どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

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 初めて会ったとき、マジョリカ義姉様は恥ずかしそうに扇で顔を隠していた。目が合うと、子犬のようなつぶらな瞳で微笑まれた。甘く、ふわふわとしたお菓子のような人だった。桃色のドレスは蕾のように何層も重なっていて、まるで花の妖精のよう。
 悪意を向けられたことがなく、愛情を持って育てられてきたような。
 だから。

「貴女と仲良くしてはいけないって、乳母から言われているの」

 そう言われたとき、怒ったり、悲しんだり出来なかった。
 ただ、薄い膜の向こうからよくわからない言語で話かけられたみたいだった。
 彼女は淡く微笑んで、「だから、パーティーでは挨拶をするだけ。がっかりしないでね」と言った。
 まるで、自分自身に相手にされないことが、不幸であると言わんばかりだった。
 私はこれが義姉様なのだと思った。純粋無垢で、愛情を一心に受けるために産まれてきたような人。
 その後、本当に彼女から挨拶以外で話しかけられることはなかった。お手紙は何度か届いたが、どれもこれも当たり障りのないものだった。
 だた、夜会に向かう道中に起こった事故で顔面に大きな痣が出来たことだけは手紙で教えてくれた。それがこんな風になっているだなんて、知らなかった。

「ほら、ここに座りなよ」

 マジョリカ義姉様の後ろに乳母らしき女性がいた。ぴんと上空から糸で吊るされているように、背筋を伸ばしている。緊張の表情で私を見つめていた。

 すすめられるままに、席に座る。
 義姉様が指を振る。侍女達がさっと寄ってきたが、サリーが押しのけて紅茶を注いでくれた。
 サリーと訴えかけるように顔を見つめると、彼女の頬が赤くなっていく。
 注いだ紅茶に、サリーが口をつける。そのまま嚥下して、さっとコップの縁を指で拭った。
 恐々と義姉様へ視線を投げる。サリーの行動は無礼な行動だ。咎められて帰れと言われてもおかしくはない。
 彼女は唇を吊り上げて、愉快そうに指を振った。

「そっちの子も、座りなよ」
「え!?」
「カルディアの友達なのだろう? 席に座るといい」

 この場にいるマジョリカ義姉様以外が、顔を見合わせる。
 とくに座りなよと言われたサリーは、不可解そうに首を傾げた。

「どうしたの。座らないのかい?」
「マジョリカ様」

 控えていた乳母が叱りつけるように声を上げた。
 鬱陶しそうに一瞥して、マジョリカ義姉様は頬を膨らませる。

「ばあやはうるさいなあ。カルディア一人だけというのも可哀そうだろう?」
「可哀そうだなんて! あのものは姫様に無礼を働いたのですよ!? だいたい使用人の分際で、茶会に参加するだなんて! 絶対にいけません!」
「そうかなあ。今日は別にいいじゃないか。今は私とカルディアしかここにいないのだし」
「そういう問題ではありません!」

 顔を真っ赤にして乳母が反論した。
 こんな内輪もめをするような人達ではなかった。正しい貴族意識。正しい淑女の仕草。皆が、マジョリカ義姉様に恭しく従って、彼女はそれにしっかりと答えていた。愛される人だった。

「ああ、こんな女など呼ぶべきではなかったのです! いくらレオン殿下が可愛がっているとはいえ、妾の子! しかも貴族へと下賜される女です! 関わってはならないとあれほど申しましたのに!」

 屈辱的な言葉を口にされたのだと、遅れて気がついた。乳母はおいおいと涙をこぼしている。マジョリカ義姉様は、なぜそんなに泣いているのかと不思議がっているように見えた。

「そんなことを言ってはいけないよ、ばあや。カルディアはとても可愛らしい子じゃないか。何が不満なんだい。聞かせておくれ」
「姫様は、姫様はわたくしの言葉など聞いて下さらない! もう、意識が彼岸に行ってしまわれたのだわ! ああ、お労しい、姫様……わたくしの姫様あ…っ……」

 義姉様は乳母の肩を抱いて、背中を摩った。周りに控えた侍女達が、二人を気味が悪そうに眺めている。
 しばらくして、乳母は侍女に支えられて席を外した。義姉様は悲しそうに眉を顰める。

「すまないね、カルディア。どうもばあやはこの頃心を病んでしまったようで。私がレオン殿下のお子を産めないことを自分のことのように悔やんでくれているんだ。……故郷に帰してやりたいのだが、私の子供を抱くまでは帰らないと言っていてね」

 頷くふりをして紅茶に口をつける。
 なんだ、何が起こっている? 私は何を見せられているんだ?
 まるで、舞台の一幕のように現実味がない。さっきのことは本当に今ここであったことなのだろうか。
 乳母が私を罵倒して、義姉様がどうしてそんなことを言うのかと尋ねた。
 あの義姉様が? 乳母の言うことに従っていた人が? どうしてそんなことをと問うのか?
 あの乳母の取り乱しようは確かにどうかしていると思うが、それより、私の目には義姉様の方が病んでいるように見える。
 男装をしていることも、言葉遣いが変わっていることも異常だ。
 カップを置いて、息を整える。とにかく冷静にならなくては。

「お気になさらないでください。気鬱は誰にでも起こりえることですから。それよりも、マジョリカ義姉様、その恰好は……?」
「この恰好? ああ、どうだろう、似合っているかな。普通の燕尾服だと肩や腰回りが私とは合わなくてね、特別に仕立てて貰ったんだ」

 立ち上がって、くるりと回った。
 灰色の燕尾服に血のように紅いカフスボタン。杖は黒く艶光している。ハットがあれば完璧な紳士だ。
 顔に褒めて欲しいと書いてある。手放しに褒めると満足したように席についた。

「褒められるのは好きだな。もっと褒めて欲しいぐらいだ」
「……ええっと」

 もっと聞いていいものか。もだもだと悩んでいるうちにケーキが運ばれてきた。水色の明るいケーキだ。花まで添えてある。朝から食べるようなものには見えない。酷く重そうだ。

「義姉様……これは」
「朝食だよ。とっても美味しそうだ。いただきます」

 立ち上がって叫びそうになった。
 義姉様は、指でケーキをすくって食べ始めたのだ。
 クリームがついた指先を舐めて、んと小さく声を溢す。
 心音が煩い。フォークとナイフが用意されているのに、躊躇いもせずに素手で取った。もう、疑いようもない。義姉様は、おかしくなってしまっている。

「カルディアは食べないの?」

 小指をしゃぶりながら、尋ねてくる。
 私は首を横に振った。義姉様は笑うだけで咎めもしなかった。この場において、やってはいけないことなど何もないようだった。

「そうか。ならば、仕方がないね。……レオン殿下の怪我の具合はどう?」
「まだ、歩くのは難儀していらっしゃいます」
「お見舞いに行かなくては、行かなくてはと思ってはいるのだがね。忙しくて」
「……何か、ご準備されていらっしゃるのですか?」

 ぱんと両手を合わせ、美しく義姉様は口を綻ばせた。

「言ってなかったか。レオン殿下の政務を肩代わりしているんだよ。これが案外難しくてね。いやあ、殿下は本当に素晴らしい方だ」
「政務を」

 喉を引っ掻くような低い声が出た。

「そうだよ、民の嘆願書に目を通してね、より良い生活を送れふように知恵を絞るんだ。あとは、恵まれない子供達への援助についてを考えているよ」

 マジョリカ義姉様のあげたものは、恵まれない者や幼い子供への支援ばかりだった。孤児院に菓子を贈ってはどうか、洋服を作る工場へ働かきに行かせてはどうか。お金があるものが、寄付してはどうか。
 彼女はそれを本気で政務だと思い込んでいるようだった。
 淑女が熱心に取り組む慈善事業が、頭のなかで政務にすり替わってしまっているのだ。
 何を言っているのですかと正気を戻そうとするには、あまりにも無邪気な笑顔だった。

「皆が少しずつ幸福になれば、きっといい方向に向かうと思うんだ」

 眩しいまでの理想に、胸焼けがしそうだ。皆が幸福になる。平等になることを望んでいた私と同じだ。綺麗事ばかりで中身が空っぽ。
 フィリップ兄様がいたら、義姉様のこの夢物語にどう評価を下すのだろう。一笑にふすのだろうか。

「そうですね、私もそう思います」

 満足そうに頷いている。頭を抱えて蹲りたくなった。
 義姉様はいつからこの状態なのだろう。

「ありがとう、カルディアならば分かってくれると思ったんだ」

 さあ、もっと沢山話をしよう。
 それからもう義姉様の話を一方的に聞くばかりだった。彼女はいっぱい話してくれたけれど、荒唐無稽な世迷言ばかりだった。
 聞いているだけで頭がおかしくなりそうだ。
 けれど、義姉様は楽しそうだった。ならば、苦痛でも話を聞いていなければ。

「どこの馬鹿が引っかかったかと思えば、お前か。カルディア」

 揶揄うような声がかけられる。聞き覚えのある声だ。振り返らずにいると、頭を掴まれた。力任せに首をひねられる。
 美丈夫の顔が楽しげに片目を閉じる。

「ご機嫌よう、マジョリカ」
「ご機嫌よう。……君は誰だったかな?」
「おいおい、忘れたのか。クロード、レオンの従兄弟だ」
「あ、ああ。クロード! すまないね、少しぼおっとしていたよ」

 痛いと抗議のために腕を叩くとぎろりと睨まれた。首がへし折られるぐらい強い力だ。黙っておけということなのか。

「まあ、構わんさ。それよりもマジョリカ、どうだ、子供は。そろそろお前かカナリアが産まなきゃいけないだろ。カナリアはともかく、お前はまだ妊娠の兆しさえない」
「あ、ああ。そうだね。レオン殿下ともきちんと話はしているんだ。そろそろ本格的に頑張らなくてはならないと」
「へえ、レオンといつ会ったんだ? あいつは今、離宮にいるだろう」

 困ったように眉を下げている。

「離宮……? 何のことだったかな」
「薄情だな。レオンは倒れたっていうのに。知らせが届いていないのか?」
「レオン殿下が!?」

 机をひっくり返しそうなほど勢いよく立ち上がって、クロードを見つめ返した。
 私とさっきレオン兄様の話をしたことをまるっと忘れてしまっていた。あくあくと息が浅くなる。

「カルディア、私はレオン殿下のところに行ってくるよ。こうしてはいられない。早くお顔を拝見しなくては」
「そうか? でも、気を付けろよ。フィリップがいるぞ」

 フィリップ。その名前を聞いた瞬間、ガタガタと体が揺れ始めた。玉のような汗が、義姉様の額から零れ落ちていく。

「そ、そんなはずないわ。だって、サラザーヌの領地にいると」
「戻って来てるんだよ。レオンの代理をするためにな」
「嘘、嘘嘘……ああ、ばあや、ばあや、ばあや! わたくし、――違う! 私は! レオン殿下に会いに行かなくちゃ!」

 マジョリカ義姉様は大股で王宮の中へと走り去っていった。離宮の方角には一切、視線を向けることはなかった。
 クロードが私を見下しながら、笑っている。

「何も分からないって顔してるな? 教えてやろうか?」

 情報の糸が垂れ落とされている。
 クロードに頼っていいのか。
 ふと横目に凄い顔をしたサリーを見つけてしまった。私の頭から手を離したら、喉元に噛み付いてやる。そんな殺気立ったざらついた瞳。
 首を小さく振る。クロードに危害を加えてはいけない。そもそも、サリーはさっきマジョリカ義姉様に不遜な態度を取った。何度も目立った行動をするべきじゃない。
 サリーに冷静さを取り戻させるために時間が必要だ。

「お前が教えてくれるのならば」

 垂れ落とされた糸をしっかりと掴む。そう来なくちゃといわんばかりににやりと笑って、マジョリカ義姉様が座っていた椅子に寄りかかった。大きな図体が、義姉様が座っていた華奢な椅子との対比でさらに大きく見える。

「いいぜ、何から話そうか?」


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