【完結】黒茨の魔女と金眼の下僕

灰銀猫

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別れ

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 荷造りを終えてルイと共に食堂に下りると、女将さんとマスターが夜の仕込みを始めていた。スタンビートが近付いていても二人は関係ないと言っていた。来ても来なくても腹は減るし眠くなる。しっかり寝て食べなければ何も出来ないと。全くその通りで、今朝の食堂は宿の住人以外の冒険者で賑わっていた。夜は一層賑やかになるだろう。

「おや、ルイとエヴァ。出かけるのかい?」

 陽気な声は女将さんのもので、会話もこれが最後だと思うと去りがたかった。

「女将さん、マスター、俺たち、町を出ます」

 ルイが申し訳なさそうな表情でそう告げると、作業をしていた二人の手が止まった。

「そう……」
「すみません。よくして頂いたのに」
「いや、いいんだよ。こんなことになったならルイの判断は正しいよ。エヴァもやっと元気になったとはいえスタンビートに巻き込まれたらひとたまりもないからね」
「女将さん……」

 明るく振舞う女将さんに申し訳ない気持ちが湧き上がる。

「ほらほら、だったらしっかり食べていきな。賄いしかないけれど栄養はたっぷりあるからね」
「ありがとうございます」

 直ぐに二人分の食事と、保存食の干し肉や干し芋、干し果実などが出てきた。

「女将さん、さすがにこれは……」
「持ってお行き。外がどうなっているかわからないんだ。腹が減っては生き残れないよ」
「だったら、お礼にこれを」

 そう言ってルイが取り出したのは護符だった。あれは……魔獣除けの……

「そんなのいいって。水臭いわね」
「でも、エヴァがここまで回復したのは女将さんとマスターのお陰ですから」

 重ねてルイがそう言って二人に護符を渡した。二人は物珍しそうにそれを手に取って眺めている。

「これは?」
「護符です。以前ランメルトから来たっていう行商人から貰ったんです」
「そんな大事なもの、貰えないよ」
「いえ、私たちも持っているんです。それは余った分だから気にしないで下さい。多少の魔獣なら嫌がって近付きませんから。もっともスタンビートではどれくらい効果があるかわかりませんけど」

 困ったような笑顔のルイだけど、確かにその護符にはスタンビートを避ける効果はなかった。あれは旅する商人や遠征する騎士が使うもので、名の通りお守りだから。作ったのは私で、その辺にいる魔術師が作るものよりは質がいいと思う。

「そう、か。だったら有り難くもらっておくよ。本当にあんたたちも持っているんだよね?」
「はい、ほらね」

 そう言ってルイが懐から護符を二つ取り出した。実は鞄にはまだ幾つか入っているんだけど、さすがに町人全員に行き渡るほどの数はないからそれは内緒だ。場合によってはこれをスタンビートの向きを変える触媒に使うかもしれないし。

「今までお世話になりました」
「ああ、また近くに来たら顔を出すんだよ」
「はい、それまでお元気でいてください」
「あんたたちもね」
「……ちゃんと帰って来るんだぞ」

 無口なマスターが珍しく声をかけてくれた。その言葉にジンと胸と目の奥が熱くなる。そんな日は二度とこないとわかっているだろうに。それでも、ここに留まることは出来ない。ずっと忘れていたけれど私たちはお尋ね者だから。

 町へ出ると通りには人影が少なかった。既に他の町に向けて避難した人も多いし、行く当てのない人や移動出来ない老人や怪我人、女子どもは町の避難所に身を寄せている。魔獣のスタンビートが頻発する辺境では役所や自警団、教会に大きな地下室を作って、そこで嵐が過ぎるのを待つのだ。もっともここで完全に被害が防げるわけではない。ただ地上よりはマシな程度で、今回の火事を引き連れてくる雷角牛相手では楽観視出来なかった。

 人少ない通りも、町の出入り口に通じる大通りに出ると様相が一変した。冒険者ギルドの近くの広間には冒険者や騎士たちが集まって異様な熱気に包まれていた。彼らはスタンビートを迎えうつために集められた者たちだとルイが教えてくれた。

「道を変えよう」

 その人混みの中に見知った顔を見つけるとルイが舌打ちして踵を返した。

「ルイ、どこへ……」
「見つかると面倒だ。エクレールの連中がいた」
「ああ、あの……」

 ルイをしつこく勧誘していたマノンの所属するパーティー。スタンビートがわかってからは日に何度もルイを誘いに来ていた。過去には冒険者だったルイだけど、身分証の更新をしなかったせいで時効となっていて、今は冒険者としての応召義務はないという。ここで見つかればしつこく食い下がるのは目に見えている。

 裏道を駆使して大回りして、さっきの広場を避けて門の側までやってきた。ここまで来れば大丈夫だろうか。こんな状況だから門には他の町に向かう町人や商人が列をなしていた。

「あの列に並ぶのか……」

 結構な人数がいるから、並んでいる間に見つからないだろうか。

「とにかくフードを被っておけ」

 そう言うとルイは私のコートのフードを引き上げた。ルイも防寒帽子を被って茶の髪を隠す。ルイはいつものコートの上に買ったけれど使っていなかったマントを羽織っているからと遠目で見ればわからないはず……だったのに……

「あら、ルイじゃない!」

 涼やかな高い声に吐きかけていた息が止まった。





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