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#182 あり得ない参院選の結果
しおりを挟む「では、以上で開票作業を終了します」
午後11時、選挙管理委員会の一室。
職員たちが数字を確認しながら、静かにうなずき合っていた。
今回の参議院議員通常選挙――勝敗は、すでに決まっていた。
勝者は野党連合候補・東海林満(とうかいりんみつる)。保守政党の牙城を崩した歴史的勝利に、テレビ局もSNSも大騒ぎ。
一方、与党の重鎮・大河内は、50年ぶりの落選。まさかの逆転劇だった。
ただし――
「開票結果、最終確定。差は……たったの一票、です」
重苦しい空気が、部屋を満たす。
その一票がなければ、東海林は落選、大河内は当選していた。
「その一票、誰の?」
「……これ、です」
差し出された投票用紙を、選挙管理委員長が受け取った。
薄い紙には、丁寧な文字でこう書かれていた。
「とうひょうしません」
「棄権……?」
「いいえ、名前として受理されました。“とうひょうしません”という候補者は存在しませんが。なぜか受理されたのです」
「票は有効になったのか?」
「はい。選挙法により、“明確に個人名が書かれた場合”は、存在しない候補でも最も近い名前に当てはめられます」
「初めて聞いたが……。それで?」
「この票、“東海林 満”候補にカウントされました」
沈黙が落ちた。
誰かが笑いかけたが、すぐに黙った。
その一票――「投票しません」と書かれた皮肉な意思表示が、勝者を決めてしまったのだ。
数日後。
SNSでは、あるスクリーンショットが拡散されていた。
それは、ある若者が投稿したものだった。
> 「政治に期待してない。でも何も言わないのもムカつく。だから投票用紙に『とうひょうしません』って書いてきたw
> どうせ無効票だし」
リプ欄には皮肉と賞賛と非難が交差していた。
だが、彼は知らなかった。
その一票が、国の針路を変えたことを。
翌年。
新政権が誕生し、急進的な法案が次々に可決されていった。
・年金受給年齢の大幅引き上げ
・生活保護の給付制限
・報道への監視強化
・教育の民営化
・表現の自由の再審査
・消費税の増額
街には抗議のプラカード。
SNSでは「こんなはずじゃなかった」の大合唱。
そして、あの若者はテレビを見ながらつぶやいた。
「……ふざけて書いただけだったのに……」
再び選挙の季節が巡ってくる。
交差点の掲示板には、新人候補のポスターが貼られていた。
その名前を見て、彼は凍りついた。
「候補者:投票シマセン」
――本名ではない。
そう名乗った男が、馬鹿呼ばわりされながらも、着実に票を伸ばしていた。
「ふざけてる……のに、リアルより説得力がある」
街頭演説が始まる。
「私は投票されるために来たのではありません。投票されるべき人がいないという、この国の“意思”そのものです!」
人々が足を止める。
誰も笑わない。
“投票しない”という行為が、ついに顔と名前を持ち始めた。
最後の一票が、ふざけた一票だったとき。
それは、この国の“本気の沈黙”だったのかもしれない。
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