284 / 320
第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
270
しおりを挟む
「……人形師」
マグ・メルが叫んでいた。
その男を殺せ!
痺れるような声だった。
あのときはあやふやで信用なんかしていなかった。いや、気にかけてはいたけれど殺せという言葉の強さに戸惑っていた。
人形師が原因だという根拠や証拠を欲していた。殺せば元の世界に戻るという確証が欲しかった。
今このときも分からないでいる。こんなに弱々しい人形に何ができると言うのだろう。ぽたりぽたりと血が落ちている。
これは本当に生きていると言えるのか。そもそもこれは人なのか。ただ、人形が動いているだけなのではないか。
「昔、ある王の治世において王宮が半壊したことがあった。イーストンの馬鹿息子とゾイディックの力自慢が暴れ回ったんだ。それ以来、名の通った暴れ馬や王宮の塀より身の丈があるものは人形の姿を取ることと定められた」
「何、それ」
「人形師の成り立ちだ。王宮お抱えとなった人形師は、人形族が残した遺骸に貴族達を入れて城への出入りを可能にしていた。そのうち人形師に賄賂やら何やらが蔓延って、処罰されたり反乱を企てたりした」
「こいつは貴族だと言っていたわ。清族を名乗るようになったとは言っていたけれど」
「貴族には出なくてはならない会合や舞踏会が多かったからな。面倒くさがる男だったからそう言って逃れていたのだろう」
「お前とこの男とはあまり面識がなかったと聞いたわ」
ザルゴ公爵は私をじぃと見つめた。
「お前が尋ねてきた時、がっくり来たのだと言っていたわ。どうしてこの男を頼ったの。どうしてこの男がこんな目にあっている」
「こんな目か。どんな目にあっていると言うんだ」
「すくなくとも正気じゃない」
肩を揺らそうが叩こうが反応しないのだ。
我を忘れていて反応すらしない。
「これはオクタヴィスが望んだことだ」
「お前が背の皮を押し付けたのでしょう?!」
埒が明かない。
この男、私が何も知らない能無だと言いたいのか?
こいつの正体を前からずっと考えている。革命前の時代から生き残った大神の写身。背の皮。
ザルゴ公爵は死んだと聞いていた。背の皮も死んだと。代わりを見つけられずに、どうなったか分からないともきいた。かわりだったミミズクもおらず、背の皮を通して世界を書き直すことがかなわないのだと。
だが、ザルゴ公爵は元気そうにしている。
人形師だけが本を覗き込んで正気を失っているのだ。
「お前が思うほど私は馬鹿じゃない。お前が背の皮だったことも、お前がそれを譲り渡したことも知っている。どうしてそんなことをしたの。お前は何が目的なの」
「……ならば、俺の名前も正しく呼べるのだろうな」
ぼうっと人形師を見下ろしているリストに視線をやってすぐに逸らす。彼に聞こえないほど小さな声で名前を呼んだ。
「リスト」
ぼんやりとした瞳が私を見たのが横目で分かった。それに気がつかないフリをして今度は聞こえるような大きさで呟く。
「リスト・ライドル」
間に何か挟まるだろうか。
リストとライドルの間に祖父や曽祖父の名前が入るのが一般的だ。私なんかよく分からない名前がずらずらと並んでいる。
短く縮めるときは国の名前を名乗るか、自分が統治している土地の名前を入れる。
「お前の名前でしょう? 知らないとは言わせないわよ」
ザルゴ公爵はくつくつ笑いーーそのうちゲラゲラと大口を開けて肩を震わせる。
「お前でもないのか! 案外、期待していたんだがな」
「……は?」
「こっちの話だ。まあいい。俺の目的を知りたいんだったな。ならば聞かせてやる。俺はーー俺達は歴史を戻そうとしただけだ」
「夢みたいなことを言うのね」
「夢なものか。実際、一度時は戻っている。繰り返されたと言っていい」
「どういうこと?」
ザルゴ公爵は好戦的に笑って見せた。今まで浮かべてきたどの表情よりも獣じみていた。神を冒涜するような野卑さだった。
「女神リナリナの大偉業だ。聖塔の男が死んで、代わりの男も死んだ。癇癪を起こした女神が力を使って歴史を書き換えた」
大偉業とかなり皮肉げにザルゴ公爵は言った。
マグ・メルが叫んでいた。
その男を殺せ!
痺れるような声だった。
あのときはあやふやで信用なんかしていなかった。いや、気にかけてはいたけれど殺せという言葉の強さに戸惑っていた。
人形師が原因だという根拠や証拠を欲していた。殺せば元の世界に戻るという確証が欲しかった。
今このときも分からないでいる。こんなに弱々しい人形に何ができると言うのだろう。ぽたりぽたりと血が落ちている。
これは本当に生きていると言えるのか。そもそもこれは人なのか。ただ、人形が動いているだけなのではないか。
「昔、ある王の治世において王宮が半壊したことがあった。イーストンの馬鹿息子とゾイディックの力自慢が暴れ回ったんだ。それ以来、名の通った暴れ馬や王宮の塀より身の丈があるものは人形の姿を取ることと定められた」
「何、それ」
「人形師の成り立ちだ。王宮お抱えとなった人形師は、人形族が残した遺骸に貴族達を入れて城への出入りを可能にしていた。そのうち人形師に賄賂やら何やらが蔓延って、処罰されたり反乱を企てたりした」
「こいつは貴族だと言っていたわ。清族を名乗るようになったとは言っていたけれど」
「貴族には出なくてはならない会合や舞踏会が多かったからな。面倒くさがる男だったからそう言って逃れていたのだろう」
「お前とこの男とはあまり面識がなかったと聞いたわ」
ザルゴ公爵は私をじぃと見つめた。
「お前が尋ねてきた時、がっくり来たのだと言っていたわ。どうしてこの男を頼ったの。どうしてこの男がこんな目にあっている」
「こんな目か。どんな目にあっていると言うんだ」
「すくなくとも正気じゃない」
肩を揺らそうが叩こうが反応しないのだ。
我を忘れていて反応すらしない。
「これはオクタヴィスが望んだことだ」
「お前が背の皮を押し付けたのでしょう?!」
埒が明かない。
この男、私が何も知らない能無だと言いたいのか?
こいつの正体を前からずっと考えている。革命前の時代から生き残った大神の写身。背の皮。
ザルゴ公爵は死んだと聞いていた。背の皮も死んだと。代わりを見つけられずに、どうなったか分からないともきいた。かわりだったミミズクもおらず、背の皮を通して世界を書き直すことがかなわないのだと。
だが、ザルゴ公爵は元気そうにしている。
人形師だけが本を覗き込んで正気を失っているのだ。
「お前が思うほど私は馬鹿じゃない。お前が背の皮だったことも、お前がそれを譲り渡したことも知っている。どうしてそんなことをしたの。お前は何が目的なの」
「……ならば、俺の名前も正しく呼べるのだろうな」
ぼうっと人形師を見下ろしているリストに視線をやってすぐに逸らす。彼に聞こえないほど小さな声で名前を呼んだ。
「リスト」
ぼんやりとした瞳が私を見たのが横目で分かった。それに気がつかないフリをして今度は聞こえるような大きさで呟く。
「リスト・ライドル」
間に何か挟まるだろうか。
リストとライドルの間に祖父や曽祖父の名前が入るのが一般的だ。私なんかよく分からない名前がずらずらと並んでいる。
短く縮めるときは国の名前を名乗るか、自分が統治している土地の名前を入れる。
「お前の名前でしょう? 知らないとは言わせないわよ」
ザルゴ公爵はくつくつ笑いーーそのうちゲラゲラと大口を開けて肩を震わせる。
「お前でもないのか! 案外、期待していたんだがな」
「……は?」
「こっちの話だ。まあいい。俺の目的を知りたいんだったな。ならば聞かせてやる。俺はーー俺達は歴史を戻そうとしただけだ」
「夢みたいなことを言うのね」
「夢なものか。実際、一度時は戻っている。繰り返されたと言っていい」
「どういうこと?」
ザルゴ公爵は好戦的に笑って見せた。今まで浮かべてきたどの表情よりも獣じみていた。神を冒涜するような野卑さだった。
「女神リナリナの大偉業だ。聖塔の男が死んで、代わりの男も死んだ。癇癪を起こした女神が力を使って歴史を書き換えた」
大偉業とかなり皮肉げにザルゴ公爵は言った。
0
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
逃した番は他国に嫁ぐ
基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」
婚約者との茶会。
和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。
獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。
だから、グリシアも頷いた。
「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」
グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。
こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
家出を決行した結果
棗
恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。
デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。
自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。
※なろうさんにも公開しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。
佐藤 美奈
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は、公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。
「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」
ある日、ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる