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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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しおりを挟む時間の針は進み。
そして、作戦当日を迎えた。
トーマが肉袋とともに中庭を陣取る。
他の使用人達も位置についていた。
だが、イルは中庭を見渡せる棟の上から動こうとはしていなかった。ここならば、カルディアが部屋から聖堂に移動する姿が覗き見れるからだ。場所に移動するのは、カルディアが聖堂に行ってからで遅くはない。
ギスランの剣奴達も所定の位置についているし、今更イル一人不在でも崩れるような奴らではない。
――それにしても、だ。
「イル」
「ハル、まだ俺にべったりなわけ? 流石にうざいよ」
ハルがいるのだ。リストは何を考えているのか。
持ち場に戻れと言ったが、ここにいろと命令されていると言ってきかない。鬱陶しいが、こんな高所ではまくことも出来ず、我慢するしかなかった。
――監視、されてるのか?
ハルの視線がカルディアの部屋の方へと移る。
今頃、大好きな童話でも読んでいるのだろうか。それとも、まだトーマに押し付けられたという呪いについての本を読んでいるのか。
案外、生真面目というか、面倒見がいいというのか。律儀に言われたとおりにしている。あれではいつまで経っても手がかりさえ見つからないだろうに。
ハルも何を思っているのか、ふと柔らかな笑みを浮かべた。
和らぐ目元を見ないふりをして言葉を重ねる。
「太陽が落ちると、この学校は景色が様変わりする。さっさといかないと迷うよ」
微睡むような夕日が消えると、霧が出て、建物を覆う。慣れていても迷う人間が続出する。そもそも、迷路のようなつくりをしているのだ。
イルだって油断すると迷い込む。こんなときに迷って遅れたなど、面白くない言い訳だろう。
「――トーマ様の横にあるのが肉袋なの」
「人の話聞けって。というか、それ以外の何に見えるんだよ」
顔がずらりと並んでいる。彼らはうめき声を上げ、怨嗟を響かせる。トーマは涼しい顔をして、準備をしていた。
一人一人の背中に細長いホースのようなものを取り付けているのだ。ホースの先には機械がある。数字を映している。たまにトーマがそれを確認していた。
「……俺、今凄い嫌なこと考えてる」
「あててやろうか? トーマ様が今死んで、あいつらが助からないか、だろ」
言い当てられたから、ハルは口を噤んだ。
分かりやすい奴だと冷めた声が漏れた。
「あいつらはトーマ様が死んでも助からないよ。この場に持ち込まれるために、生かされてるんだ。たぶん、余命幾ばくかもない。今日まで持てばいいようにしてあるはずだ」
「……でも、あれは、人間だよ。肉袋と言って誤魔化しているけど、人間だ」
「でもトーマ様が死ねば、鳥人間の二の舞だ。貴族達が死んで、それを守るために平民が数え切れないほど死んで、貧民が虫のように殺される。結局はどっちをとるかなんだよ。学校内にいる奴らか、あの肉袋達か」
トーマは学校にいる人間の命を取った。ただそれだけだ。
責められるいわれはない。犠牲があるのが戦いだ。せめて、最小限に止めようと思って何が悪い。肉袋達には悪いと思う。だが、自分は犠牲になりたくないのに、偽善だけを振りかざす人間になるのはごめんだ。
生きるということは誰かの命を踏み潰すことだ。貧民街ではそうだった。
骨を喰らい、肉をしゃぶった。仲間を作って群れたけれど、本質は冷めていた。どいつだって同じだ。優しさという綿に包まれれば、すぐに甘えが出て死ぬ。実際に仲間が死んだとき、イルは泣かなかった。明日は我が身だ。安全な場所なんてない。
明日はイルがあの肉袋になっているかもしれない。未来は分からないのだ。
ハルだってそれに気がついている。それでも言わずにはいられないところに、ハルらしさを感じた。
剣奴になってもこの男は何も変わらないのだろうか。
貧民のために歌をうたって、花を育てて、寂しげな瞳で周りと少しだけ距離を取る。そんな男のままなのだろうか。
「それでも、俺は彼らを人間だって呼びたい。自己満足だとしても、そうするべきだと思う」
「あっそ、そうすれば? 俺は肉袋のままだ。尊重するつもりはない」
平行線のまま、混じり合わない。それでいいと思った。少なくとも、イルはハルを変えるつもりはない。変えることができる人間は、もっと別だろう。
「――――あぁ。日が暮れるね」
残酷さを飲み込んで、ハルが溢す。
夕日の向こうに星が見えた。宝石の瞬きのようだと思う。貧民街に住んでいた頃は、そんなことは全く思わなかった。空に穴があいたのだと思っていた。やがて穴のなかから何かが溢れ出して、王都も国も全て覆い尽くしてしまうのだと漠然と考えていた。
それなのに、今は綺麗だと見上げてしまう。人は長生きすればするだけ生きるのに必要ではない情緒というものを取得してしまう。
美しいなんて感情を知ったところで食べられやしない。
強くなったりもしない。
賢くなったり、偉くなったりもしない。
それでも、捨てようとは思えない。心に刻まれて、大切に保管されている。
歳を経るごとに、美しいものを入れる心の箱のようなものが大きくなっていく。思えば、収まりきれないほど美しいの箱に取り込んで整理もせずに過ごして来たような気がする。
手を伸ばす。星はやっぱり美しくて、軽率に美しいものを留めておくための箱の中に放り込まれる。
美しいものを美しいと思っても、愛でることもしないくせに、美しかったことは鮮明に覚えていたいのだ。
強欲な自分に辟易する。まるで、存在証明でも残したいようだ。
「ハル、どうせ付き合うならば、カルディア姫を見送ってからにして。お前も、トーマ様の術を見たほうがいいだろうしね」
観念して、ハルを誘う。ここまで遅くなってしまえば、トーマと肉袋達を見終えたあとでもいいだろう。
――狼煙が上がった。
作戦決行の合図だ。
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