どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

文字の大きさ
265 / 320
第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

251

しおりを挟む
『君達の世界は、もうこちらからの干渉を一切受けない状態になっているんだ。世界自体が消えてしまったのかと思ったのだけど、こうやって君と会話ができるってことはまだ世界自体はそこにあるってわけだね』
「な、なにを言っているのか、全く分からない」

 背の皮の文字が全部消えてしまった?
 背の皮は世界の全てが書かれたもののはずだ。そこに書かれた文字が変われば、世界も変わる。
 でも、文字は消えてしまったとニコラは言った。
 頭が熱で溶けそうなほどあつい。
 それはつまり……。どういうことだ?

『僕らにもよくわかってはいないんだ。メルが言うには、何らかの要因で、文字を盗まれて、誰かが観測しているんじゃないかって』
「……盗まれる? それに、観測?」
『うん。例えば、僕らのような存在だ。ユリウスとかの神と同じように、僕達は背の皮のおもりをしていた。ここのことを、時計の中、あるいは書物庫というらしいんだけど、そこで背の皮を毎日飽きもせずに見守っていた。でも、どうしてそんなことをしていたのだと思う?』
「どうして? 虫が集ってくるのでしょう? それに、エルシュオンは確か、お返しだと言っていたわ。新しい世界を編む参考にしているとか何とか」

 そうだと一度肯定して、ニコラは続けた。

『けれど、それだけじゃない。虫を駆除するだけならば、専用の眷属を用意すればいい。見るってことに意味があるんだ。観測するということに、価値がある』
「価値……」
『僕もよくはわかっていないけれど、虫が集って背の皮の記述が書き換わった。そう観測する人が必要なんだって。だから、背の皮を観測するように、そちらにある預言書も誰かに観測されているんじゃないかなっていうのがメルの予想なんだ』
「? わ、分からない……」

 背の皮の記述が書き換わったことが気が付く人間が必要なのはわかる。そうでなければ、そもそも、記述が書き換わったことさえ知らないだろうから。
 でも、預言書も観測されている?
 ……?

「ああ、えっと。だからね。背の皮と繋がっている預言書はある意味では簡易的な背の皮のようなものなんだ。その預言書の内容が記された預言書――小さな予言書があるば、予言書も背の皮のような役割を持つんじゃないかってこと」
「…………」

 そもそも、背の皮と預言書の関係だって理解しているとはいいがたいのに、新たな概念を追加しないで欲しい。
 つまり、予言書が、背の皮になり変わったってことなのか?

「うー、疑似的な背の皮と預言書の模倣というか……もしかして、言葉を重ねれば、重ねるほど混乱している?」
「ええ」
「だよねえ……。どう説明したらいいのか。そうだ。本があるとするでしょう? そこに書かれたものを写したものを作ったとする。するとそのうつしがまた写されて、本来あったものとかけ離れたものになってしまう」
「そのたとえは、分かるわ。判を重ねるごとに、童話の内容が変わることがあるから。昔の本は、写した人間の意志によって正確に写されないときがあるもの」
「そう、そんな感じ! 一番最初の原本と三番目の写されたほんが全く違う。だけどニ番目と三番目を比べてみると、どうしてこんなに違うのか分かるときがある」

 ……その話ならば分かるけれど、これは背の皮とあまり関係がない例え話なんじゃないだろうか。状況を照らし合わせると、原本が三番目が出来たことで白紙になった、ということになるだろうし。

『僕らはこの三番目がはなおとめがいる世界のどこかにあるんじゃないかと思っているんだ。でも、よく聞いて。普通は預言書のうつしが出ても背の皮の記述が消えることはない。だから、何かがおかしい。そこでこう思った。預言書は背の皮の写しではなく、はなおとめの世界における背の皮になったのだと』
「……頭が痛くなってきた」
『大丈夫、落ち着いて。きちんと分かるように説明するつもりだから。そうは言っても、預言書の複製が出来たって意味はないんだ。預言書はただ、世界へ干渉するための媒体だ。双方向性があるわけじゃない。一方的なんだ。手紙みたいにね』
「預言書を書き換えても、背の皮の記述は書き換えられない?」

 血の塊が不思議そうにまわりをぴょんぴょんと飛んでいる。
 こいつ、人間の形に戻る気はないのか?
 殺されかけたから、警戒している?

『そうだね。書き換えることは不可能だ。背の皮自体に集る虫は干渉できるけれど、預言書が書き換えることは無理だね』
「背の皮と預言書は互いに同じ記述を共有するけれど、上下関係があるということよね?」
『優位性があるのは事実だね。本質には背の皮にしか記述はないんだ。預言書はその影のようなものなんだ。付き従うけど、影を踏もうとも、本人には痛みはないでしょう?』
「た、たとえが沢山出てくるわね……」

 でも、よく分かった。私はてっきり預言書の記述が書き換えられたら、背の皮の記述も変わるものだとばかり思っていたが、そうではないのか。
 ……あれ?
 では、今どうなっているのだ?
 視線をぴょんぴょんと飛び回る人形師だったものに落とす。
 こいつは、預言書――ザルゴ公爵の背の皮を使って、ここにいると言っていなかったか?
 本を見ていたら、突然ここにいたと。そうしたら、死んだ人間も蘇って……。

「に、ニコラ。さっき言っていたわよね。預言書をうつしたところで、背の皮の記述は消えないって。でも、お前の言い方では、預言書が背の皮のようになったと言っているようだった。どうしてそう思うの?」
『ああ、ええっとね。僕はよくわからないんだけど、メルが言うんだ。世界の理が書き換えられているって。時間が巻かれているって。死に神が蘇る時間が近い。まだ瞬きの間はあったはずなのにって』
「時間が?」
『そうだよ。世界の終わる気配がするってね』

 不気味な預言めいた言葉に言葉を失う。
 世界が終わる。そんな言葉を真に受けるつもりはないが、ニコラがいうと凄みがある。
 それに、数百年前に生きていたと自称する人間達が現れて、人を殺してまわった。クロードも死んで、トーマも死んだ。国王――フィリップ兄様も。
 聖書が語る黙示録とはこういうことを指すのではないだろうか。

『……何、メル。変われって? そんな、突然言われても。分かった。分かったから、引っ張らないで!』

 衣擦れのような音がして、低い声が響いた。小さい声なのに、とても鮮明に聞こえた。じりじりと砂の擦るような音も、小さくなる。

『はなおとめ。近くに預言書はいるか』
「予言書」

 電話の主はメグ・メルだろう。夏の神と名乗っていた金色の髪を長く垂らした女の子。見た目に反して、声は低く一人称も俺だ。

『そうだ。いないのか。いないならば、おかしなことになっているよ。きっと大神の企みだ。君の住むその世界ごと切り離すつもりか?』
「……なんですって?」
『背の皮が機能していない。これは由々しき事態だよ。大神は、背の皮から書き換えられないように予言書を自殺させたはずだ。それなのになぜ背の皮の記述も消えた? 虫の仕業じゃない。文字がどこかに飛んでいくはずもない。……なあに、ニコラ。これは事故じゃないか? そんなこと、あるもんか!』

 金切り声で、メグ・メルは叫んだ。

『どんなことをしたか分からないが、これは理に反する。もう、誰も大神を庇い立てしないだろう。血塗れの小僧が、俺をはめた? ただ、殺すのが上手いだけだった傲慢なものが、このマグ・メルを? 生と死の循環を与えられた苛烈な夏の神を? コケにした報いを取らせなくては。大神は俺に管理を任せたくせに酷い勝手をした。責任を取らせる』
「で、でも大神はどこか遠くにいるのでしょう?」

 少なくとも直ぐ近くにいると言う感じではなかったはずだ。

『そうだ、だから呼び寄せなくては。……ところで、はなおとめ』

 とても甘い声で、はなおとめと呼ばれた。

『君を囮に使ったら、怒る?』
「怒るわよ!?」
『だよな。うーん、どうしたものかな。ここで神様特権を働かせて、力技で従わせてもいいんだけど。……うん、今見たら死に神に呪殺されそうになったから駄目だ。ニコラを食い殺す未来が見えた。野蛮な妖精に堕ちるところだった』
「ぶ、物騒ね……」

 よく分からないけれど、悩んだ末に力技は回避できたらしい。
 何をされそうになったんだ……?

『大神を呼び寄せようとしたら死に神が出てくるのか。意味が分からん兄弟神だ。揃ってはなおとめに執着する。……ん? ああ、ニコラがよくわからないだろうから、少し説明するようにと。普通は背の皮を通して未来を見るが、今回は記述が消えているからな。未来を少し覗いてやった。あまりやり過ぎるとまずいが、まあ少しは大丈夫だろう。感謝するように』
「は、はあ。ありがとう?」

 未来を覗いてやったとは、何?

『よろしい。覗いたところ、俺ははなおとめを軽く害して悲鳴を上げさせたのだが、それがいたく死に神の癇に障ったらしい。呪われて、正気を失った。ニコラを食べて妖精堕ちだ。恐ろしい。エルシュオンが賢かったか? 死に神に関わるとろくなことがない』

 死に神に関わる、か。地の底にいる死に神とは一度会ったことがある。
 それなりに友好的に接してもらえた自覚はある。はなおとめと呼ばれ、裁判ごっこにも参加させられた。そういえば、どうして私はあんなにも親切にされたのだろう。はなおとめ、だからか?

「は、はなおとめというのは何なの?」
『ん?』
「ずっと、そう呼ばれるの。でも、私には意味が分からない。どうして、そう呼ばれるの。髪に花が生えるから?」
『俺はそう下界に詳しくはないが』

 とマグ・メルは一言、前置きをした。

『はなおとめというのはもともと人間達の言葉だ。花を……何だったか。そう、花を売る。花売りからきている』
「私は花を売っていた記憶なんてないわ。花の種類だって、よく知らないし」
『一度、神に捧げられた神嫁たる乙女という意味もあるな。……知りたいのはそんなのじゃない? じゃあ、なんだと?』

 頭の中で言葉を選ぶ。そもそも、この状況で教えてもらうべきことなのだろうか。
 それでも、知りたかった。元々、訳が分からない状況なのだ。縫い目を解くように、一つずつ丁寧に謎を解明したい。

「私は、お前の知るはなおとめという存在と同じなの。――お前は私にあったことがある?」
『あった。……その質問の意図は? 忘れている、思い出せないとでも言いたいのか。脆弱な人の身で? 忘却は常。死より身近だろうに』
「はなおとめをやめることはできないの?」

 声が止まった。足元の血がぴょんぴょん跳ねてーーいつの間にか拾っていたリストからの手紙を何度もひらひら舞い上がらせていた。取ろうかと手を伸ばした時、大声が響く。

『やめる? はなおとめをやめたいのか! あははははは、これは愉快だ。やめたいか!』
「だ、だめなの?」
『さあ、俺は知らない。けれど、やめる。そうか、やめたいのか。出来るかもしれないが、まずは天帝に断りを入れなくては』
「……天帝に?」

 どうしてそこに天帝が出てくるのだ? 
 いや、どうしてではないのか。
 ヴィクターは私に対してとても好意的だった。天帝のためならば納得がいく。
 ――はなおとめ。
 もし『花と天帝』の花が、はなおとめを指すのならば。
 私が幼い頃に過ごした塔が、『聖塔』とその昔言われていたと聞いた。そして、その『聖塔』には、寵愛の子をいれるのだと。神々に選ばれた子を入れる。ユリウスが、前にそう話していたはずだ。
 まさか、と思いながら、何だか筋の通ったことのように思えてならなかった。
 神は人を選ぶ。選んだ中で伴侶を選ぶ。そうすると、ニコラやユリウスのようになる。

『未熟ではあるが、アレも神だ。天を操り、人にも愛される。機嫌を損ね過ぎないように。雷を降らせてくるぞ』
「ど、どうしろって? 天に向かって叫べば天帝と会える?」
『まさか。時を待て。どうせ、耐え切れずに会いに来るだろう。花婿は花嫁を求めるもの。恋い焦がれて、墜ちてくる。恋と同じだな』

 知ったような口を神様は呟く。淡々としていた。ひとかけらだって熱を帯びない。恋なんて、経験したことがないことは簡単に察せられた。恋をしたことがない神様が、恋と同じだと言うなんて、変な冗談みたいだった。

「私は大神に気に入られていて、死に神がお前達を呪い殺そうとするぐらい好まれていて、それでいて天帝にも挨拶しなくてはならないということ?」
『そうだとも。そう聞くと凄まじいな。もしかして、俺もころっとはなおとめに狂ったりするんだろうか』
「ぞっとするようなことを言わないで。――大神はどうすれば現れるの」
『さて。はなおとめの悲鳴では呼べないことは確かだ』

 そう言って、マグ・メルは低い声をもっと低く響かせる。

『次はその話をしよう』
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

家出を決行した結果

恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。 デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。 自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。 ※なろうさんにも公開しています。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

幼馴染の許嫁

山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

処理中です...