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#181 最後の米炊飯
しおりを挟む地球歴2091年、米は通貨となった。
気候変動と土壌汚染でコメ科植物が激減し、食用米は「白金穀(プラチナライス)」と呼ばれた。日本はかつての「主食王国」の威厳を活かし、国際米保有連盟(GRU:Grain Reserve Union)における特権国家として名を連ねている。
だが、その裏では「違法炊飯」という罪が横行していた。米は食すものではなく、価値を担保するもの。一粒でも食す行為は、金貨を歯で砕くに等しい背徳だった。
炊飯士・古賀ミオは、かつて一流の料理人だった。彼女の炊く米は、ほんのひと口で涙を誘うと言われた。
ある日、GRUの秘密警察が彼女を訪ねてきた。
「あなたの米感知器に、"蒸気違反値"が出ています。炊飯しましたね?」
ミオは静かに首を振った。だが部屋には、仄かな炊き立ての甘い香りが漂っていた。
警官たちは奥の部屋に踏み込み、小さな炊飯器を発見する。
中には、一合の白米。
「これは……自家用ですか? それとも闇市での振る舞い?」
ミオは答えなかった。ただ、深く頭を下げた。
事情聴取の中で、彼女はぽつりと語った。
「炊いたのは、夫の命日だったからです。彼が最後に残してくれた米を……毎年、一緒に食べていた。これで十年目です」
審問官は眉を潜めた。
「これで年に一度? ありえません。保管期限はとうに過ぎている」
「だからこそ、もう限界でした。今日で終わりにしようと」
3日後、彼女の裁定が発表された。
「違法炊飯の罪により、GRU資格を永久剥奪。ただし情状酌量とし、収容所送りは免除」
メディアは騒然とした。が、その数日後、より大きな事件が起きた。
中国・四川自治区で、遺伝子改良米「Neo-Koshihikari」が土壌適応に成功。米の栽培が解禁されたのだ。
一夜にして米相場は暴落。GRUは崩壊。
通貨としての「米」は、ただの穀物へと戻った。
ミオは廃墟と化したGRU本部の前で、小さな炊飯器を取り出した。
米を供え、白米をすくう。
「ようやく、また"食べ物"に戻ったのね」
ひと口、口に運ぶ。
涙はもう出なかった。
ただ、噛むたびに、米が持つ本来の意味を取り戻していくようだった。
米は、飾るものではない。
万人が食すためにあるのだ。
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