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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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「……人形師」
マグ・メルが叫んでいた。
その男を殺せ!
痺れるような声だった。
あのときはあやふやで信用なんかしていなかった。いや、気にかけてはいたけれど殺せという言葉の強さに戸惑っていた。
人形師が原因だという根拠や証拠を欲していた。殺せば元の世界に戻るという確証が欲しかった。
今このときも分からないでいる。こんなに弱々しい人形に何ができると言うのだろう。ぽたりぽたりと血が落ちている。
これは本当に生きていると言えるのか。そもそもこれは人なのか。ただ、人形が動いているだけなのではないか。
「昔、ある王の治世において王宮が半壊したことがあった。イーストンの馬鹿息子とゾイディックの力自慢が暴れ回ったんだ。それ以来、名の通った暴れ馬や王宮の塀より身の丈があるものは人形の姿を取ることと定められた」
「何、それ」
「人形師の成り立ちだ。王宮お抱えとなった人形師は、人形族が残した遺骸に貴族達を入れて城への出入りを可能にしていた。そのうち人形師に賄賂やら何やらが蔓延って、処罰されたり反乱を企てたりした」
「こいつは貴族だと言っていたわ。清族を名乗るようになったとは言っていたけれど」
「貴族には出なくてはならない会合や舞踏会が多かったからな。面倒くさがる男だったからそう言って逃れていたのだろう」
「お前とこの男とはあまり面識がなかったと聞いたわ」
ザルゴ公爵は私をじぃと見つめた。
「お前が尋ねてきた時、がっくり来たのだと言っていたわ。どうしてこの男を頼ったの。どうしてこの男がこんな目にあっている」
「こんな目か。どんな目にあっていると言うんだ」
「すくなくとも正気じゃない」
肩を揺らそうが叩こうが反応しないのだ。
我を忘れていて反応すらしない。
「これはオクタヴィスが望んだことだ」
「お前が背の皮を押し付けたのでしょう?!」
埒が明かない。
この男、私が何も知らない能無だと言いたいのか?
こいつの正体を前からずっと考えている。革命前の時代から生き残った大神の写身。背の皮。
ザルゴ公爵は死んだと聞いていた。背の皮も死んだと。代わりを見つけられずに、どうなったか分からないともきいた。かわりだったミミズクもおらず、背の皮を通して世界を書き直すことがかなわないのだと。
だが、ザルゴ公爵は元気そうにしている。
人形師だけが本を覗き込んで正気を失っているのだ。
「お前が思うほど私は馬鹿じゃない。お前が背の皮だったことも、お前がそれを譲り渡したことも知っている。どうしてそんなことをしたの。お前は何が目的なの」
「……ならば、俺の名前も正しく呼べるのだろうな」
ぼうっと人形師を見下ろしているリストに視線をやってすぐに逸らす。彼に聞こえないほど小さな声で名前を呼んだ。
「リスト」
ぼんやりとした瞳が私を見たのが横目で分かった。それに気がつかないフリをして今度は聞こえるような大きさで呟く。
「リスト・ライドル」
間に何か挟まるだろうか。
リストとライドルの間に祖父や曽祖父の名前が入るのが一般的だ。私なんかよく分からない名前がずらずらと並んでいる。
短く縮めるときは国の名前を名乗るか、自分が統治している土地の名前を入れる。
「お前の名前でしょう? 知らないとは言わせないわよ」
ザルゴ公爵はくつくつ笑いーーそのうちゲラゲラと大口を開けて肩を震わせる。
「お前でもないのか! 案外、期待していたんだがな」
「……は?」
「こっちの話だ。まあいい。俺の目的を知りたいんだったな。ならば聞かせてやる。俺はーー俺達は歴史を戻そうとしただけだ」
「夢みたいなことを言うのね」
「夢なものか。実際、一度時は戻っている。繰り返されたと言っていい」
「どういうこと?」
ザルゴ公爵は好戦的に笑って見せた。今まで浮かべてきたどの表情よりも獣じみていた。神を冒涜するような野卑さだった。
「女神リナリナの大偉業だ。聖塔の男が死んで、代わりの男も死んだ。癇癪を起こした女神が力を使って歴史を書き換えた」
大偉業とかなり皮肉げにザルゴ公爵は言った。
マグ・メルが叫んでいた。
その男を殺せ!
痺れるような声だった。
あのときはあやふやで信用なんかしていなかった。いや、気にかけてはいたけれど殺せという言葉の強さに戸惑っていた。
人形師が原因だという根拠や証拠を欲していた。殺せば元の世界に戻るという確証が欲しかった。
今このときも分からないでいる。こんなに弱々しい人形に何ができると言うのだろう。ぽたりぽたりと血が落ちている。
これは本当に生きていると言えるのか。そもそもこれは人なのか。ただ、人形が動いているだけなのではないか。
「昔、ある王の治世において王宮が半壊したことがあった。イーストンの馬鹿息子とゾイディックの力自慢が暴れ回ったんだ。それ以来、名の通った暴れ馬や王宮の塀より身の丈があるものは人形の姿を取ることと定められた」
「何、それ」
「人形師の成り立ちだ。王宮お抱えとなった人形師は、人形族が残した遺骸に貴族達を入れて城への出入りを可能にしていた。そのうち人形師に賄賂やら何やらが蔓延って、処罰されたり反乱を企てたりした」
「こいつは貴族だと言っていたわ。清族を名乗るようになったとは言っていたけれど」
「貴族には出なくてはならない会合や舞踏会が多かったからな。面倒くさがる男だったからそう言って逃れていたのだろう」
「お前とこの男とはあまり面識がなかったと聞いたわ」
ザルゴ公爵は私をじぃと見つめた。
「お前が尋ねてきた時、がっくり来たのだと言っていたわ。どうしてこの男を頼ったの。どうしてこの男がこんな目にあっている」
「こんな目か。どんな目にあっていると言うんだ」
「すくなくとも正気じゃない」
肩を揺らそうが叩こうが反応しないのだ。
我を忘れていて反応すらしない。
「これはオクタヴィスが望んだことだ」
「お前が背の皮を押し付けたのでしょう?!」
埒が明かない。
この男、私が何も知らない能無だと言いたいのか?
こいつの正体を前からずっと考えている。革命前の時代から生き残った大神の写身。背の皮。
ザルゴ公爵は死んだと聞いていた。背の皮も死んだと。代わりを見つけられずに、どうなったか分からないともきいた。かわりだったミミズクもおらず、背の皮を通して世界を書き直すことがかなわないのだと。
だが、ザルゴ公爵は元気そうにしている。
人形師だけが本を覗き込んで正気を失っているのだ。
「お前が思うほど私は馬鹿じゃない。お前が背の皮だったことも、お前がそれを譲り渡したことも知っている。どうしてそんなことをしたの。お前は何が目的なの」
「……ならば、俺の名前も正しく呼べるのだろうな」
ぼうっと人形師を見下ろしているリストに視線をやってすぐに逸らす。彼に聞こえないほど小さな声で名前を呼んだ。
「リスト」
ぼんやりとした瞳が私を見たのが横目で分かった。それに気がつかないフリをして今度は聞こえるような大きさで呟く。
「リスト・ライドル」
間に何か挟まるだろうか。
リストとライドルの間に祖父や曽祖父の名前が入るのが一般的だ。私なんかよく分からない名前がずらずらと並んでいる。
短く縮めるときは国の名前を名乗るか、自分が統治している土地の名前を入れる。
「お前の名前でしょう? 知らないとは言わせないわよ」
ザルゴ公爵はくつくつ笑いーーそのうちゲラゲラと大口を開けて肩を震わせる。
「お前でもないのか! 案外、期待していたんだがな」
「……は?」
「こっちの話だ。まあいい。俺の目的を知りたいんだったな。ならば聞かせてやる。俺はーー俺達は歴史を戻そうとしただけだ」
「夢みたいなことを言うのね」
「夢なものか。実際、一度時は戻っている。繰り返されたと言っていい」
「どういうこと?」
ザルゴ公爵は好戦的に笑って見せた。今まで浮かべてきたどの表情よりも獣じみていた。神を冒涜するような野卑さだった。
「女神リナリナの大偉業だ。聖塔の男が死んで、代わりの男も死んだ。癇癪を起こした女神が力を使って歴史を書き換えた」
大偉業とかなり皮肉げにザルゴ公爵は言った。
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