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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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酔った勢いとはいえ、何故あんなことを考えてしまったのか。
恥じ入るだけのイルがやってきたのは、訓練場だった。ギスランの屋敷にある、使用人達専用の施設だ。
ある程度の準備体操をし、弓矢を構える。
美しい射形を意識し、自然体のまま弦を引く。
矢を引き構えた状態を会と呼び、会の状態でしばらくすると矢は自然と指を離れ、飛び立つ。
敵を狙うのとは違い、的に当てるだけ。だからこそ、イルはこの感覚を忘れないように定期的に来ては矢を引く。
手に持つものは武器だが、決して人殺しのためだけにある道具ではない。その矢を血で染めるのはーー矢だけではなく、剣でも、銃でも、槍でも鉈でも同じだ、意思を持って振るうもの。
これはイルの有り様だ。それを魂にきざみつける。
「ーーイルは熱心だねえ」
「ロディア、後ろに立たないでよ。射られたいの?」
「おお、怖い! やめてよねえ、イルとやり合うなら殺し合うことになっちゃう。手加減できなさそうだしぃ」
同胞であるロディアは、ギスランが見つけてきた剣奴の一人である。主に諜報活動を担当しているため、顔を合わせることは少ないが、それでも仲のいい方だと思う。
ギスランの下に仕える人間達は癖が強く、性格が捩くれているものが多い。
ギスランの手の届かないところでの殺し合いは日常茶飯事で、そのため襲いかかってこないだけでも友好的だ。
「また、弓を引いてる。銃の的当てなら分かるけどさあ」
「銃も後でやるよ。一通り、やってる。知らないわけないでしょ」
「イルって芸達者だもんねえ。この間なんか、カードで的当てしてたでしょ?」
「あれで賭け事してた貴女達にああだこうだ言われたくないんだけど」
人が訓練している最中に後ろで金を募って賭け事。貧民街ならよくある光景だが、ここでもやるかと思った。他人事だったら混ざったものをイルのことで賭けたら、参加できないじゃないか。
わざと外してやったから、心は満たされたが。
「あはは、だってお前、ギスラン様に重用されてるから憎くって。ちょっとした嫌味? 的な?」
「ギスラン様に可愛がれるのはカルディア姫ただお一人だけだよ。俺は好かれてない」
「でもお姫様には好かれてるでしょ?」
矢をつがえ、会が美しい形にならないまま、指を離す。ロディアの髪を掠め、壁に矢がめり込んだ。
「次、姫を揶揄するようなことをしたら、顔に放つ」
「……っ。何? ほんとのことじゃんか。姫に気に入られたから、ギスラン様にも目をかけて貰ってる」
「それは合ってるかもね。カルディア姫は情に厚いから。でも、ロディア、貴女さ、姫を軽んじただろう? それは、見逃せない」
軽んじる行為は悪意を招く。
カルディアの屋敷にいた使用人達がそうだ。カルディアに情けをかけられ、有頂天になった。清らかで高貴な方が自分を選んで下さった! と。
たが、次第にカルディアの意識が離れていくと、急に怒りがわくようになる。カルディアを軽んじ、どうして帰ってこないのだと心を濁らせる。
愛着はすぐに愛憎に変わる。そして、侮りはすぐに悪意に姿を変える。
対等ではない階級の人間が、カルディアを軽んじるのは罪深い。現に、ロディアはギスランに関心を向けられているイルに嫉妬している。そして、イルが関心を集めたきっかけであるカルディアのこともまた、疎んでいる。
「………ごめんこめん、悪かったよお。だって、お姫様、わたしには懐いてくれなかったから」
「顔は覚えてるかもしれないけど。あの人、一度聞いた名前はだいたい覚えてるし」
「うへえ。やっぱり? あの姫様、前から社交向きの性能してるなとは思ってたんだよねえ。同じ話したがらないし、お世辞は上手くないけど、名前は間違わない」
そうなのだ。カルディアは社交嫌いで人嫌いなのだが、人の顔も名前もよく覚えているし、話題が被らない。あれで案外、目敏い。
「社交界での立ち振る舞いは案外取り繕えてるよね。学校内じゃ酷かったけど」
「サラザーヌ公爵令嬢がいたからでしょ。というか、懐くって、この間ヨハン様にも言われたんだけど。姫がじゃなくて、俺が、だけど」
「確かにぃ、イル、かなり入り浸ってるよね。サリーの護衛時間だって、無理言って少なくしたでしょ」
サリーはカルディアの護衛役の一人だ。侍女として料理を運ぶのも彼女の役目だ。前にカルディアの側にいた姦しい女達はばれないように閑職へ移動させている。彼女達はカルディアを軽んじ過ぎた。相応の報いを受けることになる。
イルが抜けている今の時間は彼女が護衛している。サリーは毒に対する特殊な訓練を受けており、ある程度の毒ならば効果が薄い。
「……まあ、そりゃあね」
「サリーもこの頃変だしさあ。変におしゃれしちゃって。あの子こそ、姫を軽んじていないのお? わたしがおしゃれをすればカルディア姫も興味を持って下さるかも……! とか言ってたよお?」
そこには複雑な事情があった。
もともとサリーはレゾルールに来てからカルディアにつくようになった。前いた侍女が殺され、顔を似せた別人にすり替わっていたからだ。イルも、正式にカルディアの護衛役を任されたのはレゾルールからで、二人で挨拶をした。そのとき、カルディアはサリーに名前を訊いたのだが、彼女は答えなかった。
ギスランの言いつけを守った結果だ。
名前を教えれば情が移るからと。
だが、それがいけなかった。カルディアはあからさまに傷付いた顔をして、サリーのことを憂いを帯びた瞳で見るとよろしくとだけ言って自分の殻に閉じこもってしまった。
それから、サリーが給仕をしてもそわそわと落ち着かない様子で、どこか杞憂げな眼差しでいた。のだが、サリーもそれではいけないと思ったのか、彼女なりにカルディアと交流をし始めた。
それがファッションを通してなのだから、罪深い。
サリーは貧民街の産まれだ。イルと同じく、娼婦の子で、小さい頃に娼館に売られた。娼婦として客を取った男が酔狂な男で、苦しむサリーを抱くのを殊更好いていたらしい。加虐趣味も行き過ぎれば殺人に近づく。実際、その男のなかでサリーはどんなに痛めつけてもいい人型の肉塊だったに違いない。男は遊戯の中で、サリーを苦しめることに愉悦を感じ続けた。
ギスランに拾われなければ死んでいたという彼女の言に偽りはないだろう。
だが、彼女も所詮、貧民の産まれ。高級店ならいざ知らず、お下がりを貰い、服を恵んで貰うのを待つだけだった娼館の出だ。流行に疎かった。
その彼女がファッションの話題をカルディアから振られたのだ。
サガルの一件以降のことだ。
そう興奮するサリーから聞いた。
お前、服は好き? スタイルもいいし、何を着ても似合うと思う。何か、おすすめがあれば教えて欲しいのだけど。花嫁というのはどんな服を好むのかしら。
ぽろぽろとこぼされる言葉は宝石のようにサリーの頭に降り注いだ。そして、彼女は一つ一つ宝石を摘まみ上げるように、わたしでよろしければお教えいたしますと言った。言ってしまった。
それからサリーの悪戦苦闘が始まった。お洒落に気を使い、髪を綺麗に整え、爪を切った。化粧もするように。流石、娼婦の娘だけはあると褒められたことがあると言って鏡を見ては、カルディア姫に失礼がないような美しさを保たなくてはと躍起になっていた。
それを知っているだけに、イルは曖昧な笑みを浮かべる。他人の事情をべらべら話すのは得意じゃない。仕事ならば別だが、そもそも口数が多い方ではない。
「僻むなよ。ロディアは諜報専門だし、カルディア姫のお世話を焼く必要ないだろ」
「それはそうなんだけどさあ」
そう言いながら髪をかきあげる。耳についたピアスは偽物の赤ダイヤが埋め込まれていた。
ギスランから贈られたものだ。贈られたときは本物のダイヤが埋め込まれていたが、拷問にかけられたときにダイヤから素性がばれる可能性を危惧し、変えてもらったのだと言っていた。
「ギスラン様に褒められたいんだよねえ。だってさ、もうすぐギスラン様の寿命なんでしょ? お供するつもりだけど、何も功績が残せないのは嫌でしょ」
「そうだね」
「死に方どうしよっか? なるべく、ギスラン様と同じ感じがいいけど。でも、ギスラン様のお身体は何も残らないって言ってたっけ。じゃあ、焼死とか?」
「……うん。そろそろ考えなくっちゃな」
「そういえば、ケイの話聞いた? あいつさあ、今更女遊びに精を出してるんだよ。寝物語で、ギスラン様の話してるんだって!」
イル達の間にあるのは諦観と、やっと死ねるという後ろ向きな喜びだ。
これまでの人生ろくなことがなかった。ギスランに拾われなければ、死んでいたものも多い。
死ぬよりも辛い目にあったものも。だが、絶望せずに、自死も出来ずにまだ生きている。
言うまでもなく、ギスランがまだ生きているからだ。
ならば、ギスランが居なくなった後、生きていく道理はない。
「俺がギスラン様を語り継がせてやるってさあ、息巻いてんの。顔だけの男のくせにねえ」
「あとで言っとく」
「げえ、あいつ根暗だから、いつまでも引きずるんだよ? 鬼畜イルめ」
壁に突き刺さった矢を、ロディアは投げ返してきた。鏃がぐにゃりと曲がっている。綺麗な射ではなかったからだろう。力任せに射るとたまにこうなる。
「お前はさあ、ギスラン様がいなくなっても、カルディア姫のところにいそうだよねえ」
「――はあ? 馬鹿にしてんの?」
ギスランを捨てて、カルディアに忠誠を誓うと思われているのか。酷い侮辱だ。イルは殺意のままにロディアを殺してしまおうかとすら考えた。
「違った? でもさ、イルは何だかんだ言って世話好きでしょ。ほらなんだっけ、姫のオトモダチの貧民」
「……ハルのこと?」
「そうそう、その子の世話もさあ、やってたでしょう? だから、いつか姫様の元に残るんだって思ったんだよねえ」
本気で殺してやろうかと鏃を弄りながらロディアを睨みつける。だが、呆れたことに、ロディアはイルを力強い瞳で見つめ返してきた。
「イルはお姫様が言ってたギスラン様を長生きさせる方法、見つかると思う?」
「話飛び過ぎ。脈略がないとついていけない」
「そう言って誤魔化すつもりなんだねえ。まだ測りかねてるの? どうせ出来っこないよ。だってわたしが方々手を尽くしても無理だったんだもん」
「……でも、姫はギスラン様を起き上がらせた。起こせなかった俺達に、口を出す権利はないよ」
「あるよ。ありまくるよ。だって、わたし達の主だよお? たかが、婚約者如きに口出しされる所以はーー」
我慢ならなかった。鏃は壊れていたので、先端だけ折って握り込む。拳の中で、ぎちぎちと矢が軋んだ。
目に突き刺して、痛みに悶えているうちに喉を搔き切る。それしか頭になかった。間合いをつめて、足払いをかける。
ロディアはあっけに取られ、体勢を崩した。だがすぐに上体を起こしながら後退する。
「なにきれてんの」
答えずに、頭を狙って右足を振り上げる。両手をクロスさせ、防御された。だが、イルは腰を捻り、左足を繰り出した。
横へ吹っ飛んだロディアが壁にあたり苦悶の声を上げる。
間髪入れず、先端が折れた矢で目を狙う。あとはさっきの想像通りだ。喉を搔き切るーー。
「おい、何の音だ?」
「ちょっと、イル。さっきからうるさいのよーーって、待った待った!」
「ぎゃあ、イルが怒ってる! ロディア、あんた陰険眼鏡のイルを怒らせてどうするのよっ! また壁に穴が空くじゃない!」
「いいぞいいぞ、俺はイルが勝つ方に賭ける。みんなも好きな方に賭けた賭けた!」
「……俺、イルに賭けようかな」
外野がうるさい。
ちらりと見ると、非番の剣奴達が勢揃いしていた。
暇人どもめと舌打ちする。
ロディアが掴みかかってくるのを避けながら、腹に膝をめり込ませる。うめき声を上げながらも上手に受け身を取って間合いを取ったロディアが、にやりと口元を歪ませる。
「わたしも賭けるー! イルが勝つ方にわたしの目玉一個!」
「賭けになってないじゃん。ま、いいけど」
「いやいや止ようよぉ……床が汚れちゃう! 次は私が使うのにぃ」
「誰かロディアに賭けない? 賭けが成立しないんだけど……」
「あの馬鹿女がイルに勝つわけないだろ。誰も賭けねえよ」
「だよねえ……。じゃあ、ロディアが死ぬか死なないかの賭けしよー! ほらみんな賭けて賭けて」
がやがやと楽しむ外野が急に静まり返る。
ロディアは顔を上げるなり、頭を低く下げた。周りを見渡せば、同じように剣奴達が頭を垂れている。
彼らが頭を下げる人物はこの世でたった一人だ。イルもならった。
「楽しそうだな、お前達は」
「ぎ、ギスラン様、お加減はよろしいのですか?」
「よくはないが、寝てばかりもいられない。それで、なにを争っていた?」
沈黙が走る。首筋に嫌な汗が流れた。
恐る恐るギスランに歩み寄ったのはケイだった。ギスランには劣るものの、整った顔立ちをした美男子だ。喋るのが苦手だが、耳がよく、もともとはイーストンで羊飼いをしていたという。
「ロディアが、カルディア姫を侮辱し、イルが激怒したようです」
「……へえ。ロディア、本当?」
「わ、わたしはっ、ただ本当のことを言っただけです」
「本当の、なに? わかりやすく言ってくれねば分からないのだけど」
ロディアは一言一句違わずにイルに言い放った言葉を繰り返した。イルはただじっと床を見つめることしか出来なかった。
ギスランは悩むような沈黙の後、イルの名を呼んだ。
慌てて顔を上げると、美しい紫の瞳がキラキラと宝石のように瞬いていた。
内臓がきりきりと締め付けられるような痛みを発する。
「イル、お前、報告が済んでいない。待たせるな。鈍間だと、カルディア姫の身に危険があったときに困る。首を折られたい?」
「は、はい。申し訳ございません」
ギスランはイルから目線を外すと、強がるロディアへと視線を注ぐ。
「あと、そうだロディア。お前は私に返すものがある。そのピアスだ」
耳を隠したロディアが狼狽え首を振る。
ギスランは嗜虐心を出す時が一番美しい。宝石のように、瞳が残虐に煌めく。他人の血を浴びて、美しさを保っているように。
「ギスラン様、どうかわたしに死ねと一言言ってください」
「なぜ? そのピアスを返すだけでいい。そうしたらどこにいってもいい。なにを口走ろうと構わない」
「なぜですか!? わたしは、貴方に殺されたい。だって、だって、ギスラン様は、もう……っ。わたし、ギスラン様が死ぬところなんて見たくないっ!」
「ロディア、お前は何か勘違いしているようだ。どうして私が、お前に慈悲をくれてやらねばならない?」
失望を露わにしたままギスランはイルに視線を遣った。
ついてこいと言外に伝えられる。
ロディアのことなどどうでもよくなったと興味が抜け落ちた様子だった。
追いすがろうとしたロディアをケイが羽交い締めにする。
「ギスラン様、わたしに死ねと言ってください! それだけで、わたしは、この世に未練なく死ねる! この世は地獄です。憂き世でしかありません。ギスラン様以外の人間なんて信じられない。信じられるわけがない!」
怒声のような声を、ロディアは響かせる。
「どうしてギスラン様が死ななくてはいけないんですか?! わたしの心臓を食べてください。目を、口を、耳を、舌を、内臓を、全て差し上げます! ギスラン様はわたしに心を下さいました。涙が変じた宝石を、ピアスにして下さった!」
わたしの命よりも何倍も高価なものを下さった!
その言葉を聞き終えて、動かずにはいられなかった。
足に仕込んだナイフを取り出して、抵抗するロディアの耳を削ぎ落とす。
ころんと手の中に転がり込んできた肌色のふにゃふにゃしたそれは、血の色で濡れていた。
耳朶にピアスがあった。偽物の赤いダイヤが嵌め込まれている。
耳を失ったロディアは、殺気の篭った目つきでイルを見つめ続ける。
「もうギスラン様が与えたものはなくなったよ、ロディア。早く出て行きなよ。邪魔だ」
イルは知っていた。ロディアが偽物にすり替えた時、本物のダイヤを食べてしまったことを。
ロディアがどんな人生を歩んできたかは知らない。だが、ギスランに恩義を感じ、自分の忠誠を宝石を取り込むことで証明しようとしたことは確かだ。
それでも、ギスランにいらないと言われたのならば、所有物であってはいけない。
ロディアは泣いている。さっきまで憎まれ口を叩いていたのに泣き喚いている。子供のように、騒騒しい。
「イル」
ギスランはイルを呼んだ。ギスランに耳を差し出す。受け取らずに、歩き出した。
「ロディア、貴女はさ、自分はギスラン様の何かになれると本気で思っていたの?」
ピアスを千切って耳だけ返す。
「カルディア姫より自分がギスラン様にとって重要なものだというのは驕りだよ」
イル達は使われるもの以外になれない。
恋情を捧げても帰ってこない。敬愛を向けても鼻で笑われる。そういう人に仕えている。
こうなったのは階級のせいか、それとも性別のせいか。
歳のせいか?
性格?
ロディアが悪いのか。
いや、違う。きっとカルディアではないせいだ。
ギスランはカルディア以外に報いない。
呪いにでもかかっているようにカルディアに夢中なのだ。
「俺達はあの人の道具なんだ。そう振る舞うべきだ。使い潰されることこそ、本望だよ。ロディア、死を望む貴女はもう、ここにいるべきじゃない」
きっとロディアにとってもそれが幸せだ。ギスランに対して叶わない望みを抱くよりは。
イルだって、ギスランとの終わりを考えると、気が狂いそうになる。
未来のことは考えない。迫り来る絶望で、身動きが取れなくなるからだ。一歩一歩破滅へ進んでいる。
――ロディアの予想は外れる。なぜならば、イルはカルディアに仕える気はないからだ。
ギスランの報告は恙無く終わった。
ロディアの名前は出なかった。ギスランにとって、ロディアはそういう剣奴だった。
カルディアの元に戻る。きっと、もうイルはロディアに会うことは二度とない。
「イル、やっと戻ったわね。……本を読んでいるの、お前も一緒に読む?」
「なに読んでるんですか?」
「呪術についてよ。トーマが、清族について学ぶならばこれも読んでおけって押し付けてきたの。ギスランを長生きさせるのに全然関係ないと思うのだけど……」
「へえ……じゃあ、貴女が読んで下さいよ。俺は聞いてます」
仕方ないわねと言いながら、カルディアが本を読み上げ始める。声を子守唄のように聞きながら、イルは目を閉じた。
まぶたは重いのに、頭だけは冴えていた。
――信じてるわけないだろ。
カルディアの健闘むなしく、ギスランは死ぬ。そうしたらすべて終わりだ。
ロディアの言う通りには決してならない。イルはカルディアのもとに降るつもりはない。カルディアは遅すぎた。
何もかも、気がつくのが遅すぎてしまった。
ギスランは死ぬ。イルも死ぬ。
それで終わりだ。
恥じ入るだけのイルがやってきたのは、訓練場だった。ギスランの屋敷にある、使用人達専用の施設だ。
ある程度の準備体操をし、弓矢を構える。
美しい射形を意識し、自然体のまま弦を引く。
矢を引き構えた状態を会と呼び、会の状態でしばらくすると矢は自然と指を離れ、飛び立つ。
敵を狙うのとは違い、的に当てるだけ。だからこそ、イルはこの感覚を忘れないように定期的に来ては矢を引く。
手に持つものは武器だが、決して人殺しのためだけにある道具ではない。その矢を血で染めるのはーー矢だけではなく、剣でも、銃でも、槍でも鉈でも同じだ、意思を持って振るうもの。
これはイルの有り様だ。それを魂にきざみつける。
「ーーイルは熱心だねえ」
「ロディア、後ろに立たないでよ。射られたいの?」
「おお、怖い! やめてよねえ、イルとやり合うなら殺し合うことになっちゃう。手加減できなさそうだしぃ」
同胞であるロディアは、ギスランが見つけてきた剣奴の一人である。主に諜報活動を担当しているため、顔を合わせることは少ないが、それでも仲のいい方だと思う。
ギスランの下に仕える人間達は癖が強く、性格が捩くれているものが多い。
ギスランの手の届かないところでの殺し合いは日常茶飯事で、そのため襲いかかってこないだけでも友好的だ。
「また、弓を引いてる。銃の的当てなら分かるけどさあ」
「銃も後でやるよ。一通り、やってる。知らないわけないでしょ」
「イルって芸達者だもんねえ。この間なんか、カードで的当てしてたでしょ?」
「あれで賭け事してた貴女達にああだこうだ言われたくないんだけど」
人が訓練している最中に後ろで金を募って賭け事。貧民街ならよくある光景だが、ここでもやるかと思った。他人事だったら混ざったものをイルのことで賭けたら、参加できないじゃないか。
わざと外してやったから、心は満たされたが。
「あはは、だってお前、ギスラン様に重用されてるから憎くって。ちょっとした嫌味? 的な?」
「ギスラン様に可愛がれるのはカルディア姫ただお一人だけだよ。俺は好かれてない」
「でもお姫様には好かれてるでしょ?」
矢をつがえ、会が美しい形にならないまま、指を離す。ロディアの髪を掠め、壁に矢がめり込んだ。
「次、姫を揶揄するようなことをしたら、顔に放つ」
「……っ。何? ほんとのことじゃんか。姫に気に入られたから、ギスラン様にも目をかけて貰ってる」
「それは合ってるかもね。カルディア姫は情に厚いから。でも、ロディア、貴女さ、姫を軽んじただろう? それは、見逃せない」
軽んじる行為は悪意を招く。
カルディアの屋敷にいた使用人達がそうだ。カルディアに情けをかけられ、有頂天になった。清らかで高貴な方が自分を選んで下さった! と。
たが、次第にカルディアの意識が離れていくと、急に怒りがわくようになる。カルディアを軽んじ、どうして帰ってこないのだと心を濁らせる。
愛着はすぐに愛憎に変わる。そして、侮りはすぐに悪意に姿を変える。
対等ではない階級の人間が、カルディアを軽んじるのは罪深い。現に、ロディアはギスランに関心を向けられているイルに嫉妬している。そして、イルが関心を集めたきっかけであるカルディアのこともまた、疎んでいる。
「………ごめんこめん、悪かったよお。だって、お姫様、わたしには懐いてくれなかったから」
「顔は覚えてるかもしれないけど。あの人、一度聞いた名前はだいたい覚えてるし」
「うへえ。やっぱり? あの姫様、前から社交向きの性能してるなとは思ってたんだよねえ。同じ話したがらないし、お世辞は上手くないけど、名前は間違わない」
そうなのだ。カルディアは社交嫌いで人嫌いなのだが、人の顔も名前もよく覚えているし、話題が被らない。あれで案外、目敏い。
「社交界での立ち振る舞いは案外取り繕えてるよね。学校内じゃ酷かったけど」
「サラザーヌ公爵令嬢がいたからでしょ。というか、懐くって、この間ヨハン様にも言われたんだけど。姫がじゃなくて、俺が、だけど」
「確かにぃ、イル、かなり入り浸ってるよね。サリーの護衛時間だって、無理言って少なくしたでしょ」
サリーはカルディアの護衛役の一人だ。侍女として料理を運ぶのも彼女の役目だ。前にカルディアの側にいた姦しい女達はばれないように閑職へ移動させている。彼女達はカルディアを軽んじ過ぎた。相応の報いを受けることになる。
イルが抜けている今の時間は彼女が護衛している。サリーは毒に対する特殊な訓練を受けており、ある程度の毒ならば効果が薄い。
「……まあ、そりゃあね」
「サリーもこの頃変だしさあ。変におしゃれしちゃって。あの子こそ、姫を軽んじていないのお? わたしがおしゃれをすればカルディア姫も興味を持って下さるかも……! とか言ってたよお?」
そこには複雑な事情があった。
もともとサリーはレゾルールに来てからカルディアにつくようになった。前いた侍女が殺され、顔を似せた別人にすり替わっていたからだ。イルも、正式にカルディアの護衛役を任されたのはレゾルールからで、二人で挨拶をした。そのとき、カルディアはサリーに名前を訊いたのだが、彼女は答えなかった。
ギスランの言いつけを守った結果だ。
名前を教えれば情が移るからと。
だが、それがいけなかった。カルディアはあからさまに傷付いた顔をして、サリーのことを憂いを帯びた瞳で見るとよろしくとだけ言って自分の殻に閉じこもってしまった。
それから、サリーが給仕をしてもそわそわと落ち着かない様子で、どこか杞憂げな眼差しでいた。のだが、サリーもそれではいけないと思ったのか、彼女なりにカルディアと交流をし始めた。
それがファッションを通してなのだから、罪深い。
サリーは貧民街の産まれだ。イルと同じく、娼婦の子で、小さい頃に娼館に売られた。娼婦として客を取った男が酔狂な男で、苦しむサリーを抱くのを殊更好いていたらしい。加虐趣味も行き過ぎれば殺人に近づく。実際、その男のなかでサリーはどんなに痛めつけてもいい人型の肉塊だったに違いない。男は遊戯の中で、サリーを苦しめることに愉悦を感じ続けた。
ギスランに拾われなければ死んでいたという彼女の言に偽りはないだろう。
だが、彼女も所詮、貧民の産まれ。高級店ならいざ知らず、お下がりを貰い、服を恵んで貰うのを待つだけだった娼館の出だ。流行に疎かった。
その彼女がファッションの話題をカルディアから振られたのだ。
サガルの一件以降のことだ。
そう興奮するサリーから聞いた。
お前、服は好き? スタイルもいいし、何を着ても似合うと思う。何か、おすすめがあれば教えて欲しいのだけど。花嫁というのはどんな服を好むのかしら。
ぽろぽろとこぼされる言葉は宝石のようにサリーの頭に降り注いだ。そして、彼女は一つ一つ宝石を摘まみ上げるように、わたしでよろしければお教えいたしますと言った。言ってしまった。
それからサリーの悪戦苦闘が始まった。お洒落に気を使い、髪を綺麗に整え、爪を切った。化粧もするように。流石、娼婦の娘だけはあると褒められたことがあると言って鏡を見ては、カルディア姫に失礼がないような美しさを保たなくてはと躍起になっていた。
それを知っているだけに、イルは曖昧な笑みを浮かべる。他人の事情をべらべら話すのは得意じゃない。仕事ならば別だが、そもそも口数が多い方ではない。
「僻むなよ。ロディアは諜報専門だし、カルディア姫のお世話を焼く必要ないだろ」
「それはそうなんだけどさあ」
そう言いながら髪をかきあげる。耳についたピアスは偽物の赤ダイヤが埋め込まれていた。
ギスランから贈られたものだ。贈られたときは本物のダイヤが埋め込まれていたが、拷問にかけられたときにダイヤから素性がばれる可能性を危惧し、変えてもらったのだと言っていた。
「ギスラン様に褒められたいんだよねえ。だってさ、もうすぐギスラン様の寿命なんでしょ? お供するつもりだけど、何も功績が残せないのは嫌でしょ」
「そうだね」
「死に方どうしよっか? なるべく、ギスラン様と同じ感じがいいけど。でも、ギスラン様のお身体は何も残らないって言ってたっけ。じゃあ、焼死とか?」
「……うん。そろそろ考えなくっちゃな」
「そういえば、ケイの話聞いた? あいつさあ、今更女遊びに精を出してるんだよ。寝物語で、ギスラン様の話してるんだって!」
イル達の間にあるのは諦観と、やっと死ねるという後ろ向きな喜びだ。
これまでの人生ろくなことがなかった。ギスランに拾われなければ、死んでいたものも多い。
死ぬよりも辛い目にあったものも。だが、絶望せずに、自死も出来ずにまだ生きている。
言うまでもなく、ギスランがまだ生きているからだ。
ならば、ギスランが居なくなった後、生きていく道理はない。
「俺がギスラン様を語り継がせてやるってさあ、息巻いてんの。顔だけの男のくせにねえ」
「あとで言っとく」
「げえ、あいつ根暗だから、いつまでも引きずるんだよ? 鬼畜イルめ」
壁に突き刺さった矢を、ロディアは投げ返してきた。鏃がぐにゃりと曲がっている。綺麗な射ではなかったからだろう。力任せに射るとたまにこうなる。
「お前はさあ、ギスラン様がいなくなっても、カルディア姫のところにいそうだよねえ」
「――はあ? 馬鹿にしてんの?」
ギスランを捨てて、カルディアに忠誠を誓うと思われているのか。酷い侮辱だ。イルは殺意のままにロディアを殺してしまおうかとすら考えた。
「違った? でもさ、イルは何だかんだ言って世話好きでしょ。ほらなんだっけ、姫のオトモダチの貧民」
「……ハルのこと?」
「そうそう、その子の世話もさあ、やってたでしょう? だから、いつか姫様の元に残るんだって思ったんだよねえ」
本気で殺してやろうかと鏃を弄りながらロディアを睨みつける。だが、呆れたことに、ロディアはイルを力強い瞳で見つめ返してきた。
「イルはお姫様が言ってたギスラン様を長生きさせる方法、見つかると思う?」
「話飛び過ぎ。脈略がないとついていけない」
「そう言って誤魔化すつもりなんだねえ。まだ測りかねてるの? どうせ出来っこないよ。だってわたしが方々手を尽くしても無理だったんだもん」
「……でも、姫はギスラン様を起き上がらせた。起こせなかった俺達に、口を出す権利はないよ」
「あるよ。ありまくるよ。だって、わたし達の主だよお? たかが、婚約者如きに口出しされる所以はーー」
我慢ならなかった。鏃は壊れていたので、先端だけ折って握り込む。拳の中で、ぎちぎちと矢が軋んだ。
目に突き刺して、痛みに悶えているうちに喉を搔き切る。それしか頭になかった。間合いをつめて、足払いをかける。
ロディアはあっけに取られ、体勢を崩した。だがすぐに上体を起こしながら後退する。
「なにきれてんの」
答えずに、頭を狙って右足を振り上げる。両手をクロスさせ、防御された。だが、イルは腰を捻り、左足を繰り出した。
横へ吹っ飛んだロディアが壁にあたり苦悶の声を上げる。
間髪入れず、先端が折れた矢で目を狙う。あとはさっきの想像通りだ。喉を搔き切るーー。
「おい、何の音だ?」
「ちょっと、イル。さっきからうるさいのよーーって、待った待った!」
「ぎゃあ、イルが怒ってる! ロディア、あんた陰険眼鏡のイルを怒らせてどうするのよっ! また壁に穴が空くじゃない!」
「いいぞいいぞ、俺はイルが勝つ方に賭ける。みんなも好きな方に賭けた賭けた!」
「……俺、イルに賭けようかな」
外野がうるさい。
ちらりと見ると、非番の剣奴達が勢揃いしていた。
暇人どもめと舌打ちする。
ロディアが掴みかかってくるのを避けながら、腹に膝をめり込ませる。うめき声を上げながらも上手に受け身を取って間合いを取ったロディアが、にやりと口元を歪ませる。
「わたしも賭けるー! イルが勝つ方にわたしの目玉一個!」
「賭けになってないじゃん。ま、いいけど」
「いやいや止ようよぉ……床が汚れちゃう! 次は私が使うのにぃ」
「誰かロディアに賭けない? 賭けが成立しないんだけど……」
「あの馬鹿女がイルに勝つわけないだろ。誰も賭けねえよ」
「だよねえ……。じゃあ、ロディアが死ぬか死なないかの賭けしよー! ほらみんな賭けて賭けて」
がやがやと楽しむ外野が急に静まり返る。
ロディアは顔を上げるなり、頭を低く下げた。周りを見渡せば、同じように剣奴達が頭を垂れている。
彼らが頭を下げる人物はこの世でたった一人だ。イルもならった。
「楽しそうだな、お前達は」
「ぎ、ギスラン様、お加減はよろしいのですか?」
「よくはないが、寝てばかりもいられない。それで、なにを争っていた?」
沈黙が走る。首筋に嫌な汗が流れた。
恐る恐るギスランに歩み寄ったのはケイだった。ギスランには劣るものの、整った顔立ちをした美男子だ。喋るのが苦手だが、耳がよく、もともとはイーストンで羊飼いをしていたという。
「ロディアが、カルディア姫を侮辱し、イルが激怒したようです」
「……へえ。ロディア、本当?」
「わ、わたしはっ、ただ本当のことを言っただけです」
「本当の、なに? わかりやすく言ってくれねば分からないのだけど」
ロディアは一言一句違わずにイルに言い放った言葉を繰り返した。イルはただじっと床を見つめることしか出来なかった。
ギスランは悩むような沈黙の後、イルの名を呼んだ。
慌てて顔を上げると、美しい紫の瞳がキラキラと宝石のように瞬いていた。
内臓がきりきりと締め付けられるような痛みを発する。
「イル、お前、報告が済んでいない。待たせるな。鈍間だと、カルディア姫の身に危険があったときに困る。首を折られたい?」
「は、はい。申し訳ございません」
ギスランはイルから目線を外すと、強がるロディアへと視線を注ぐ。
「あと、そうだロディア。お前は私に返すものがある。そのピアスだ」
耳を隠したロディアが狼狽え首を振る。
ギスランは嗜虐心を出す時が一番美しい。宝石のように、瞳が残虐に煌めく。他人の血を浴びて、美しさを保っているように。
「ギスラン様、どうかわたしに死ねと一言言ってください」
「なぜ? そのピアスを返すだけでいい。そうしたらどこにいってもいい。なにを口走ろうと構わない」
「なぜですか!? わたしは、貴方に殺されたい。だって、だって、ギスラン様は、もう……っ。わたし、ギスラン様が死ぬところなんて見たくないっ!」
「ロディア、お前は何か勘違いしているようだ。どうして私が、お前に慈悲をくれてやらねばならない?」
失望を露わにしたままギスランはイルに視線を遣った。
ついてこいと言外に伝えられる。
ロディアのことなどどうでもよくなったと興味が抜け落ちた様子だった。
追いすがろうとしたロディアをケイが羽交い締めにする。
「ギスラン様、わたしに死ねと言ってください! それだけで、わたしは、この世に未練なく死ねる! この世は地獄です。憂き世でしかありません。ギスラン様以外の人間なんて信じられない。信じられるわけがない!」
怒声のような声を、ロディアは響かせる。
「どうしてギスラン様が死ななくてはいけないんですか?! わたしの心臓を食べてください。目を、口を、耳を、舌を、内臓を、全て差し上げます! ギスラン様はわたしに心を下さいました。涙が変じた宝石を、ピアスにして下さった!」
わたしの命よりも何倍も高価なものを下さった!
その言葉を聞き終えて、動かずにはいられなかった。
足に仕込んだナイフを取り出して、抵抗するロディアの耳を削ぎ落とす。
ころんと手の中に転がり込んできた肌色のふにゃふにゃしたそれは、血の色で濡れていた。
耳朶にピアスがあった。偽物の赤いダイヤが嵌め込まれている。
耳を失ったロディアは、殺気の篭った目つきでイルを見つめ続ける。
「もうギスラン様が与えたものはなくなったよ、ロディア。早く出て行きなよ。邪魔だ」
イルは知っていた。ロディアが偽物にすり替えた時、本物のダイヤを食べてしまったことを。
ロディアがどんな人生を歩んできたかは知らない。だが、ギスランに恩義を感じ、自分の忠誠を宝石を取り込むことで証明しようとしたことは確かだ。
それでも、ギスランにいらないと言われたのならば、所有物であってはいけない。
ロディアは泣いている。さっきまで憎まれ口を叩いていたのに泣き喚いている。子供のように、騒騒しい。
「イル」
ギスランはイルを呼んだ。ギスランに耳を差し出す。受け取らずに、歩き出した。
「ロディア、貴女はさ、自分はギスラン様の何かになれると本気で思っていたの?」
ピアスを千切って耳だけ返す。
「カルディア姫より自分がギスラン様にとって重要なものだというのは驕りだよ」
イル達は使われるもの以外になれない。
恋情を捧げても帰ってこない。敬愛を向けても鼻で笑われる。そういう人に仕えている。
こうなったのは階級のせいか、それとも性別のせいか。
歳のせいか?
性格?
ロディアが悪いのか。
いや、違う。きっとカルディアではないせいだ。
ギスランはカルディア以外に報いない。
呪いにでもかかっているようにカルディアに夢中なのだ。
「俺達はあの人の道具なんだ。そう振る舞うべきだ。使い潰されることこそ、本望だよ。ロディア、死を望む貴女はもう、ここにいるべきじゃない」
きっとロディアにとってもそれが幸せだ。ギスランに対して叶わない望みを抱くよりは。
イルだって、ギスランとの終わりを考えると、気が狂いそうになる。
未来のことは考えない。迫り来る絶望で、身動きが取れなくなるからだ。一歩一歩破滅へ進んでいる。
――ロディアの予想は外れる。なぜならば、イルはカルディアに仕える気はないからだ。
ギスランの報告は恙無く終わった。
ロディアの名前は出なかった。ギスランにとって、ロディアはそういう剣奴だった。
カルディアの元に戻る。きっと、もうイルはロディアに会うことは二度とない。
「イル、やっと戻ったわね。……本を読んでいるの、お前も一緒に読む?」
「なに読んでるんですか?」
「呪術についてよ。トーマが、清族について学ぶならばこれも読んでおけって押し付けてきたの。ギスランを長生きさせるのに全然関係ないと思うのだけど……」
「へえ……じゃあ、貴女が読んで下さいよ。俺は聞いてます」
仕方ないわねと言いながら、カルディアが本を読み上げ始める。声を子守唄のように聞きながら、イルは目を閉じた。
まぶたは重いのに、頭だけは冴えていた。
――信じてるわけないだろ。
カルディアの健闘むなしく、ギスランは死ぬ。そうしたらすべて終わりだ。
ロディアの言う通りには決してならない。イルはカルディアのもとに降るつもりはない。カルディアは遅すぎた。
何もかも、気がつくのが遅すぎてしまった。
ギスランは死ぬ。イルも死ぬ。
それで終わりだ。
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