どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

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「お喋りな男だったとは思わなかったが。兄妹だと気が緩むものか」
「…………お前は、クロードの手によって死んだと聞いたわ」
「そうだな。だが、生きている。案外、俺もしぶといものだ。――フィリップは最後どんな最期を迎えた?」
「……謀略を得意とした男が、謀殺以外で死ねると思うのか」

 リストは暗い声を出して答えた。

「お前がやったのか。リスト? お前が殺したのか、王族を?」
「だとしたらどうだと。ザルゴ公爵、お前が俺を知った気になるのは結構だが、非難するならばお門違いだ」
「まさか。むしろ感心している。お前がそこまで知恵の回る奴だとは思わなかった。相手はあの賢しいフィリップだ。後手に回るものとばかり思っていたが」
「知ったような口を……」

 グラスを突き返し、リストとザルゴ公爵の両方を見やる。
 皮肉の応酬は慣れたものだ。リストはずっと拗ねた子供のようなことを言うのだから。

「知っているつもりだ。というか、想像がつかないと思ったのか? マイク、レオンと来て、次はカルディアかサガルだ。国王が官吏に作らせた女王成立のための法案の下書きでも見つかったか? それとも、単純にこの子がヘマをしたのか」
「……」
「……いや、計画自体は元々あったものか。わざわざクロードに嫁がせたというのに、結局は欲を抑えきれなくなったのか」
「あの気狂いが欲を抑え込めたことなど一度もない」

 リストは最初こそ、囁くような声だった。だが、段々と力が入り、ないと言い切ったときには拳を握りこみ震えていた。
 なぜなのだろう。塔であった時、リストはフィリップ兄様の話をした。理想に生きたが、と言っていたはずだ。
 フィリップは世間知らずだとも。
 あの時は、悪様に言ってはいなかったのに。

「あの男が持っていたのは、支配欲と嗜虐心、それと猜疑心だけだ。人間の情など最期の最期まで理解することはなかった」
「随分な物言いだ」
「産まれたときから賢しい奴というのはそうある。まるで予定調和のように周りの人間の言動を制御し、神のように振舞う。あの男は産まれた時から、人を見下していた」
「……ああ、そういえばレオンに対してもそうだったか。自分が殺されると思って動いていた」
「気持ちが悪い男だ。どうして誰もあいつのことを愛さなかったのか分かるというもの。あいつは、存在自体が不気味で、おぞましい。レオンが殺そうと画策するのも分かる」

 リストは、レオン兄様が殺そうとしていたことも知っていたのか。
 ……それもそうか。内々にとはいえ、王族が牢屋にぶち込まれたのだ。リストが知らないはずがない。

「フィリップは蝋燭の炎をかき消すように、王族を陥れていったと? だが、ここに、カルディアがいるように思うが」
「三人の姉達がいたからな。一人一人、丁寧に殺して回った」
「……え?」

 姉がいる。腹違いの。全員、政略結婚で嫁いでいる。他国。他部族。王族らしい結婚だ。
 最初の方こそ、手紙が届くことはあったが今では便りはなかった。だが、死んだとなればカルディアが――この世界のカルディアが知らないはずがない。

「ど、どうして。だって、姉様達は他国に嫁いだ方ばかりでしょう?」
「三人ともが、国に戻らなかったからだ」
「……ど、どういうこと?」

 意味が分からない。国にいないならば、王位継承争いに参加するとはならないはず。
 嫁いだ先との兼ね合いもあるし、ライドル王国がもし女王を認めたとしてもフィリップ兄様――国王陛下の代わりにと祭り上げられることはなかったはずだ。
 そもそも、そうするならばサガルがいた。王子を後釜に据えた方が女王を作るより簡単だろう。
 嫁いだ王女が国王の座を狙うなんて、妄言が過ぎる。

「手元に置いて置きたかった」
「は?」
「矛盾した男だな」
「そ、それは自分に逆らわないかどうかを見るために?」
「さあ、それは分からないが。だが、フィリップはもともとそういう気質だ。血の繋がりのある兄妹にしか、関心が向かない」
「わ、訳が分からないわ。国王陛下は、何がしたかったの」

 殺したかったのか、所有したかったのか。
 愛でたかったのか、痛めつけたかったのか。
 訳が分からない。合理的に考えれば、反乱分子を監視するためということなのだろうか。
 だが、ならばなぜ私やサガルを先に殺さなかった?
 サガルの方が危険があったはずだ。王子の一人で、病弱で気狂いとはいえ王位継承に最も近い。
 殺すならば、サガルが順当だ。
 それに、リストはどういうつもりなのだろう。私が訊いたときにはきちんとした答えを教えるつもりはなさそうだったのに、今はどこか自暴自棄に見える。言っていることがちぐはぐで真逆なことを言うし、もうどうとでもなれと内心諦めてしまっているようだ。

「思うに」

 そう、ザルゴ公爵は口を開く。

「フィリップ自体、自分は兄妹達の庇護者だと、自認していたのだろう。だから、国内に戻れと姉妹達に声をかけた。自分こそが、誰よりも頼りになる、外敵から彼女達を守れるただ一人の庇護者なのだと。だが、姉妹達のだれが兄を謀殺した弟を信じる? 家族愛が真実にあると受け取れる? そんなものは愚かでなければ信じることなどできないだろう。そして、可哀そうなことに、姉妹達は誰もが賢かった」

 中の葡萄酒を飲みほして、ザルゴ公爵はグラスを下へ向けた。なかに残った一滴が滴り落ちていく。

「結局のところ、フィリップは彼女達の拒絶を受け止めきれなかった。いや、そもそも、そんなものを望んでいなかったのかもしれない。自分の思い通りに動く駒であればよかったのに、刃向かってきたから殺した、程のことだろう」
「けれど、お前がサガルも、国王陛下も殺したじゃない」

 リストのまるで自分を棚に上げたような発言に、苛立ちを感じてそう言ってしまった。
 ザルゴ公爵はグラスを置いて、愉快そうに手を叩く。

「サガルも殺したのか」
「…………」
「は、ははははは。お前も確かに立派な王族殺しだ」

 唇を噛んだリストを無視して彼は腹を抱えて笑い始めた。そして、しばらくするとすっと表情を戻してついてこいと命令する。
 リストを見遣ると、真っ赤な目に睨まれていた。いらないことを言うなとでも言いたいのだろうか。
 喉の奥を鳴らしながら、ザルゴ公爵の跡を追う。
 一度だけ、扉を振り返る。何の音も、臭いもしない。扉の外は本当に燃えているのだろうか。
 戻るべきか、と一瞬、考えてやめた。
 ザルゴ公爵が私達をどこに案内するのか、見るべきだ。
 彼が私達を招いたのは、何か理由があるはずだ。





 絨毯も壁紙も真っ赤だ。たまに机があって、その下に何故か本が平積みされている。途中で入る部屋にある本棚には本が一冊もないのに、不思議だ。まるで、背の低い子供が取りやすいように床に置かれているよう。
 間取りはぐちゃぐちゃで、廊下の途中で寝室があったり、書斎があったりした。奥にいけばいくほど、滑らかな傾斜になっているようで、ずずっと擦るような音を立てて本がゆっくり落ちていく。
 途中で窓があるが、窓の外も部屋だ。空っぽな本棚ばかり並んでいる。

「お前の屋敷なの?」

 歩くのに飽きてきてそう尋ねてしまった。

「違う。こんなに、趣味が悪いように見えるのか」
「では誰のものなの」
「オクタヴィス」
「…………あいつはここにいるの?」

 リストに誰のことだと目線で問われる。短く、私の隣にいた術師がいたでしょうと言うとああと納得がいったように頷いた。

「戻ってきているという言葉は正しくない。アレはここから一度たりとも動いていない」
「どういうこと?」
「……この部屋を抜ければアレがいる。見ればどういう事態か飲み込めるかもな」

 扉を開けて、驚いた。
 部屋のなか一面に人形が置かれていた。
 白皙の肌。紫色の美しい瞳が入った彼らは虚空を見つめている。今にも動き出しそうなのに、絶対に人ではない。艶然としたなんとも言えない無機質さがあった。
 ほとんどが人の大きさほどある。軍服を着た人形やオペラ座の歌手のような女性。貴族の令息のようにツンと澄ました者。愛嬌のある顔をした微笑むものまであった。

「人形……」
「手を触れないようにしろ。こいつらはお行儀がよくない」
「生きているの?」
「いいや。だが、人形師のオクタヴィスというのは、妖精達にも名の知れていた。からかい半分で、妖精がよく人形のなかに入って悪戯をする」
「妖精が……」

 ぎょとりと人形の瞳が動いたような気がした。驚いて肩を揺らすと、けたけたとどこからか笑い声が聞こえた。

「悪趣味なのね」
「妖精はだいたいがそうだ。清族が食われたところを見たことがないのか? 嬉々として使役していたものを食らう。憂さ晴らしのようにな」

 人形部屋を真っすぐ通り過ぎると、部屋に不釣り合いなほど小さな扉が見えた。私が屈まないと入れないような小ささだ。リストもザルゴ公爵も同じような身長なので、腹ばいにならなければなかに入れないだろう。
 ドレス姿だったので、二人とも私より先に行くと聞かなかった。別に、世界が今まさに終わろうとしているときにスカートの中身が見られようようとどうでもいいのだけど、二人は気になるらしい。

 ひょっとすると、外で喇叭が鳴り響いていたことより、私のスカートの中を見ないようにすることの方がよっぽど重要だと思っているようだった。
 なんなのだろう、こいつらと思いながら、屈んで腹ばいになって進む彼らの靴を追い掛けながら扉をくぐる。
 扉の内側にはこう書かれていた。
 この先一切の希望を捨てよ。
 地獄の門に書かれているという、無慈悲な言葉だった。
 希望という文字には何度もひっかき傷があった。
 指でなぞると、扉自体が動いた。指をぱくりと咥えられる。
 へ? と声をあげたときにはもう遅かった。扉の文字が私の指を喰い、そのまま這い上がってくる。

 我ら、滅亡の民である。
 王女よ、何故にここに至ったのか。
 憂国の英雄、すでに事切れ。残ったのは世迷言の狂人のみ。
 王もなく、剣もなく。
 すくうのは、地獄のみ。
 女王よ、一切の望みを捨てよ。すべからく、命絶えるべし。
 襟を掴まれ引っ張られる。
 リストが険しい顔をして私の背後を睨んでいた。

「……カルディア、妙なものに触らないように」

 私を立ち上がらせながらザルゴ公爵が告げた。

「この建物にも昔、命があった。この屋敷自体が生物だったんだ。いまだにその名残がある。扉がしゃべり、絨毯が本を読む。暖炉は勝手に燃えるし、屋根が飛んで雨を舞い込ませる」
「……さっきのは」
「まあ、妖精に揶揄われたのだと思え。オクタヴィネルは人形師で好事家でもあった。科学者というべきか。それとも編纂者と言うべきかもしれんが、ともかく収集癖のある男だ。いちいち興味を惹かれていたら死ぬまでかかるぞ。――ほら、お望みの場所に来たんだ。存分に調べるといい」

 ぱちぱちと暖炉が燃えている。
 オークのつるりとした机と椅子。仄暗い室内は油と木の匂いに満ちていた。
 ヴァイオリンを作る工房にとてもよく似ていた。なんというか、職人の仕事場という風情がある。
 だが、紙とインクがぼとぼと床に溢れているのはいただけない。足の踏み場もないほどだ。
 机の上には何ものっていないのに、床にばかりものが落ちている。
 来るときに、本も床に置かれていた。
 なぜなのだろう。地震でもあったのだろうか。
 落ちた紙を拾ってやろうとしたときだ。触った瞬間、紙の感触が変わった。
 ぐにゃりとまるで肉のような弾力があった。

 はあと横からため息をこぼされる。

 だから言ったんだ。妙なものには触らないように、と。

 よく見ると、紙は紙ではなかった。皮膚だ。
 べちょりと手に血がつく。インクは赤く変色し、油と木の臭いは鉄さびに似た異臭へと変わっていく。
 皮膚には呪詛のように血で何か書かれている。読もうとしてもきちんと読めない。目を通すだけで頭痛がする。
 そのとき閃いた。これは背の皮ではないか。これこそ、神の文字ではないか。
 ならば、これこそ、この世界を綴る記述では。書き換えれば、全て元通りになる。
 ……だが、どう書き換える?
 そもそも文字すらろくに読めないのに?
 薄目で文字を眺める。優美で洗練された紋様のようだ。
 神様達はおそらく、美しいものが好きなのだろうと思った。でなければ、こんな美しい文字で世界を綴ったりはしないだろう。

「清族の術か? 面妖な……」

 リストが私の肩を掴み、立ち上がらせようとする。だが、すぐに動きを止めた。
 視線の先には犬がいた。体を丸めて、寝転んでいる。
 近くには埋もれるほど本が積まれていた。血が表紙を侵食している。
 酷い臭いだ。ずっとここにいたせいかフケと脂、埃の匂いがする。

「悪趣味な」
「え?」

 よく見ると、血は犬からあふれているようだった。
 怪我をしているのかもしれない。這うように近付くと、それが犬ではないことに気がついた。
 足を斬り落とされた人形だ。

「オクタヴィス」

 彼が一つの本を腹を抱えるような形をとりながら凝視していた。
 瞳から血がこぼれる。
 唇は割れていた。彼は祈るように繰り返している。

「輝かしい過去を。輝かしい過去を。輝かしい過去を。輝かしい過去を」

 血が本に垂れた。床に散らばる皮膚が脈打つ。
 それはなんとも地獄のような景色だった。

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