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絡まれる
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現れたのはもっとも会いたくなかった人物だった。今日は冒険者らしく革の防具を身に着けて魔術師らしく長いローブを羽織っていた。さっきまで広場の方にいたのにどうしてここに……
「何の用だ?」
「何の用って……スタンビートが迫っているんだから用件なんか決まっているじゃない。あなたの力を借りに来たのよ」
ぼそりと尋ねたルイに対しマノンの声は大きかった。周りの視線が集まる。
「俺は冒険者じゃない」
「今はね。でも、元は冒険者だったじゃない。しかも凄腕の。そんな人がいたら助力を願うのは当然だわ。だって、町の存続がかかっているのだもの」
ルイの一番の懸念が当たってしまった。そう、それなりに腕のある冒険者だったルイだから、この事態に助力を願うのは非常識でもなんでもない当然のこと。それでもルイは私を優先して頑として断り、町を出ようとしてた。勿論スタンビートはどうにかするつもりだったけれど、彼女らはそれを知らないし知らせることも出来ない。そうなれば私たちの正体がバレてしまうかもしれないから。
「昔の話だ」
「だけど、この町の人たちの生活が懸かっているのよ? 自分たちだけ逃げ出すの? 世話になった皆を見捨てて」
その言葉に周囲の視線が一気に冷え込むのを感じた。戦えない者は仕方がないにしても、その力があるなら手を貸すのは当然のことだ。しかもこの町で三月も過ごしていたなら。
「ここにいたのは妻の身体が旅に耐えられなかったから。それだけだ」
そういうとルイが私を抱き寄せた。恥ずかしいから人前ではそういうのは止めてほしいのだけど。いや、人前じゃなくても私はまだ妻になるとか、そういうのを受け入れたわけじゃ……顔に当たる防具が痛い……
「耐えられるようになったから出て行くと?」
「ああ。元より春になったら移る予定だった。もう少し暖かくなってからと思ったが、こうなっては妻を守り切れない。だから離れるだけだ」
ルイの言い分は筋が通っているもので、女将さんたちにも話していたことだから嘘ではない。
「ふぅん、皆を見捨てるのは否定しないんだ?」
「見捨てるも何も、あれを迎え撃てなんて命令されていないだろう? 時間もある。避難するのを咎められる謂れはないけど?」
ルイがそう言うと周囲が騒めいた。確かに今のマノンの言い方は避難する人々を責めているように聞こえる。罪悪感があっただろう人々は俯いたり不安そうな表情を浮かべたりしていた。
「力がない者は仕方がないわ。でも、あなたは違うでしょう? 力がある者はより多くの者を守るべきよ」
「俺は妻一人で手一杯だ」
「妻って……」
マノンの綺麗な顔が歪んだ。ルイに気があるのはわかってけれど、他人の亭主に気がある素振りを見せるのはさすがにどうかと思う。
「でも、その奥さんはルイの足枷になっているじゃない。聞いたわよ、本当は弱みを握られて従わされているんじゃないかって」
それ、あなたが流した噂じゃないですかと言いたかったけれどさすがに口にはしなかった。どっちにしてもこの流れ、他人の夫に横恋慕していると宣言しているんだけど、大丈夫なのか?
「ああ、俺の妻に嫉妬してかそんな下らない噂を流している奴がいるらしいな。俺が否定すりゃ弱みを握られているだっけ? 俺はそういう下らない噂を平然と鵜呑みにするこの町にも嫌気がさしていたるんだ。誰が最愛の妻を悪く言う町に居たいと思う?」
「な……」
そう言うと背に回された腕の力が一層強まった。さ、最愛って……いや、その前に防具痛い!
「ル、ルイ……」
「ああ、気にするな。俺はお前一筋だから」
顔が痛いと言いたかっただけなのに、とんでもなく甘ったるい笑顔を向けられて心臓が跳ねた。そういう顔も出来たのか……なんだかルイが知らない人に見えた。こんなルイは知らない……
「しっ、信じられない!」
「何がだ? 俺が誰を好きになろうが俺の勝手だろうが」
「そ、その女にどんな価値があるっていうのよ……」
「価値? そんなもの、俺だけが知っていればいい話だ。だからお前に話すつもりはない」
「っ!」
マノンの冒険者らしからぬ白く滑らかな肌が一気に赤くなった。ここまで言われてもまだ諦めないのだろうか……魔の森で会った女もそうだけど、ルイってつくづく難儀な女に好かれるらしい。美人だけど執着心強めの。そう言えばあの女、あれで諦めたのだろうか……
「おい、マノン。その辺にしておけ」
彼女の背後から肩に手を置いたのは、背の高い黒髪の冒険者だった。剣を腰から下げているから剣士だろうか。腕の筋肉がその存在感を主張していて、身体の厚みもルイの五割増しはいきそうだけど、目元は垂れて優しそうだ。
「ジョス! だけど!」
「冒険者でも無理強い出来ないんだ」
「でも、このままじゃ!」
「雷角牛のスタンビートなんか抑えられないのは誰もが分かっていることだろう? 問題はいかに犠牲を最小限にするかだ」
「そ、それは……」
やっぱり冒険者ギルドの方針もそっちだったか。王宮騎士や王宮魔術師レベルの魔術師でなければ雷角牛のスタンビートなんて殲滅出来ないのだから当然だけど。
「それに、彼らは仲のいい夫婦だ。見ればわかるだろう?」
マノンが唇を噛んだまま俯いた。噂はルイが一蹴し、町を去る理由がそれだと言われてしまった。それに冒険者が無理強い出来ないと断言したらもう彼女が切れるカードはない。
「すまなかったな」
そう言うとジョスと呼ばれた冒険者はマノンの肩を抱いたまま背を向けた。随分あっさりと諦めたなと拍子抜けしたけれど、こんな人が集まる場所で不倫の誘いなんかされたらせっかくの名が廃るだろう。とにかく一番の面倒事が去ったことに安堵した。
「何の用だ?」
「何の用って……スタンビートが迫っているんだから用件なんか決まっているじゃない。あなたの力を借りに来たのよ」
ぼそりと尋ねたルイに対しマノンの声は大きかった。周りの視線が集まる。
「俺は冒険者じゃない」
「今はね。でも、元は冒険者だったじゃない。しかも凄腕の。そんな人がいたら助力を願うのは当然だわ。だって、町の存続がかかっているのだもの」
ルイの一番の懸念が当たってしまった。そう、それなりに腕のある冒険者だったルイだから、この事態に助力を願うのは非常識でもなんでもない当然のこと。それでもルイは私を優先して頑として断り、町を出ようとしてた。勿論スタンビートはどうにかするつもりだったけれど、彼女らはそれを知らないし知らせることも出来ない。そうなれば私たちの正体がバレてしまうかもしれないから。
「昔の話だ」
「だけど、この町の人たちの生活が懸かっているのよ? 自分たちだけ逃げ出すの? 世話になった皆を見捨てて」
その言葉に周囲の視線が一気に冷え込むのを感じた。戦えない者は仕方がないにしても、その力があるなら手を貸すのは当然のことだ。しかもこの町で三月も過ごしていたなら。
「ここにいたのは妻の身体が旅に耐えられなかったから。それだけだ」
そういうとルイが私を抱き寄せた。恥ずかしいから人前ではそういうのは止めてほしいのだけど。いや、人前じゃなくても私はまだ妻になるとか、そういうのを受け入れたわけじゃ……顔に当たる防具が痛い……
「耐えられるようになったから出て行くと?」
「ああ。元より春になったら移る予定だった。もう少し暖かくなってからと思ったが、こうなっては妻を守り切れない。だから離れるだけだ」
ルイの言い分は筋が通っているもので、女将さんたちにも話していたことだから嘘ではない。
「ふぅん、皆を見捨てるのは否定しないんだ?」
「見捨てるも何も、あれを迎え撃てなんて命令されていないだろう? 時間もある。避難するのを咎められる謂れはないけど?」
ルイがそう言うと周囲が騒めいた。確かに今のマノンの言い方は避難する人々を責めているように聞こえる。罪悪感があっただろう人々は俯いたり不安そうな表情を浮かべたりしていた。
「力がない者は仕方がないわ。でも、あなたは違うでしょう? 力がある者はより多くの者を守るべきよ」
「俺は妻一人で手一杯だ」
「妻って……」
マノンの綺麗な顔が歪んだ。ルイに気があるのはわかってけれど、他人の亭主に気がある素振りを見せるのはさすがにどうかと思う。
「でも、その奥さんはルイの足枷になっているじゃない。聞いたわよ、本当は弱みを握られて従わされているんじゃないかって」
それ、あなたが流した噂じゃないですかと言いたかったけれどさすがに口にはしなかった。どっちにしてもこの流れ、他人の夫に横恋慕していると宣言しているんだけど、大丈夫なのか?
「ああ、俺の妻に嫉妬してかそんな下らない噂を流している奴がいるらしいな。俺が否定すりゃ弱みを握られているだっけ? 俺はそういう下らない噂を平然と鵜呑みにするこの町にも嫌気がさしていたるんだ。誰が最愛の妻を悪く言う町に居たいと思う?」
「な……」
そう言うと背に回された腕の力が一層強まった。さ、最愛って……いや、その前に防具痛い!
「ル、ルイ……」
「ああ、気にするな。俺はお前一筋だから」
顔が痛いと言いたかっただけなのに、とんでもなく甘ったるい笑顔を向けられて心臓が跳ねた。そういう顔も出来たのか……なんだかルイが知らない人に見えた。こんなルイは知らない……
「しっ、信じられない!」
「何がだ? 俺が誰を好きになろうが俺の勝手だろうが」
「そ、その女にどんな価値があるっていうのよ……」
「価値? そんなもの、俺だけが知っていればいい話だ。だからお前に話すつもりはない」
「っ!」
マノンの冒険者らしからぬ白く滑らかな肌が一気に赤くなった。ここまで言われてもまだ諦めないのだろうか……魔の森で会った女もそうだけど、ルイってつくづく難儀な女に好かれるらしい。美人だけど執着心強めの。そう言えばあの女、あれで諦めたのだろうか……
「おい、マノン。その辺にしておけ」
彼女の背後から肩に手を置いたのは、背の高い黒髪の冒険者だった。剣を腰から下げているから剣士だろうか。腕の筋肉がその存在感を主張していて、身体の厚みもルイの五割増しはいきそうだけど、目元は垂れて優しそうだ。
「ジョス! だけど!」
「冒険者でも無理強い出来ないんだ」
「でも、このままじゃ!」
「雷角牛のスタンビートなんか抑えられないのは誰もが分かっていることだろう? 問題はいかに犠牲を最小限にするかだ」
「そ、それは……」
やっぱり冒険者ギルドの方針もそっちだったか。王宮騎士や王宮魔術師レベルの魔術師でなければ雷角牛のスタンビートなんて殲滅出来ないのだから当然だけど。
「それに、彼らは仲のいい夫婦だ。見ればわかるだろう?」
マノンが唇を噛んだまま俯いた。噂はルイが一蹴し、町を去る理由がそれだと言われてしまった。それに冒険者が無理強い出来ないと断言したらもう彼女が切れるカードはない。
「すまなかったな」
そう言うとジョスと呼ばれた冒険者はマノンの肩を抱いたまま背を向けた。随分あっさりと諦めたなと拍子抜けしたけれど、こんな人が集まる場所で不倫の誘いなんかされたらせっかくの名が廃るだろう。とにかく一番の面倒事が去ったことに安堵した。
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