスターには恩がある。あんたをここまで回復させられたのは彼らの助けがあったからだし」

 そこは認めているのか。

「手はある。一番手っ取り早いのは……あんたが町に結界を張ってあいつらの侵入を防ぐ。これが一番楽で被害は少ない」
「そうだな」

 神殿で私が力を注いでいたのは魔獣除けの結界だ。術式も覚えているから張るのは可能だけど、あの結界と今回では大きく違う。神殿の結界は魔獣が近づかないようにするものだからわかりやすく言うと薄く広い。一方、今回のようにスタンビートを起こした魔獣相手となると強く、でもそれなりの範囲が必要だ。これが魔力の弱い鼠や兎の魔獣なら楽だけど、あんな大型魔獣、しかも魔力量もそこそこあるのが相手だとかなりの力を使うだろう。また魔力切れを起こすかもしれない程度には。

「けど、やっと魔力切れから回復したからそれはしない」
「……他に手があるのか?」

 使わせないと言うからには代替え案があるのだろう。

「雷角牛の向かう先を変えるのが一番だな」
「それはそうだけど……簡単ではないだろう?」

 相手は理性を失った魔獣だ。一度走り出したら川でも崖でもお構いなく駆ける。いっそ崖にでも落ちてくれれば被害が出ないのだけどそう都合よく崖があるわけもない。

「結界を張るんだ。向きを変えるように」
「結界を? だけどあいつらは……」
「真っ直ぐ走る習性があるけど、地形には勝てない。沿うように結界を張る」

 どういうことだと眉をしかめる私にルイが説明したのはこうだった。ルイが考えたのは結界を崖のように見せかけて張り、あいつらの向きを町から逸らす方法だった。ルイが奴らに偽の崖を見せ、その崖に沿うように結界を張る。奴らもさすがに崖に向かって突っ込むことはしないから崖を避けるために向きを変えるだろうと。

「確かに……理屈ではありけれど……」
「失敗する可能性もある。だが、これが一番こっちの負担も軽く済む」

 確かにそれなら張る結界は限定的で町一つ覆うよりは楽なはず。

「それで……雷角牛をどっちに向かわせるんだ」
「そりゃあ、ランメルトに決まっている」

 

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