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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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しおりを挟む「……何を馬鹿なことを」
「馬鹿だと思うか? ……お前の剣奴は人を殺すことに長けている。これは非難じゃないよ。私は褒めているつもりだ。何事も、極めることは難しい。それが人に非難されることであればなおさら」
「イルはギスランの剣奴です。それに彼は私の護衛で、暗殺者ではありません」
「……慕われるわけだな。カルディア。お前には天賦の才がある。人を鼓舞し、懐柔する力だ。その護衛が、いつでも私を殺せるように準備していることは分かっている。おそらく、ヒースよりも腕が立つ。ここで殺し合えば殺されるのは私だろうね」
「レオン兄様を殺したりしません。ギスランとの結婚を支援してくださる方を、イル自身も殺したいと思うわけがない」
ぱちぱちと場違いな拍手された。
眉を顰める。レオン兄様の意図が読めない。
「代弁者にすらなれる。本当にその護衛と近いんだな。私はヒースがどう思っているかなどわからないよ」
「……兄様は何がしたいのですか? 私におかしな提案をして、その提案を蹴られたかったのですか?」
「カルディア」
名前を呼ばれて固まる。硬質な声だった。
「私が言いたいのはお前が手にしている力のことだ。お前は幼く、か弱く守らなければならない存在だったね。小さな頃、一日中本を広げて狂ったように幸せな童話の終わりを探していた。だが今、私の前にいるのは現実を見て兄弟同士の殺し合いを知る少女だ。それどころか、様々な人間を従僕に据えた。清族に、貴族令息、音楽家……。蘭花の大商人ともコネがあり、婚約者の涙は億万の価値を持つ。――お前は力を持った。力とは価値であり、責任を伴うものだ。言いたいことが分かるか?」
「……」
「カルディア、私に力を貸しておくれ」
頭を抱えたくなる。レオン兄様はつまりこう言いたいのか?
私は力を持った。人脈という強い力を。だからこそ、第一王子の勢力の一人となれと。
フィリップ兄様を殺せと?
脂汗が額ににじむ。どうしてこんな問答になる? ただ、二人にこんなことをやめて欲しいだけなのに。
「兄様」
「本当にフィリップのことを殺せと言いたいわけじゃないよ。ただ、お前が私の力になってくれさえすればいい」
「何を、させたいのですか」
「ただ、俺の味方でいさえしてくれればいい」
「私はいつも、レオン兄様の味方です」
「だが、他の兄弟達の手を取った上での味方だろう? それは敵であるというのと変わらない」
自分だけの味方でいろというのか。サガルが死にそうになっても、レオン兄様がそうしたいと願ったら見殺しにしろと?
「サガルを殺せと言われたら殺さなくてはならないのですか? レオン兄様は残酷な殺し合いに参加しろと言いたいのですか?」
「殺せというつもりはないよ。まだ。――まずは、ゾイディック辺境伯と、イーストン辺境伯に探りを入れてくれないか。フィリップのことはそもそもカルディアに頼るような話でもない。問題は二人の高貴な貴族だ。ノア・ゾイディックも、トヴァイス・イーストンも私を侮り、ろくな情報一つ漏らさない貴族だ」
「ノア……。トヴァイス・イーストン? どうしてあの二人の名前が……」
「権力闘争から離れた辺境伯の二人だが、その影響力は絶大だ。特にトヴァイス・イーストンはカルディア教の枢機卿の一人。彼の言葉を神の言葉、清らかなる聖言だと言うものも多い」
流石の私でも、誤魔化されているのだと分かった。
レオン兄様はトヴァイスのことを例にあげたが実際は、ノアの方を気にしているのではないか。前にノアが、ロバーツ卿と画策していたことをレオン兄様は知らなかった。のらりくらりと返答を濁すノアに、困り切っているようだった。
ノアはレオン兄様こそ、最初に企みに気がつくと思っていたようだった。レオン兄様と交渉をしたいとも言っていた。けれど、その交渉がうまくいったのだか分かったものではない。ノアは少なくとも、レオン兄様に対しての評価を下げただろう。レオン兄様だって、そのことを勘付いているはずだ。
レオン兄様は前、トヴァイスとノアのことを親しげに名前で呼んでいた。少しばかり住んでいるところが離れた親戚の話をしているようだったのに、今はただ、冷淡とした声しか宿っていない。
それこそ、敵に対する声色に聞こえる。
「ゾイディック家は三つ巴のマフィア競争が熾烈になっていると聞く。イーストン家は代々続けてきた収穫祭兼法王聖誕祭がある。どちらも、いずれ動きがあるだろう。カルディア、お前は二つの領土を偵察し、私に報告しなさい」
「もし、それをしなかったら?」
「ギスランとの結婚はできないと思って欲しい。……砂漠の蠍王は正妻がいない。マイクは和平交渉に向かっていることを考えれば、都合がいい」
「……そ、そんな」
縋るように見上げる。ギスランとの結婚式を推し進めてくれているのはレオン兄様だ。
彼が取りやめと言えば多少の反感は喰らうだろう。……いや、それすらもないか。ギスラン・ロイスターの健康状態を喧伝すればいい。結婚できるようなものではないと。それだけで、レオン兄様は私とギスランの結婚式を取りやめてしまえる。
「レオン兄様」
「カルディア。お前に任せるのはただの偵察だ。そう気負うこともないだろう? 躊躇する必要もないよ。ーーギスラン・ロイスターと結婚したいのならば」
どうしてこうなったんだ。私はただ、フィリップ兄様とレオン兄様の殺し合いをどうにかしたいと思っていただけなのに。
いつの間にか、レオン兄様の駒になる話になってしまっている。
フィリップ兄様との微妙な関係を明かしてしまったからだ。レオン兄様にとって、私は敵に近い存在になった。妹ではなく。
囲い込まれようとしている。レオン兄様の駒にされそうになっている。
レオン兄様の提案を断ることはできない。殺せと言われているわけではないし、ただ見て回れと言われているだけ。簡単なことだ。難しいことではない。それよりもギスランとの結婚をなくされる方が困る。
レオン兄様もそのことを分かっていて言っているんだ。人を操るのに慣れている。
「……ノアとトヴァイス・イーストンに叛意があると思っていらっしゃるのですか」
「そうでなければいいとは思っているけれどね。サラザーヌ家が没落した今、これ以上の貴族社会の混乱は困る。現状を維持して貰わなくては。他の貴族の様子を伺うのはライドル王国の平穏にも関わる重要なことだよ」
「…………」
レオン兄様の瞳を覗き込む。最もらしい言葉を使っているけれど、猜疑心に満ちていた。断れば、ギスランとの結婚を白紙に戻すだろう。
首を縦に振った。
これから、レオン兄様は私を試し続けるだろう。最初は偵察。だが、次は?
次々と、要求は上がる。レオン兄様につくというのはそういうことだ。
いつか、フィリップ兄様と本当に敵対することもあるかもしれない。サガル兄様を殺せと言われるかも。マイク兄様に取り入れと唆されるかも。
レオン兄様が笑う。けれど、その笑顔にもう前のような親しみは感じなかった。友好国の外交官へ向ける外行きのものになっていた。
愕然とした。レオン兄様は今までずっと私を妹として見てくれていたのだ。けれど、今はもうそうではない。そしてきっと、私自身も優しい兄とは認識できない。
脅され、忠誠を測られる。無償の優しさではない。
私は兄を、失った。信頼を壊してしまった。
「そう心配するな。フィリップのことはまだ殺しはしない。マイクが帰ってきた時に葬式が終わっていたら可哀想だからな」
そう言って、レオン兄様は太ももをさすった。たてられかけた杖の先が削れていることに息をのむ。
フィリップ兄様は、レオン兄様の幸せを奪おうとしている。歩く権利さえ取り上げようとしていたのだ。
フィリップ兄様とレオン兄様の殺し合いを止めるなんて無理だったんだ。何を自惚れていたのだろう?
「カルディア姫、大丈夫ですか?」
離宮から離れて、屋敷に戻ってきた。長い間留守にしていたから妙に落ち着く。クロードの屋敷もそこまで悪くなかったが、やはり他人の家という感覚が強かった。だが、ここは安心できる。椅子に腰掛けると、イルが心配そうな顔をして覗き込んできた。
「……フィリップ兄様の思い通りになれば、きっとギスランとの結婚は破談になる。レオン兄様がフィリップ兄様に屈しないようにするしかないわ。だから、レオン兄様の駒になる方がまだいい」
「まあ、あの人、利のない結婚はさせないタイプですもんね。そもそも、貴族と王族との婚約には否定的な立場でしたし。……カルディア姫は思い悩んでいるんですか」
「当たり前でしょう! 兄弟同士の喧嘩を超えているわ。やめさせようと思ったけれど難しそうだし」
「そりゃあ、まあ。難しいでしょうね。長年の因縁がある。そう気を揉まなくてもいいとは思いますけど」
「どうして?」
失敗したという思いがあるからつい言葉を強めてしまう。眉を顰めて自分の言葉に失望した。
「姫が気が付いたのは最近でしょうがあの二人……というか、王子達の不仲は知る人は知っていますからね。どうにか完全な殺し合いにだけはならないように、なっても殺さないようにと配慮されてるとは思いますよ」
「誰がそんな配慮をするというの」
「クロード様とか」
瞬きを繰り返す。そういえば、そうだ。クロードは、レオン兄様達の状況を正しく把握している様子だった。
「……口出しするべきじゃなかった」
「そうですね。でも口出ししたものはしかたありませんよ。俺も普通に驚きましたけど。長い間意識不明だった人がやることが険悪な兄弟の仲を取り持つことだなんて」
「……もっと考えるべきだった」
じっとしていられなくて立ち上がり、椅子の周りをくるくると周る。
イルはしかたなさそうな顔をしてソファーに横たわりそれを見ていた。
「何か出来るものだと勝手に思っていたのよ。私の意見ならば誰かが聞き届けてくれると」
「まあ、難しいでしょうね。レオン様がフィリップ様を許すとなるとこれまでの被害を許さなくてはなりませんし。そりゃあ慈悲深いカルディア姫なら出来るでしょうが普通に無理でしょ。脚は杖がないとうまく動けないし、妻は発狂してしまった。過去に戻って遺恨を消せるならばまだしも」
「フィリップ兄様の方もレオン兄様に殺されると思ってる。フィリップ兄様の方はレオン兄様を無力化することで殺し合いを終わらせようとしている」
「こうして考えるとフィリップ様ちょっと異質な考え方ですよね。殺そうとは考えていないようでしたし」
「兄弟愛っていうより執着でしょお?」
聞き覚えのある声に振り返る。
リュウだった。壁にもたれかかってだるそうにそう口を挟む。イルが眉を上げた。
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