どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

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 それからまたしばらく日は過ぎた。今では、サリーも普通に侍女として復帰していた。顔も元通りになっている。違うのは、彼女のどろりとした熱を帯びた瞳だけだ。

「姫、今日はお色直しの時のドレスの試着をお願いしたいようです」

 日課のお祈りと聖書の読み上げを済ませて、休憩をとっていると、ドレスを運んでお針子達がやって来る。
 私に彼女達が直接喋りかけることはない。会話はいつもイルやサリーを通して行われた。今はイルのかわりにケイがいる。そのケイも着替えがあるということで、部屋の外に出ているようだった。

「ちょっと待って。昨日も、一昨日も、お色直しのドレスと言われて着たわよ!?」
「はい。まだまだございますもの。当日は一日中結婚式と披露宴で潰れますし。これでも短く変更されたそうですよ。元は三日間にも及ぶ長丁場だったとか」
「……何のために着替えるの? もはや、着替え過ぎて誰も見向きもしないのでは」
「大丈夫です。姫のお姿を後世に残すために絵師を五十人ほどご用意しますので」

 後世に恥を残したくないので、絶対にそれは阻止しなくてはならない。

「ギスランだけに見せるわけにはいかないの? あいつが作らせたドレスなのだし、あいつだけが見ればいいのではないの」
「姫ったら。ギスラン様だけがご覧になるドレスはまた別に用意されています。初婚なのですから、夜のドレスも素晴らしい生地に煌びやかな刺繍が縫ってあって……」
「ま、待って! 夜のドレスって? あっ……いや、いい! 詳しく話さないで!」
「そんなあ、姫。これでも、末場の娼館でそれなりに名の知れた女だったのですよ? 頼って下さってもよろしいのに」
「待って、新情報をすらりと追加しないで。今まで何も教えてくれなかったのに、突然開示しないで」

 サリーと話すうちに、お針子達がドレスを着せていく。肋骨の上に滑る手の感触や髪を動かすーー花だけどーー指に反応して、汗が吹き出してくる。サリーが話してくれているから、まだ耐えられるが、意識を裂けるものがなければ苦行以外の何物でもなかった。

「……その、単純な疑問だから、嫌だったら答えなくてもいいのだけど。その、初夜というものって、いつやるのが普通なの」

 顔がのぼせたように熱い。こんなこと、聞くのはおかしいのかもしれないが、ここには女しかいない。こういうときでもないと、そういう話を尋ねられない。
 でも、はしたないと思われたらどうしよう。
 知らないことは普通ではない? 普通の貴族の娘は知っているのだろうか。だったら、おぼこだと思われて幻滅される?

「姫はお知りではないのですか」
「知っているものなの? 妻になる身なのだけど、それでは大丈夫ではない? ドレスはあるのに、礼儀知らずな女になってしまう?」
「――――」

 言葉を失った様子のサリーを見上げる。どうしよう、本当に幻滅されてしまった?

「いつも噂話ばかり聞いていて。でも、誰にも訊けなくて。だって、皆、大っぴらにして言わないでしょう? ひそひそと、まるで悪口を囁くよう。きっと、いけないことなのよね? 誰かれ構わず訊いてはいけないことなのだと思って」
「……ええ。ええ、姫。私に訊いて下さり、ありがとうございます。最初に訊いて下さったのが私でよかった。初めてをいただけるだなんて、光栄です」
「お前に訊いて良かった? 迷惑ではない? こういうこと、誰に訊いていいのかも、知らないの」
「私こそがもっとも相応しいです。男の扱い方、熟知していますから! きっと、姫の侍女になれたのは運命です。こんな私のちっぽけな経験が、姫のお役に立つかもしれないだなんて」

 サリーは感涙に咽ぶように、目を潤ませた。

「もっともっと頼って下さい。そうして下さったら、何でも叶えて差し上げます。必要だって、声を上げて望んで下さい」

 背中の緩みを直すために、お針子達の動きに合わせて後ろを向く。それでも、サリーがどんな顔をしているのか、よく分かった。
 期待に満ちた、恋い焦がれるような顔だ。

「この作業が終わったら、お茶をご用意します。そのときに、お話ししましょう。いまから、待ち遠しい。早く終わらないかしら」

 春を待ちわびるように、サリーは目を細めて吐息をこぼした。


 サリーとのお茶は一旦延期になった。
 お針子達といれ違うようにリストが私の部屋にやって来たからだ。

 久しぶりに見たリストの顔は憂いを帯びていて、艶があった。
 整えられた真っ赤な髪には、綺麗な髪飾りがついている。ダイヤらしき綺麗な光を放っていた。耳飾りも同じ形のダイヤが埋め込まれいる。
 髪飾りは珍しいと見つめていると、ふいっと顔が横を向く。

「あまり見るな」
「べ、別に……」

 声が上擦る。リストの声もどことなく上擦っているような気がした。

「ーーあらためてだが、手紙、返事をありがとう。嬉しかった」
「あ……。え、ええ……」

 目をそらしながら、早口でリストが告げる。
 あの赤面せずにはいられない手紙を書いたのは、リストなのだとあらためて突きつけられ、心臓がおかしくなる。
 心臓の上を押さえながら、言葉を探すように目線を彷徨わせる。

「で、でも、もうああいうのは送って来ないで」
「ああいうの?」
「だから……。愛の告白のようなもの。砂糖菓子のような、甘いもの」
「お前は甘味が嫌いじゃないだろう?」

 からかうような口調にむっとしてしまう。リストだって、さっきお針子達を見たはずだ。ギスランとの婚儀のことだって知っているはず。
 リストはゆっくりと足を組み変えると、膝に肘を置いて前屈みになった。

「ギスランと挙式をあげるのは知っている。あいつが、お前の夫になるだなんてな。今でも夢ような話だ」
「どうして。あいつとは婚約者だったのだから、順当な流れでしょう」
「よく言う。女にうつつを抜かしていたときは毛嫌いしていた癖に」

 言葉に詰まった。確かに、ギスランのことを女狂いだと思っていた。ずっと他の女に構っていたからだ。

「何も知らなかったもの」
「今は何でも知っているとでも? 傲慢なことだな」

 辛辣な物言いにくすりとしてしまう。この刺がある言い方がリストらしい。
 ギスランもリストのように思っているのだろうか。
 変わり身が酷いと。けれど、あいつだって私が男に話しかけると男漁りだなんだのと言ってくる。似た者どうし過ぎて笑えてくる。同じようなことで悩んでいる。
 いや、だからと言って、他の女にうつつを抜かしていたのは許していないけれど。

「今でもあいつのことはよく分からないことだらけよ」
「それでも、か。……くだらない」

 感情をすり潰すような笑みに瞠目する。じりじりと焦りのような憤りが胸を動かす。笑われたと思った。けれど、リストは自分自身を笑ったような仄暗い息を吐き出した。

「俺達が文通していることを止める必要があるか?」
「……内容が問題なの。リストの気持ちは嬉しい。けれど、もう」
「嬉しかった?」

 覚悟を決めて、リストに向き合ったのに出鼻をくじかれる。
 リストは泣きそうな子供のような顔で尋ねてきた。

「俺の気持ちが、嬉しかったのか」
「リスト」

 リストは、私ではなく王族に固執していて、それを恋慕に見せかけているのは知っている。
 王族の結婚できる女が私だけだから、優しくて、艶めいた手紙を出してくれるということも。
 だんだん、リストが哀れに思えて来た。私以外の誰かが残っていたら、こいつはこんなに縋らずに済んだだろうに。
 それでも、リストの哀愁を感じさせる表情を見ると、ぞくりと肌が泡立つ。蜘蛛の巣に引っかかった蝶のように憐れだ。じたばたともなくが、そうすることでなお糸が絡まって身動きが取れなくなる。
 恐ろしいのに美しい。破滅を愛するような倒錯感。そんな彼の表情を引き出せるのは今ここで私だけという優越感もあった。

「私はギスランのものになるのよ」
「そうだとしても、お前への手紙をやめる理由にはならないだろう」
「……リスト。お前にあげられるものは何一つもないと思う。どれだけ望まれても」
「それは、俺が筆を折る理由にはならない」

 リストだって、不毛だと分かっているだろうに。
 リストの手が伸びて来る。浮き出た血管は青かった。咄嗟に手を避けて、ぎこちなく微笑む。
 リストの傷付いた顔が見えた。顔を覆いそうになる。こいつの顔を見ていられない。

「俺を見ろ、カルディア」
「……嫌」
「どうして?」

 傷つけたい訳じゃない。強く拒絶すれば、リストが壊れてしまう気がしていた。けれど、顔を見て、話してしまえば一線を引こうとして失敗する。そんな直感があった。

「お前は私に酷い言葉を言わせたがっているから」

 ははと笑い声がこぼれ、ぎょっとした。
 怒るのだと思っていた。人のせいにするなと。

「分かっていて、言わないのか? 俺は強く言われたらもう手出しをしないつもりだったが」

 嘘だ。リストの発する言葉は熱を帯びていて、沼の底のようにぬかるんでいる。心臓に泥を注がれているような恐ろしい感覚だった。

「可哀想に。お前は言えないだろうな。俺を傷付けられないから」

 リストの手が再び伸びて来る。
 今度は拒めなかった。顎を掴まれ、無理矢理顔を上げさせられた。

「お前は俺の最後の希望だ。カルディア、どうか俺の願いを叶えてくれ」

 手が滑り、花になってしまった髪をすくわれた。リストは怪訝そうに一瞬眉間に皺を寄せたが、すぐに表情を戻すと貴公子然としたふるまいで唇を寄せた。
 慄然として、身動きが取れない。

「どうか、拒絶しないでくれ。俺を、憐れで可哀想な男だと思っていてくれ」

 息をのむ。それ以外に何が出来ただろう。
 リストの髪も目も赤いのに、泥を被ったように濁って見えた。

「カルディア、お前の慈悲を乞うためならば、俺はお前に跪いたっていい」

 囁くような甘い声は、薄暗い森のように冷たく、静かだった。
 慈悲なんて与えられない。リストも、サガル兄様も私を勘違いしている。私は立派な人間じゃない。最後に誰かに報いる義理堅さもない。どうか、そんな夢を見ないで欲しい。
 それでも、拒めなかった。
 突き放せなかった。
 自分の醜さを思い知る。
 多情だと言われても文句は言えない。リストに執着されている心地よさを感じていたから。


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