書庫『宛先のない手紙』

中村音音(なかむらねおん)

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部下をまとめる役まわりに就いたあなたへ。

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前略

自己啓発セミナーでお世話になりました紺戸譲士です。

先生、その節はたいへんお世話になりました。セミナーに出席したおかげで、自信がつきました。会社の中でも積極的になったとか、頼れるようになったとか、いい評価をもらえるようになりました。

それもこれも、すべて先生のおかげです。感謝の気持ちでいっぱいです。

「声を出し切る時間を定期的につくる!」

この方法で、つきまとっていた不安を体の外に追いやることができています。

「腹から声を絞り出しなさい。思いのたけを思い切り声を出すこと出し切ってしまうのです。そうすれば、心に溜まっていた未解決のわだかまりが抜けていくのです。いちどわだかまりが放出されると、それがどれだけ無意味で無駄なものだったのかがわかります」

そのとおりだと思いました。
いつも他人が自分をどう見ているのかを気にしていた私は、気を遣うあまりに臆病になって、発言できずにいました。言ったこと、行動したことに対して批判されはしないか、くってかかられはしないか、そんなことにびくついている日々を送っていました。

都会だと自宅で大声を出すことはできません。
ですので、先生の教えどおり、ひとりカラオケで実践しています。



私は、セミナーで古い私を壊されてしまいました。

「こいつをこてんぱんに罵ってみろ!」

先生は残酷な難題を私たちに課しましたね。
6人グループのひとりずつ、欠点を上げてとことん追い詰める。
なぜそんなむごいことを?
私だけでなく、ほかのメンバーもそんな空恐ろしいこと、できないと最初は難色を示しました。

「どうしてもやらなければならないのですか?」

参加者は口をそろえました。

でも先生は、「自分を変えたくないなら、やらなくてもけっこうです」と私たちを追い詰めました。
やる、やらないは私たちの自由にまかせたふりをして、先生は私たちを追い込んだのです。
だから先生は、何のためにセミナーに私たちが出席したのか、説くようなことをされませんでした。

でも先生にはわかっていらっしゃった。
それが、私たちが自分たちで自身の芯を強くするための第一歩であることを。

今となれば、そのことがよくわかります。

そして私たちは話し合いの末、みんなが納得ずくで非難の課題を受け入れたのです。

私がほかの人をどのようにけなしたのか、まったく覚えていません。
息が荒くなり、過呼吸を引き起こすくらいに感情が高まったことだけははっきり記憶に残っています。
口角が吊り上がり、目が血走っていたように思います。
でも、何を言ったのか、わからない。
あまりに酷いことを口走ったせいで、防衛本能が記憶に蓋をかぶせたのではないか、私は今、そのように考えています。
おそらく、誰もが耐えられないような口汚い罵りの言葉の数々・・・。

私は汚く、陥れるための言葉を対象者に浴びせ続けていたとき、嫌悪感はまったくといっていいほど感じませんでした。徹底的に他人を攻撃することに、快感すら覚えていました。

もっといじめたい、追い込んでやりたい。

もっと、もっと。

追い詰められるところまで行っても、さらにその先を追い求めていました。
執拗に責め立てていたのです。


言われるほうは、被害者でしかありません。
あることないこと、ないことないことが息を呑む間もなくつづくのです。

「やめて!」
「それ以上言わないで」
「気が狂っちゃう」
「なんでそんなことまで言えるの!」

「おまえたちは鬼畜だ!」
反抗する者もいましたが、5対1ではとうてい敵いようがありません。
ささやかな抵抗は次第に息を引き取り、屍になっていくのです。
ぐじゅぐじゅになるまで追い詰められていくのです。

涙と洟と汗悲鳴が入り混じり、部屋の隅までじりじりと後ずさりしていった人までいました。そのまま壁に溶けていくんじゃないかと思うほど、哀れでした。

非難される立場になると、気が違ってしまう寸前まで追い込まれるのです。

かくいう私も、おかしくなる寸前まで追い詰められました。

そして授業終了の時間がくると、「そこまで」と先生は恐怖の時間に区切りをつけたのでしたね。


攻撃者は自分の攻撃性を、受難者は自分の弱さを枯らしたあとです。
豪雨のあと青空が広がるように、鬼の形相だった攻撃者も、恐怖に顔を歪めた被害者も、同じように晴れやかな顔になっていました。


私は先生に感謝してもしきれないと思っています。
先生は私に、私たちに、知らぬ間に抱え込んでいた現代社会に不必要なものを取り除いてくれたのです。
それはきっと、体内に溜まった膿のようなものだったのでしょうね。

膿は必要ありません。
自分が置かれた立場でできる最善のこと、自分がそう思ったら迷わず実践する。そのことで拓ける世界があるとことを、思い知らされました。


もう躊躇することはありません。
みんなのため、会社のため、ひいては自分に戻ってくる善行を、私はこれから強力に推し進めていくつもりです。


長文を読んでいただき、ありがとうございました。
取り急ぎお礼をと思い、筆を執らせていただきました。  草々


企業連合主催効率化推進委員会リストラ・セミナー長
                  零国 日堂様
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