どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

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 小さな塊が空に浮かんだ。凄まじい勢いで落ちてくる。投擲だと気がついたときには遅かった。建物を振動が揺らす。
 落ちそうになったハルの腕を慌てて掴む。

「投石機とはまた古風な。ハル、警戒しなよ。次は火のついた藁が投げ込まれるかもしれない」
「敵の攻撃!?」
「当たり前だろ。――ほら、見ろ。トーマ様の術が始まった」

 ずり落ちそうなハルを引き上げてやってから中庭を覗き込む。
 トーマは硝子のような球体に囲まれていた。虹色の美しい光が深い夜の闇のなかで煌めいている。

「大丈夫なのか!?」

 球体の内側に血が飛び散る。トーマの肩が、抉れていた。痛みに顔を歪ませたトーマは、ゆっくりと顔を上げ、にやりと笑った。

「大丈夫。トーマ様の術はこっからだから」

 屋敷の正面玄関に、無数の人影が見えた。めらめらと燃える松明を持った人間だった。
 破城槌を運ぶ人間。盾役になる人間。剣を構え、突撃しようとする人間。炎で照らした周囲を見る限りかなりの数だ。
 正面玄関にはサガルの部下が控えている。その上の階にはリストの部下が、銃や弓で敵に狙いを定めていた。
 だが、彼らの存在は念のための措置に過ぎない。
 投石が再び流星のように落ちてくる。
 建物に、あたった。
 トーマの腹部が弾ける。球体のなかを血飛沫が舞う。

「っ! 何で傷が! ねえ、トーマ様を助けた方がいいんじゃないの」
「大丈夫、大丈夫。もうそろそろだから」
「何が、大丈夫だよ?!」
「――術、だよ」


 ガンガンと、破城槌の音がする。トーマが血を吐き出す。球体はもう見える部分がないほど血で濁っていた。

 ――そして、正面の扉が無理矢理こじ開けられた。

 意気揚々と乗り込もうとして来た敵達は血を吐いて倒れ伏した。一人、また一人と味方に血を吹きかけ、助けてくれと縋るように体を傾ける。ばたばたと人が血溜まりの中に倒れていく。
 破城槌がごろりと転がった。踏み潰され、人が死んだ。
 腹に突如穴が空き、崩れ落ちたまま絶命する人間もいた。盾を持ったまま後ろ向きに倒れる者、味方に顔を踏み潰される死体。助けを呼ぶ声。肩が抉れた人間が痛みを訴え泣いている。混沌とした地獄が、ぬめぬめとした体液と、鼻を馬鹿にする臭いとともに姿を現した。


「な、なにが起こってるの」

 ハルは理解が追いついていない様子だ。
 それもそうだろう。これは説明されなければ理解不能だ。清族の術の陰惨さがこれほどまで現れるのもなかなかないだろう。

 この地獄はトーマの術によって作られた。

「言ってしまえばトーマ様による仕返しなんだよな、これって」
「仕返しって……でもトーマ様は攻撃されてなかった」
「でも血を流しただろ? トーマ様のこの学校は一時的に繋がってるんだよ。それがこの学校の、いいやトーマ様の術なんだよ」
「――は?」

 分からないのも無理はない。イルだって理論は完璧とは言えない。そもそも、清族の術に関してはそこまで詳しくはないのだ。イルに術は使えないから。

「その昔、城を作るときに人が生贄にされた話は知ってる? 人柱だよ。王都にだって、未だに風習がある。橋を建設するとき、荒ぶる死に神を鎮めるために、人を送り込むんだ。どうぞこれで怒りをお納めくださいってさ」
「……俺の村にも、そういうのはあったけど」
「そう。ならよかった。説明が省ける。これは別に橋じゃなくても行われた。この城を建てたときもそうらしい。死に神の怒りを招かないために人を捧げた」

 神は人を食う。それは、遠い異国でも言われていることだ。王都では風習になり、その認識がないだけ。

「城は当初、捧げられた人の形を模していたらしいよ。捧げられた人間は神の恩寵を受ける。その恩寵を少しでもあやかろうと、城を、捧げたやつに見立てるのさ」

 今ではその思考も薄れて増築を繰り返され、人の姿を見る影はない。
 だが、それを応用したのがトーマの術だという。

「城を人に見立て、自分の体と感覚を共有させる。トーマ様がやってるのはそれ、らしい」
「……感覚を共有させる? 城と?」
「語弊があった。正確にはさ、トーマ様は人柱と同じわけ。城が無事ならば、トーマ様も無事。城が被害を負えば、トーマ様も無事では済まない。傷付けられ、死に至る」

 球体が割れ、トーマが肩に乗った欠片を払いながら顔を出す。怪我は一つもない。だが、さっきまでの痛ましい傷を表すように、真っ白の服は泥のように濁った赤に変色していた。

「トーマ様は死んでない」
「そうだよ。だから、この術はエグいんだ」

 イルは肉袋の一人を指差した。
 濁った瞳をした男がこと切れている。肩には抉られたような傷。腹部から大量に出血していた。

「呪詛返しの呪いがあるだろ。……知らない? そう。ハルは清族とあんまり関わりがないのか。ハルが殺したいほど憎んでいる人間がいるとする。ハルはそいつに実害を与えようと、清族に頼んで呪いをかけてもらう」

 先程から説明ばかりだと思いながらも続ける。

「その呪いをかけてきた清族に返すのが呪詛返し。禍を押し付け合うみたいな感じかな。トーマ様はこの呪詛返しが殊更得意で、術の精度を高めるうちに外傷を呪い返しする方法を見つけ出したんだよ」

 ここの出来が違うんだと額をつつく。

「あそこで転がってる死体達の死因は全員同じ。トーマ様は、自分の傷を相手にも与えることが出来る。勿論、それを可能にするには膨大な魔力が必要で、肉袋達がいるからこそなし得る奇跡のような技だけどね」

 だが言い換えればその奇跡は条件さえ揃えば何度でも繰り返されるということだ。

「トーマ様の傷が治ったのも、術のおかげなの」
「らしい。仕組みは知らないけど、傷ごと座標を移動させているって話を聞いたことある。本当かは知らないし、トーマ様も教えてはくれないだろ。ただ、現象として、トーマ様が負った傷は肉袋が肩代わりする」

 勿論、トーマだって無傷ではない。彼が血を吐いたり、肩や腹に外傷を負うのは本当のことだ。外傷は消えても、痛覚は残る。痛みで気を失いそうになりながらも、薬で麻痺させてまた繰り返す。
 肉袋として怨嗟を撒き散らす奴らも、トーマも、同じ人間だというのに、扱いは畜生のようだ。
 敵の投石は続く。トーマの腹部にはまた大きな穴が空いた。球体は血で満たされる。足が折れたように曲がる。目が潰れた。
 ぱりんと球体が割れる。
 襲いかかる敵襲達がまた地獄の悲鳴を上げて倒れていく。敵は、正面玄関から先に入り込む余地はない。正面の扉の前には死体の山が出来ていた。
 死体を敵が踏み抜いた。滑って、転び飛び出した内臓の上で尻餅をついている。
 血のついた手のひらを放心状態で見つめている。血気盛んだが、やはり経験が少ないのだろう。人を殺したことがないのかもしれない。
 平民ばかりか?
 イルには身なりを見ただけで、階級が分かる特殊能力はない。カルディアは何故か見ただけである程度察しはつくらしいが、手の荒れや喋り方を聞いて、ある程度あたりをつけないと判断できない。遠目からとなると特にだ。

「こんなこと、本当にしなくちゃいけないの? こんなことしなくちゃ勝てないの?」

 ハルが唇を噛み切りそうな声で呟いた。
 そうかと今更ながら気がつく。ハルは戦争に参加したことがないのか。ならば、トーマの苦しみは分からないだろう。イルだって、トーマの気持ちを全て分かるなんて傲慢なことは言えない。

「そりゃあ、勝てるかもね。でも、さ。武器があったら使うだろ。拳より、ナイフの方が殺しやすい。槍の方が届く。銃の方が狙いやすい。勝ちやすい方に頼って何が悪いんだよ」

 トーマが再び、球体の中で血塗れになり始めた。
 外野の気持ちなど、トーマが慮る意味はない。こちらも、トーマのことを慮らないのだから。
 トーマは武器の一つだ。人を殺すための装置だ。彼と肉袋の犠牲で、敵は死んでいる。
 必要なのは結果で、十全すぎるほど結果を出している。

「……これで、勝てるの?」
「今まで勝って来た」
「こんなので? ーー狂ってる」
「そうだよ。狂ってない奴が、肉袋なんて非人道的なものを使うと思うの?」

 イルは眼鏡を押し上げ、皮肉げに笑った。
 必要なのは、人間性じゃない。何人殺せるか、損害を出せるかという結果だ。ここは戦場。善意が唾棄され、人は誰もが獣になる。

「さて、注意しろよ。きっとこれじゃあ終わらない」


 ーーイルの予想は当たった。敵の第二陣が現れたのだ。


「イル、いるか?」

 中庭で、血の海を作り続けるトーマが、イルを呼んだ。何だと顔を出すと、小さく舌打ちが聞こえる。

「物見の方から、念力が来てる。お前が聞け」
「は、はい? 念力、ですか?」
「そのままにしてろ。驚いて落ちんなよ」

 訳もわからずトーマを見つめていると、急に耳元で中性的な声がした。

「もう、トーマったら! イル、こちらヴィクター・フォン・ロドリゲスよ。トーマが迷惑をかけてしまってごめんなさいね」
「ヴィクター様!?」

 辺りを見渡しても、ヴィクターの姿はない。

「ああ、試作中の術なの。あまり気になさらないで。平衡感覚がおかしくなったらすぐにやめるから言ってちょうだいね。では、速やかに本題に移らせてもらうわ。時間もないことだし。敵の第二波が来るとトーマに伝えてちょうだい」
「第二波ですか?」

 くらりとめまいがした。頭をおさえながら尋ねる。平衡感覚が失われるというか、耳に声が詰まって不快だ。
 念のため、学外を睥睨する。死体の他に気になるものはーー。

「なんです、あれ」

 人間の二倍はありそうな体躯がぞろぞろとこちらに向かって進んでくる。上半身は裸で、腰に布のようなものを巻いただけの姿だ。筋肉は隆々としており、皆、男の姿をしていた。
 目立つのは、肌の色だ。月明かりの下でなお、紫色に見える。

「大鬼か、小鬼か、あるいはまた別のものなのか。分かりませんが、敵なのは確かですわ」
「あれ、どうするんです?」

 そう言いながら、銃を取り出し、弾を詰める。
 この銃は射程距離が広くない。ここからでは掠らせることもできないだろう。もっと近付かなくては。
 前線に出るか?
 だが、ここで出ればカルディアを見届けられない。

「さて、どうしたものかしらと思ってトーマに連絡しているのですけれどね」
「ヴィクター様の術でどうにかなりませんか」
「頼ってもらえるのは嬉しいけれど、わたくし、術はさほど得意じゃありませんのよねえ」

 役立たずか。
 トーマの様に舌打ちしてしまう。リストやサガルの部下に任せるべきか?

「トーマ様ぁ! なんかやばそうなの来てますけど、どうします?」
「ちっ、おい、イル! そんなことにかかずらってる場合か、来るぞっ!」
「はい!?」

 目の前が暗く翳る。

 空を見上げると、そこには空を泳ぐ魚がいた。生臭い臭いを撒き散らし、尾ひれを揺蕩わせる。
 躊躇わずに引き金を引いた。
 軽い手の痺れとともに、膨らんだ魚の腹に血の花が咲いた。

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