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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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しおりを挟む「義姉様はいつからあんな格好をしていらっしゃるの」
少なくとも私が知る限り、マジョリカ義姉様が男装に目覚めたという話は聞いたことがない。社交界は噂が千里をかける。この世でもっとも醜聞と汚点が早く伝わる場所だ。だが、聞いたことがない。マジョリカ義姉様の男装はかなり最近のはずだ。
「ごく最近だよ、お察しの通りな」
「どうして? レオン兄様が倒れられたから?」
「ある意味ではそうかもな」
はぐらかすような笑みに苛立つ。
クロードはわざと核心を教えてくれない。自分で考えてみろと問いかけられているのだ。
レオン兄様が直接の原因じゃない。マジョリカ義姉様は明らかにフィリップ兄様の名前を聞いて取り乱していた。
「フィリップ兄様が戻ってきたから?」
「ご名答。サラザーヌ領に送られた男が何を間違ってか、レオンのかわりをするとかなんとか言って王宮に戻ってきたんだ。マジョリカとしては混乱するだろうさ、あの公女様はマイクがいない王宮なんてはじめてなんだからな」
「マイク兄様がいないことが、そこまで重要?」
「王宮で育っていないとそういうことが分からないのか」
いちいち人を小馬鹿にしないと会話が出来ないのか、この男は。
「フィリップがマジョリカにやってきた悪行を先に気が付いて止めていたのは他ならぬマイクだ。――ああ、一度だけマイクがしくじったことがあったな」
クロードは自分の顔を指でつついた。マジョリカ義姉様の痣がある部分と同じ場所だった。
「顔の痣は事故で出来たと聞いたか? だが、そんなのは出鱈目だ。フィリップが顔に焼き鏝を押し付けて火傷傷を負わせた。清族を呼んで治させたが、術が効きにくい体質らしくてな、ああやって痣が残った」
「フィリップ兄様が、マジョリカ義姉様になんでそんなことを……」
「理由なんて一つしかない。フィリップはマジョリカが邪魔なんだよ」
目線を彷徨わせる。クロードの言葉が私にはよく分からない。そもそも、フィリップ兄様はどうしてマジョリカ義姉様をそこまで嫌うのだろう。初夜を妨害したのだって、よく分からない。そんなことをする必要がどこにあるのだろう。
「どうして邪魔なの。マジョリカ義姉様の何がそんなに気に入らないの」
「そりゃあ、気に食わんだろうさ。なあ、カルディア。俺とレオンは歳が近いだろう?」
「え? ええ」
それとマジョリカ義姉様が嫌われる理由に何の関係があるというのだろう。
「それで、俺の名前は?」
「クロード」
「クロードディオスだ、正式にはな。長ったらしくて俺は嫌いだが」
首を傾げる。これは何の話だ。
「……それがなんだと言うのよ。ノアも、お前の名前には何か意味があると言っていたわね」
「へえ、ノア・ゾイデックと交流があるとは珍しい。珍品には珍品が集まってくるのか?」
「茶化さないで」
こいつ、話す気がないのか?
「ここまで言っても分からないなら相当だな。そうか、お前は普通の家族関係を知らないんだもんな。名前も、女神の名前だ」
「私の名前とお前の名前、何か違うとでも?」
「いいや、仕組みは一緒さ。なあ、カルディア、お前は女神の名前を冠している。一部じゃあ、女神の生まれ変わりだなんて思っている奴もいるぐらいだ。名前にはそれぐらいの力がある。関係性を如実にあらわすことも出来る」
さてここで立ち戻ってみようとクロードは手を合わせた。
「我が国の国王陛下の名前を一部受け継いだ俺の名前と、特に関係なくただ王族らしいというだけでつけられただけのレオンという名前。どちらがより、意味を持つと思う?」
にやにやとクロードは笑っている。
父王様の名前の一部を受け継いだクロード。継いでいないレオン兄様。二人を比べるなんて無意味なことではないのか。でも、クロードが何が言いたいのかはだんだん理解してきた。
「俺もレオンも結婚相手は幼い頃から決まっていた。俺はカナリア。レオンはマジョリカ。さあて、ここで問題だ。カナリアとマジョリカ。どちらが身分が高かった?」
カナリア様はクロードの妻。今は亡きファスティマ王国の二番目の王女だった。
マジョリカ義姉様は公国の公女。今はクロードの領地になっているが、元々はアルジュナの領地だった。
「カナリア様はファスティマの王族よね? マジョリカ義姉様はアルジュナの公爵家だから、カナリア様?」
「そう、まあ今じゃカナリアの家は公爵家にまで堕ちちまったが。カナリアとマジョリカじゃあ、身分が違う。ファスティマ王国が健在だったときは、アルジュナよりファスティマの方が国としてはデカかったし影響力もあった」
「……お前が生まれた時から婚約の話があったの?」
「違う、六歳ぐらいだったか、それぐらいだ。レオンはもう生まれていて、マジョリカとカナリアが二歳ぐらいだったか。婚約者は国王陛下の手によって決まった。カルディア、お前だったらマジョリカとカナリア。どちらを俺にあてがう?」
「マジョリカ義姉様」
即答する。有事の際以外、王族は王族同士で結婚するのがいいはずだ。勿論、いろいろな政治的な兼ね合いもあるのだろうけど。他所の国の王女が、王子に嫁いでくると批判も多いと聞く。国内が不安定なときに無理に妻にすると弊害が出るらしい。
「だが、カナリアは俺と結婚した。ここから導き出される答えは?」
「当時の政治状況を知らないから一概こうだと決め付けられない気がするけど」
「頭が堅い。直感的に思ったことを言えばいいんだよ」
口にするのが気が重い。それでもクロードはさっさと口にしろとばかりに目を細めて促してくる。
「――まるでお前が父王様の息子みたい」
「そういうことだ。ここまで来るまでに随分時間をかけたな」
「そういうことではないでしょう。どうしてレオン兄様が、お前より待遇が悪いの」
レオン兄様が直系だ。クロードの王位継承権はサガルの次。なのに、どうしてクロードが継ぐような待遇なのだろうか。
「分からんのか」
「……分からないわよ」
「分かりたくないの間違いだろ」
マジョリカ義姉様のカップをぐらぐらと揺らしている。
「我らが王妃様は、国民の人気取りのために王妃の座を勝ち取ることが叶った」
「人気取りの為に?」
「美貌の王妃。それだけで、国民はころりと騙される。あいつら外見が大切でどんな中身だろうと関係はないのさ。人気取りは成功した。美しい王妃。そのふれこみは素晴らしいものだった」
揺らし過ぎてカップから紅茶が溢れる。指についた水滴を舐め取りながら、クロードは続けた。
「だが、家臣に勧められて結婚した陛下の方はというと、お前も知っての通りだ。王妃のことを嫌っていた。それはもう凄かったらしいぞ。最初の一年、床に入っても手を出さず、耐えかねた王妃が襲って来てもアレが萎えて使い物にならなかったとか?」
「ひ、卑猥なことを混ぜないで」
誰が父王様の性事情を知りたいと言った。
「こんなの卑猥のうちに入らんだろ。おぼこ気取ってるが、流石にリストかギスランに処女は捧げているだろう?」
「――ば、馬鹿ではないの!? そんなこと、するはずがないわ!」
叫んではっとする。クロードはにやにやと下品に笑みを深めた。はめられたと歯を食いしばる。
「へえ、まだ処女なのか。男漁りが激しいと聞いたから、てっきり一人寝も出来ぬ体なんじゃないかと思っていた」
「そんなわけないでしょう! 一人で寝ているし、男漁りなんてしていない!」
「ははっ、そう力むな。顔が真っ赤だぞ」
信じられない。この下劣な男がどうしてレオン兄様よりも待遇が良いのだろう。
「さて、話を戻すか。王妃を嫌った陛下も、まあ結局は外圧に負ける。聞いた話だとお前の母親がけしかけたらしいぞ。後継者を四人産めば自分が愛人になってもいいと」
「な、なにそれ」
「それほど、陛下は子供を産むということに積極的じゃなかったということだ。そういう望まれない子の待遇が悪くなるのは、何らおかしなことじゃないだろ」
「……お前を次の王にしたかったという可能性は?」
レオン兄様ではなく、クロードを王にしたかったから、待遇に差をつけた。そう言われた方がまだ救いがある。
「まあ、レオンを王にするよりはましだったと当時は思っていそうだがな。陛下のお考えは読めん。俺はお前を女王にしてレオンを引き摺り降ろすもんだと思っていたが。お前は嫌われて、レオンの方が王になる方がましと思われているようだし?」
「……誰もがそう言うわね。父王様のお考えは読めないと。誰か知っている人間はいないの?」
「俺の父だって知らないんだぞ。誰が知っていると?」
頭を抱える。宰相が知らないのだったら、本当に誰が知っているのだ。
「お前とレオン兄様は比べられていたということよね。そして、いつもレオン兄様は不利だった。……それで、どうしてフィリップ兄様はマジョリカ義姉様を嫌うのよ」
「鈍すぎて笑えてくるな」
苦笑を浮かべて、クロードは髪の先を弄る。何かついていたのか、机の外に払ったあとに私をじっと凝視する。
「フィリップにとって、マジョリカはレオンに相応しくない相手なんだよ。元アルジュナの公爵の娘。今やその領地は俺の領地になっている。レオンの後ろ盾になるような影響力のある貴族でもなくなった。できることならば離縁させたい」
「!」
子を産めない王妃に離縁を迫る話はよくある。王族の責務は一番がその血を絶やさないように子供を産むことだ。マジョリカ義姉様は結婚して経つがまだ第一子を設けられていない。
「フィリップの頭のなかじゃあ、アルジュナの王女様がいいとでも思ってるんじゃないか。隣国の姫君だし、うまくいけばアルジュナを手中に収めることができる。うちは王子が居過ぎなぐらいだし、領土は広ければ広いほど喧嘩が少なくて済む」
クロードの馬鹿げた話が笑えない。リストと縁談を結んでいたアルジュナの王女は、今やあの国の女王になろうとしている。妙齢でいずれ婿を取るだろうが、砂漠の蠍王がいる不安定な情勢のなか、ライドル王国との同盟の象徴として結婚が選ばれる可能性はないわけではない。
そのときレオン兄様が独身であったら、きっとアルジュナの女王と結婚することに利点は多いだろう。
「マジョリカとレオンの間には子供がまだいない。来年まで産まれそうになければ、離縁されるなんて話もある。フィリップにとっては都合がいい。このまま、精神的に病めば、もっと楽に話が進められる」
「……フィリップ兄様は、本当にマジョリカ義姉様を追い出したいのね。マジョリカ義姉様はそれに抗っている。たとえそれが心を病んでいる証拠になり得るとしても。男装をして強い自分を演出していらっしゃるのね」
「うーん。それは少し違う。言っただろ。マイクがいないことが重要なんだよ。マイクがいないとフィリップの行動は予想がつかない。追い詰められたマジョリカはマイクが帰って来てくれることを望むはずだ。だが、あいつはこの間国を出たばかりだ。すぐすぐには戻らない。ならば、こう思ったはずだろ」
クロードが親指とそのほかの指を合わせて蛇のような口をつくる。そいつをぱくぱくと動かして、こういった。
「自分がマイクになってしまえばいいってね」
口が開けなかった。とんでもなさ過ぎて。
「勿論、マイクのようなだ。事実、あいつがマイクになるのは不可能だ。深窓のご令嬢様だからな、マイクのと交流はレオンより少ない。夫以外の交流を乳母に奪われた弊害だな。あいつ自身、マイクのことをよく知らないんだよ。だから、マイク自身にはなれない。ただ、フィリップを諫め、暴走を抑制していた事実は知っている。そんな頼もしい男性。それがあの男装版マジョリカの正体だ」
「マジョリカ義姉様は、自分を守る為にあの格好をしていた」
「そう! 笑えるだろ、あの格好はこの間夜会に出たときにマイクが着ていた服そのままだ」
だから、燕尾服だったのか。
そのままでは着れなかったとも、マジョリカ義姉様は言っていた。その言葉の意味は、マイク兄様の服を着ようとしていたからなのか。じゃあ、あの服は、マイク兄様のもの? あるいは、そっくりなものを急いで作らせたのか。
「なあ、カルディア、あそこまで追い詰められたマジョリカに子供を産めというのは酷なことだとは思わんか」
「お前も、マジョリカ義姉様をおろしたいの」
「そりゃあ、なあ。おろしてやった方が優しいとは思うがね。レオンの妻が務まるような器じゃなかったってことさ」
クロードが立ち上がり、近づいて来る。私の目の前で止まった。濡れた指で、顎の下をなぞられる。
「それで、カルディア。お前はどう思うんだ?」
リストにそっくりな少しきつめな瞳。血の繋がりはないはずなのに、クロードとリストは似ている。
「マジョリカをどうしてやれば幸せになると思う?」
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